5章_12
箱根を越えたのは、駿府を出て二日目の夕方である。
峠の上は雪であった。降っているのではなく、先に降ったものが日陰の道に残っていて、それが凍っている。馬が滑るので、上りも下りも人を先に立てて歩かせた。五千の兵が一列になって山道を伝うので、先頭が下り始めても、後ろはまだ峠にかかっていない。
荷駄は最小にした。米は箱根の東西の宿へ先に触れを出して積ませ、こちらは持たずに越えた。それでも空の駄馬が滑って一頭潰れ、その始末に半刻を取られた。潰れた馬の脇を通るとき、兵の足は止まらなかった。止まるなと言ってあったからである。
三島から先は道がよくなった。
五郎は馬上で手綱を持ち替えながら、後ろから来る足音を聞いていた。乱れていない。二日歩き通した兵の足音である。それもそのはずである。
これらの兵は身長、肉付きなどで選別され、その後只管に鍛えられている。手間と金のかかる兵である。
次郎三郎と三河でぶつかった時の兵らを根幹に置き、そこからさらに増やして鍛えた。
これらの兵が小田原の城下へ入ったのは、江戸の知らせが駿府へ届いてから三日目である。
小田原に入ってまず感じたものは潮の匂いである。海が近い。風が街道の砂を運んで来て、頬に当たる。潮の匂いは駿府でも嗅ぐが、こちらの方が強かった。人の手が入らぬ原野が匂いを強くしている気さえした。
町は静かではなかった。人が動いている。荷を負った者が山の方へ抜けて行き、逆に、俵を担いだ者が城の方へ列を作っていた。城の櫓に人影が立ち、その下では材木を運んでいる。北条も、江戸の報せを受けてから手を打ち始めているのであろう。
だが、家並みは戸を閉めている家の方が多かった。閉めていない家の者は、往還の端に出て兵の列を見ている。何かを言い合うでもなく、ただ見ていた。旗を数えているらしき目がいくつかあった。
数えられて困る数ではない。この数は隠すつもりはなかった。
北条の本拠である小田原城は山の裾から海の方へ下る地形にある。堀と土塁が幾重にもなっていて、外から見ただけでは、どこまでが城でどこからが町なのか分かりにくかった。攻めるより籠る方に手のかかっている作りである。
城の手前で、迎えの一団が街道を塞ぐようにして立っていた。
先頭にいるのが北条新九郎氏綱である。
供の数は多くない。具足はつけているが、兜は小者に持たせていた。夏に駿府で会ったときより、頬から顎の線が硬く見える。
今川が兵を出すことは、駿府を発つ前に文で伝えてある。伝えてあるのだから、迎えに出るのは当たり前であった。
ただ、この顔の作り方は、そろそろ来るころだと思って待っていた者のものではない。町の様子と合わせて考えれば、北条は、今川の兵が箱根を越えるのはもう半月ばかり先のことと踏んでいたのであろう。
迎えの列も、揃えるだけは揃えてあるが、前の三人と後ろとで足並みが違っていた。急に呼び集めたものと見える。
五郎は馬を下りた。冷えた鐙から足を抜くと、腿の内側が固まっている。二日の行軍で、踏ん張りの利かない場所が一つ増えていた。
具足は父の代からのものを詰め直させて着けている。肩が重い。庭で弓を引いていたのは、こういう日のためでもあった。
「お忙しい中、申し訳ございませぬ」
五郎が言うと、すかさず新九郎が手を取った。連れて来た兵の物頭達が反応しそうになる。もはや条件反射的に、五郎に不審に近づくものを除けようとする。ただ今回はそれを副将の飯富兵部少輔が抑えた。
「治部殿、此度は」
「約定通りゆえお気になさらず」
言って、五郎は襟を正した。
道中のまま来たので、直垂の襟が具足の下で片方だけ折れている。直しながら、この男に会うのは四十九日の座敷以来だと思った。あのときは茶碗に手を触れずに両手をつき、こちらの言葉を一つずつ受けて、最後に手を差し出した。いまは手を出していない。
そのとき、新九郎の脇に子供がいるのに気づいた。
まだ元服前の年格好である。具足は着けているが、体に合っていない。胴の下から出た草摺が、膝の上で余っていた。肩の張り方と、顎の引き方が父に似ている。息子であろう。朝姫の弟ということになる。
駿府の館で庭へ出て来た娘の顔が、少し重なった。
こちらを見ていたが、目が合うと確かに礼を返した。この子もまた、芳菊丸と同じく、相当に鍛えられているようだ。頼もしく思うと同時に、哀れにも思えた。
五郎は内心をかき消しながら、新九郎の目を見返した。
「失礼ながら問答無用。今は急ぐべきかと」
新九郎が口を閉じた。
肩が一度上がって、下りる。それを二度繰り返してから、腹に力を入れた顔になった。
「かたじけなし。して援軍如何程か」
礼を言ったのと数を訊いたのが、ひと息の中に入っていた。
「五千」
新九郎は間を置かなかった。
「足り申さぬ」
「はっきり申される」
「許されよ。戦場でござる」
「承知した。されど数が足らぬと、かき集めれば時が足らぬ」
即応の兵はまだ国元に残っている。それに防衛や長期の遠征に用いる兵も国にある。だがこれらは安々と全兵を引っ張っては来れない。
山内とにらみ合っている甲斐。不安定な美濃やこちらを睨む越後と接する信濃。尾張と鎬を削り合う三河と那古野。
北条を見捨てるのはできないが、これらを放置もできない。国が増えれば、そのぶん守る場所が増えていた。
そのかわり、兵の質は上げてきたつもりである。給を米で払い、日ごとの触れを紙で回し、馬と具足を家ごとの支度に任せきりにしないでやってきた。今度はその出来を見ることになる。
「騎兵と精鋭五千、まずはこれで押しとどめる所存」
「相手は十万にござろう。止まらぬかと」
「以前も申しましたが、烏合にて」
新九郎が、口の端を下げた。
夏の座敷で同じことを言ったときには、この男は、ふうん、と唸っただけであった。今度は唸らない。あのときは畳の上で、いまは風の吹く街道である。同じ言葉が同じようには通らない。
「十万も群れれば烏合とて脅威にござろう。それに五千が精鋭と言えど、腰が引け動けぬと思われるが」
「動かぬ兵を動かす方法は昔より一つございましょう」
新九郎が、こちらの顔を見た。それまでは、話しながらも半分は五郎の後ろの列を見ていた男である。
喉が動いた。
「総大将が率いて、これに当たる。他ありませぬ」
新九郎の目が開いた。供の者の何人かが、揃って半歩踏み出しかけて、止まった。兵部少輔たちの方は動かない。駿府を出る前から聞いている話である。
「待たれよ」
「時がないのではございませぬか」
「だが待たれよ」
新九郎が一歩前へ出た。具足の草摺が鳴った。
「治部殿は東を上杉に抑えられる、敵に抑えられるのを悪しとされた。これはこちらも同じことにござる。今川が乱れれば北条が立ち行かぬ」
草摺の鳴る音がして、新九郎の子が父の後ろへ回った。回ってから、また横へ出て来た。
「治部の首が落ちたところでもはや乱れぬ」
風の音だけになった。
新九郎の後ろで、旗が一度大きくはためいた。誰も口をきかない。往還の端に立っていた城下の者まで、こちらを見たまま動かなくなっている。
子供が、父の袖のあたりを見上げていた。
少しして、五郎は笑った。
「父が存命であれば、そう申したでしょう。ですが、今は御懸念、確かでございます」
父が死んで半年になる。
その半年のうちに、法度を出し、弟たちを外へ出し、吉良の相続を片づけ、京への返事を止めた。表の用はあらかた書付にしてある。誰が欠けても順に回るように組んであり、その順は安房守と母が持っている。
組んであるから言えることであるが、五郎が今死ぬことの危うさは随所に見られた。
「であれば、まずは兵を集められよ。江戸はまだ持ちまする」
「確かにまだ持ちは致します。ですが兵を集めている間に、何もせねば内から崩れ申す。なにより江戸が落ちれば勝てますまい」
新九郎が言葉を止めた。
止めたのは新九郎だけではない。供の者も、街道の端にいた城下の者も、こちらを見ている。
驚いているのは、五千という数のことではなさそうであった。江戸が落ちれば勝てぬ、とこちらが言った。
落ちなければ勝てる、と言ったのと同じである。この場で勝ち負けの話をした者は、それまで一人もいなかった。
新九郎の口が、何か言いかけて閉じた。
「御心配には及びませぬ。今暫く死ぬ予定はございませぬ。兵部少輔」
名を呼ぶと、列の前の方から武者が一騎、馬を下りて歩み出た。
背が高い。籠手も草摺も使い込んであり、峠を越えて来たままの泥がついている。手綱を供へ渡す手つきに、迷いがなかった。
新九郎の前まで来て膝を折り、そのまま名乗った。
「飯富兵部少輔にございます。此度の副将を拝命しておりまする」
「治部を頼む。そこもとの戦働き次第となる」
「大任承知いたしました」
兵部少輔は頭を下げ、下げたまま少し動かなかった。上げたとき、耳のあたりまで赤くなっている。甲斐の者を騎馬でまとめて動かせるのはこの男しかいない、というだけの理由で選んだのだが、当人がどう受け取ったかは知れない。
新九郎は、五郎と兵部少輔を交互に見ていた。何を言っているのか分かりかねている顔である。
そのうちに、その顔から、止めようとする色が消えた。消えたあとに残ったのは、値踏みをする顔であった。北条の利がどこに残るかを数え直しているのであろう。
「何をされるおつもりか」
「新九郎殿が思うことと同じことにございましょう。江戸城を救い、上杉に与する関東勢を打ち払う」
「堂々巡りにござる。江戸城に詰めるは七万。五千では崖から身を投げるようなものにござろう。これは総大将が陣頭に立っても同じにござる」
そこで、五郎はようやく合点がいった。
この男は、こちらが江戸へ真っ直ぐ行くと思っている。
思っているから、先ほどから止めているのである。今川が兵を出すと聞いてからこちら、江戸の堀と七万の兵を頭に置いて、そこへ五千を並べては数えていたのであろう。数えれば、崖から身を投げるという言い方にもなる。
総大将が陣頭に立つと聞いて驚いたのも、その数え方の上での話であった。
五郎は頷いた。それから、ふっと息を吐いた。
風が街道の砂を運んで来て、また頬に当たった。新九郎は次の言葉を待っている。待たせているのはこちらである。
「ご安心くださりませ。江戸には向かわぬ所存にて」
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関戸に着いたのは、朝の霧が上がりきらぬうちであった。
多摩川の南岸である。
飯富兵部少輔は馬を止め、瀬を上手から下手まで目で追った。冬で水が瘦せている。流れの色は薄く、瀬の石が背を出していた。渡れる場所は幾つもある。
その渡しの南に宿がひとかたまりあり、見下ろす台地の端に、崩れかけた土塁の跡が残っていた。古い砦の名残があった。
北岸から先は、道が府中の方角へ真っ直ぐ伸び、さらにその先で幾筋にも分かれて武蔵の奥へ入っていく。鎌倉から北へ抜ける古い街道が、この一点で川を渡る。関東の荷と人は、昔からここを通って上り下りしてきたのだと、小田原を出る前に聞かされた。
掌に汗をかいているのに気づいて、兵部少輔は籠手の内で指を握り直した。
背後には五千がいる。
今川にとって五千は多い数ではない。五か国から兵を出せば、その何倍かになる。だが兵部少輔にとっては多かった。甲斐で兵を預かったことはある。今川に仕えてからも、峠を塞ぐのに二千ばかりを差配した。二千と五千では、伝令の走る数からして違う。
しかも兵が違った。
右と言えば右を向く。それも、言い終わる前に列の端まで向きが変わる。槍と言えば槍が立ち、歩けと言えば文句も出さずに歩き続けた。箱根の雪も、相模の泥も、この兵らは同じ足で越えて来ている。辛抱強く、そのくせ痩せていない。腹が入っている兵は強い。
騎馬は、それより上であった。今川治部太夫の直轄というのは、名だけのものではないらしい。
重代の名刀を、いきなり手の中へ投げて寄越されたような気がする。
抜けと言われれば抜くほかないが、こちらの腕がそれに釣り合っているとは、どうしても思えなかった。
北へ目を移す。上杉の軍勢がひしめき合っているという方角だ。
敵は十万だという。上杉が関東の家々に触れを回し、集まった数がそれだけになったと、駿府で聞いた。関東管領という名は、飾りではなかったわけである。
兵部少輔は息を吐いた。白い息が、馬の首の上で崩れた。
豪胆を買われて副将を仰せつかったはずの男が、この体たらくである。駿府で小姓として頭角を出しているらしき、弟には決して見せられない。
小さく笑った。そこでふと、妙なことに気づいた。
十万という数そのものは、さして怖くない。数が多ければ動きは鈍る。鈍いものの脇を抜けるのは、山国の者には馴染みのある仕事であった。ならば、この掌の汗はどこから来ているのか。
振り向いて、主君を見た。
五郎は少し離れたところで馬を止めている。手綱は軽く持ったままで、川を見ているのか、その向こうの林を見ているのかも分からない。これから始まることについて、何の感慨も、重さも、顔に出ていなかった。
そこで分かった。
この方の見込みに応えられぬことが怖いのである。
この主君は、できぬと思うことは言わない。こちらができぬと言ったことも任せない。それだけに、任せると言われた以上、こちらにはやれると見たということになる。
あれほどの大任を、下って間もない甲斐の者へ渡したのは、甲斐だ駿河だという下らぬ算段からではあるまい。飯富兵部少輔という若輩を、信ずるに足ると見たからであろう。
そこを裏切りたくなかった。良くやったと褒められたかった。
「して、兵部少輔殿。よろしいか」
声をかけて来たのは天野宮内である。
息子の兵馬に家督を譲ってからは、陰に日向にと五郎について回っている。人としてはひどい男だと兵部少輔は思っているが、五郎に対してだけは、これ以上ないほど忠実であった。
「無論のこと」
「さすが兵部少輔殿。なれど、よろしいか、こういうのはあまり気にせぬことです。あくまで御料様がやれと命じた、そう心に留めておきなされ」
「無用」
宮内が顎を撫でた。撫でながら、こちらの手のあたりを見ている。
「さすが豪胆な兵部少輔殿。随分緊張されているように見えましたが、いやはや、宮内の勘違いでございましたな」
目ざとい男である。姑か何かか。
兵部少輔は辟易した。何か一つ言い返してやらねば気が済まぬ、と口を開きかけたところで、前の馬が振り返った。
「宮内。はしゃぐな」
「おお、叱られてしまい申した」
宮内は頭を下げ、一歩下がった。下がってから、五郎の影のような位置へするりと戻る。この男のそういう動きだけは見事であった。
「兵部少輔」
涼やかな声で名を呼ばれ、背筋が伸びた。
「任せる。急げよ」
「お任せください」
言葉は考えるより先に出た。
頭を下げ、馬首を回して、合図を待っている兵らの前へ出た。
出ながら、先ほどまでの心を捨てた。捨てるというより、置いてきた。ここから先で使う頭は別のものである。
「すでに伝えた通りである」
ぐるりと見回した。怯えている顔は一つもない。胸を張り、こちらの次の言葉を待っている。
十万を聞いていないはずがないのに、この者らは待っていた。
なるほど、心構えができていなかったのは自分だけのようだ。だが心は同じのはずだ。
「そなたらも治部太夫様のために働きたいか」
返事はない。だが皆が銘々に己の武器を握りしめた。兵らから上る熱が一層増したのを感じた。
兵部少輔は頷いた。笑った。
「良かろう。百年先にまで残る戦の始まりだ」
兵部少輔は声を上げた。
「兵ども、燃やせ」
五千が、一斉に動き出した。
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瀬を渡るのに手間はかからなかった。
馬が腹まで浸かる場所を選んでも、水は流れが緩い。渡り終えた騎馬から順に、街道を北へ駆けた。
初めに突いたのは、渡しから半里ほど北にある兵糧の集積場である。
寺の裏手と、その隣の郷倉に、俵が積んであった。武蔵の家々が触れに応じて出したものが、ここへ集められ、江戸の陣へ順に送られていく。
そういう場所であった。
守兵は少ない。荷を守る者と、人足を追う者と、合わせて百に足りぬ数である。矢が二、三本飛んで来て、それきりになった。槍を構えた者は十人ほどで、そこへ騎馬が入ると、あとは散った。
抵抗した者だけを蹴散らした。
俵は、持てるだけ持たせた。馬の背に振り分け、人足に担がせ、荷車があればそれも引かせた。持ち出せぬ分には火をかけた。
米は、湿っていなければよく燃える。郷倉の屋根が抜けて、火の粉が畑の方へ流れて行った。
「追うな。追うな」
林の方へ逃げていく人影を追いかけようとした者があったので、兵部少輔は二度そう言った。
二度で足りた。追い足を止めた騎馬が、そのまま列へ戻る。
首を取らせるつもりはなかった。首は数えるのに手間がかかる。手間をかければ足が遅くなる。
その日はもう一か所を焼いた。府中の南の郷倉で、こちらは初めから空であった。
中を検めた者が、俵の跡だけ床に残っていると言って来た。江戸へもう送ったのである。
空の蔵も焼いた。焼けば、次にここへ積もうという者がいなくなる。
おおむね満足な出来であった。
ただ気に入らぬことと言えば、宮内が知った顔で、もっと早くできましょう、などと言ったことだけだ。
二日目は、道の方に手をかけた。
街道が細い流れを渡るところに、丸太を並べただけの橋が三つ架かっていた。落とすのに、思ったより手間がかかった。
丸太が太く、掛け替えの利くように縄で結んであるだけだったので、縄を切っても丸太が水に落ちて、そのまま浅い流れの中で橋の形に残る。結局、引き揚げて割り、割ったものを焼いた。一つに半刻近くかかった。
三つ目にかかっているとき、北の道から荷駄が下って来た。
二十頭ほどの列である。こちらに気づいて、慌てて向きを変えようとしたが、道が細いので馬同士がぶつかって、そこで止まった。追い立てるまでもなく、人だけが散った。
俵を検めると、米ではなく塩であった。江戸へ行くはずのものである。
運べる分は運ばせた。残りは火をかけた。
冬の乾いた空気の中、荷車や俵は良く燃えた。
その日の夕方、渡しの舟を焼いた。上流の渡しに三艘、下流に二艘ある。舟は米よりよく燃えた。油をかけると一層に燃えた。
艫綱を切って流してから火を入れたので、燃えながら下って行き、瀬の石に引っかかって止まった。それを、村の者が土手の上に並んで見ていた。
その村へも入った。こちらを見て、慌てて逃げ帰ったのでしめたとばかりに後を追った。
刈り入れの済んだ後の村に残っているものは知れている。それでも藁があり、薪があり、苗代に使う道具がある。
郷倉の柱には、俵を出した家の名を書いた札が打ってあった。字の読める者に読ませて、その札も焼いた。
この日の段取りは悪くなかった。一日目よりもずっと良かった。だが宮内はこちらを見てため息をついた。
三日目は、府中のさらに北へ入った。
この日は、蔵より道と村を多く焼いた。同じ道を二度通らぬように順を組んだので、隊は幾つにも分かれ、日暮れまでに戻れという申し合わせだけを持たせて出した。分けて出すのは初めてであった。
兵部少輔は台地の上に立って、煙の上がる場所を順に数えていた。数えて、戻る時刻から逆に引いて、次にどこへ出すかを決める。
思っていたより、頭より先に手が動いた。二千を差配していたころと、やることが違うわけではない。ただ、そのぶん距離が長い。
ふと主君の五郎の言葉を思い出した。
一万までは大して変わらない。兵の質次第で同じように動かせる。
なるほど、こういうことか、と腑に落ちた。そして確信もした。
自分は五千を動かせる、戦わせることができる。
手ごたえを感じていた、その三日目の夕刻、出していた物見が戻って来た。
馬を降りるのももどかしい様子で、片膝をついた。
「敵勢こちらへ。二千ほど」
兵部少輔はそこで初めて五郎を見た。
五郎は少し離れた床几に腰を掛けている。こちらを見返す目に、試すような色があった。
いや、と思い直した。
試しているのではない。こちらが力を示したいと思っているだけなのだ。
きっとこの方は、こちらが出す答えを聞くつもりでいる。それだけである。
「相手にする必要ない。こちらの兵は足が速い」
兵部少輔がそう命じると、五郎が目をつぶり、小さく頷いた。
やはりである。
兵部少輔は、まだ煙を上げている郷倉の方へ目を移した。
頭の中で算盤を弾く。三日で焼いた蔵と舟と橋の数、奪った俵の数。江戸の七万へは、これで武蔵の北から物が来なくなる。
二千を叩いても、増えるものはない。減るのは、こちらの馬の脚である。
頭の中の地図も塗った。ここから相模までの道と、二千が来る道と、その二つが交わる場所。交わる前に瀬を渡れる。
「引くぞ」
どこからも否定は出なかった。
伝令が走り、隊がほどけて、順に南へ向き始める。自分の言葉がそのまま通っていくのを、兵部少輔は妙な心持ちで見ていた。二千と聞いて色めき立った顔もあったが、それでも動いた。良く鍛えられた、優れた兵である、と誇らしささえ覚えた。
「もう用は済んだのだ、無理押しは不要」
言うと、近くにいた騎馬の者が頷いて、後ろへ伝えた。
日の落ちるころ、五千は関戸の瀬を渡り返した。
水はやはり浅く、渡るのに手間はかからなかった。振り返れば、北の空の低いところが、幾筋も濁っている。そのまま相模へ引き上げた。
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武蔵の北から煙が上がるようになって、数日になる。
初めは府中筋であった。集めておいた兵糧が焼かれ、こちらが兵を出す前に退いた。二度目は別の筋へ出て、荷駄と集積場を荒らした。近くにいた勢が向かうと、戦わずに引く。三度目も似たようなものであった。
率いているのは今川治部太夫らしい。五千ほどだという。それだけは、どの物見も同じことを言って来た。
上杉修理大夫朝興は、江戸城を望む本陣の幕の内にいる。
小弓と房総が着いてから、ひと月近くになる。初めの日に扇谷の直轄が寄せて、押し戻された。それきり、大きな攻めはかけていない。道を塞ぎ、村を押さえ、囲みを締めて行く。北条が出て来たならば、これを討つ。そういう手はずであった。
手はずの通りに進んでいる。進んでいるのだが、城はまだ落ちない。堀の水も、櫓の旗も、ひと月前と変わらなかった。
床几の上で足を組み替えると、脛当てが草摺に当たって鳴った。この音を、このところ何度も聞いている。じっとしていられないのである。
太田美濃守が、書付を膝の上へ置いて坐っていた。三日前から、この男の顔つきが変わっている。
「どう見る」
「二つ道がござる」
答えが返るより先に、三戸駿河守が身を乗り出した。
「一つではござらんか。兵を出し、討つ」
美濃守が目を細めた。
少し不愉快そうな色が見えた。目の下がたるんでいるので、そのぶん険しく見えるのかもしれない。この男は寝ていないはずであった。
「それが二つ目にござるな。分かりやすく禍根を断てる。面目もたちましょう」
「それ以外にございませぬぞ、御屋形様。美濃守殿も国人らを抑えるためにはこれ以外にありましょうか」
国人、という語が出た。
「国元に帰りたいというものは、まさか出て来たのか」
美濃守は首を横に振った。
「今のところはございませぬ」
修理大夫は肩から力を抜いた。
半年かけて集めた家々である。触れを回してから来るまでに、刈り入れだの病だの領内が静かでないだのと、それぞれもっともらしい理由を並べて来た者ばかりであった。万を超える軍が集い、旗色定かにせよと申し付けてようやく出てきたものが大半である。帰る理由ができたのであれば、すぐにでもそれを口に出すだろう。
「今のところは、でござる」
美濃守が言葉を継いだ。
「運ぶ予定の兵糧が燃えた、我らに付いた村々が襲われたという話は伝わっております。それでどうなっているのかと探る動きはあり申す」
それでこの三日、この男はろくに寝ていないのか、と修理大夫は思った。陣の外を回って、そういう動きを一つずつ潰していたのであろう。誰と誰が幕を寄せて話していたか、この男はいちいち覚えている。覚えて、こちらへは名を挙げない。挙げれば処断の話になるからであろう。
「美濃守、最初の案とは何だったのか」
「気にせぬ。これにございます」
「それは」
言いかけて、修理大夫は口を閉じた。
自領を焼かれるのを、見す見す見逃すということである。
武蔵の北といえば、扇谷の膝元であった。俵を出させ、人を出させ、そのかわり守ってやると言って回った村が焼かれている。焼かれているのを知りながら、兵を向けずにここに坐っている。
修理大夫の根幹、武士のはしくれとしての一分がひどく汚された気がした。
それを、この男は最初の案として出した。二つ道があると言っておいて、こちらを先に置いた。
美濃守は膝の書付を裏返した。
「お判り申す。美濃守も腹立ちがござる。されど向こうの狙いは明らか、こちらの軍を江戸から引きはがしたいのでござろう。つまり甲斐での富田城と同じことでござる」
甲斐か、と修理大夫は胸の内で繰り返した。
今川治部が二度目に名を響かせた一戦である。仔細は取り寄せて読んでいた。囲みを解かせ、動かし、動いたところを叩いた。読んだときには、なるほどと思ったのである。
思ったが、あのとき城を囲んでいた側は、こちらの十分の一の兵で囲んでいた。
駿河守が膝を進めた。
「お待ちあれ、あれは囲む兵が足りないという前提がござろう。江戸城の包囲は十分すぎるほどにござる」
「では駿河守はどうせよと」
「軍を分けるというのは如何でござろうか。江戸城の包囲はしつつも、治部を追う」
修理大夫は、その言葉を頭の中でもう一度並べ直した。
包囲は解かない。焼き働きは止める。両方できる。数があるから、両方できる。数があるとはそういうことではないか。
駿河守は膝を進めたまま、こちらの返事を待っていた。この男は初めから、待つのは損だと言い続けている。丹波の話も、京の話も、この陣では誰も本気にしていない。目の前にあるのは、落ちない城と、焼かれる村だけであった。
「美濃守、何を思う。存念を申せ」
美濃守が息を吐いた。
「敵の全容が見え申さぬ。北条も今川も何もしておらぬゆえ、どうもこの五千、やはり餌に思え申す」
「良いではないですか」
駿河守の声が高くなった。
「われらの狙いは北条をつり出し打倒すこと。餌の結ばれた先に大軍がいるのであれば望ましいことにござろう。江戸城にはそうですな半分、三万程度のこし、治部の背を追う。今川の軍は動くには早すぎましょう。待ち構えるとしたら北条のみ」
幕の外で、伝令の馬が下りる音がした。誰も出て行かない。
「ここで決められるか」
駿河守が首を縦に振った。それだけで、この男の中では話が済んだらしかった。
修理大夫は、もう一度美濃守を見た。
「わしは前に出たい。早くこの大軍にて決着が欲しい。正直に申せ、これは焦り故の誤った考えか」
言ってしまってから、幕の内が静かになっているのに気づいた。
美濃守は腕を組んでいた。組んだまま、床几の脚のあたりを見ている。しばらくそうしていた。指が二度、袖の上を叩いた。
顔つきは苦いままであった。
「そう、とは申せませぬ。御屋形様、駿河守殿が申す事、道理にございます」
修理大夫は膝の上で拳を開いた。
「ですが」
美濃守が続けた。
「兵の内訳にはお気を付けください。扇谷の領地のことです、扇谷の兵を厚く、それ以外の兵もお連れください。江戸城攻め、手抜きをしていると思われてはいけませぬ」
駿河守が大きく首を振り下ろし、幕を跳ね上げて出て行った。呼び止める者はなかった。幕の隙間から、外の光と、人の動く音とが一度に入って来た。
修理大夫も、胸を撫で下ろしている自分に気づいた。もしかすると、これで終わるかもしれない。半年触れを回し、冬まで待って、そのあげくに十万を抱えて動けずにいる。それが終わる。
美濃守が、床几から腰を上げながら言った。
「戦場にて迷われた時は、慎重になりなされ。良いですな」
修理大夫は頷いた。
連れて行く兵は三万五千と決まった。
当初想定した今川の全軍と、およそ同じ数である。扇谷から二万二千を出し、残りは山内と武蔵の国衆から出させた。
山内は、思いのほか気持ちよく兵を割いてくれた。
正直に言えばこれは渋られるものと思っていた。数を出せば、そのぶん手柄の分け前を言い立てるのが常であった。ところが返事は早く、条件らしい条件も付いていない。
左馬頭も、十万という数を重く思っていたのであろう。文の書きぶりに、これで片がつくならという色が滲んでいた。少なくとも修理大夫にはそう読めた。
陣を離れたのは、それから三日後である。
江戸の囲みを美濃守に預け、北へ向かった。街道は乾いていて、進みは悪くない。治部太夫が現れたという場所には、二日で着いた。
だが誰もいなかった。
物見を四方へ出したが、影も形もない。旗も、馬の糞も、新しいものは出て来なかった。
あるのは焼けた跡ばかりである。
郷倉の柱が黒く立ち、その周りに灰が広がっていた。柱に打ってあった札まで焼いてある。渡しの舟は流されて、瀬の石に引っかかったまま黒く残っていた。橋のあった場所には、割られた丸太の燃え残りが水に浸かっている。橋は、落とすだけなら縄を切ればよい。わざわざ割って焼いてある。
村を通ると、人が出て来て道の端に立った。何かを言うでもなく、行軍を見ている。俵を出せと言って回ったのはこちらであった。
三万五千が、焼け跡を順に通り過ぎていった。
南へ出した物見の一人が戻って来たのは、その日の夕方であった。
「今川勢、南の北条領に逃れました」
修理大夫の両肩に、ぐっと重いものが乗った。
「追いましょう」
駿河守が言った。
そう言いたかった。行って来い、と。
だが、言葉が出て来なかった。
ここまで前に出られたのは、勝手を知った自領だからである。俵はどの村から出るか分かっているし、道も水も分かっている。北条の領へ入れば、そうはいかない。兵糧の道が伸びる。伸びた道の脇には、まだ落としていない北条方の城が幾つも残っている。
「この大軍ならば押し切れますぞ」
駿河守がもう一度言った。
早く終わらせたい。前へ出れば、北条との決戦になる。決戦になれば、この数である。負ける道理がない。
道理がない、というところで止まった。
二日前にも同じことを考えた。同じことを考えて前へ出て、着いた先には誰もいなかった。
修理大夫は手綱を握り直した。革が冷えている。
そこで、美濃守の言葉が浮かんだ。
修理大夫は、撤退の号令を出した。




