5章_9
大永六年十月の下旬。
細川右馬頭尹賢は、丹波の神尾寺城を囲んでいた。城主は柳本又次郎賢治。右馬頭が讒言し、上意討ちとなった男の兄弟である。
道永も、右馬頭もはじめはそもそも軍勢による囲み、征伐なども不要と考えていた。幕府、先の管領による誅罰である。少し圧した後、言葉を緩めれば勝手に首を垂れ、腹を切るであろうと高をくくっていた。
だがこの兄弟は腹立たしいことに阿波方の将、三好何某に呼応し、今なお細川京兆家に対して反旗を翻している。それゆえ、道永は腰を上げ、従兄弟である右馬頭に軍を任せ、丹波に向かわせた。波多野兄弟の蜂起をここで止め、阿波方に調子に乗らせないために先手を打つことに決めたのだ。
そして、この城を囲んで四日になる。
初めは、手間の要る城ではないと思っていた。丹波の山城など、どれも似たようなものである。
麓を押さえて水の手を切り、二度も三度も兵を上げれば、その辺りで話がつく。又次郎の籠る城も、そうなるはずであった。
しかし攻めてみると、思っていたものと違った。
まずこの神尾寺城は取り付く道が細い。細いうえに急である。
木を切り払った斜面を這うようにして登り、一つ目の曲輪へようやく取り付いても、その上の段から矢が落ちて来る。矢は上から下へ落ちるので、当たれば深い。攻め口は東と南の二筋しかなく、そこへ兵を集めれば、集めた分だけ的になった。
この四日間で三度、兵を上げた。三度とも押し戻された。二度目には曲輪の柵まで取り付いたのだが、崩した柵の向こうから槍が出て、退くときに斜面で足を取られた者が多く出た。降りて来る兵の顔を見ていると、次に上げても同じことになる、という顔をしている。
陣は谷筋に長く伸びている。この時季の丹波は朝と夕に霧が下り、昼のうちだけ山肌が乾いた。刈り入れの済んだ田がところどころ白く見える。
その様子さえも、右馬頭には自分を嘲笑っているかのように思えた。
「田舎の小城風情が」
右馬頭は床几に腰を下ろしたまま、城を見上げていた。知らず知らずのうちに唇を噛んでいる。
柳本は、兄、香西左衛門尉の仇を討つと諸方へ触れているという。仇と言えば聞こえはよい。
ただ右馬頭に言わせれば、柳本も、八上に籠る波多野孫四郎元清も、ただの謀反人であった。
「あの兄にして弟ありか」
右馬頭は膝をゆすった。床几が揺れ、膝鎧がからからと音を立てた。
そもそも香西には疑われるだけの理由があった。今川へ流れているものがある、今川と阿波をつなげようとしている。
そう道永の耳へ入れたのは右馬頭だが、入れるだけの話は揃っていたのである。
今をもってしても道永の判断は正しく、首を刎ねよと言う処置も真っ当に思える。天下の騒乱の火種なのだ、一族連座にならぬだけ温情といえる。
だが、あの兄弟はそれを不服として兵を挙げた。
謀反に自ずから連座したのであれば、これも謀反人に違いがない。
まだ落ちぬか。早う八上にも参らねばならぬのに。
膝をゆすりながら、右馬頭は城を睨んだ。
実のところ、落とさねばならない城はここだけではない。波多野の八上城もあるのだ。
こちらの方も別働の兵が囲んでいるが、落ちる気配がないと言っている。
只管に固い。攻め落とせぬと知らせが来ていた。
それでも右馬頭は、こちらが折れる理由はないと考えていた。
大義はこちらにある。囲みを解かずにいれば、丹波の家々もそのうちに腹を決める。二つの城とも、そうなれば落ちる。
そう言い聞かせ、膝をゆすり続けた。
そして昼過ぎになって、丹波守護代の内藤弾正忠国貞が本陣へ上がって来た。
右馬頭は顔を顰めた。
丹波へ入ってからというもの、この男は同じことばかり言う。
人が足りぬ、道が悪い、日が短い、と、進むための話は一つもなかった。
道永の代理として討伐の軍を預かっている自分に、丹波の守護代ふぜいが繰り返し意見を差し挟む。それが不愉快であった。
攻め寄せる兵が十分であれば、道を見知ったものが幕臣にいれば、こんな男に頼りたくはなかった。
弾正忠は具足のまま床几の前まで来ると、片膝をついて兜を脇へ置いた。籠手にも草摺にも、山を上り下りした泥がそのまま乾いている。
浅黒い泥がいやに汚らしく思えた。
「右馬頭殿。先日の一件、御一考いただけただろうか」
右馬頭は鼻で笑った。
「道理がござらん。あれらは謀反人にござろう。丹波の衆は引くと申すが、天下の理がそれを許さん」
「天の理は内藤にはわかりかねるが、地と人の理はいかがであろうか」
「何が言いたい」
みしり、と音がした。手元である。軍配の柄を握り込んでいた。
弾正忠の目線がそこへ落ちているのに気づいて、右馬頭は指を緩めた。
「丹波衆の集まりが悪い件、これの実情については某からは申せませぬ。ただまずは数が足りないということを受け止め、攻囲を緩めるのは如何か。これ以上、士気の下がった兵で相手の本城近くに待ち構えるのは厳しゅうござろう」
集まりが悪いのは、確かであった。
触れを回した数を出さない家がある。来ても人数が少ない。攻め口を割り振っても、割り振った刻限に人が揃わず、揃っても前へ出たがらない。理由を問えば、刈り入れが遅れている、病が出た、領内が静かでない、山道が崩れて荷が上がらぬと、どの家もそれぞれにもっともらしいことを言う。隣り合った二つの家が、同じ日に同じ理由を書いて寄越したこともあった。
右馬頭は、周りの国衆がこちらを見ている気がした。
謀反人共が。
上ってくる言葉を腹の底へ押し戻し、ゆっくりと言葉を選んだ。
「なるほど」
「お判りいただけたか」
「確かに丹波衆の幕府への忠義のほど、ようわかり申した」
弾正忠が息を吐いた。右馬頭は腹立ちのまま、だが確かに言葉を選びながら口を開いた。
少しでも、この田舎者たちに道理というものを伝えようとした。
「よろしいか、あれらは幕府の屋台骨たる京兆家に成り代わらんとする、阿波方に呼応したるもの。いうなれば天下の騒乱の種にござる。事実、増長したる今川の小僧を阿波方に繋げようとさえしておる」
どこかで、ぼそりと声がした。
「隠居の坊主が癇癪を起こしただけであろう」
「誰だ」
右馬頭は立って見回した。胴の色も指物の形も揃わぬ具足が、幕の外まで並んでいる。脛当てにはどれも、山を上り下りした泥が乾いてついていた。動く者はいない。
「誰が申した」
名乗り出る者はない。しばらくして、
「某が申した、そういたしましょう」
弾正忠が前へ出た。右馬頭が何か言うより先に、この男は続けた。
「ようわかり申した。右馬頭殿の言い分、存念、承知いたし申した。それでよろしいか」
目線が絡んだ。
弾正忠は屈強な武士である。肩も首も太く、大鎧がよく似合い、腰の刀も抜き慣れているのが見て取れた。
その男が、目と鼻の先にいる。背後には丹波衆が並んでいる。誰も動かず、誰も口をきかない。日はもう山の向こうへ傾きかけていて、陣幕の影が長く伸びていた。
知らず知らずのうちに、右馬頭は視線を外していた。
「であればよい。早う休むように」
丹波衆は何か言いたげであったが、そのまま下がって行った。弾正忠は兜を取り上げ、去り際に一つだけ言った。
「では、右馬頭殿もままになされよ」
言い負かした、と右馬頭は思った。少なくとも黙らせた。
守護代とはいえ、この男も所詮は丹波の地侍の頭である。京の理を前へ出せば、それ以上のことは言えぬ。
この小城さえ落とせば、八上に向ける兵も増える。
そうすれば弾正忠らも手のひらを返すだろう。そう考えた。
だがその夜、夜襲が来た。
狙われたのは包囲陣の一角、長塩民部丞の陣である。細川方の兵であった。
前に立ちたがらない丹波衆に代わって、城に近い攻め口も、夜回りも、このところ細川の兵が多く引き受けている。
数日の攻囲で疲れが溜まり、そこで糸が切れた。柳本はそこを突いた。
城から降りた兵は篝火もほとんど使わず、闇に紛れて包囲陣へ寄り、長塩の陣へ一息に入った。
陣幕が崩れた。馬が暴れた。火が上がった。
「なんだ、なんだ」
右馬頭も起きた。幕の外が赤く、人の声はしているが、下知の声ではない。
「夜襲にござる」
外へ出ると、味方と敵の区別もつかなかった。火の届かぬところは、走っている影が誰のものかも見えない。倒れた幕を踏んで走る者があり、綱の切れた馬が二頭、篝の脇を抜けて行った。旗竿が一本、火の中へ倒れ込んだ。長塩の陣の方から、切り合う音と、名を呼ぶ声とが混じって上がって来る。
その中を馬が一騎、右馬頭の前を横切った。
「弾正忠殿の申し上げた通り、陣を下げるべきでございましたな」
「貴様、無礼な」
右馬頭は刀を抜いた。だがその者はすでに闇の方へ抜けている。顔は分からなかった。
くそ、と胸の内で毒づき、刀を納めて軍配を抱えた。小者を呼んで兜の緒を結ばせる。指が思うように動かぬらしく、小者は二度結び直した。その間に、騒ぎは落ち着き始めた。柳本の兵は長く居座らない。一角を荒らすと、山へ戻って行った。
「御大将、御無事でしたかな」
弾正忠が顔を出した。
軍配を投げつけてやろうかと思い、思いとどまった。弾正忠の顔には血がついている。
「柳本の兵でござった。こちらの手勢で追い払い申したが、やはり陣を下げるべきかと」
「ならぬ」
弾正忠の目がこちらを射抜いた。右馬頭は顔を上げず、軍配を抱えたまま続けた。
「夜襲を受けたからと言って陣を下げれば相手が勢いづこう。こちらは大勢、大義もある。丹波勢が奉公さえすれば、あんな小城に籠る謀反人などたやすい」
「幕府の理ですかな」
抱えていた軍配を膝の脇へ下ろし、右馬頭はそこで顔を上げた。
「天下の理である。僭越ぞ」
「思うにそれは最後に整えるか、整うを待つべき物ではござらんか。人、地ときて、その後に天、では」
弾正忠は籠手をつけた手を、二本、三本と順に立てるようにして言った。言い慣れた口ぶりであった。丹波の者が寄れば、誰でも口にすることなのかもしれぬ。
右馬頭はじっと弾正忠を睨んだ。
血のついた顔が、火の残りを受けて赤黒い。恐ろしいと思った。それでも今度は目を逸らさなかった。
弾正忠が息を吐いた。そして目を逸らした。
「よろしい。ままになされよ」
そう言って、陣を立ち去った。
勝った、と右馬頭は思った。
翌朝、まず夜襲の損害が上がって来た。
長塩の陣は幕も柵も荒らされ、討死が出、手負いも出た。馬も何頭か失っている。積んであった兵糧の一部が焼けた。民部丞自身は無事で、報告に来たときには声が嗄れていた。
だが、軍そのものが崩れるほどのものではない。柳本の兵もすでに山へ戻っている。
右馬頭はひとまず安堵して、書付を膝へ置いた。
朝の霧が切れるのを待って、それから陣の外を見て、唖然とした。
外に並んでいるはずの丹波衆の旗が、明らかに減っている。もともとそう多くはなかったものが、今は三割ほど少ない。ところどころは旗ばかりでなく、陣幕そのものがなくなっていた。地面の色の違うところに、竈の灰だけが残っている。
夜半のうちに、陣を払ったのである。
「困りましたな。右馬頭殿」
目を見開いて陣を見ていた右馬頭に、弾正忠が声をかけた。昨日の返り血は既に拭われているが、どこか血の濃い匂いがした。
「弾正忠。これはいったいどういう仕儀であるか」
「知り申さぬ」
「知らぬで済む話か」
「なんども申し上げておりまするが守護代とて、丹波の諸家の腹まで括りつけておけるものではございませぬ。夜半に陣を動くものがあったとしても、右馬頭殿の指図と言われれば、某には止めようもござらん」
「道永様の代理として軍を預かる、右馬頭の陣を無断で離れること。これを見過ごすこと、謀反以外のなんだというのだ」
弾正忠がまた息を吐いた。深い息であった。
「右馬頭殿が、謀反とお決めになるのであれば、謀反なのでござろう。されど、もはやこれを許す許さぬの話ではござらぬ」
「なにを」
「丹波衆が陣を退くは、御身を蔑んでのことではござらぬ。機を見たのでしょうな」
「だからなにを」
弾正忠が懐へ手を突っ込んだ。
右馬頭は一瞬ぞっとし、身を引いた。だが何もない。差し出されたのは紙だけである。
「後方の赤井が動き申した」
「今頃か。遅すぎる」
「敵でござるぞ」
初めは、言葉の意味が分からなかった。
弾正忠が紙を投げて寄越した。無礼な、と叱りつけようとして、文面を見たところで言葉が出なくなった。
赤井五郎忠家が兵を出したという。
高国方への援軍ではない。柳本と波多野の後詰であった。夜のうちに消えた丹波衆の一部も、そちらへ合流しているらしい。
「赤井殿、丹波衆を纏め御身を狙っておられる様子。丹波勢は合流し、柳本、波多野と力を合わせ苛政に立ち向かうべし。中々の文でございますな」
「きさま」
「某ではござらん。何もしておらぬゆえ。ですが某も、もうお付き合いできませぬ」
「待て」
弾正忠は返事をしなかった。馬を引かせ、兜の緒を結び直して鐙に足をかける。
周りの丹波衆は、もう荷を馬の背へ移し始めていた。八木城へ帰るという。柳本に付くとも、道永を捨てるとも言わない。ただ、この軍にはこれ以上付き合わぬというだけである。
「申し上げた通り、ままにされよ。丹波衆の内藤は、天の理にはそぐわぬゆえ」
弾正忠が振り返り馬上から言った。遠間からでもよく通る声であった。
そしてその言葉を最後に、弾正忠は陣を出て行った。
そして守護代内藤が陣を去ったのを見て、まだ残っていた丹波衆のうち、いくばくかがまた幕を畳んだ。
名も知らぬ指物が、順に谷の道を下って行く。
右馬頭の手元には、もうそう多くの軍勢がない。
働こうとしない丹波衆に代わって、細川の兵はこれまで矢面に立って来た。
もともと圧倒的に多いわけでもないところへ、疲れがある。昨夜の夜襲でも損害を受けた。焼け残りの片づけをしている者たちの動きが、見ていて分かるほど鈍い。
このまま弾正忠の背を追って討つか。あの不忠な守護代を。
できるか。できるはずだ。
だが、それをしてどうする。
山の上には柳本がいる。別方面の八上には波多野がいる。
外からは赤井が来る。その周りには、道永方から離れた丹波衆がいる。
神尾寺を囲んでいたはずの細川の軍が、いつの間にか敵の中へ取り残されている。
「右馬頭様。われらは」
側にいた物頭が顔を上げた。
怒鳴りつけたかった。弾正忠を討て。城を落とせ。赤井を討て。
先ほどまでなら、どれも命じれば済む話のように思えたのである。
だが今は、それを実行するだけの兵がない。弾正忠を追えば、柳本が山から出る。神尾寺へ攻め上がれば、赤井が後ろへ来る。ここに留まり続ければ、残った細川勢がすり潰される。
それに何より、先ほどまで体に満ちていたものが、急に失せていた。
「下がる。下がればよいのだろう」
---
十一月に入って、京はにわかに冷えた。
細川道永は屋敷の奥の一間で、火桶を膝の脇へ寄せて坐っている。障子は閉めてあるが、明け方に降りた霜が、庭の土の色をまだ白くしていた。剃った頭に、朝の冷えがそのまま来る。道服の下へ一枚重ねさせたが、それでも足の指が冷たかった。灰の中で炭が一つ、位置を変えた。
次の間には小姓を一人だけ置いて、あとは下がらせてある。
その前に、従兄弟である細川右馬頭尹賢が頭を下げている。
丹波から引き揚げ、屋敷へ入ったのが昨日である。旅装は解き、鬢も当たらせて来たが、頬のあたりに山でついたものが残っていた。指の節にも切れた跡がある。半月ばかり見ないうちに、顔の肉が落ちていた。
「負けたのか」
まずそう言うと、平伏したままの肩が震えた。
「恐れながら、さにあらず。丹波衆の裏切りに合い申したため、徒に兵を失わぬために一時兵をひいたまでにございます」
言い終わるまで、右馬頭は畳から手を放さなかった。
結局負けたのだろう、と道永は思った。
押しとどめていたものを言葉にすると、腹の底から、ぐっと上がって来るものもある。神尾寺も八上も落ちず、丹波守護代までが陣を払ったという。差し向けた兵の数と、京から運ばせた兵糧と、この一月あまりに使った銭を並べて考えれば、何も取らずに戻って来られる方が不思議であった。
そもそも、この男の言うことを容れて香西を切らせたのが、間違いのはじめであったのではないか。あのとき四郎左衛門尉の首を刎ねさせなければ、波多野も柳本も動かず、丹波はいまも幕府の兵を出す国であったはずである。
言葉が喉まで来て、道永はそれを飲んだ。
今は不味い。この右馬頭を切り捨てる段階はとうに過ぎている。
この男の子の宮寿を、京兆家の跡目に迎える話が進んでいた。人を立てての相談は済み、あとは日を選ぶだけのところまで来ていた。ここで叱りつけて拗ね、話が壊れるのはうまくない。跡目は、丹波よりも先に決めておかねばならぬものであった。
道永は火桶の縁へ手をかけ、指を炭の熱の上へかざした。
「道理よな。丹波衆、誠にけしからず」
腹の中の憤懣を噛み殺しながら、そっと目線を丹波の方に向けて言った。
右馬頭の肩から力が抜けた。顔を上げたとき、声の出方が先ほどまでと変わっていた。負けたばかりだというのに、まるで大勝したかのような喜色が、右馬頭の顔に見て取れた。
「おっしゃる通りにござる。山間の小城に籠り弓矢を交えることもござりませぬ。道理をわきまえぬこと甚だしく、武士にあらず。守護代の内藤弾正忠なども」
道永は火桶の縁から手を上げた。
「して、今一度攻めねばなるまい。右馬頭、次は勝てるか」
右馬頭の口が閉じた。膝の上の手が、袴の折り目をなぞっている。
道永は黙って見ていた。答えは返って来ない。
この男では丹波は落ちぬ、と道永はそう思った。次には、山を登れる兵、厳しい戦いが出来る兵が要る。
そしてその兵のあては既に出来ていた。
「案ずるな、援軍は来ている」
「おお、さすがにございますな。して如何程に」
「若狭の武田がな、応じてくれた。千騎出すと文が帰ってきた」
若狭へ人を立てたのは、丹波へ兵を入れる前である。
返事は長く来なかった。三度目の文へ、ようやく数を書いて寄越した。
右馬頭が膝を打った。音が、閉めた障子に響くほどであった。
「さすが武田殿。それだけ出されれば、波多野兄弟のごとき謀反人など物の数ではございませぬ」
道永はすぐには答えなかった。薄く笑みだけを浮かべながら、右馬頭の目の奥を見た。
間違いなく右馬頭は喜んでいる。声の張りも、膝を打った勢いも、作ったものには見えなかった。千騎あれば城は落ちると、この男は本気で思っている。
道永は火桶から手を離した。内心では、ほっとしていた。
この男は、人を見下すことにかけては際限がないが、勝てるか負けるかの見当だけは、そう外さない。
負けると思えばすっと引く。丹波から戻って来られたのも、つまりはそこであろう。
そんな小心な男が丹波の城を見て、千騎の援軍で勝てると言った。道永の心を温めるには十分なことだった。
「丹波が落ちれば、他の国衆も勝ち馬に乗ろう。幕府に楽に忠勤を見せられる場、そのように捉えるものが増えれば増えるほど楽になるというものよ」
「けしからぬことでございますが、これも天下の政道のためであります。して、その集めた軍は丹波の後どこに向かいましょう」
さて、と道永は一度置いた。炭を一つ、火箸で起こす。
「海を渡り阿波に攻め込めと言えば、嫌がろうな」
「でございましょう。となれば陸、東は如何でしょうか。銭勘定のうまい小僧が増長しておると聞きまする」
「駿河か」
火箸を灰へ立てたまま、道永は少し考えた。
今川治部太夫への腹立ちは、確かにある。
朝廷へは、大葬の入用にと千貫を出した。使いの者が驚くほど、話は早かったという。それでいて、こちらへ寄越したのは百貫である。頭越しに公家へ積んでおいて、幕府にはその十分の一を置いて行った。文の書きぶりも、礼を尽くしてはいるが、隙がない。
見下されている、と受け取るなというのは無理な話であった。
大館伊予守を駿府へ下したときも、そうであった。上洛の日取りは家の者に預けたと言われ、その家の者からは今日に至るまで何も言って来ない。断られたのではない。断られていないから、こちらから催促のしようもないのである。
右馬頭が膝を少し進めた。道永は火箸から手を離さなかった。
だが、表立って誅罰にかけられるかといえば、これが難しい。
上洛しなかったのは、父が大病であったからだと言われれば、筋は通る。現に治部太夫の父、修理大夫はその通りに死んだ。大葬に千貫を出した相手を、朝廷が咎めるはずもない。理由のない討伐へ諸家が兵を出すかといえば、まず出すまい。
無理に攻めれば、丹波で広がりつつある、幕府は各地の武家の心を汲まない、という風潮を自ら肯定することにもなりえた。
道永は火箸で灰を穿った。
「考えておこう」
「そのような弱腰では」
道永は右馬頭を思わず見た。それから目を伏せた。怒りが目からこぼれそうだった。
弱腰。
それは丹波で兵を減らして戻ったばかりの男が言う言葉ではない。今日この座で、いちばん腹の立つ言葉であった。
それでも、言っていることの理は通っているため堪えた。
今川の五郎に一度思い知らせておかねば、後々に響く。それは道永も同じことを考えていた。
「考えておくというのは軍費のことよ。今川は銭勘定が得意なのだろう」
右馬頭の口もとが緩んだ。
「なるほど、丹波衆の裏切りで兵らも痛んでおりまする。阿波と向かい合うにしても物入りですからな」
「それに即位式に出す銭をこちらで預かり、幕府としてしかるべき形で出す。そういう向きもできる。次代の京兆家にとっても良かろう」
右馬頭の子供のことをほのめかす。すると、おお、と右馬頭が唸った。
即位式の銭について、公家たちは何も言って来ない。父の葬儀が済んだばかりの家へ、続けて出せとは、さすがに言い出しにくいものらしい。
あれほど今川の若いのを褒めていた二条の邸からも、そのことでの使いはなかった。
いや、公家が想定していた家中の乱れがなかったので、二の足を踏んでいるのかもしれない。そこは道永も見誤っていた。
父の死で家中が揺らぎ、外の権威に助けを求める。そういう想定が完全に外れた。
だが、これは別に幕府にとっては悪いことではない。
即位式が今川の名で行われぬのであれば、こちらが手を挙げればよい。銭の出元は今川だが、幕府を通って御所へ入るようになれば、公家の口も、今川の顔も、どちらも一つの筋の中へ入る。名を上げるのも幕府だ。
「まさしく天下の宰相たる振舞いかと存じ上げます。感服いたしました」
調子のいい男である。
その言葉を聞き流しながら、道永はふと、一通の文を思い出した。
堺から来たものである。近ごろ阿波方の動きが慌ただしい、早急に丹波を鎮めていただきたい、と書いてあった。
船の数が増えた、三好の筑前守が国もとで人を集めているらしい、というところまで書き添えてあった。
読んだときは、商人風情が指図がましいことを、と思っただけである。阿波が堺を圧するのは今に始まったことではない。
米も塩も、あちらの都合で上げ下げされ、そのたびに向こうは似たような文を寄越す。人を頼るときだけ字が丁寧になるのも、いつものことであった。
火桶の炭が、灰の中で崩れた。
いや、本当にそうだろうか。
道永は、そこで一度考え直した。
丹波衆は寝返った。幕府に勢いなし、道理なしと見たからである。では、その裏にいる阿波はどう見たか。
丹波衆を嗾けて、こちらの足を止めさせて、それだけで済ませるつもりか。
「道永様、如何いたしました」
道永は首を振った。
考えすぎである。阿波が前へ出るには、まだ弱い。朝倉も六角も健在で、あちらが海を越えて総がかりをすれば、背も横も空く。
三好にしても、そこまで無謀な男ではあるまい。
「いや、何でもない。少し冷えた」
右馬頭が下がったあと、道永はしばらく火桶の前にいた。庭の霜はもう消えている。灰を掻いて炭を寄せ、それから硯箱を引き寄せ、若狭への礼の文を書いた。丹波へ入る道と、兵糧の請け負いのことを書き添えた。書き終えて手を離すと、指先がまだ冷たかった。
そこから数日が経った。
堺からの急報が屋敷へ入ったのは、暮れ方である。取り次ぎの声が廊下の途中から走って来る足音に変わったのを聞いて、道永は立ち上がった。文を開き、二度読み、それでもすぐには坐り直せなかった。持っている紙の端が鳴った。
阿波方の軍勢が、堺を襲ったのだ。




