表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
7/44

6

雨は細くなっていた。


止んだのではない。

空はまだ低く、庭の土は黒い。

踏み石の周りには水が残り、軒から落ちる雫が、同じところを叩き続けている。


弥七の死から、幾日も経っていない。


館の者たちは、表向きには変わらなかった。

膳は変わらず丁寧に運ばれ、肌寒さを感じる前に火は入れられる。

帳は置かれ、廊下は拭かれる。

若君に対して、非礼などは一つたりともなく、この時代における最上級の扱いをされている。


だが、龍王丸の前を通る者の足音は、少しだけ細くなった。


皆そっと、息を殺して生きている。

それは何か咎められぬようにというより、龍王丸に存在を認められないようにというような素振りだ。


その変質をはっきりと言葉にする者はいない。言葉にすれば龍王丸を、そう、であると認めるからだ。

そう、であるものを自身の主君としなければいけないからだ。それが嫌ならば、立ち向かうほかはない。

しかし、その気概を持つものは屋敷には少なかった。


その日、龍王丸は中御門殿の御前へ呼ばれた。

中御門殿は母である。


本来の幼子ならばもっと頻繁に会う。そもそも親の手元から離されもしないかもしれない。

しかし、龍王丸は他の子供よりずっと早く親元から離れ、中御門殿に対して御台所として恭しく接した。

そのことが、生母との距離を一層あけ、二人の間に一言で言い表せぬ複雑性を生むことになった。


つまるところ、中御門が龍王丸を呼び出すのは相当のことである、ということだった。


龍王丸はふと懐かしく思った。久しぶりの母の間の香の匂いが数年前を想起させたのだ。

雨の日の湿気を押し返すような、静かな香である。


御簾は半ば下ろされている。

その奥に、中御門殿が座っていた。


顔ははっきりとは見えない。

見えるのは、白い手と、扇である。


お元気そうだ。そう思い、龍王丸は内心ほっとする。長雨は体に毒だ。


母の扇は開かれていた。

薄い紙に描かれた草花が、灯の揺れでわずかに動いて見える。


龍王丸は座った。


その前には、老臣が数人いた。

いずれも、父に古くから仕える者たちである。


老側付きもいる。


顔は固い。


あの下役の一件の後、老側付きは龍王丸を見る時、以前より深く頭を下げるようになった。

それが敬いなのか、恐れなのか、龍王丸には分からない。


母の扇が、静かに鳴った。


ぱちり。


それだけで、座の者が背を正した。

何事か始まるのだな、と龍王丸はただ目を細めた。


「若君」


老臣の一人が口を開いた。


「人の上に立つ者は、才のみでは足りませぬ」


龍王丸は黙っていた。

もっともなことだったからだ。才覚、つまり、物覚えの良さ、機転だけではリーダーは務まらない。

何事も部下の調子には気を使い、心身の変調には気を払わなければいけない。

ただ、そのような気遣いも頭の良さと同じくらい、才能といえなくもない。

と、言いたくなったが黙って小さくうなづいた。


「才は人を驚かせます。されど、人を安んじさせるものではございませぬ」


別の老臣が続ける。


「徳にございます」


徳。


龍王丸は、その言葉を聞いていた。

雨音が遠い。


「唐土に曰く、徳は孤ならず、必ず隣あり、と」


老臣は静かに言った。


「徳ある者は、ひとりではございませぬ。人が寄りまする。人が寄れば、御家は固まりまする」


その老臣は御簾の方を一瞥した後、最後に言い切った。


「御家が固まれば、間違いはのうございます」


徳は間違いを無くすのか。


龍王丸は、膝の上に置いた手を見た。


小さい手だ。


この手で、あの下役に触れてはいない。

それでも、あの者は死に、家は揺れている。


自分の間違いだった。だが、自分の行いは徳がなかったのか。

徳、それは道義心だ。

道義は人一倍気を付けたはずだ、と龍王丸は思った。


では自分の行いに正しかったのか。

頷けない。

現に死なせるつもりがなかったものが死んだ。


龍王丸の殊勝な態度を見て、良しとした老臣は続ける。


「また、政を為すに徳を以てすれば、北辰のその所に居て、衆星これに共うがごとし、とも申しまする」


北辰。


龍王丸は顔を上げた。


「君は動かず、徳をもって人を導くものにございます。恐れで人を集めれば、人は散ります。徳で人を集めれば、人は離れませぬ」


言葉は正しい。おそらく、正しい。

だが、龍王丸は頷きがたい。

前世の、今生の、行いと結果がどうにも食い違うのだ。

それが徳の有無では説明がつかない。


龍王丸は、ぽつりと言った。言ってしまった。


「徳を尊べば、私は間違えずに済みますか」


老臣の一人が、少し眉を動かした。

反論ではない。


老臣は答えに詰まったが、咳払い一つ挟み口を開いた。


「徳は、間違いをなくすものではございませぬ」


それは先ほどの言と食い違うのでは、と思ったが考えを改める。


「では」


龍王丸は言った。


「間違えた時、徳はそれを知らせますか」


座が静まる。

また仕損じたかと思いつつも、聞きたかった。

失敗しない、間違えない人間の心得とはどのようなものなのか。


中御門殿の扇が止まった。


老臣は、ゆっくり答えた。


「徳ある者には、諫める者が集まりましょう」


「諫める者が、恐れて口を閉じれば」


龍王丸は、また問うた。


「どうなりますか」


老臣の顔が固くなった。


龍王丸は、畳を見た。


心根が美しくとも、道義が宿っていても、行いが苛烈であれば諫める人は離れる。

諫められなければ、才人とて間違う。その間違いで誰かが死ぬ。

徳を第一の信条とするのは、正しくないのかもしれない。龍王丸はそう思った。


老臣の一人が、少し身を乗り出した。


「なるほど若君。人を恐れさせぬためにも、仁を兼ねる必要がありますな」


仁。


龍王丸の好きな言葉だ。儒教の徳で、思いやり、慈しみ。

中々手に入らないがゆえに欲している。


「仁者に敵なし、と申します。仁ある君は、刑より先に人を活かしまする。人は、恐れだけでは保てませぬ。情けがあってこそ、御家に身を寄せるのです」


龍王丸は、その言葉も聞いた。


情け。

あの夜、自分は情けをかけたつもりだった。

あの男に情けをかけ、家にとどまれるようにしたつもりだった。

だが、あの男は家を、龍王丸から離れようと死んだ。


仁があれば、すべてうまく収まったのだろうか。


「仁者に敵なし、誠か」


龍王丸は繰り返した。


「疑いなく」


老臣があまりに自信に満ち溢れてそういうので、思わず聞いた。

頭を埋めつくさんとする懊悩から解放されたかった。


「宋襄の仁は兵を救わなかった。これは何故」


老臣たちの顔が強ばった。


龍王丸は、まだ静かだった。


責めたつもりはない。

ただ、問うた。知りたかった。前世と今生の疑念を晴らしたかった。


老臣の一人が答える。


「宋襄の仁は、仁の名を借りた拙さにございます」


声に、少し硬さが混じった答えだった。


「真の仁とは、時を誤らぬもの。敵を利し、味方を死なせるものは、仁ではございませぬ」


龍王丸は頷かなかった。だが、一定の納得感はあった。

ただ、補足するのであれば、と付け加える。


「ならば仁にも、時を見る目が要る。仁徳のみでは間違おう」


老臣の口元が固くなる。

老側付きが、少し身じろぎした。


座はまだ壊れていない。

しかし、畳の下に水がしみるように、何かが広がっていた。


別の老臣が言った。


「信でございます」


龍王丸は、その老臣を見た。


「民、信なくば立たず、と申します。食があり、兵があっても、信がなければ国は立ちませぬ」


老臣は、まっすぐに龍王丸を見た。


「人は、君を信じてこそ従いまする。若君が信を失えば、蔵も、帳も、兵も、すべて形だけのものとなりましょう」


龍王丸は息を吸った。


信。


信用、信頼と言い換えてもよい。これも龍王丸が好きな言葉だった。


だが、信があればよいのだろうかとも思う。

その人を信頼し、能力を信用し、大きな仕事を任すというのは美しいことかもしれない。

ただ、人はその与えらえた信頼を裏切るのを恐れる。

恐れるがゆえに、


「信を守るために、間違いを伏せれば」


龍王丸は言った。


「間違いは大きくなる」


老臣は黙った。


「仁徳を見る目として、信では不足」


龍王丸の声は、少しだけ低くなった。

誰かに言い聞かせる言葉ではなく、自分自身に言い聞かせるように言った。

信は重要だが、心がけだけでは間違いは防げない。


「徳、仁、信、これを兼ね備えても正道には至らず。同じ過ちを繰り返し、同じ様に人は死ぬな」


かといって、どうすればよいのだろうか。

ほかの五徳か。誰か教えてくれないのだろうか。


雨音が、また大きく聞こえた。


誰も、すぐには答えない。


龍王丸は、膝の上の手を握った。目を閉じて五秒数える。

アンガーマネジメント、セルフコントロールだ。


潮が引くように、懊悩が静まっていく。


長く息を吐き出し、ここまでだなと、諦めた。


ここで止めるべきと判断する。

母の御前であり、老臣たちの面目もある。

もはや何も手に入らぬのに、踏み込む必要はない。


老臣の一人が、最初に徳を説いたものが言った。

固い顔だった。両の手は膝の上で拳を形作っている。


「若君」


その声には、明らかな怒りがあった。


「我らは、人を死なせるために徳を説いているのではございませぬ」


「伝わっている」


「であるならば」


老臣の声が強くなる。


「なぜ、そのように刃を向けられる」


龍王丸は黙った。

老臣は続けた。


「唐土の書は、人を斬るためのものではございませぬ」


座が動かない。


御簾の奥の扇も動かない。


「若君は、書を刃にしておられる」


龍王丸は、その言葉を受けた。


そうかもしれない。故事を舌先でもてあそび、揚げ足を取った。

その結果、老臣は心を切られたと感じた。ならば、龍王丸が書でこの老臣を切ったのだ。


「若君、皆恐れております。ほかでもないあなた様をです。皆、あなた様が何を考えているのか、何をなさりたいのかわからないのです」


その老臣を止めるものはないなかった。静けさは周囲の賛同であった。

龍王丸は、少し考えた。

考えながら雨を見た、それから抜かるんだ土、最後に蔵を見た。


それから問うた。


「何が分からない」


老臣は、すぐには答えなかった。


何が、と聞かれるとは思っていなかったのだろう。

座の者たちも、わずかに息を詰めた。


龍王丸は待った。

老臣は、言葉を選ぶように口を開く。


「ご無礼ながら、若君は突拍子もないことをされまする。下々はそれが御慈悲なのか、御咎めなのか、判別できませぬ」


龍王丸は黙っていた。


「御沙汰なのか、御戯れなのか」


老臣の声は、少しかすれていた。


「怒っておいでなのか、助けようとしておいでなのか」


雨音が、遠くなる。


「それが、分かりませぬ」


龍王丸は、老臣の言葉を聞いていた。

それらが人には混じって見えるのか。


龍王丸は、膝の上の手を見た。


「ならば」


静かに言う。


「咎めぬ時は、咎めぬと言えばよいか」


老臣の眉が動いた。


「情けの時は、情けと言えばよいか」


誰も答えない。


「沙汰の時は、沙汰と言えばよいか。戯れではない時は、戯れではないと言えばよいか」


老臣たちは黙った。


龍王丸は続けた。


「良し悪しの筋を、先に示せばよいか」


雨音が続く。


龍王丸は、本当に問うていた。


だが、その問いが、さらに座を冷やしていることも分かった。


また違えた。


しかし、どこが違うのか分からない。


龍王丸は、老臣を見た。


「私には、何が足らぬ」


その言葉で、老臣の顔が変わった。


龍王丸は続ける。


「何があればよい。何があれば、人は口を閉じずに済む。何があれば、間違いを言える。何があれば、死なずに済む」


老臣は、拳を握った。


「若君」


声が震えていた。


「それでございます」


龍王丸は黙った。


「足らぬものを足せばよいとお考えになる。それが、我らには怖ろしいのです」


座の空気がさらに冷えた。


「人の心は、蔵の米ではございませぬ。帳の空白でもございませぬ。足して、埋めて、整えれば済むものではございませぬ」


老臣は、そこで一度息を吸った。


だが、怒りは止まらなかった。


「若君には、人の心が」


雷鳴。


まさに霹靂であった。


突如降った雷は、老臣の言葉を押しとどめた。

龍王丸は深く、静かに息を吐く。その先は、危うかったからだ。


人の心がないのか。人の心がわからないのか。

どちらにも続きかねない言葉だった。

そして、そのどちらもが主君の嫡子に向けることは許されない。


老臣自身も、踏み越えかけていることに気づいたのだろう。

顔が青ざめている。


今川の嫡男に対し、衆人の前、それも母である中御門殿の御前で、そなたは人心なき御方であると言いかけた。

それは、老臣の失言では済まない。老臣の一門にも咎が及びうる。


龍王丸は目を細め、揺れる御簾の先を見た。固く扇を握りしめる手を見た。

息を吐いた。失敗を認めた。


そして、小さく笑った。


「はは」


座の者たちが、動きを止めた。


龍王丸は、頭を下げた。


「浅学であった」


老臣たちが息を止める。


「書を諳んじられるようになっても、身にはつかぬし心が追いつかぬ。

誠、そなたらが正しい。心が追いつかぬのに、形だけ足そうとするのも浅ましい」


さらに頭を下げる。


「母上」


御簾が揺れる。扇は閉じられていた。


「お騒がせしました。お許しください」


声は静かだった。


雨音だけが続いた。



====


龍王丸は下がった。


去り際の所作は、教わった通りであった。

いや、教わった以上であった。


今川の血を引く男子の中には、龍王丸より年長の者もいる。

だが、礼法において、あれより上の者はいない。


無論、それは礼法に限った話ではない。


限った話ではないということが、ことをややこしくしているのだった。


龍王丸の足音の余韻さえ消えても、誰もすぐには口を開かなかった。


老臣は、開きかけた口を閉じた。

老側付きは、深く息を吸った。

別の老臣が、ようやく絞り出した。


「若君は、まこと、まことに、聡うございますな」


それは、誉め言葉ではなかった。


誰も、すぐには頷かなかった。

誰も、否定もしなかった。


ただ、雨音だけが続いている。


「本来は」


やがて、一人が低く言った。


「蔵の夜のことを、伺うはずでございましたな」


誰も返さなかった。


「若君が、なぜ夜半に蔵へ向かわれたのか。あの下役に何を仰せられたのか。何を見、何を咎め、何を許されたのか」


そのための場であった。


母である中御門殿の御前で、若君の心を荒立てず、問い、聞き、鎮める。

そのつもりであった。


「それが」


別の老臣が、苦く言った。


「徳だ、仁だ、信だと」


笑う者はいない。


龍王丸に話を逸らされた、とは誰も言わなかった。

幼子に呑まれた、などとはなおさら言わなかった。


だが、確かめるべきことは、確かめられなかった。


「我らに、落ち着きがなかったのでございましょう」


老臣の一人が言った。


「詰問するつもりではなかった」


皆が頷きかけたその時、一つの声が上がった。


「そもそも、若君にさほどの過ちはありましょうか」


いまだ席を立っていない、龍王丸の老側付きだった。


老臣たちの目が、御簾と、龍王丸の去った廊下の方へ動いた。


老側付きは、顔を上げないまま続けた。


「あの夜、若君が咎められるべきは、夜半に御一人で蔵へ向かわれたこと。それは確かに不用心にございます」


言葉を切る。


「されど、それだけにございます」


老臣たちは黙った。


「若君は、あの下役を罰してはおられませぬ。手討ちにもしておられませぬ。米を戻させ、帳を改めよと仰せられた。家を追えとも、縛れとも、命じてはおられませぬ。御屋形様の領分を犯したわけでもございませぬ」


老側付きの声は、静かだった。


「衆目の中で、詰問されるほどの咎は、ございませなんだ。咎があるとすれば、御身を止められなんだ我ら側付きにございます」


座が重く沈んだ。


誰も反論しなかった。


あの下役は死んだ。

不吉な詫び状を書き残し、満足そうな顔で喉を突いた。


まるで高僧のような姿だったと、見分した者が言った。


そこから噂がひとりでに歩き回り、聡明な、聡明すぎる若君と結びつき、今日に至った。


若君の行いを一つ一つ数えれば、確かに咎めは薄い。

これを責めすぎれば、嫡男への難癖と取られても仕方がない。


だが。


「では、何も問わぬままでよいと申すか。若君はあのままでよいと申すか」


老臣の一人が言った。


「そうは、そうは申しませぬ」


老側付きは答えた。


「ただ、このように御重臣方が御台様の場で言葉を浴びせかけるなど、あまりに」


老臣は黙った。


御簾の奥で、扇が小さく鳴った。


ぱちり。


中御門殿は、まだ何も言わない。


老臣の一人が、深く息を吐いた。


「……落ち着かなかった」


それは、誰に向けた言葉でもなかった。


「若君のことも、あの下役のことも、館の者らの目も。何もかも、落ち着かなかった」


別の老臣が、わずかに頷いた。


「それで、このようなことになった。それは我らの落ち度である」


雨音だけが続いた。


老側付きは、まだ得心がいっていないようだった。

憮然として、言った。


「どうか先ほどの言は、二度となさいませぬよう」


誰も、すぐには答えなかった。


老側付きは続けた。


「人の心が、という言は、場合によってはことがことになりまする」


「分かっておる」


老臣自身、あの言葉に何をつなげようとしたのか分からなかった。


人の心がない。

人の心が分からない。


いずれも、今川の嫡男に向けてよい言葉ではない。


老臣は、ひそかに身を震わせた。

もし、あの時の稲光がなければ、自分は何を言ったのだろうか。


「分かっておりまする」


老臣が言い直すと、御簾の奥で、扇が閉じられた。


ぱたり。


その音で、座の者たちは一斉に姿勢を正した。


ようやく、中御門殿が口を開いた。


「あの子のことで、家中を割ることはなりませぬ」


静かな声だった。

若い声でもあった。


「遠江の御屋形様も、それはお望みではありますまい」


雨音が続く。


「若君も、幼き者の戯れ言と申しました」


中御門殿は、少し間を置いた。


「ならば、この場も、そのようにいたします」


老臣たちは、深く頭を下げた。


「ただし」


中御門殿の声が、わずかに硬くなった。


「この度のこと、御屋形様へ文を出します」


「よろしいのでございますか」


老臣の一人が、思わず顔を上げた。


場合によっては、御台と御屋形様の間に亀裂を生む。

みだりに嫡男を下げ、家中を騒がせたと寵を失うかもしれない。


「隠すことではありませぬ」


中御門殿は短く言った。


「龍王丸にも、父君の御言葉が要りましょう」


その言葉に、室内に残された者たちは、一斉に頭を下げた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ