4章_10
大永五年二月の初め、朝比奈備中守は一万二千の軍勢を駿府に集め、信濃へ向けて出立した。
駿河、遠江から集められた兵である。先陣に続いて馬廻りが出、その後ろを槍足軽、弓の組、荷駄が進んだ。隊列の中には朝比奈家の旗に交じって、今川五郎氏景の馬印も見えた。
一万二千の兵が、一つの軍として駿府を発つのは、今川家にとって初めてのことだった。
福島兵庫助が甲斐へ入った戦でも、戦役全体で動かした兵はこれに劣らなかった。しかし甲斐へ送られた兵は、戦況に応じて何度にも分けて出されたものである。一万を越える兵が同じ日に旗を立て、同じ目的地へ進む姿を、駿府の者が見るのは初めてだった。
沿道には早くから人が集まっていた。
店を閉めて軒下に立つ商人もいれば、仕事の手を休めて道端へ出て来た職人もいた。農家の者は、田畑へ向かう途中で足を止めた。馬の蹄と草鞋が乾いた道を踏み、槍の穂が冬の日をはね返しながら、長い列となって西へ進んだ。
最初のうちは声を上げて兵を見送る者もいたが、列がいつまでも途切れないので、その声も次第に少なくなった。人びとは黙って道を進む兵を眺めた。具足の鳴る音と荷車の軋む音が、町の中を絶え間なく流れて行った。
館の近くに屋敷を与えられている公家たちも、その出陣を見ていた。
表へ出る者はなかった。簾の隙間から眺める者もいれば、家人を往来へ出し、旗の数や荷駄の長さを数えさせる者もいた。ただ彼らの多くが見ていたのは、軍勢の向こうにある、これだけの軍を悠々と放てる今川の国力だった。
駿河一国の守護に過ぎなかった今川が、遠江、三河、甲斐の兵を号令一つで動かした。その一方で、一万を越える軍を一度に送り出している。その事実は、京の公家にとっても無視出来るものではなかった。
西国には大内がいる。将軍家を支え、また必要とあれば京の政を覆すだけの兵と銭を持つ家である。今川もまた、東国にあって、それに近い力を持ち始めたのではないか。
公家たちはその日のうちに部屋へ戻り、見たことを文にしたためた。
今川五郎が一万余騎を率いて信濃へ向かった。駿府にはなお兵が残り、甲斐にも三河にも今川の旗が立っている。今川はもはや、東海道の一守護として扱うべき家ではない。
そうした文が、それぞれの縁を頼って京へ送られた。
朝比奈備中守の軍は、駿府を出ると丸子を通り、宇津ノ谷を越えて西へ進んだ。島田で大井川を渡り、掛川、見付を経て、遠江の平野をゆっくりと横切った。
行軍は急がなかった。
一万二千の兵を動かすには、兵の足よりも兵糧と馬の方を気にしなければならない。先触れが先へ走り、宿所と蔵を改め、米、味噌、秣を用意させた。荷駄が遅れれば本隊も止まり、川が増水すれば水が引くのを待った。
見付から軍は北へ折れた。二俣、犬居を通り、水窪へ入ったころには、道の両側に雪が残るようになった。
そこから先は、平地のようには進めなかった。
軍勢は細長く分かれ、先に出た人夫が雪を掻き、崩れた道へ木を入れた。馬が足を取られれば荷を下ろし、人の背へ移した。狭いところでは一列となり、前の兵が峠を越えても、後ろの荷駄はまだ谷底にいることがあった。
それでも軍は止まらなかった。
朝比奈勢は青崩口から信濃へ入り、遠山郷を抜けた。さらに小川路峠を越え、二月も二十日を過ぎたころ、飯田盆地の南へ姿を現した。
小笠原大膳大夫が今川に弓を引いてから、二十余日後のことである。
---
小笠原大膳大夫は、今川勢が遠江から来ることだけは読んでいた。
諏訪、高遠の方角から入るのは遠く、それに無駄もある。今川に味方するか、信濃勢として立つか、そんなことでもめている家である。大軍を前にすれば共通の敵を見つけたと、一丸となることも考えられる。
地形にも問題があった。甲斐口は雪が深く、万を越す軍と荷駄を通す道ではない。今川が信濃へ兵を入れるなら、遠江から北へ上がり、下伊那へ出て来るほかはないと見ていたのである。
ただ読めなかったのは、兵の数だった。
朝比奈備中守が率いる軍勢は一万二千だという。千四郎が言っていた数より、四千も多かった。
この戦は、もとは板垣千四郎が持ち込んだものだった。武田の遺児竹松を旗に甲斐で兵を起こし、今川の兵を甲斐、関東、信濃に分けさせれば、小笠原にも勝機がある。信濃へ入る今川勢は、甲斐の兵を交ぜても八千ほどに過ぎず、冬の山道でさらに減ると千四郎は言った。
大膳大夫は一度、その千四郎を斬ろうとした。だが小笠原の名で動いた兵が、すでに甲斐へ入っていると聞き、刀を納めた。千四郎を斬ったところで、越えた兵が戻るわけではなかったからである。
今川が一万二千を出した以上、こちらも兵を集めるほかなかった。
府中からは、領内の兵を後先考えず掻き集め、二千を出した。当然これでは足りないので、松尾、鈴岡など伊那の一門を呼んだ。これらはおそらく三千、うまくいけば四千は出すだろう。さらに越後の長尾から援兵が約束通り来れば、七千から八千にはなる。諏訪と高遠がこちらに傾けば、一万に届くことも考えられた。
「朝比奈勢がいかに多くとも、下伊那の道では一度に動かせませぬ」
千四郎はそう言った。何度も頷きながら、誰かに言い聞かせるような口ぶりだった。そうだ、そうだ、と呟いてから、はっと大膳大夫に振り向いた。
「そしてこちらは、諏訪、高遠が出れば数は並びまする。あとは山と雪が、今川の兵を減らしてくれましょう」
大膳大夫は返事をしなかった。山、雪、よその家の兵。どれも小笠原が命じて動くものではなかった。ただ、徐々に近づいて来るであろう一万超えの軍勢を思い、南へ眼を向けた。
それからしばらく経ち、蓋を開けてみたが、兵は集まっていなかった。
最初に来たのは、府中に近い一門と、以前から大膳大夫に従っている国人たちだった。松尾から来た兵は約束した数の半分にも届かず、鈴岡に縁を持つ者たちも、自領の守りを空けられぬと言って小勢を寄越しただけだった。
諏訪からは、兵を整えているという返事が来た。高遠からも、近日中に出立するとの文が届いた。
当然だが、約定の日を迎えても、どちらからも兵は来なかった。正直に言えば、それに大膳大夫が腹を立てることはなかった。まあ、そうだろうという諦めとともに、両家の文を焼き、かえって腹が据わった。
反面、日が経つにつれ、千四郎は口数が少なくなった。初めは、伊那の一門は朝比奈勢の出方を見ているだけだと言った。次には、諏訪か高遠が必ず機を見て動く、そうすれば出し渋っている者も続くと言った。
朝比奈勢が遠山郷へ入ったとの報せが届いた日、大膳大夫の手元にいる兵は、四千を少し越すだけだった。
「こんなものか。よう集まったな」
大膳大夫は、兵数を書きつけた紙を膝の前に置いた。
「本日までに着いた者は、これですべてにございます」
老臣が答えた。
「松尾、鈴岡には、もう一度使者を出したはずだが、一門衆はなんと申しておる」
老臣は苦々しく口角を上げた。心底の軽蔑が見え隠れした。
「さて、松尾殿からは不思議と返事がございませぬ。鈴岡殿は、雪で兵が出せぬとのことでございます」
「大膳大夫の一門ならば、雪程度はねのけて来るものと思うておった」
「ええ。まさか雪の冷たさに腰が引けるとは、思いませなんだ」
大膳大夫は眉間を揉んだ。鈴岡も、まさかそのような言い訳が通るとは思っていないだろう。つまりは、すでに今川についている。
大膳大夫は顔を上げ、そばの千四郎に眼をやった。
千四郎は寒そうに震えており、顔を真っ青にしている。
大膳大夫は、その千四郎に聞こえるように問うた。
「して諏訪と高遠は、どちらが先に着くか競っておるのか」
「おそらく両家でしておられるのは、兵の速さではなく我慢比べかと。先に動いた方が負けなのでしょう」
「結構なことだ」
大膳大夫は紙を見下ろした。書かれた名は少なく、余白ばかりが眼についた。
残るのは長尾勢だった。
千四郎がもっとも頼みにしていた援兵である。越後の長尾が高梨方へ兵を入れれば、村上はそちらへ引きつけられる。その隙に一千、二千を南へ回せると聞いていた。
「千四郎、長尾勢はこちらに来る。信濃守護の威光で、村上は膝を屈するのであったな」
千四郎は青い顔のまま頷いた。
「無論にございます。信濃の国人が、どうして守護様に逆らいましょう」
千四郎の声は震えていた。よく聞き取れず、館の隙間風に掻き消えるほどである。その弱々しさが、今だけは哀れに思えた。
ゆえに、甲斐国人の板垣千四郎は、甲斐守護の今川五郎に逆らっておるではないか、などとは言わなかった。
その日の夕刻になって、長尾勢についての使者が来た。
男は雪と泥に汚れた姿で広間へ通されると、大膳大夫の前に平伏した。
「長尾勢は千に届きませぬ」
大膳大夫は、ふむと唸った。
「元は二千と聞いておったが、何ゆえにそこまで減った。そして、その千とやらはいつ来る」
使者は口をわずかに開けた。思ってもいない話が出たと、虚を突かれたようだった。大膳大夫は横眼で震える千四郎を見やった。
「失礼ながら、長尾勢は、出せても千と、当初より申しておりました。これは村上を警戒させぬためと決めたことでございます。それに、この千にしても高梨方へ入ろうとしておりますが、村上勢に道を塞がれ、動けずにおりまする。信濃守護様の話をいたしましても、知らぬ、存ぜぬの一点張りで」
使者の口に鋭いものが混じった。正月明け早々に雪道を行き来する苦労が、そのまま言葉に上ったように感じられた。
大膳大夫は息を吐いた。臓腑の奥に溜まったものを、深く、静かに吐き出した。
「左様か。長尾殿には苦労を掛けた。何分、こちらも上杉やらに振り回されておるようだ」
広間が静かになった。
大膳大夫は千四郎を見た。千四郎は使者の方を向いたまま、しばらく動かなかった。やがて、かすれた声で言った。
「こんな馬鹿なはずはない」
大膳大夫は立ち上がった。手は刀の柄にあった。
千四郎が振り向いたときには、刀は抜けていた。大膳大夫は声もかけず、刀を振り下ろした。手応えはなかった。しかし遅れて、首が板敷きの上を転がり、柱の手前で止まった。
前に大膳大夫の腕を押さえた老臣も、今度は動かなかった。
大膳大夫は刀の血を払い、鞘へ納めた。
「首は塩に漬けておけ」
「勿体のうございますが、致し方ありませぬな」
いまここに至り、大膳大夫の胸中は完全に定まった。
下伊那で朝比奈勢を止める。山と川を使い、冬の間を持たせる。その間に和睦の手立てを探す。
和睦の条件として差し出すものは何でもよかった。千四郎の首でもよい。竹松を討てと求められるなら、それも受け入れるつもりだった。諏訪を売り、高遠を売り、それで今川が兵を退くなら構わなかった。
ただ、一戦も交えていない現状では、交渉すら成り立たないとも理解していた。
「四千を下伊那へ進める」
大膳大夫は言った。
「飯田、松尾の道を押さえよ。朝比奈を奥へ入れてはならぬ」
命を受けた者たちが頭を下げた。
勝てるとは思っていなかった。いま考えなければならないのは、今川に何を渡せば、小笠原の家を残せるかということだった。
---
伊那谷は、東西を高い山に挟まれ、天竜川に沿って南北に細長くのびている。谷の南で川の両側がひらけ、人家と田畑が集まる一帯を飯田といい、松尾はその西にあった。小笠原一門の松尾城は、天竜川の岸から一段高くなった土地の端に築かれている。
遠山から小川路峠を越えた道は、天竜川の東岸へ下る。そこから飯田、松尾へ進むには、川を渡らなければならない。
大膳大夫は四千の兵を率いて飯田へ入り、松尾へ通じる渡しの西側に陣を置いた。川の手前で今川勢を支えれば、万を越す軍も一度に押し出すことは出来ない。勝つことは考えていなかったが、山と川を使えば、しばらく止めることは出来ると思った。
布陣を終えた日の午後、大膳大夫は川岸の高みに立って、対岸を眺めた。
朝比奈勢の旗は、東の山裾から野へ出ていた。前方に見える兵だけでも小笠原勢より多く、その後ろには、まだ山道を下る軍列が続いている。旗は風の弱い空の下で重なり、槍の穂がときどき冬の日を返した。
「殿、あれを」
近習が指した。
朝比奈家の旗が集まるあたりに、大きな馬印が立っていた。今川五郎氏景のものだった。ひときわ大きく、遠目にも目立っている。
大膳大夫は眼を細めた。
総大将は朝比奈備中守と触れられていた。だが、一万二千もの兵を動かすとなれば、五郎自身が来ても不思議はなかった。
「今川の御屋形まで来たのか」
「ということは、あれが本軍か」
家臣らがざわめいた。声には隠し切れない不安があった。あの兵が今にもなだれ込んで来るのを恐れているのだ。
「よし、こちらへ来たか」
大膳大夫は笑ってみせた。陣の兵たちに聞こえるよう、大きな声で言った。
「あの小僧を討つ、よい機会ではないか。久しく戦らしい戦もしておらぬ。腕が鳴りおるわ」
家臣たちの顔が、わずかにゆるんだ。
大膳大夫はそのまま朝比奈勢を眺めていたが、家臣たちが物見を下りると、老臣を呼び止めた。
「分かっておろうな」
「総力戦にはいたしませぬ。渡しへ出て来た兵だけを防ぎます」
「それでよい。勝とうとするな。山と雪と川で阻み、日を稼ぐのだ」
「兵にも言い含めておきます」
「勢いに乗って追う者が出る。そこだけは止めよ」
老臣はうなずいた。
大膳大夫は、もう一度氏景の馬印を見た。四千で一万二千を迎えるのである。こちらの大将が恐れた顔を見せれば、それだけで兵は持たなくなる。
最初の衝突が起きたのは、翌日の昼前だった。
朝比奈方から二千ほどの兵が出て、渡しへ近づいて来た。ゆっくりとした歩みは、雪や伏兵を警戒しているように見えた。
先に弓兵が進み、その後ろを槍を持った兵が続いた。大軍を後ろに置いているにしては、少ない数だった。
何を狙っている、と苛立ちながらも、大膳大夫は采配を振るった。
まず直轄である府中勢二千に、伊那から来た兵五百を添えて川辺へ向かわせる。相手にとっては小手調べであろうが、小笠原勢にとっては全軍の半分に値する。手は抜けない。
「水際で止めよ。対岸へは出るな」
命じたのはそれだけだった。
朝比奈勢は弓を射ながら川へ入った。冬の天竜川は水量こそ多くなかったが、底には石が多く、流れも緩くはない。兵の列は自然に細くなった。
そこへ小笠原方の矢が飛んだ。
先頭にいた兵が二人、三人と水の中へ倒れた。後ろの者が足を止めると、さらに矢が降った。朝比奈方も射返したが、川の中から高い岸を狙うため、矢は届いても勢いが弱かった。
「ここだ。退くな」
大膳大夫の号令とともに、小笠原勢は岸へ出て槍を並べた。
朝比奈方の先頭が一度岸へ取りついた。だが足場が定まらぬところを槍で押され、川へ戻った。その後ろの兵も続けなかった。
しばらくして、対岸で退き太鼓が鳴った。
朝比奈勢は、負傷者を抱えながら川を離れた。
小笠原方の陣から歓声が上がった。
「殿、敵が退いておりまするぞ」
近習が言った。声が弾み、信じられないものを見たとばかりだった。
大膳大夫は胸の中に溜めていた息を吐いた。それから周囲の家臣を見回して、声を張った。
「当然よ。小笠原大膳大夫は信濃守護ぞ。今川ごとき侵略者を、信濃へ踏み入れさせるものか」
歓声がさらに大きくなった。
「追撃をお許しくだされ」
頬を上気させた若い武者が馬を寄せて来た。
川向こうでは、朝比奈勢が列を乱さず退いていた。逃げ崩れているわけではない。それでも兵の眼には、追えばなお討てるように見えたらしい。
「ならぬ。兵を戻せ」
「敵は退いております。いま押せば――」
「その後ろに一万がおる。目の前の二千だけを見て戦をするな」
ぴしゃりと言うと、若い武者は口を閉じた。だが唇を尖らせたままだ。若い武者は直轄の兵ではなく、伊那の筋から出された国人の子弟だった。
大膳大夫が采配で手のひらを叩くと、ようやく若い武者は馬首を返し、離れて行った。今しがた今川勢を追い返した大将に、逆らう気はなかったようだ。
大膳大夫は、前へ出た兵を休ませ、矢を補わせた。今川勢がこれで諦めるとは思えなかった。二千で足りなければ、次は四千を出す。その次には、さらに兵を加えて押して来るだろう。たとえ地形に恵まれなくとも、兵数は大きな武器である。交替させながら攻めさせるだけで、こちらの気力を萎えさせることが出来るのだ。
ところが予想に反し、昼を過ぎても、今川勢は動かなかった。
退いた兵を陣へ入れ、負傷者を運んだあとは、何事もなかったように静まっている。新たに渡しへ近づく旗もなく、弓兵を並べる様子もなかった。
日が傾いても同じだった。
「今川五郎も臆したのではござりませぬか」
先ほどの若い武者が言った。小憎らしい口調だった。
「某の見たところ、今川勢は山越えで兵が疲れているのでしょう。今夜、荷駄に火を放てば、陣中も騒ぎまする」
「夜襲はせぬ。渡しを守った。それでよい。こちらから一万の中へ入ることはない」
大膳大夫の言葉に、若い武者は納得した様子を見せなかった。彼からすると、明らかにいまが機なのだろう。それに対して動こうとしない大膳大夫へ、胡乱な眼を向けていた。
好きに思え、と大膳大夫は内心で呟いた。大勝など狙ってはいないのだ。手堅く守り、戦ったうえで譲歩を引き出せれば、それでよいと考えていた。
だが、小笠原の兵の間には楽観した空気が流れ始めていた。今川勢は数ばかり多く、山国の戦を知らぬという声も聞こえた。
こういうときにこそ、敵は夜襲をして来るのだ。兵を入れ替え、精鋭を向かわせて来る。大膳大夫は采配を握り締めた。
だが、その夜も今川勢は動かなかった。大膳大夫は浅い眠りを何度も繰り返し、眼を覚ますたびに護衛へ声をかけたが、今川の陣は微動だにしていないと返って来た。奇妙だとも思ったが、そのうちに大膳大夫は深い眠りに落ちた。
翌朝はよく晴れた。渡しの岸には白く霜が降り、川面から靄が立っていた。日が昇るにつれて靄は薄れ、対岸の旗が少しずつ姿を現した。
今川勢が再び動き始めたのは、日が高くなってからだった。
「昨日と同じほどにございます。ゆるゆると兵を進めて参ります」
物見から下りた兵が報告した。
渡しへ向かって来るのは、また二千ほどだった。旗の数も、進み方も前日と大きくは変わらない。
大膳大夫には、その意図が分からなかった。
昨日の戦で、二千では渡しを越せないことは今川にも分かったはずである。それでも同じ数を出すのは、こちらを少しずつ疲れさせるためか、それとも昨日の負けを軽く考えているのか。
大膳大夫は首を振った。悩んでいる暇はない。緩慢であろうと巨人は巨人。その手をはねのけなければ、押し潰されるだけだ。
「こちらも昨日と同じ兵を出す。川を越えるな。敵が退いても追うなと、重ねて申せ」
大膳大夫は命じた。伝令役は素直に頷き、馬を駆った。
二度目の戦も、初めは昨日と同じように進んだ。
今川勢が川へ入り、小笠原勢が矢を射た。先頭の兵が止まり、後ろの列が詰まった。小笠原勢は岸へ出て槍を揃え、今川方を押した。
昨日と違ったのは、小笠原方の兵だった。
一度勝っているため、動きに迷いがなかった。今川兵が一歩退くと、小笠原兵は二歩進んだ。岸辺を守るよう命じられていた者まで川へ入り、先頭の組は対岸へ上がろうとしていた。
いかぬ、と大膳大夫は感じた。
「前へ出過ぎておりまする」
老臣も同感だったのか、小さく言葉を洩らした。
「退き太鼓を――」
鳴らせ、と言おうとしたところで、言葉が止まった。老臣が訝しんだ。
「いかがいたします。退き太鼓を鳴らしますか」
大膳大夫はすぐには答えられなかった。
今川勢は、昨日より早く退いているように見えた。小笠原方の先頭はすでに対岸へ上がり、今川兵の背を追っている。確かに好機にも見える。
大軍を擁する今川勢が地形に足を取られ、自由に動けなくなる。これこそが、いまの小笠原の勝ち筋にも思えた。
「殿、今川は兵の多さに慢心しておりまする」
大膳大夫が迷っているところへ、若い武者が言った。その口調に腹立たしさを覚えた。
「あの二千を崩し、本陣に隙が見えれば、いっそ五郎の馬印まで押し込みましょう。いまならば、その首さえも取れまする」
「軽々しいことを申すな」
大膳大夫は叱った。だが、すぐに退けとも言わなかった。
現に眼の前では、今川勢が退いている。
誘いか、本当に脆いのか。どちらだ。
もしこのまま押し切れれば、信濃守護も領地も安泰なのではないか。そんな考えが浮かんだ。
「殿、左右が動いておりまする」
老臣の声で、はっと我に返った。
大膳大夫は左右へ眼を投げた。
川の上手と下手で、今川勢の旗が動いていた。正面の二千とは別に控えていた兵が、小笠原勢の両脇へ回ろうとしている。
その兵の動きは速かった。走っていても列は乱れず、槍も旗も揃っている。昨日から正面へ出ていた兵とは、遠目にも違った。
「あ」
そばにいた者が、声を洩らした。
大膳大夫はすぐに命じた。自分の判断の鈍さには辟易したが、それでも声を出した。
「退け。前へ出た兵を戻せ」
退き太鼓が鳴った。
だが対岸の兵は、すぐには動かなかった。勝っている最中になぜ退くのか分からず、なお前へ進む者がいた。川音と鬨の声で、太鼓を聞き取れぬ組もあった。
「退け、馬鹿者。左右を見よ」
大膳大夫は馬を進めて叫んだ。
ようやく危険に気づいた兵が、一斉に渡しへ戻り始めた。
そこで列が詰まった。
対岸から退く者と、川の中にいる者がぶつかり、思うように進めない。足を滑らせて倒れた兵の上へ、後ろから来た者が重なった。槍を捨て、流れの中を走ろうとする者もいた。
そこへ左右から矢が飛んだ。
逃げる兵の背や肩に矢が立った。川へ倒れ、そのまま起き上がれぬ者もいた。対岸に残った兵へは、今川方の長槍が迫った。
「本陣の兵を出す」
大膳大夫は言った。馬にまたがり、周囲の兵らに眼を配った。
老臣が前に立ち塞がった。
「本陣を動かせば、敵も出て参ります。それこそ、向こうの望みの決戦でございましょう」
「だが、このままでは、前に出した兵がなくなる。何も出来ぬまま、すり潰されるわ。急ぎ五百を渡しへ出せ。残りは旗を揃えて前へ進め」
「敵を押し返すのですか。数が足りませぬぞ」
「深く出すつもりはない。あの取り残された兵を拾うだけだ」
命令通り、本陣の兵が動いた。
渡しの西岸に槍を揃え、逃げて来る兵をその後ろへ通した。残る兵も旗を立てて前へ進み、小笠原方にもまだ後詰めがあることを見せた。
意外にも、今川勢はそこで足を止めた。
正面の兵も、左右から回った兵も、それ以上は追わなかった。鬨の声を上げたあと、負傷した味方を拾いながら川向こうへ退いて行った。
あと一押しで小笠原の本陣にたどり着けるほど優勢だったにもかかわらず、悠々と引き上げたのだ。
「今川勢が引きまする」
近習が分かり切ったことを言った。その声には安堵があった。
大膳大夫は答えず、川辺を見た。
多くの小笠原兵がうつ伏せに倒れ、ぴくりとも動いていなかった。旗指物は泥と雪の中に落ちている。
明らかに前日より多くの兵が倒れていた。大膳大夫の救援で命をつないだ者も多くいたが、腕の折れた者、武器を放り投げて逃げ帰った者など、戦意を残している者はほとんどいなかった。
これでは、今川勢を退けたなど到底言えない。前へ出した兵を、辛うじて取り戻しただけである。
大膳大夫は自分の情けなさに歯を食いしばりながら、対岸の陣を見た。
左右から出た兵の速さを見れば、朝比奈にはまだ余力がある。こちらの前衛が乱れ、本陣の兵まで動いたことも見られている。
「今宵こそ夜襲が来るぞ。勝負を決めに来る」
大膳大夫には確信があった。先ほどまで前線に出ていた兵が、顔をこわばらせた。
「負傷者を後ろへ移せ。川辺の陣を固め、夜番を倍にする。今夜は具足を解くな」
「まこと、今夜にございましょうか」
「あの兵を出せるなら、こちらが疲れていることも見抜いておる」
日が暮れると、小笠原方の陣には篝火が増えた。
負傷者の声は夜になっても絶えなかった。医者と僧が陣の間を行き来し、暗がりで人の名を呼ぶ声がした。見張りの兵は川向こうを見つめ、物音がするたびに槍を取り直した。
大膳大夫も具足を解かなかった。
床几に腰を下ろし、今川勢の陣火を見ていた。敵の陣には目立った動きがなく、火だけが東の野に長く並んでいる。
夜半に一度、川辺で声が上がった。
敵が来たというので兵が集まったが、流れて来た木が石に当たった音だった。その後も馬がいななき、人の走る音がするたびに、陣中の兵が起き上がった。
大膳大夫は昨夜と違い、寝転がることはおろか、ほとんど眼すら閉じなかった。
夜襲は必ず来ると思っていた。来れば、いまの小笠原勢で止められるかどうかは分からない。それでも残った兵をまとめ、渡しで受けるほかはなかった。
だが今川勢は、夜が明けるまで動かなかった。
空が白み始めると、川向こうの陣から炊煙が上がった。今川勢は何事もなかったように、朝の支度を始めていた。
---
大膳大夫が床几から立ったのは、空がすっかり明るくなってからだった。
一晩具足を解かなかったので、肩も腰も強張っていた。川向こうでは今川兵が飯を炊いている。幾筋もの煙が朝の空へ上がり、その下を兵が落ち着いた足取りで行き来していた。夜襲に備えて夜を明かした小笠原方とは違い、陣中に疲れた様子は見えなかった。
大膳大夫が陣屋へ戻り、兜を脱いだところへ老臣が来た。
「鈴岡に縁を持つ一門衆の者が、御前を願っております。今川勢を退ける策があると申しております」
大膳大夫は少し迷った。ろくな意見など出て来るはずがなかった。追い詰められたいまでは、なおのことである。
だが、それでも招き入れることに決めた。
「通せ。追い返せば、それを理由に陣を離れられても困る」
老臣は苦い顔で下がった。
ほどなく、鈴岡方から小勢を率いて参陣していた一門衆の男が、二人の家臣を伴って入った。前日の戦では渡しの下手を守っていた一隊で、相応の死傷者を出している。だが男自身の具足には、目立った傷も泥もなかった。
「して、どのような策であろうか。大膳大夫には、とんと思いつかぬが」
どこからか流れて来た飯炊きの匂いに、腹が痛んだ。
「われらは直に槍を交えましたがゆえ、今川方の精強さをもはや疑うことはいたしませぬ。このまま渡しを挟んで朝比奈勢と向き合っていては、日を重ねるほど不利になりましょう」
いまさら言うことか、と大膳大夫は思った。初めから不利だったのである。前日の戦で、それが誰の眼にも分かる形になっただけだった。
大膳大夫は内心の辟易を押し殺しながら、先を促した。一門衆の男は小鼻を広げた。
「されど一万二千の軍勢は、遠江から兵糧を運ばねば保ちませぬ。われらが山中へ入り、その道を断てば、大軍ゆえに、かえって長くは居座れますまい」
「そなたが朝比奈の後ろへ回るのか」
男は力強く頷いた。
「このあたりの山は庭も同然にございます。橋を落とし、狭い道を塞ぎ、荷駄を二度、三度と襲えば、今川勢は自らの重みに耐えられなくなりましょう」
大膳大夫は眠気で眼を細め、否定だけはしなかった。話だけを聞けば、筋は通っていた。しかし、それでもすぐには許さなかった。
男の後ろに座る二人は、具足の上から大きな荷を背負っていた。山働きの支度というより、二度とこの陣へ戻らぬ者の身支度に見えた。
老臣が大膳大夫のそばへ膝を寄せた。
「あの者は、すでに今川へ近づいた者と縁が深うございます。このまま山へ入れれば、戻っては参りますまい。行かせるならば、子か弟を陣に残させるべきでございましょう」
声は落としていたが、疑っていることだけは一門衆の男にも伝わったらしい。男の顔が硬くなり、後ろの二人も腰を浮かせた。
大膳大夫は老臣を制した。ここに至っては仕方がないと思うと、また胃のあたりが痛んだ。
「その策を許す。ただし、連れて行くのはそなたの一門だけだ。他家の者まで誘ってはならぬ。人数が多ければ、山へ入る前に今川方へ気取られよう」
男は一瞬、大膳大夫の顔を見た。それから深く頭を下げた。
「さすがは信濃守護様。必ずや朝比奈の兵糧を断ち、吉報を持ち帰りまする」
男が立つと、二人の家臣も続いた。陣屋の外に控えていた伊那の兵のうち、幾人かが一緒に行こうとしたが、男が眼で止めた。
一団の背を眼で追いながら、老臣が言った。
「このまま逃がして、よろしかったのでございましょうか」
老臣の眼には、敵を見るような軽蔑が浮かんでいた。
「よいはずがあるか。あれらは領地へ帰る。いや、今川方へ何ぞ話をつけに行ったのかも知れぬ」
「ならば、なおさら止めるべきではございませぬか」
「止めれば、ここで軍が割れる。揉めるにしても、朝比奈は近すぎる」
大膳大夫は陣屋の外へ出た。
去った一門の陣所には、燃え残った焚火と、置き捨てられた薪や藁束が残っていた。近くにいた兵が、使えそうな物を早くも拾い集めている。
大膳大夫は何度目か分からぬため息をついた。戦う気概のある兵は見当たらない。戦のあとの物拾いの有様である。
「陣を下げる。松尾寄りの高みまで退くぞ。これ以上、渡しのそばで兵を減らすわけにはいかぬ」
「退けば、今川方にはこちらが崩れたと見られましょう」
「もう見られておる。隠したところで、逃げた兵は戻らぬ」
小笠原勢が渡しの陣を畳み始めても、今川勢は追って来なかった。
旗を抜き、負傷者を荷駄へ乗せ、陣具をまとめて後ろへ下がる様子を、川向こうから見ているだけだった。陣を移す間にも伊那勢は減った。城の守りを固めたい、負傷した身内を送り届けたい、兵糧を取りに戻ると言って離れ、そのまま帰らない者が出た。
大膳大夫は止めなかった。止めるために兵を割けば、残る軍の方が危うくなる。それにこの段階になっては、心は別の方向へ傾いていた。
松尾寄りの高みに新しい陣を置くと、大膳大夫は祐筆を呼んだ。
「今川へ和睦を願う文を書く。余計な飾りは要らぬ」
大膳大夫は神妙な顔をした祐筆を座らせ、頭に浮かんだことを書き留めさせた。
まず和睦の証として、小笠原勢がただちに軍を退くこと。そして、このたび上杉と竹松の蜂起を結び、小笠原家を今川との戦へ引き入れた者は板垣千四郎であり、これはすでに処断したこと。今川が望むのであれば、その首を証として差し出すことを書かせた。
そこまで書かせて、大膳大夫は肩を鳴らした。数日の対陣であったのに、ひどく肩が凝っていた。四六時中、首に力を入れ、負けてなるものかと気を張っていたのだ。無理もないだろう。
その間も祐筆は、所在なさげに次の言葉を待っていた。大膳大夫は、済まぬ、済まぬ、と軽く詫び、続きを口に出した。ただ、随分と重い一文だった。
和睦がなれば、今後、小笠原は今川へ弓を引かず、諏訪、高遠の争いにも干渉しない。そのうえで、今川五郎氏景の寛恕を願う。
祐筆が書き上げた文を読み上げた。事実上の敗北を認め、許しを請う文は、聞いていて恥ずかしさすら覚えた。
だが、書き直させるつもりはなかった。
「その文でよい。清書して判を据えよ」
ずっとそばについていた老臣が、ためらいながら口を開いた。
「信濃守護職については、安堵を願わぬのでございましょうか」
「それを書けば、家ごと絶える。武田を見るに、言葉で誤魔化せる手合いではなかろう」
「しかし、何も記さずにおけば、今川が管領に頼んで守護職を取り上げても、異を唱えられませぬ」
「異を唱えれば、その口を永劫に閉ざされるという際である。ならば、いま残すべきは守護職ではなく、小笠原の家だ。血が残れば、いずれ小笠原に守護職が戻ることもあろう」
老臣は眼を伏せた。皺だらけの眼尻が濡れていた。
「口惜しいことでございます」
「そう感じられるうちは、まだ小笠原には目がある。そう思おう」
大膳大夫は文に判を据えた。
使者には、近くの寺から陣へ来ていた僧と、小笠原家の家臣を一人ずつ選んだ。板垣千四郎の首を納めた桶も持たせ、その日のうちに今川陣へ送った。
また同じ文の控えを、京に縁のある寺へも送り、駿府に下向している公家の耳へ入るよう頼んだ。今川が文を受け取ったことだけは、外にも残しておく必要があった。
使者は日暮れ前に戻った。使者の首が胴についているのを見て、大膳大夫はひとまず胸をなで下ろした。この兵力差と戦の発端を考えれば、撫で斬りもあり得た。
だが、当の使者は言いづらそうな、渋い顔をしていた。
「今川方は文を受け取ったのであろう。どうした、返事はもらえたか」
使者は申し訳なさそうに頭を下げた。
「朝比奈備中守殿の使番が文を受け取りました。千四郎の首も、その場で改めております。返事は備中守殿ご本人から出すゆえ、待つようにとのことでございました」
「今川五郎殿ではないのか」
「ところが、五郎殿は陣におらぬと申されました」
どういうことだ、と大膳大夫は疑問を覚えた。陣幕の隙間からも、五郎の馬印は眼に入った。合点がいかなかったが、いまさら当主につなげとも言えない。
ともかく、今川方は攻めて来る様子はないのだと判断し、待つことに決めた。
翌日になっても返事は来なかった。
大膳大夫は致し方なく、昼過ぎに二人目の使者を出した。機嫌を損ねることは十分に考えられたが、ことは族滅か否かにかかわる。あくまで和睦の文が朝比奈へ届いていることを確かめ、返答を求めさせた。五郎が不在だと言われた件には触れなかった。
その使者も夕刻には戻った。やはり無事だった。
「文は備中守殿へ届いておるようでございました。ただ、御返答はいましばらく待たれよと、それだけにございます」
文は届いている。それでも返事がないのである。
奇妙に思った。内容自体は、小笠原の全面降伏に近い。こちらを殲滅するつもりがなければ、一も二もなく飛びつくはずだ。罠かという考えも頭をよぎった。
だが今川勢は攻めても来なかった。渡しを越す兵を出さず、小笠原方の新しい陣へ矢を射かけることもしなかった。
その代わり、川向こうで普請を始めた。
初めのうちは、陣を固めているだけに見えた。兵が木を伐り、杭を打って柵を二重にし、浅い濠を掘った。出た土を盛り、物見の台も作った。
大膳大夫は、長く対陣するための野戦城だと思った。しかし、それを何のために作るのかは、まったく分からなかった。負けを認め、平押しでも潰せる相手に、野戦城を作る理由が思いつかない。
しかも普請は、それだけでは終わらなかった。
今川勢は峠から渡しへ続く道の泥をさらい、深い窪みへ石を入れた。狭いところは山肌を削り、荷車が通れる幅にした。陣の後ろには米や味噌を入れる蔵が建ち、馬をつなぐ長い小屋も作られた。
数日すると、大工や鍛冶が増えた。陣の外には米、塩、酒、草鞋を売る仮小屋が並び、荷馬を連れた商人が出入りするようになった。近くの村から薪や藁を持って来る者も現れた。今川勢は銭で買うらしく、一度来た者は、翌日にも荷を運んで来た。
数日前まで兵が死んでいた野に、人と荷が集まり始めた。
やがて川向こうの陣は、遠目には小さな宿場のように見えるようになった。柵の内側には兵がいるが、外では商人が値を呼び、大工が材木を削り、荷車が直された道を行き来している。
小笠原の和睦文には、なお返答がなかった。
冬の間、居座るつもりなのか。飯田から先へ進むための道を作っているのか。それとも小笠原勢が残らず離れるまで、返事を出さずに待つつもりなのか。
大膳大夫には、どれとも決められなかった。
高みから川向こうを眺めていると、今川の陣では、また新しい小屋の棟が上がるところだった。
「なんだ。何を考えておる」




