4章_6
大永三年、霜月の末。
吉田城の北を流れる豊川の水面は、重く垂れ込めた冬の空を映して鈍く濁った光を放っていた。
雪は夜明け前に一度弱まったものの、昼を過ぎる頃には再び吉田城の屋根を白く染め始めている。
昨日まで動いていた川普請も止まり、城内へ戻された人夫たちは、蔵の修繕や縄綯いといった屋内仕事に回されていた。
五郎の前には、京から届いた一通の書状が置かれていた。
差出人は、さほど家格の高くない公家である。文面には、東三河に残る自身の旧領について、地元の武士が年貢を納めず、荘園を不当に押領していると訴えられていた。
今川が由緒を重んじ、現地の地侍を退けて荘園を回復してくれるならば、五郎の官位について然るべき筋へ働きかけてもよい、などと恩着せがましく記されている。
五郎は書状を裏返し、何も感じることなくもう一度表へ戻した。
荘園を回復せよという訴え自体は、珍しいものではない。遠国の土地から年貢が届かなくなった公家や寺社が、現地の守護や有力国人へ助力を求めることは以前からあった。
しかし、実体のない官位への口利きを、露骨な取引の条件として書状へ残す者は多くない。力のない公家であるからこそ、吐く言葉、記す文字には細心の注意が必要なのだろう。それをこうも大胆に文として寄越す。おそらくこのあたりが、下級の公家に甘んじている理由なのだろう。
五郎は書状を脇へ押しやった。
「よろしいので」
向かいに座る三浦次郎左衛門が尋ねた。
「何が」
「公家よりの願いを、このまま黙殺することでございます」
「二十年、ろくに管理もできておらぬ荘園など、もはや彼らのものではあるまい」
次郎左衛門は、わずかに首を傾けた。
「で、ございますか」
鎌倉以来の武家の法には、二十年にわたって現に知行してきた土地について、後から古い証文を持ち出しても、容易には支配を覆さないという定めがある。
公家の家に残る寄進状や安堵状が偽物だというわけではない。かつてその荘園から年貢を受け取っていたことも事実であろう。
だが、京に住む当人は二十年以上、現地へ代官すら送っていなかったのだ。
水路が崩れても直さず、川が溢れても堤を築かず、村同士が境を争っても裁かなかった。年貢が途絶えた後も、現地の様子を調べた形跡すらない。
その間、自力で土地を守り、田を耕す者から年貢を集め、戦となれば血を流してきたのは現地の地侍である。
古い文書だけを見れば公家に分がある。だが、今の生きた土地を見れば、地侍に分があった。
無論、公家へ荘園を返すことが今川の利になるならば、五郎は地侍らに代替えの地を用意することもあり得た。または地侍の由緒を認め、年貢の一部を京へ送らせるなど、双方の顔を立てる骨折りもしたやもしれない。
だが、紙切れ一枚の官位の口利きなどという対価で、二十年も土地を守ってきた者から領地を取り上げる理由はない。
次郎左衛門は、脇へ退けられた書状を一瞥した。
「御屋形様が禁裏修理へ差し出された額が、京で噂になっているのでございましょう。今川の銭蔵は相当に口が緩いと、舐められておりますな」
五郎はふと、葉室らに追って出した三千貫の銭を思い出した。彼らは大層驚いていたが、決して返すとは言わなかった。あれぐらいでないとこの時代の公家は生きていけないのだろう。だが、それは別として、五郎は尋ねた。
「三千貫、出し過ぎたと思うか」
「官位も出せぬ公家からすれば、貰っても使い道に困るほどの額でしょう。その三分の一でも十分だったかと。どうせ幾ら出しても感謝など言葉だけでしょうに」
「公家に恩を売るために出したのではない。彼らが恩に感じてくれるなどとも、端から期待しておらんよ」
次郎左衛門はしばらく五郎の顔を見た。
「では、どなたの心を狙っておられた」
「細川」
細川武蔵守高国だけではない。そこらに根を張る細川一門に名前を売った。
無論、一番強い反応を示したのは武蔵守であった。
禁裏修理へ莫大な銭を出した後、幕府の管領、武蔵守から届く書状の文面は明らかに変わった。
以前の武蔵守は、今川を東国にある有力な守護家の一つとしてしか扱っていなかった。幕府への奉公を求める時も、命じれば従うことを前提とした高圧的な書きぶりが多かった。
今は違う。
今川が何を欲しているのか、何を出せるのかを、遠回しながらも探るように尋ねてくるようになったのだ。
この背景には大内による唐物の独占がある。先の寧波の一件により、堺に入る唐物、絹が格段に減った。
これを今川から堺の湊へ流せる品が、徐々に補い始めている。
甲斐と駿河の生糸、遠江の木綿、そして海沿いで作られる質の良い塩。どれも堺の商いを支え、膨大な銭へ替えることのできる品だった。
堺とつながることで力を得ている細川武蔵守にとっては、望外の援助である。
またその上、禁裏修理へぽんと三千貫を出してもびくともしない底知れぬ銭蔵があると示した。
あえて官位の打診を、細川の意向どおりに一度断って見せたことも効いているのだろう。
官位を欲しがって京へすり寄る田舎大名ではない。だが、幕府や禁裏へ銭も物も出さぬわけではない。武蔵守は今川という存在の優先度を一段、二段と上げたようだった。
次郎左衛門は周囲へ目を配り、声を一段潜めた。
「信濃守護の座、転がってまいりますかね」
「そこもとはどう思う」
「さて。某は御先代が駿河守護に任じられた折の並々ならぬ苦労を聞き及んでおりますゆえ、そう早々と守護職が降ってくるとは思えませぬが」
「遠慮がない」
「御身は、陰口を叩こうが面と向かって罵倒しようが、勤めを果たせば出世させていただけるようなので、こういたしました。気に入りませぬか」
「いや、それで頼む。若衆は少しばかり圧が強くて疲れる」
「一歩引いて物事を見られるのは、庵原の坊主殿ぐらいですかな。まあ、某としてもやりやすうございます」
次郎左衛門は顎へ手を添えた。
「そういえば、あの御坊は最近こちらで見ておられませぬが」
「ようやく甲斐から駿府へ戻した。今頃は宿老たちと、新たな法度について詰めさせている。それが終わればまた甲斐に戻すが」
駿府でまたやらかしたので、甲斐で労働の檻に閉じ込めるのだ。
次郎左衛門も慣れたもので、後半には反応しない。
「あの御坊らの定めた法は、国人たちにとっては聊か恐ろしゅうございますな。ですが、よろしいので?」
「五郎抜きで好き勝手に法を定めさせることか」
次郎左衛門は無言で頷いた。
「何も、あれらの案をそのまま受け入れるつもりはない。ただ、家臣らの意見を聞いて定めた法も見てみたい。その上で、こちらの腹案と照らし合わせる」
「左様でございますか。されど作ったものを却下されては向こうも嫌がりましょう」
「その時は安房守に頭を下げてもらおう」
国人には国人の守りたい権益があり、宿老には宿老の都合がある。どちらも口頭で訴えさせれば、先例や家格を並べ立てるばかりで、どこまでが本当に譲れぬ線なのか見えにくい。
ならば、まずは法という形へまとめさせればよい。
何を所領として認めるのか。どの争いを今川が裁くのか。軍役をどこまで求め、拒んだ時には何を取り上げるのか。家臣たち自身に一度書面として提出させれば、彼らが望む今川家の形の限界も見えてくる。
無論、五郎にも明確な腹案はあった。
今ある所領を、理由なく奪うつもりはない。
田畑だけでなく、山、川、渡し、市、関銭など、旧来の権利は一度書面にして明確に認める。何を持っているかを確定させ、その代わり勝手な売買や横領を禁じる。
一方で、今川の銭と人夫を使って新たに開いた田、新しく作った蔵や市、湊、工房から上がる利は、すべて今川が吸い上げる。
古いものを無理に奪えば、国人は反発し、隠し、抵抗する。
だが、これから増える新しい富を押さえれば、国人の家や面子を残したまま、今川の力だけを静かに、そして確実に肥大化させることができる。
軍役、外交、家同士の争論については、最終的にすべて今川の裁定へ従わせる。
五郎はその構想の概要を口にするつもりはない。次郎左衛門は譜代であるし、世慣れた男でもある。かといって胸の内を全て伝える必要を感じえなかった。
五郎が別の書状に手を伸ばした時、廊下の向こうで荒々しい声が上がった。
ほどなく近習が血相を変えて姿を見せた。
「境目より、急使にございます」
「通せ」
入ってきた男の肩には真っ白な雪が積もり、濡れた袴の裾には泥がべっとりとこびりついていた。男は広間の中央まで進むと、荒い息を整える間もなく両手をついた。
「申し上げます。松平次郎三郎、山中城を急襲。同城は落ちもうした」
次郎左衛門の顔から、先ほどまでの余裕のある笑みが完全に消え失せた。
五郎は静かに使者を見下ろした。
「いつのことだ」
「三日前にございます。明け方に攻めかかり、夕刻を待たずして落城したと」
雪で道が悪く、確かな報せが吉田へ届くまで時間を要したのだろう。
「松平の軍勢の数、多寡は分かるか」
「いえ。ただ、安祥から大軍が動いたという前触れはなく、岡崎方も攻撃を受けるまで全く気づかなかったようにございます」
次郎左衛門が低く呟いた。
「博奕なれど、果断でございますな」
大軍を動かせば、必ずどこかから話が漏れる。
松平一門のすべてが清康を惣領と認めたわけではない。各家へ動員を求めれば、反対する者から必ず西郷へ知らせが届いただろう。
西郷が先に山中城へ兵を入れてしまえば、短期で落とすことは難しくなる。
さらに言うならば、長引けば今川の仲裁というのもあり得る。今川は吉良という縁戚が西三河にある。こちらは五郎の妹の許嫁である。そのため、松平の大軍が西三河を動くことがあれば、縁戚の安全のためと仲裁へ入り、松平一門と西郷の争いを止めることもできた。
清康はそれを嫌い、手飼いの兵だけで動いたのか。あるいは、単に松平一門から十分な兵を集められなかったのか。
いずれにせよ、失敗すれば安祥の力を完全に失いかねない攻撃だった。
「落とせる算段はあったのであろうな」
五郎は淡々と続けた。
「して、西郷弾正はどうした。安々と城を落とされて黙ってはおるまい」
「生死の判別はつきませぬ」
次郎左衛門が思わず声を上げた。
「待て。どういうことだ。弾正殿は山中に詰めておったのか」
山中城は弾正の本城ではない。岡崎の東方を押さえ、東海道と周辺の道を監視するための重要な城ではある。だからと言って、弾正自身が常時詰めている場所ではなかった。
使者は重く首を振った。
「いえ。山中城への急襲を知った後、少数の供回りとともに救援へ赴かれたと。その後、岡崎へはお帰りになられておりませぬ」
「弾正は急襲の報せを掴んでいた、ということか。いや、なら何故だ」
次郎左衛門の言葉が途切れた。
大雪の中、十分な兵も集めずに山中へ向かえば、戻れぬ可能性は分かっていたはずである。
五郎はゆっくりと立ち上がり、遣戸の外へ目を向けた。
雪は先ほどよりも強くなっていた。白く煙る城下の先に、西三河へ続く道はすでに見えない。
「約定どおり、西郷の一族が落ちてくる。受け入れる準備をせよ」
次郎左衛門も立ち上がった。
「御屋形様、西郷弾正は」
「次郎三郎に討たれた。いや、討たせたのであろう」
弾正がいまさら次郎三郎に膝を屈し、今川に槍を向けるとは思えない。
だが、かといって弾正が一族とともに岡崎を捨て、今川領へ逃げ込めば、敵を前に国を捨てた当主となる。
また、弾正が次郎三郎に虜となったあと、家臣や一門だけが逃れれば、主を見捨てた者との誹りを受ける。
しかし、弾正自身が次郎三郎と戦って死ねば、西郷の者は当主の命を受け、家を残すために今川を頼ったことになる。
岡崎方もまた、次郎三郎に攻められ、弾正を討たれた側として扱うことができる。
弾正は自らが死ぬことで、一門が今川へ落ちるにあたって被るはずの汚名を避けようとした。
五郎はなんとなしに、弾正の胸中を察した。
次郎左衛門はしばらく黙り、雪の向こうを見た。
「次郎三郎が口を挟みますぞ」
「構うまい。先に野心を見せたのは向こうゆえ、こちらが退く理由はない」
次郎左衛門はわずかに息を呑み、五郎へ向き直ると、深く頭を下げた。
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山中城陥落の報せが吉田へ届いてからというもの、西郷の者たちは散り散りになって東三河へ落ちてきた。
初めに来たのは、雪の中を歩き通してきた足軽と下人であった。翌日には女房衆を守る家臣が十人ほど現れた。彼らの話は細部こそ食い違っていたが、西郷弾正左衛門信貞が自ら山中へ向かい、戻らなかったという点では一致していた。
一族だけではない。西郷家に代々仕えてきた者たちも、妻子を連れ、持ち出せるだけの荷を背負って今川の庇護を求め、吉田を頼った。
その中には、弾正の嫡男である西郷七郎の姿もあった。
七郎は数人の家臣に厳重に守られ、西郷家の印と幾通かの証文を携えていた。父から何を命じられたのかと尋ねても、ただ、東へ行けと言われたとしか答えなかった。
弾正の死も、間もなく確かなものとなった。
その後、十日も経たぬうちに、岡崎を押さえた松平次郎三郎清康から書状が届いた。
西郷七郎をはじめ、吉田へ逃れた一門と家臣を引き渡せという強硬な要求である。
西郷は松平の一門であり、その惣領たる清康に無断で他家を頼ることは断じて許されない。まして西郷弾正は、西三河を乱そうとした者である。子や家臣も、まずは松平家中で詮議いたしたし、とあった。
返す理由がない。三浦次郎左衛門は一蹴して突き返した。
すると数日を置かず、清康の重臣、大久保左衛門五郎忠茂が直接吉田へ乗り込んでやってきた。
人のよさそうな顔をしていたが、引くべきところでは容易に引かぬ手強い交渉相手だったらしい。
次郎左衛門もまた、相手の言葉尻を捕らえては皮肉で返した。
このあたりの詳細については五郎に伝わらなかった。吉田城の一角で筆を取っていると、次郎左衛門の息子や甥らが辟易した顔で廊下をバタバタと歩いていた。聞けば父の愚痴から逃げて来たらしい。
兎にも角にも、大久保も何度か吉田へ足を運んだが、話は一向に平行線のままだった。
五郎は二人の問答をしばらく放っておいた。
それでも大久保が四度目に吉田を訪れた時、五郎は唐突に次郎左衛門に言った。
「次郎三郎殿と、一度直接お会いして話してみてはどうであろう」
次郎左衛門はその言葉に顔を顰めた。だが、主君の言葉とあっては、大久保に伝えざるを得なかったらしい。
次郎左衛門の息子曰く、大久保は、明らかに驚いた顔をしたらしい。
その後、当主の意向を確かめる、とだけ答え、そそくさと岡崎へ戻っていったとのことだった。
数日後、次郎三郎から返書が届いた。力強い筆運びの文で、直筆の返事である。
内容は簡素であった。会談は受ける。場所は東三河と西三河の境に近い古寺、日時は年の瀬と指定されていた。
期日はあっという間に来た。
五郎の前後には十騎に満たぬ供がつき、一団は寺へ続く道を進んだ。
道の雪は固く踏み固められ、馬の蹄が沈むたびに下から黒い泥がのぞいた。
会談の一団についてきた次郎左衛門が馬を寄せてきた。
「討ち取ってしまいましょう。なあに、後でどうとでもなりましょう。構いますまい」
耳元で囁くような、物騒な声だった。彼の息子は聞こえたらしく、顔を引きつらせた。
五郎は前を向いたまま淡々と答えた。
「それもよい」
冗談のつもりだった次郎左衛門が、わずかに目を見開いた。
「ただ、斬った後で斬らねば良かった、とならぬようにせねばなるまいがな」
「それは、そうでしょうが」
「そもそも大久保らの再三の問答も、所詮は岡崎の支配を固めるための時間稼ぎなのだろう。折角吉田におるのに、無駄に付き合う必要もない。ならば雪が解けるのであれば、動ける態勢を作っておきたい」
次郎三郎が、本当に西郷七郎を取り戻せると思っているとは、五郎にも思えなかった。
弾正は死に、その子である七郎は今川の手にある。次郎三郎が強く返還を求めれば求めるほど、今川が西郷という正当な大義名分を抱えていることを西三河中に触れ回るようなものである。
それでも大久保を何度も吉田へ送り込んだのは、岡崎を落ち着かせる間、形の上で交渉しているとするためとも見ていた。
次郎左衛門は手綱を緩め、五郎の馬と歩調を合わせた。
「時間稼ぎと言いますが。向こうが岡崎を固めて伸びるより、今川が伸びる方が遥かに早うございますが」
その言葉は間違っていなかった。単純な伸び幅を見れば、時間は今川の味方である。
岡崎を得たばかりの松平と、駿河、遠江、甲斐、東三河を束ねる今川では、支配する土地の広さも、人の数も桁が違う。集まる年貢も、動かせる兵も、扱う荷も、比べるべくもなかった。
同じ一年を過ごせば、増大する富も力も今川の方が圧倒的に多い。
だが、それはあくまで家と家を比べた時の話である。
松平次郎三郎清康という、一人の人間の器について考えるならば、五郎よりも伸びしろは大きいのかもしれない。
「さて。そのあたりも見極めねばな」
次郎左衛門は何も答えなかった。
寺の門が見えてきた。
境内には、すでに松平方の馬が何頭も繋がれていた。
五郎が案内された一室には、大久保左衛門五郎と、向こう気の強そうな少年が待っていた。
五郎より数歳上に見える。肌は野山で日に焼け、頬にはまだ少年らしい丸みが残っていたが、上座に腰を据えるその姿には妙な落ち着きと威圧感があった。
五郎が入室しても、必要以上に頭を下げて迎えるような真似はしない。
「お待たせいたしました。今川五郎氏景と申します」
五郎が丁寧に名乗ると、少年は鋭く眉間に皺を寄せた。
「松平次郎三郎清康と、申しまする」
なるほど、と五郎は頷いた。
今川の勢力下に極めて近い寺へ、当主本人が出てくるだけの胆力は間違いなくある。負けん気が強いことも、その顔を見れば疑いようがない。
大久保という老臣も、よく仕えているようだった。
それでいながら、必要となれば、その大久保を伴って自ら会談へ出てくる。血気だけで動いている単なる子供なら、老臣に止められたまま、この寺へは来なかっただろう。
総じて言えば、間違いなく将器はある。西郷弾正の見立ては正しいのだろう。
「なにか」
次郎三郎が、値踏みするような五郎の視線に険しい目を向けてきた。
「いえ。失礼ながら聞いていた通りの人物と感心いたしまして」
「弾正か、その息子が何か言っておりましたか。どうしようもない粗忽者の若造だとでも」
「将器はある。機を見るに敏と。そのように申しておりました」
「皮肉を」
次郎三郎の眉間に、さらに深く苛立ちの皺が寄った。
「さて、弾正殿の偽らざる本心であるようにも思えます。でなければ、御身があれほどの速度で山中城に寄せると見て、ご自身が出陣されるわけがないのでは」
次郎三郎の目から、一瞬だけ怒りが消えた。代わりに、困惑が浮かんだ。
存外、純である。五郎はわずかに失望を覚えた。
内心の失望を隠そうと、薄く笑みを浮かべると、次郎三郎の眉間へ再び怒りの皺が寄った。
「次郎三郎を、からかっておられるか」
殿、殿、と大久保が横からすかさず声を挟んだ。
「申し訳ございませぬ。今川様も我が殿も、年の瀬で忙しい身でございます。若き当主同士、話が弾むのは喜ばしいことでございますが、どうかまずは本題を」
五郎にとって、本題はもう終わったようなものだった。
会ってみたかった者には会えた。顔を見て、いくつか言葉を交わした。これだけでも、次郎三郎という男の一端は見えた。吉田で大久保と不毛な書状を往復させるよりは、遥かに得るものがあった。
だが、表向きの用件はまだ終わっていなかった。
「本題と申されるのは、今川が新たに召し抱えた者のことでござろうか」
次郎三郎は深く息を吐いた。
それまでの荒い声を無理に抑え込み、努めて穏やかな声色を作った。
「認めなさるか。では話が早い。その者は松平の者でござろう。どうか速やかに引き渡しを願いたい」
「筋がないのでは。松平の血に生まれたからと言って、一生西三河の地から出ない、などという定めはありますまい」
ならば次郎三郎は、何があろうと他国へ攻め入らぬのか。そんな意味を僅かににじませた。
だが、次郎三郎は鼻を鳴らす。
「惣領として、一族が他家に無断で属することなど認められまいよ。そもそもその者らは他所と繋がって、西三河を不当にかき乱そうとしたのだから、なおさらのこと」
「他所、とは」
五郎が問うと、次郎左衛門が隣で低く笑った。この場で答えられるわけがない。そんな笑いである。
嫌な男だな、と五郎は思った。
だが、次郎三郎は嘲笑に晒されてもひるまなかった。ただ、五郎を真っ直ぐに睨み据えた。
「今川」
その一言で、五郎はこの男が少し好きになった。
今川五郎を目の前にして、今川こそが西三河をかき乱す他所者であると、面と向かって言い放ったのだ。
それで思わず口をついて、内心がこぼれた。
「よいな」
次郎三郎の顔から、再び怒りが消えた。
困惑し、すぐに目にまた怒りが舞い戻った。
「馬鹿にしておられるか」
「いや、失敬。その胆力、お見事と思うた故。されど、今川が西三河に触手を伸ばしたことなど、いまだただの一度もございませぬ」
「松平の地から人がそちらへ流れておる。そちらの堤で川の水もずいぶん減ったとも聞く」
「松平の地に生まれたからと言って、一生西三河の地から出ない、などという定めはありますまい。それに、川に堤を作ったことで訴えを起こした者も、近頃では助かっておると申しております」
「繰り言である。そこもと、一体なにをしにここへ来たのだ」
大久保が再び慌てて間へ入ろうとした。
だが、次郎三郎も五郎も、ほとんど同時に片手を上げてその言葉を制した。大久保は開きかけた口を無念そうに閉じた。
「次郎三郎殿に会いに」
「会ってどうする。丸め込もうと企んだのであれば失敗に終わり申したぞ」
「丸め込むなど考えてもおりませぬ。ただ互いの落としどころは凡そ分かり申した」
「こちらはまるで分かり申さぬ。結局、西郷は返さぬということでありましょうか」
五郎は静かに口角を上げた。
「そうですな。返すにあたって、いくつか約定でも結びましょうか」
次郎左衛門が後ろへ目を向けると、控えていた者が重厚な文箱を運んできた。
中には、あらかじめ用意させていた約定案がいくつも入っていた。
次郎三郎が岡崎から軍を退き、西郷七郎へ城を返すもの。
岡崎松平の後継には口を出さず、今川を両家の絶対的な仲裁者と定めるもの。
今後、岡崎と安祥の間に争いが起きた際には、すべて今川へ裁定を委ねるもの。
他にはもう少し松平に寄った案、今川に寄った案など多様にある。
ただ、どれも、次郎三郎が決して受け入れるはずがないと見ていた。
実際、一つ目を見た時には、次郎三郎は不快げに唸ったし、二つ目、三つ目などは、軽く目を通した後、大久保へ押し返した。
最初から成立するはずのない話である。西郷七郎を返すつもりはない。
次郎三郎も岡崎から退くつもりはない。それでも、互いに話し合った、という形だけは残さねばならなかった。
それでも大久保と次郎左衛門はあれこれと話し合い、ひとまず一定の合意に落ち着いた。
まず、西郷の帰属については棚上げ。
その代わり、今川は西郷の一件を理由として軍を発しない。また、松平もこれ以上、西三河で不用意に軍を起こさない。
双方がそのように形ばかりの約定を結んだのだ。
五郎は次郎三郎の不快げな目を見て、これらが守られるとは全く思えなかった。
ただ、約定に記された互いの名を確認し、礼を交わして会談は終わった。
寺を出る頃には、日は大きく西へ傾いていた。
帰り道、五郎は馬上で次郎左衛門と並んだ。寺から十分に離れたところで、次郎左衛門が声を潜める。
「気に入られましたか」
「さて、そこもとはどう見た」
「御屋形様に置かれましては、正親町三条の姫と話すときよりも楽しげであられました」
「こちらではない」
「松平の若当主であれば、傲慢で気に入らぬ。されど早死にする故、気に留めることもないと」
「そうなるか」
「前に出ざるを得ないから前に出る、ではなく前に出たいから前に出る。これでは家臣はついてきますまい。ああ、御屋形様に向けた言葉ではございませぬ」
次郎左衛門の倅が戦々恐々としている。だが五郎は喉を鳴らした。
「金言であるな。ほどほどに聞いておこう」
「胸に刻んでいただきたいのですが」
五郎は笑いをかみ殺しながら、馬を進めた。しばらく、雪を踏みしめる蹄の音だけが静かに続いた。
道の脇に残った雪は、傾く夕日の下で薄く赤みを帯びていた。
「して、松平は止まりましょうか」
その内に次郎左衛門が尋ねた。五郎は首を横に振った。
「それはあり得まいよ」




