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4章_3

大永三年の秋、正親町三条参議を乗せた船は、昼を少し過ぎた頃に駿河の清水湊へ入った。

入津を待つ船が多く、沖合でしばらく帆を下ろさねばならなかった。

以前にも今川家への使いで駿河を訪れたことはある。だが、その時はこのように船が列を作ってはいなかった。


小舟が忙しく行き交い、沖に留めた大船から荷を移している。

港へ近づけば、岸では人足が怒鳴り合いながら俵や木箱を運び、空になった船へ別の荷を積み込んでいた。荷を降ろして終わりではない。米を降ろした船には木綿や材木が載せられ、塩を運んできた船には別の土地へ送る品が積まれている。


どの船も、空で湊を出ていくことがなかった。


船を降りた参議は、迎えに来た今川家の者へ挨拶を済ませ、用意された輿へ乗った。

湊から駿府へ向かう道も、人と荷で埋まっている。

西から来た荷駄には、遠江の印がついていた。馬の背には木綿の束が高く積まれ、それを追う者たちの言葉には駿河とは異なる訛りがある。反対側からは、山方を下ってきた馬の列が近づいてきた。木箱や生糸らしい荷を背負い、巨摩などと記された札を下げている。

おそらく甲斐の荷であろう。


その合間を、商人、馬借、人足、寺僧、武士が途切れなく行き交っていた。

人が増えただけではない。誰もが足早だった。


京にも人は多い。禁裏へ向かう者、寺社の門前に集まる者、室町殿へ訴えを持ち込む者、今日の食い扶持を求めて歩き回る者。

人の数だけ行き先があり、同じ道を歩いていても、それぞれが別のところを見ている。


だが、この土地では違う。

荷を担ぐ者も、荷札を確かめる者も、道端で銭を数える者も、見えない一本の線に沿って歩いているように見えた。

湊から蔵へ、蔵から市へ、市から甲斐や遠江へと、すべてがどこかでつながっている。


参議は輿の簾を少し持ち上げ、その流れを見つめた。

あの親族、五郎が家を継いでから、今川の領国は変わったと聞いている。


甲斐を攻め取り、東三河を押さえた。遠江では以前から湊と商いに力を入れ、木綿を京へ送り込んでいる。だが、領地が増えれば人や荷が増えるというだけでは、この光景の説明がつかなかった。


人の群れが駿河へ飲み込まれ、別の品と銭を抱えて吐き出されている。

それが休むことなく繰り返されている。


京とは違う。


何が違うのか、うまく言葉にはできなかった。ただ、誰かがあらかじめ道を引き、人と荷をそこへ流し込んでいるように思えてならない。

輿が駿府の町へ入っても、流れは途切れなかった。


道幅が以前より広くなり、荷車同士がすれ違える場所が増えている。軒を連ねる店では木綿や塩、紙、油などが売られ、その前を通る者の数も多い。新しく建てられたらしい蔵の壁はまだ白く、屋根の下では職人が次の建物に使う材木を削っていた。


参議は簾から手を離した。


少しばかり、この駿府が恐ろしくなった。得体の知れない大きな化け物に見えた。

そして、それを作った五郎にも底知れないものを感じた。


駿府の館へ通された頃には、日は西へ傾き始めていた。


五郎との対面は翌日と決まり、参議は客間へ案内された。長旅の疲れを労うためだろう。ほどなくして膳が運ばれてきた。


まず、白米が出た。混ざり物のない真っ白な米。

それだけでも、近頃の京では毎日のように口にできるものではない。続いて、魚の入った汁物、焼いた鯛、塩を振った川魚、野菜の煮物が並べられた。さらに雉肉を炙ったものまで運ばれてくる。


一つ二つであれば、京でも珍しくない。何かの行事であれば用意もされる。

だが、これほど惜しみなく一度に並べられた膳は、近頃では覚えがなかった。


汁には茸と芋が入り、魚の出汁とは別に、どこか強い味があった。尋ねると、東三河から届いた豆の味噌なるものを使ったものだという。鯛は駿河の海、雉と茸は甲斐の山、米は東三河のものらしい。

四つの国が、一つの膳へ載せられていた。


食事が終わる頃、酒が出された。

濁りの少ない、澄んだ酒だった。京でもこの頃になって目にすることは増えたが、まだどこででも飲めるものではない。それが今川の客間では、空になればすぐ次の銚子が運ばれてくる。


参議は思っていた以上に飲んだ。

腹も満ち、船旅の疲れもあって、そのまま横になれば眠れそうだった。だが、頭には昼間に見た湊と町の光景が残っている。


酔いを醒まそうと、館内の庭へ出た。

夜風にはまだ夏の名残があった。庭の端には灯籠が置かれ、客間へ続く廊下を照らしている。遠くから人の声が聞こえた。館の外では、日が落ちても荷の整理が続いているらしい。


しばらく歩いて部屋へ戻ると、葉室右中弁頼継が待っていた。


京から駿河までは同じ一行で下向したが、駿府へ着いてからは別の宿所を与えられていた。右中弁はすでに装束を改め、参議が入ると立ち上がって一礼した。


「これは右中弁殿。明日のことでございましょうか」


参議が席を勧めると、右中弁は改めて頭を下げ、向かいへ座った。


「はい。存外あっさり御目通りがかなうとのことで、いささか意外にございました」


「三河より戻ったばかりとはいえ、今は駿府におりますれば。先方としても、長く待たせる理由はございますまい」


右中弁はその言葉に答えを返さなかった。

参議と同じように少し酒で赤らんだ顔で、おずおずと切り出した。


「参議殿、ここだけの話にございますが、五郎殿をどのような御仁と見られまする」


参議は少し酔いが引いた気がした。息をのみ、小さく答えた。


「さて、使いの話では、気質は穏当とのことでございますが」


右中弁は酒の残る口元を袖で拭った。


「参議殿は、穏当な者が数え年幾つかで三百を率い、一万の軍勢を打ち崩すと思われますか。それに甲斐と東三河の一件も、相当に果断でございましょう」


「確かに、穏当の一言では済みますまい」


右中弁は少し考えてから、庭へ目を向けた。


「参議殿。私は少し、この駿府が恐ろしくなりました」


「右中弁殿も、そう思われましたか」


やはりだった。自分だけの違和感ではなかったのだ。そう思うと、参議の口が勝手に開いた。


「以前下向した折とはまるで違いましょう。何と申しましょうか、人が多いというだけではありませぬ。皆が迷わず歩いている。港へ行く者、山へ向かう者、蔵へ入る者。誰もが、自分の次に行く場所に迷いがないと申しまするか」


我が意を得たりと、右中弁が力強く頷いた。


「まさに、誰かが人の流れる道を決めているように見えました」


そう、誰かが歩き方さえも決めている。

そして、その人物こそが。


「道を定めている五郎殿。これが明日お会いになる御方ということになるのでしょうな」


そこまで言うと、二人で黙り込んだ。酒の酔いは完全に引けた。

言葉が過ぎたと思い、襖を開けて外を窺うが、人の気配はない。

戻ってきた参議に対して、右中弁は声を落として言った。


「参議殿は、娘御をこちらへ下向させておられましたな。何か五郎殿について聞いておられませぬか」


「さて、何分にも気の強い娘でございます。あまり武家の当主と親しく会わぬようにとは言いつけております」


「左様でございますか」


右中弁は、それ以上は尋ねなかった。

嘘ではない。親しく会うなとは、確かに言いつけている。

ただし、守られている様子はなかった。


霧姫は五郎と幾度も顔を合わせている。それどころか、気に入らぬことがあれば言い返し、時には五郎を面と向かって罵るような物言いまでしているらしい。駿河へ付けてやった女房からは、困り果てた文が何通も届いていた。

だが、五郎は腹を立てるでもなく、近頃では娘の物言いを面白がっている節さえあるという。


器量は悪くない娘である。


もしや女として気に入られているのかとも考えたが、長く女主人に仕えてきた女房の見立てでは、そのような気配はまるでないらしい。あくまで正親町三条につながる親族の娘として、粗略に扱わず、好きに口を利かせている。


そこから考えれば、親族としての一線を越えさえしなければ、話の通じぬ相手ではないだろう。


参議はそう判断していた。


「右中弁殿」


参議は膝へ手を置いた。


「おそらく、話の分からぬ御仁ではないでしょう。御台殿の文にも、近頃は年を経て、多少は丸くなったやもしれぬとございました」


「多少、でございますか」


「御台殿の言葉ゆえ、多少と受け取るのがよろしいかと」


右中弁は小さく笑った。だが、その笑みはすぐに消えた。


「されど参議殿。例の件、承知なさるでしょうか」


「禁裏修理でございますな」


右中弁が頷いた。

禁裏の修理は長く滞っている。

修理の必要がないわけではない。御所の建物は傷み、日々の朝儀を保つにも銭が要る。しかし、公家の家々には余裕がなく、荘園からの収入も昔のようには入らない。


そんな中、三条西家では、青苧を扱う商人から納められる公事を、修理料へ回すつもりでいた。

ところが、その公事が滞った。

徴収する権利はある。古くから商人もそれを認めている。それでも、生産地や港を押さえる武家と商人が動かなければ、京に座しているだけでは銭が届かない。

三条西実隆は、細川高国、越後の長尾為景、若狭の粟屋元隆へ働きかけていた。小浜で荷を止め、ようやく商人へ支払いを約させようとしている。


もとより、苧公事のみで修理料を賄えるはずはない。三条西家も、その一部へ回すと伝えたにすぎなかった。

だが、いつの間にか三条西家がまとまった銭を工面するという話に変わり、その銭を当てにする公家まで出ていた。そこへ、頼みとしていた公事そのものが滞ったのである。


三条西家にとっては、肩透かしどころの話ではなかった。

おそらく、そのように話を広めた者がいるのだろう。してやられたと、三条西家の者が悔しそうにしていたのを参議は思い出した。


形はどうであれ、この状況ですごすごと頭を下げれば、宮中での立場がなくなる。


そんな時、大層羽振りのよい今川の若き当主のことが話に上がった。ほんの少しばかり、援助を願えないか。そういう向きの話である。

当然、この話を持っていくにあたり、今川、三条西家の双方と縁が深い正親町三条家に白羽の矢が立った。


知れば知るほど読み切れぬ今川五郎氏景へ、禁裏修理への奉加を頼む。

そして、それを依頼する前に、一つ説明しなければならないこともあった。修理を頼めば、必ず話に上がるであろう一件である。


「官位の件も少しこじれてございますが、これは幕府を思えば仕方ありますまい」


参議が言うと、右中弁は苦い顔をした。

今川五郎へ官位を与える話は、以前から公家衆の間にあった。

駿河と遠江を継ぎ、甲斐守護となった。東三河まで勢力を及ぼした当主に、相応の官途を用意すること自体は不思議ではない。


しかし、公家たちも積極的ではなかった。

五郎は若すぎた。しかも、若くして戦に勝ち続けている。軍才に溺れた大将が、勢いのまま京へ手を伸ばすことを、公家衆は何度も見てきた。義尚公や義稙公の頃を持ち出し、東国の若武者を急いで引き上げるべきではないと言う者もいた。


そこへ細川武蔵守高国から、今川五郎の任官については、公方の御推挙に載せるまで待つようにとの意向が伝えられた。

今思えば、武蔵守は、官位の斡旋を餌に五郎を幕府側へ引き寄せるつもりだったのだろう。甲斐守護の沙汰を取り計らった折にも、今川から相応の礼を受けたと聞く。官位の斡旋をもって、さらに五郎の心を掴もうとするのはおかしなことではない。


ただ、その思惑は公家衆にとっても都合がよかった。

幕府の意向を押し切ってまで、五郎へ官位を与える必要はない。今川が一時の勢いで崩れるならば、その後に考えればよい。


そして、言うまでもなく五郎は崩れなかった。

甲斐と東三河を得てから、すでに二年近くになる。にもかかわらず、新たな戦を起こそうとしない。幕府へ官位を求めるでもなく、朝廷へ任官を願い出るでもない。代わりに、絹、木綿、塩、米を延々と献じてくる。


そして領国だけを固めている。


奇妙に思えたが、あえて目を逸らした。きっと中御門殿など、公家の出の母君がうまくやっているのだろう。そう思うことにした。

だが、そのうちに先代当主の氏親から、探るような文が届いた。


五郎は若輩ながら三国の仕置きを預かり、禁裏と公方への奉公も怠っていない。それにもかかわらず、いまだ官途の沙汰がないのはいかなる仔細であるのか。


露骨に官位を求めた文ではない。

だが、三国半を治める当主をいつまで無官のままにしておくつもりかと、そう問うているのは明らかだった。


その説明に来たのが、参議と右中弁である。

しかも、説明を終えた後には銭を頼まねばならない。


右中弁が小さく息を吐いた。


「細川殿や大樹の御意向があったと申せば、筋は通りましょう。されど、今川殿が同じように受け取られるかは別の話にございます」


「五郎殿が、幕府の事情まで酌んでくださればよいのですが」


官位を止めたのは幕府である。

それを五郎に説明するのは、参議だった。

そして、話を聞いてもらったその口で、禁裏修理の銭を出してほしいと頼む。


参議は、昼間に見た湊と駿府の町を思い出した。


あれほどの品と人を動かす男が、親族であるというだけで笑って銭を出すものか。

多くの若武者であれば飛びつくであろう官位であるが、この街を作り上げた男が安々と手を伸ばすものだろうか。

まるで分からなかった。


どちらであっても、明日の会談が気楽なものになるとは思えなかった。



---


公家二人との対面には、大広間ではなく、中御門殿の居間に続く小広間が選ばれた。

正親町三条参議と葉室右中弁は京からの使者ではあるが、どちらも今川と縁のない家ではない。

あまり仰々しく迎えれば、かえって話が堅くなる。かといって奥向きだけで済ませる内容でもなかった。


五郎が上座へ座り、正面に参議、その斜め後ろへ右中弁が控えている。


脇の一間には御簾が下ろされ、その向こうに中御門殿が座っていた。姿はぼんやりとしか見えないが、話を聞いていることは公家二人にも分かっている。


互いの挨拶が済み、女房が茶を置いて退いた。


「今年は随分と暑うございました」


五郎が口を開くと、参議と右中弁が揃ってわずかに姿勢を正した。

官位の話から入ると思っていたのだろう。


「正親町三条家の皆様、葉室家の皆様には、お障りなどございませんでしたか」


参議が一度だけ右中弁を見た。


「御気遣い、まことにありがたく存じます。幸い、家の者も大事なく過ごしておりまする」


「それは何よりにございます」


右中弁も続いて頭を下げた。


「葉室の者も息災にございます。五郎殿より頂いた木綿で単を仕立てましたところ、汗をよく吸い、随分と過ごしやすかったと申しておりました」


「ああ、それはよろしゅうございました」


五郎は素直に頷いた。可能な限り良いものを選んだが、公家の日用品ともなると勝手が分からなかった。念のため参議の娘に聞いたが、正直な話、大した収穫にもならなかったため、白地の最上級を送ることにしたのだ。


「絹でなければならぬと送り返されるのではないかと、少し震えておりました」


右中弁が目を瞬かせ、参議も一拍遅れて笑った。


「そのようなことはございませぬ。京でも今川の木綿は評判にございます」


「そうでございましたか。安心いたしました」


もっとも、参議の娘は木綿を送った程度では満足しなかったのだが。

近頃は、こちらが親族で、仕事が落ち着いたと分かったためか、随分と無茶を言うようになっている。大川の普請が見たい、堺の商船に乗って領地を回りたい、鹿狩りを見てみたいなど、顔を合わせるたびに何かしら難をつけてくる。

そのうち、火鼠の皮衣でも探してこいと言い出すのではないか。

いっそ月へ帰ってくれぬものかと思うが、あの姫ならば月へ戻った後も、駿河へ文を送りつけてきそうだった。


女房が新しい茶を注いだ。

五郎は一口含み、静かに息を吐いた。

開け放たれた窓から涼やかな風が入ってくる。季節はもう秋になる。今夏から秋にかけては東三河と遠江を行き来したが、どちらも問題は起きていない。国人らの子弟も徐々に役職に馴染み、緩やかな今川化は進んでいる。この背景には、経済的な成長と領内の道の整備があると五郎は見ていた。誰しも置いていかれたくはないものだ。

おそらく、ここ一年で遠江は完全に均され、二年ほどで東三河、三年で甲斐と、順に今川の中核地として変質させることができるだろう。


御簾の奥から扇の音が聞こえた。

五郎は思考を領地から、眼前の二人に戻した。こちらのことも早々に片づけなければならない。


「参議殿、右中弁殿」


二人の顔から、先ほどまでの笑みが薄れた。


「父が京へ差し上げました文のことは、どうかお忘れください」


参議の手が止まった。

右中弁も茶碗を膝の前へ戻したまま、五郎を見ている。

御簾の向こうでも、中御門殿がわずかに身じろぎした。


「五郎殿。それは」


「五郎が若輩にして、いまだ家中も国々も定まりきらぬゆえ、父も何かと案じたのでございましょう。方々へ御無理を申し上げることもあるやもしれませぬが、京の御親類方を悩ませることは今川の本意ではございませぬ」


参議と右中弁が顔を見合わせた。

今度は二人揃って御簾の向こうを窺った。中御門殿は何も言わない。


五郎は茶碗を置いた。

分からぬはずがなかった。

父が官位の沙汰を問う文を送った後に、正親町三条家の参議と葉室家の右中弁が揃って駿河へ来たのである。


どちらも親族ではある。


だが、葉室家は長く武家との取次に通じた家であり、右中弁は朝廷の実務にも明るい。親族同士の見舞いであれば、二家が示し合わせて下向する理由はなかった。


「このたび、お二方が駿河へお越しになったのも、官位のこととお察しいたしまする。されど、これはただ五郎には荷が重うございます。どうか御放念いただきたく存じ上げます」


この一件、五郎に官位を得させようとする動きは父母の間で合意が取れていたことである。金や物を積み、公家衆に貸しを作る。そのうえで、ここぞというところで官位をねだり取る。父と同じ修理大夫を得られれば上々であり、それ以下でも問題はない。徐々に力を増していく今川を鑑みれば、昇位は焦ることではない。そういう見立てであろうと五郎は察していた。

ありがたい親心ではあるが、五郎にとっては今は機ではない。


五郎が切り出したあと、しばらく誰も口を開かなかった。


「五郎殿、まことに、それでよろしいのでございますか」


ようやく参議が声を出した。


「官位は畏きところより仰せ下されるもの。武家の側より催促するなど、もとより僭越にございましょう。器量をお認めいただくことは誉れにございますが、五郎のごとき若輩者には過分にございまする」


五郎はすぐに答えた。用意していた言葉が、すらすらと口からこぼれた。

それに対して、参議は安心してよいのか迷っている顔だった。

右中弁の方は、まだ疑わしそうに五郎を見ている。こちらの方が幾分か分かりやすいと五郎は思った。


公家の吐く言葉にさしたる誠意がないように、武家のそれも同様である。

だが、言った約束事と落としどころには意味はある。少なくともこの場で五郎は、自分から官位を不要と断じた。それだけが伝わればよいと判断していた。


色々と使い道のある官位ではある。だが、今の細川武蔵守高国と争ってまで欲しいものではなかった。


「武蔵守殿からも、懇ろな御教えを頂いておりまする」


五郎が唐突に言うと、右中弁の眉がわずかに動いた。


「近頃は、禁裏へ直に官途を願う武家もあるとか。今川は足利一門の端に連なる家であるからこそ、先例を乱さぬよう心掛けられよとございました」


随分と回りくどい文だった。

要するに、公家へ勝手に銭を渡して官位を買うなという話である。官位が欲しければ幕府へ頭を下げろ。幕府の推挙を受けてから朝廷へ進め。

中御門家を母方に持ち、修理大夫の官途を持つ父の子である五郎に、今さら何を言っているのかとも思った。

当然、これも言葉どおりには受け取るべきではないことである。おそらく武蔵守は、本当に公家と武家の間の理を応仁の乱以前に正せるとは露ほども思っていないだろう。

ただ、この文により、今川がどこまで幕府の言うことを聞くか、それを確かめているのだろう。


逆らう理由はなかった。

官位の件で幕府と喧嘩をしても、得るものは少ない。


「武蔵守殿の仰せもごもっともにございます。ゆえに、この件について五郎から申し上げることはございませぬ」


参議の肩から、目に見えて力が抜けた。右中弁も、ようやく息を吐いた。

京の実力者である武蔵守と、血気盛んな五郎との間に立つのは、相当に気を揉んだのだろう。少し気の毒にさえ思えた。

彼らはこの後、これとは別に禁裏修理のための金の無心を行わなければならないのだから。


五郎は参議へ向き直った。あくまで自然に京の話が出たように見せ、その先で禁裏修理へつなぐつもりだった。


「さて、このままお帰ししては、今川がお二方へ心労をお掛けしたばかりとなりまする」


「そのようなことは」


「どうか、少し京の話などお聞かせいただけませぬか。五郎は父と違い、京を知りませぬ。御親類として、都のことをお教えいただければありがたく存じます」


右中弁の顔が明るくなった。


「京をお知りになりたいとは。やはり御台殿の御血でございましょうかな」


御簾の向こうで、中御門殿がわずかに姿勢を直した。


「やもしれませぬ」


五郎が答えると、参議も柔らかく笑った。


二人の話は、一昨年の即位礼から始まった。

長く行われなかった大礼がようやく叶ったこと。御所へ人が集まり、洛中が久しく見なかった華やぎを取り戻したこと。公家衆の中には、これで朝儀も昔の姿へ戻るのではないかと涙を流した者までいたらしい。

そこから、この春に行われた観花の宴へ移った。


「桜もまこと見事にございました」


右中弁は、先ほどまでとは別人のようによく喋った。


「ただ、花よりも人の方が多かったやもしれませぬ。長く途絶えていた儀が戻りつつあるとあって、皆々、何かにつけて参内したがるのでございます」


「右中弁殿も、そのお一人でございましたか」


「無論にございます。姿を見せねば、後で何を申されるか分かりませぬ」


参議が小さく咳払いした。


「右中弁殿。五郎殿は宮中の有様をお尋ねでございます。貴殿が花を御覧になった話ばかりでは」


「これは失礼を」


口では詫びたが、右中弁の勢いは衰えなかった。

和歌の御会、御楽、連歌。再び行われるようになった儀式や催しについて、一つ一つ話していく。

それらにはさして興味がなかった。興味があったのは、それぞれの儀式に誰が出て、誰が出ていないのか。特に幕府側の使者として誰が来たのか、近江や越前からの使いはあったのか。その部分こそ知りたい話だったが、残念ながら二人の口には上がらなかった。


さて、そろそろいいだろう。


五郎は機を見計らい、禁裏修理に話を持っていくつもりだった。ちょうど禁裏の話が出たため、よい機会だと判断した。

だが右中弁は、思った以上に官位の一件を重荷に感じていたらしい。五郎が官位を求めないと分かった途端、緊張の糸が切れたように口が軽くなっていた。


参議が時折、横から話を止めようとする。

しかし右中弁は、それに気づかない。

あるいは気づいていても、久方ぶりに気兼ねなく話せることが嬉しいのかもしれなかった。


「ただ、催しを戻すにも、何かと品が足りませぬ」


ようやく話が銭や物へ近づいた。

五郎は茶碗を置いた。ここから話を移せる。


「品と申しますと」


「紙、油、蝋燭、酒。何を行うにも要りまするが、近頃は絹が少々」


「絹でございますか」


予想していた方向とは違った。


「大内殿が唐物を多く国へ持ち込んでおられると聞き申したが」


右中弁は参議を見た。

参議が何も言わないのを確かめ、少し身を乗り出した。


「五郎殿、これはまだ、広く申すべきことではございませぬが」


声まで小さくなった。


「寧波にて、大内方と細川方が争ったそうにございます」


「なんと、そのような」


知っている話であったが、五郎は息をのんで見せた。


「刃傷にまで及び、細川方の船は焼かれたと。明の役人にも死人が出たそうでございます」


五郎は一際驚いた顔を作った。


「それは、また随分なことにございますな」


「左様。次の渡唐がいつになるかも分かりませぬ。堺では、唐物の生糸や上絹が上がり始めておりまする」


この話は、堺商人である革屋の新五郎から届いていた。

唐物には及ばぬ品でもよい。甲斐の生糸を、できる限り優先して堺へ回してほしいという頼みだった。

甲斐の絹は、まだ質が揃っていない。

京の公家や堺の富商が好む上物ばかりを用意できるわけではない。それでも唐からの荷が細れば、普段は見向きもされぬ品にまで値がつく。ありがたい話であるが、現在、品質や価格に手を入れている最中の雑音でもある。五郎としては素直に喜べない。

大内方のことを考えれば、さらに頭が痛くなる。


正直、大内方が寧波で何を考えていたのかは分からない。

だが、事件の後始末ごと渡唐の道を自家へ集めることができれば、博多へ唐物を集められる。堺を痩せさせれば、そこへ深く食い込む細川高国も弱る。

最初からそこまで企んでいたかはともかく、起きた事件を利用しない大内ではあるまい。


ただ、ふたを開けてみれば、堺は大内が望むほどには痩せていなかった。

唐物の代わりになるほどではないにせよ、甲斐から生糸が流れ始めている。遠江の木綿もある。駿河からは塩や米を送り、戻る船を空にしないよう品を積ませていた。


これは堺にとっては吉、堺とつながりのある細川にも吉である。

だが、今川にとってはさして吉とも言えない。


いずれ大内も気づくであろうからだ。

堺がまだ息をしている背後に、今川の荷があることを。

にこにこと笑って、心を共に京を支えましょうなどと言ってくるとは思えない。京を対象に、東と西で睨み合う形となるのが妥当であろう。


余計なところへ顔を出したものだと、五郎としては苦いものを感じざるを得ない。

だが、今さら甲斐の生糸を売らぬ理由もない。甲斐の土壌は米には向かないが、蚕の餌となる桑には向いている。今さら生糸を取りやめるなどしたら、甲斐衆が寄せつつある心が一気に離れていくだろう。


五郎の内心など露知らず、右中弁はさらに、堺の商人がどの唐物を欲しがっているか、京でどの絹の値が上がったかまで話し始めた。


五郎は止めなかった。こちらの方は実に興味深かった。

公家の話とはいえ、商人から届く報告とは見える角度が違う。京で何が足りず、誰が困っているかを聞ける機会は多くない。


ただ、当初の予定は完全に崩れていた。参議が少しずつ居心地の悪そうな顔になっている。

右中弁の話が一段落するたび、口を挟もうとする。しかし、そのたびに右中弁が別の話を思い出す。


五郎は参議をあまりにも気の毒に思った。

右中弁が寧波まで話を広げたため、参議は本来の用件を切り出す機会を失っている。それに少し五郎も露骨に興味を示しすぎた。これでは話を切り出すなどできようもないだろう。


出される茶も三度目になっていた。

右中弁がようやく口を閉じ、茶碗へ手を伸ばした。

五郎はその隙を逃さなかった。


「そういえば」


参議が顔を上げた。


「禁裏修理の件は、いかがなりましたか」


公家二人が揃って動きを止めた。


「昨年、一度耳に挟んで以来、近頃はとんと聞きませぬ。すでに目途が立ったのでございましょうか」


参議と右中弁が、また御簾の向こうを見た。

中御門殿がゆっくりと首を横へ振る。自分は何も教えていないということらしい。

参議が口を開いた。


「それについてであるが」


五郎は、その言葉が続く前に頭を下げた。


「もしよろしければ、今川からもお力になりたく存じまする」


参議が黙った。


「何分、若輩者のことゆえ、心ばかりとはなりますが、畏きところを安んじ奉るためであれば、ぜひに」


右中弁は茶碗を置いた。


「五郎殿。まことに、よろしいのでございますか」


先ほど官位はいらぬと言ったが、その流れで銭を出しても官位は得られない。それでも奉加するというのか。

問いの意味はこうである。


五郎は努めて穏やかな顔と声色を作り、頭を下げた。


「官位の件は、あくまで五郎の器量の問題にございます。帝への尊崇とは、別の話でございましょう」


それから顔を上げ、五郎は二人を見た。

参議と右中弁は、狐にでも化かされたような顔で互いを見た。


御簾の向こうでは、中御門殿が静かに額へ手を当てていた。


予想では、ここで感謝の言葉が返ってくるはずだった。母の中御門殿も喜ぶ想定であった。

おそらく、自分は何か間違えたようだった。


---


参議が、娘である霧姫に与えられた部屋を訪ねたのは、五郎との対面を終えて間もなくのことだった。

霧姫は年嵩の女房、添とともに迎えに出ると、型どおりに父へ頭を下げた。

久方ぶりの再会だというのに、涙ぐむでも駆け寄るでもない。もっとも、京にいた頃から情に流されるような娘ではなかった。


「息災であったか」


「はい。父上も御変わりないようで、何よりにございます」


挨拶もそこそこに、霧姫はさっと顔を上げた。

参議の視線は、凛とした娘の顔よりも、その背後に広がる部屋のしつらえへと向いていた。


以前、駿府へ下向させた折に持たせた品は承知している。

だが、部屋の中には見覚えのない品々が随分と増えていた。

艶やかな新しい小袖が衣桁を彩り、文机には値の張りそうな硯と水滴が上品に置かれている。香箱も京から持たせた物とは意匠が違った。脇に積み上げられた冊子にいたっては、和歌集ばかりか、絵巻や難解な漢籍までが入り交じっている。

いずれも一目で上等とわかる品ばかりだ。


「随分と物が増えたな」


参議の問いに、霧姫は父の視線を追う。


「こちらへ参る方々より、頂戴した品もございます」


「左様か」


参議は何気なく衣桁へ近づき、重なるように掛けられていた小袖の裾をふと持ち上げた。


「あっ」


霧姫が小さく声を上げる。

小袖に隠れるように壁際に立てかけられていたのは、鞘に収められた一振りの短刀だった。黒漆の鞘に、飾り気の少ない無骨な金具があしらわれている。

参議は短刀を手に取り、怪訝な顔で娘を振り返った。


「姫の部屋に置くには、少々物騒ではないか」


「護身用にございます」


「そなた、太刀筋など知らぬであろう」


「短刀であれば、突くことくらいはできます」


「この館の奥深くまで凶刃が押し入る事態となれば、そなたが短刀を抜くより先に逃げるべきであろう」


もっというなれば、今の駿府に凶賊が押し寄せるとも思えない。

ぐうの音も出ない正論に、霧姫はむっとしたように口を閉ざした。

参議は刃こそ抜かなかったが、柄と金具を細かに改めた。古びてはいるものの、手入れの行き届いた業物である。公家の娘が町屋で容易く買える代物ではない。


「どこで手に入れたのだ」


霧姫が答えるより早く、控えていた女房が深々と頭を下げた。


「姫様が五郎様へおねだりになったのです。何でも、三条家に縁のある刀工の作であるとかで」


「添」


霧姫が咎めるように低い声を出した。しかし、添は、聞こえぬふりを決め込んでいる。

参議は手元の短刀に再び目を落とした。


「それで、五郎殿はあっさりくれたのか。機嫌を損ねてはおらなんだか」


「そのようなこと、あるはずがございません」


霧姫は即座に言い返した。

参議は真偽を確かめるように添を見た。女房はちらりと主君の顔色を窺うと、諦めたように口を開く。


「憚りながら、御気に障ってはおられぬかと存じます。五郎様は、遠回しな物言いよりも、はっきりと申されることを好まれる御気性。欲しいものは欲しいと申し上げれば、御自身に不要な品である限り、存外あっさりとお与えになりまする」


「ならば、ならぬ、と言われた場合はどうなるのだ」


「そこで話を引けば、何事もございませぬ。一度断られたことを執拗にねだれば、御不興を買うやもしれませぬが」


いかにも武骨で合理的なやり取りに、参議は眉を寄せた。


「何とも無作法なものよ」


「ええ、まことに。近頃は丸くなられたなどと皆は申しますが、根本において何事も雑なのでございます。まるで犬に餌でも与えるように、私に物を淡々と寄越して」


「そなたのことぞ」


参議が釘を刺すと、霧姫は不満げに口元をへの字に結んだ。

参議は短刀を元の場所へ戻し、小袖の裾を掛け直してやった。


「他に五郎殿を困らせるようなことはしておらぬな。今川家の姫君らとは、睦まじくやっておるのか」


「何の問題もございません」


霧姫はつんと顎を向けて言った。だが、返事が早すぎた。

参議は無言で添に視線を向ける。


「姫君方とは時折歌会を催され、お忍びで社へ参詣なさることもございます。まことの姉妹のように、親しくお過ごしでございまする」


「それはよい。で、五郎殿を困らせておらぬか、という問いの方はどうなのだ」


添の顔が、目に見えて曇った。

霧姫が先回りして言い訳を口にしようとしたが、それより早く添が深く頭を下げた。


「『大川の普請を見たい』『甲斐へ同道させよ』と、度々仰せになりましてございます。最近は殿方のように鷹狩りを所望され、戦の仔細を聞きたい、挙句の果てには堺の商船に乗って領内を巡りたい、とまで」


「添。それは言わぬ約束でしょう」


「私が秘したところで、いずれ中御門様より父君へ文が届きましょう。ならば、今ここでお耳に入れておかねば、後々いっそう拗れることにございます」


霧姫は反論しようと唇を震わせたが、返す言葉が見つからなかったらしい。

ぷいと父から顔を背け、庭の方を向いてしまった。

参議は深い溜息をついた。

駿府に来てからの娘は、京にいた頃よりも随分と幼く、感情豊かになったように見える。

以前なら、内心で何を考えていようともう少し取り澄ましていたし、人前で女房と言い争うような真似は決してしなかった。


「姫様は随分と、この駿府を楽しんでおられるようでございます」


添が、我が子を庇うようにそっと付け足した。


「都のしがらみから離れ、ここでは気を張らずに済むのでございましょう」


霧姫は庭を向いたままだが、聞き耳を立てているのは明らかだった。

参議は再び部屋を見回した。

鮮やかな衣、質の良い香と硯、珍しい書物。そして、三条ゆかりの短刀。


「駿府、か」


参議の脳裏に、昨日、輿から窺った湊と活気あふれる町並みが蘇ってきた。


「ここ数年で、駿府は随分と姿を変えたように見える。そなたらは、この町をどのように見ている」


褒められたことではないが、この調子では娘は何度か町に忍んでいるのだろう。当然その変化も自分の目で見ている。年若い娘から見た駿府はどんなものなのか、参議はふと尋ねてみたくなったのだ。

問われて、霧姫がゆっくりと振り向いた。その顔には少し稚気が混ざっていた。


「傲慢な町にございます」


その一言に、添がはっとして息をのんだ。


「姫様、そのようなお言葉は」


参議は無言で片手を上げ、女房の制止を遮った。


「構わぬ。続けよ」


良いところで止められたとでも言いたげな霧姫は唇を尖らせ、それから気を取り直したように口を開いた。


「道も、蔵も、湊も、市もすべてにおいて、作った者の計算と意図が透けて見えまする。ここを歩け、ここへ荷を運べ、ここで売り、ここで銭を使えと。命じなければ気が済まぬ澄ました顔が見えてきまする」


参議は、昨日見た湊の感想を思い出した。

そしてその時言葉にできなかったものが、姫の言で形を成した気がした。


「では、その町を創り上げた五郎殿も、傲慢と思うか。詳しくは申せぬが、先ほどもこちらを慮ってくださった」


この問いに対しても、霧姫の答えに迷いはなかった。


「傲慢でございましょう。自分以外の者は考えが及ばぬ。ゆえに自分が守ってやらねばならぬ。自分の用意した安全な箱の中で育てねばならぬ。あの方のお考えには、いつもそうした見下すようなお考えが、言動の端に見え隠れしておりまする」


「姫様、滅多なことを」


「それでいて、自らの定めた枠組みから外れる者は、顔色一つ変えずに冷酷に切り捨てる。まことに、質が悪うございます」


たまりかねて、添がとうとう霧姫の袖を強く引いた。


参議は相槌を打たず、ただ娘の勝気な瞳を見つめ返していた。

思い返せば、今日の五郎との対面でもそうだった。彼は朝廷側の用向きを先回りして言い当て、官位を辞する一方で、禁裏修理への奉加を自ら申し出た。

参議たちの面子と立場を慮ってくれたことに嘘はないはずだ。禁裏修理の資金繰りなど、知らぬふりをしてやり過ごすこともできた。それを、五郎はわざわざ自ら引き受けたのだ。

だが、娘の言葉を聞いた今となっては、それすらも自分が収めてやらねば、京の者たちは立ち行かぬという前提の施しのように思えてくる。


駿河や遠江、甲斐といった自国だけではない。

もし五郎が、京の朝廷や幕府に連なる者たちすらも、考えの足らぬ者たちだと見下しているのだとすれば。

官位に頓着しない態度も、奥ゆかしい謙譲などではない。彼にとって官位とは、上の者から賜る名誉などではなく、単なる名に過ぎないのではないか。


そこまで考えが飛躍し、参議は我に返って微かに頭を振った。

数えで十をいくつか越えたばかりの若造に、禁裏修理を申し出てくれた親族に、自分は一体どれほど穿った見方をしているのだろうか。


「姫よ」


参議は声を一段低くして窘めた。


「そのような不敬な物言いをしてはならぬ。五郎殿は禁裏への忠儀も篤き立派な御方ぞ。何より、今川家の当主である。世話になっている客分が陰で当主を悪く言っていたと知れれば、正親町三条家の名にも関わる」


姫に対する言葉というより、半ば自分に対する戒めでもあった。

だが霧姫は、心底怪訝そうな顔で父を見た。


「陰口ではございません。ご本人に直接申し上げております」


「は」


と参議は驚いて添を見た。女房はこれ以上ないほど顔を顰め、こくこくと頷く。


「面と向かってあのような暴言を申し上げても、五郎様は決して怒りませぬ。正しい、良く見ているとお笑いになり、ときにはご助言への礼まで申される始末で」


「それで、そなたは図に乗ってなお言い続けているのか」


「こちらの言葉をきちんと聞き届けて理解する相手に、言わずに黙っている方が不誠実ではございませんか」


霧姫は悪びれる様子もなく、さも当然の理であるかのように答えた。

参議は呆気に取られて娘の顔を見つめ、次いで、深くため息を吐いた。


一体、この若き当主と娘は、どういう関係なのだろうか。


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― 新着の感想 ―
不愉快な女ですね
主人公の本質を見事に捉えてる唯一の女性って感じですかね。 とてもいいキャラだと思います。
この先、霧姫が主人公の嫁になるのか分からないけれど、皆が皆、二人のように物事を捉え口にするわけではないから家中の根回し等を含めて今川家の為にならない縁組だなーと思った。 一方で、はっきり物事を口にする…
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