4章_1.5
甲府の市へ入ると、善兵衛は以前にも品を置いた家の前で足を止めた。
今川の若き当主、五郎氏景が甲府に留まってから早半年がたっている。当然のことながら今川方の兵も、甲斐方の兵もひりついていると思った。だが不思議とそれらがない。
軒先には籠や桶が積まれ、戸口の脇には使い込まれた秤が置かれている。昨年訪れた時には閉じたままだった隣家にも人が入り、通りを行き交う者の声が絶えなかった。
ああ、これは以前遠江でも見たな、と善兵衛は胸中で呟いた。
そして、背負っていた荷を下ろし、戸口から中をのぞく。
「ええ、お久しぶりでございます。善兵衛でございます」
奥で品物を片づけていた女が振り返った。
甲府の町で問屋を商う寡婦である。
もはや老女と言っていい年だが、一年前に会った時より若返っているようにも見えた。
「あら、善さん。久しぶりじゃないの」
「いやあ、どうも最近は甲府も塩が安くなっちまったもんで、お呼びじゃねえと引っ込んでおりやした」
「何を言ってんだい。塩が馬鹿みたいに上がった時に、まともな値で売ってくれたのはあんただけじゃないか。来ればいつでも歓迎したよ」
「そうですかい。じゃあ、前と同じ値で買ってくれやすかね」
「それはちょっと嫌だね」
二人で少し笑った。
善兵衛は荷の結び目を解き、小さな塩包みを取り出した。
「そう言うと思って、塩は少ししか持って来てやせん。道々の番へ土産にする分と、馴染みへ配る分だけでございます。今日はこっちが商い物で」
畳んだ布を何枚か取り出し、女の前へ広げた。
質の良い遠江の木綿が数反広げられる。
無地の物、紺染めなどどこに持ち込んでもまず人気の出る品々である。
女も手に取り、感心したように唸った。
「へえ、遠江の木綿かい。確かによい品だけど、ずいぶん値が張るんじゃないの」
「いえいえ。あちらも三河から綿がよく入るようになったんで、値はだいぶ落ち着いてまいりやした。一等の品は堺の方へ流れてしまいやすが」
「じゃあ、これは二等かい」
「そう仰らず。よい布でございますよ。丈夫で、普段着にするなら一等よりこちらの方がよろしい」
一等の品というと実際のところほとんど堺の革屋に流れる。そこから細川やら足利やらの侍衆に回される。
市井に出回る品としては、善兵衛の持ってきたものが上限である。
女は布を手に取り、日に透かした。指先で織り目を確かめているところへ、奥から男が顔を出した。
まだ三十には届かぬほどだろう。肩や腕は太いが、腰に刀はなく、両手の指先には薄く糸の色が移っていた。
「おや、客かい」
「ああ、ほら。行商の善兵衛さん。あんたにも少し話しただろう。善兵衛さん、うちの三男坊です」
「あの、人の好い塩売りさんかい」
老女の三男は切創の浮いた顔で笑い、白い歯を見せた。
「今はほとんど木綿売りでございます」
「そりゃあ賢い。今の甲府じゃ、塩を持ってきても大した儲けにはならないからな。けれど、木綿か」
男は母親の手にある布へ目を落とした。
善兵衛は一枚を持ち上げてみせる。特に売れ筋の御料で織られた木綿である。まず織の目が細かく、ちょっとのことでは破けもしない。
二等品とのことであるが、善兵衛には一等との違いなど分からない。
「よい布でございますよ。どうです、買っていきませんか」
「いやあ、商売敵だなと思っただけだよ」
「おや、木綿を扱ってらっしゃる」
「いんや、絹さね」
善兵衛は大げさに両手を振った。
「ああ、絹売りさんでございましたか。そりゃあ、とんでもねえ。そんな高級品、うちの客は買いやせん」
「失礼だね、善兵衛さん。客がここにいるんだけど」
女が布を膝へ置いて睨んだ。
「それに、この子は絹売りじゃなくて絹織りさ。少し前に足軽をやめて、今はそちらで食べてるんだよ」
「おふくろ、まだ織り手というほどじゃない。糸を選って、撚って、機屋へ運んでいるだけだ」
「それでも、槍を持って歩いてた頃よりはずっとましだろ」
「そりゃあ、まあ思い切りやしたね」
善兵衛は男の手を見た。
刀の柄を握ってできたものとは違う固い皮が、指の腹に重なっている。
「やっぱり、その、今川様の下で兵をするのはお辛いんで」
「そういうわけじゃないよ。扱いは悪くなかった。飯も出るし、役目も前と大して変わらん」
男は自分の指先を見て、親指についた糸屑を払った。
「けれど、斬った張ったをしなくても食えるなら、こっちでいいかと思ってな。戦へ出れば、勝っても誰かは死ぬ。糸なら切れても、つなげば済む」
「ははあ、左様でございますか。わたしも同感でございますね。けれど甲斐と申せば、武辺の方が多いでしょう。なかなか、そう割り切れる方ばかりでもないのでは」
「そうでもないさ。普請へ出て食いつないでいる奴もいるし、荷駄を引くようになった奴もいる。昔の仲間でも、鍛冶屋へ入ったのや、金山へ行ったのがいるよ」
「足軽をやめたわけじゃない者も多いけどね」
女が口を挟んだ。声色に少しの不満があった。
男は苦笑した。
「呼ばれれば槍を持つ。その間は別の仕事をしてるってだけさ。ずっと戦ばかりしてたんじゃ、腹は膨れないからね」
善兵衛は感心したように頷いた。それから、一歩老女と男に歩み寄って、小さく呟いた。
「なるほど。実はここだけの話、甲府に店でも借りようかと悩んでおりやしてね。ほらこの活気でございましょう」
男が顔を上げた。
善兵衛はさらに少し身を寄せ、声を落とした。
「けれど、また戦でも始まれば、店も荷も置いて逃げることになりやす。こちらは当分、荒れそうにございませんか」
男は答える前に、戸口の外へ目を向けた。
通りでは、米俵を積んだ荷車が二台続けて通り過ぎていく。
母親も息子の顔を見たが、止めようとはしなかった。
「肌の感じだけど、甲斐で大きな騒ぎは当分ないんじゃないか」
男は声を低くしたまま言った。
「今川の役人は細かい。蔵の中まで見たがるし、人足を出せ、道を直せ、何をどれだけ作ったか書けとうるさい。好きかと聞かれれば、うん、とは言えないな」
「でございましょうねえ」
「けれど、普請へ出れば米か銭はもらえる。塩も買えるようになった。甲斐の家同士で、いつまた戦になるかと怯えなくても済む」
そこで言葉を切り、男は母親が膝に置いた木綿を指でなぞった。
「今川に親兄弟を殺された奴だっている。忘れたわけじゃない。それでも、去年へ戻りたいかと聞かれれば、俺はもういいな」
「そういうことさ」
女も頷いた。
「第一、商人がいうこっちゃないかもしれないけど。甲斐の小さな田畑なんか巡って切り合って何になるのさ」
善兵衛はははぁ、と何度か頷いた。それから少し考えるように顎を撫でた。
「女将さんのいうことも尤もだ。それなら、店を借りるのも考えてみやしょうかね」
「甲斐に根を張るつもりなら、どうせならこの子の生糸も外へ売ってくれればいいのよ。だいぶ余らせてるんだろ」
「おふくろ、余ってるんじゃない。安値では出せないんだ」
「売れない物は余ってるのと同じだよ」
「これは手厳しい」
善兵衛が笑うと、男は奥から生糸を一束持ってきた。
白く艶のある糸だった。善兵衛は受け取り、指へ巻きつけて太さを確かめる。確かにまだ手触りは唐物のそれより数段劣るように思える。
だが、高々数段の違いではある。値段次第では手がいくらでも上がるだろう。
「確かに、これなら駿河でも売れそうでございますね。あちらにはお公家様もいらっしゃりますし。そりゃあ欲しがりますよ」
「本当かい」
「ただし、値は勉強をしていただきたく。お公家様は着の身着のままですんで、あまり高値だと足が出る次第で」
「さっき木綿を二等品と言われて怒ってたくせに、今度は自分が値切るのかい」
「商いとは、そういうものでございます」
女は呆れた顔をしたが、生糸を取り上げようとはしなかった。
善兵衛は木綿を二反置き、代わりに見本として生糸を一束預かった。塩の小包も一つ、以前世話になった礼だと言って残した。
預かった生糸を荷の底へ収め、荷を背負い直し、戸口を出る。
「では、また寄らせていただきやす」
「今度は塩が高くなるまで隠れてるんじゃないよ」
「それでは、商いになりやせんからね」
通りへ出た善兵衛の背後で、母子が木綿の値をめぐって言い合う声が続いていた。
善兵衛は振り返らなかった。
預かった生糸の量、男が以前属していた組、普請へ出た者の話、今川を嫌いながらも騒ぎを望まぬという言葉。
それらを頭の中で分けながら、人の増えた甲府の通りを歩いていった。
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前に来た時には戸を閉ざしていた家の軒先に、新しい看板が掛かっている。
桶を売る店、油を量り売りする店、古着を扱う店。どれも小さく、間口も狭いが、店先には客が立っていた。
日は落ちかけているが、客足はぽつぽつと途切れずに続いている。
客層はまちまちであり、何処からかの普請帰りの者も多く見えた。
皆、懐から銭を惜しげもなく出し、品物を抱えて住処へと戻っていく。
それに目を奪われていると、向こうから、背に小さな包みを負った男が歩いてきた。
人込みの中、互いに目が合う。
そして互いに足を止めることなく、ごく浅く頭を下げた。
それだけだった。
男は善兵衛の横を通り過ぎ、そのまま市の人混みへ消えていった。振り返りもしない。
おそらく駿河の者だろう。そして同じ草の者。
男の足袋には、まだ乾ききっていない泥が付いていた。
市の中を見て回った帰りではない。山際の普請か、新しく起こしている村でも見てきたのだろう。
善兵衛と同じく、商人なり旅人なりに姿を変えて甲斐へ入っている草。そう見えた。ただ仕事が違うので、互いに協力も邪魔もしない。
身のこなしからして、自分より古い。先代の御屋形様の頃から、この国に根を張っていた者かもしれない。
近頃は駿河でも、草の者を何人かまとめ、新しく起こした村や宿へ入れることが増えたと聞いている。
遠江では、五郎が代官をしていた頃からやっていたことだった。
駿河も、ようやく追いついたらしい。
善兵衛は何事もなかったように歩き続けた。
甲府を出て山道へ入ると、その考えが当たっていたことが分かった。
町から離れても道々には力が入れられている。
斜面への木杭、沢を渡る橋、など山間の道を少しでも保とうという努力の痕跡が見て取れる。
ここ半年ほど、甲斐の普請にはずいぶん力が入っている。
善兵衛にはそう見えた。
少し上役の愚痴を聞いた範囲では、遠江や駿河で得た銭を、かなり吐き出しているとのことだった。
まだ、山崩れを根絶したり、大きな道を通したりなどはできていないが、道が何日も塞がれたままで、商人が立ち往生することは減っているらしい。
「とはいえ甲斐は厳しいか」
善兵衛は道の真ん中で一人呟いた。
実のところ、甲斐は山国である。
いくら道を直し、田を起こしても、甲斐が駿河や三河のような米どころになるのは難しい。
とはいえ、米が足りぬからといって、何もない国というわけでもなかった。
善兵衛の向かい側から、数頭の荷駄がやってきた。
荷馬の背には、生糸を包んだ俵が積まれていた。
その後ろの馬には、木箱が二つ括りつけられている。箱を守る者の数から見て、中身は金だろう。
半年前まで、駿河や遠江へ向かう馬の背は空であることが多かった。
ただ、今川の米や塩を恵んでもらいに行くだけの旅だったのだ。
それが、今やきちんと甲斐の物を売りに出せるようになっている。
無論、先ほどの絹しかり、まだまだ堺や京に出せる水準ではない。物の運び方すらも拙く、無駄がある。
だが、それでも、よく見れば以前より体格の似た馬が増え、荷縄の掛け方も少しずつ同じになっている。
道と同じように、随所に五郎氏景が口出しした痕跡が見て取れるのだ。
遠江がそうだったように、おそらく甲斐も今川の形へ染まっていくのだろう。
善兵衛は荷駄を見送りながら、目を細めた。それから、足を早めた。
日がさらに傾いても、道を行く人の流れは止まらなかった。
ただ、徐々に町の外へと向かう人は減っていた。
よくよく周囲を見れば、甲府の町の外へと向かっているのは善兵衛一人だった。
これは目立つかもしれない。そう考え、道をずらすことも考えた矢先、向こう側から足軽の一団が見えた。
いまさら道を引き返すのも怪しまれる。
そう考え、善兵衛が道の脇を歩いていると、前方にいた足軽の一人が手を上げた。
「そこの商人、待て」
善兵衛は足を止め、荷を背負ったまま頭を下げた。
「これはいかがされました、お侍様」
足軽は三人いた。
身につけた具足には使い込まれた跡があったが、槍も装束もひどく乱れてはいない。
善兵衛は少し安堵した。どこかの家の雇われのようだった。
「そう警戒する必要はない。我らは小山田家中の者だ。この辺りの道を警固している」
「へえ、それは御苦労様でございます」
「そなた、このまま山道を行くつもりか」
「一応、先にある山寺の軒先を借りようかと思っておりやす」
「ああ、あの寺か。それならよい」
足軽は山の上へ目を向けた。
「つい先日、小さな山崩れがあってな。通れぬことはないが、夜道となれば、さすがに止めねばならぬ」
「ははあ。小山田様も大変でございますね。以前から、このような見回りをされているので」
「いや、つい最近だ。この道を使う者が増えてきたのでな。街道を見回る役が新しくできた」
「それは、ますます大変でございますね。御武家様は」
「そうでもない。手当も出る。近頃は家々も落ち着いているし、気楽なものだ」
足軽がそう言って笑った時、後ろから鋭い声が飛んだ。
「おい」
足軽たちが一斉に振り返った。そこには騎馬武者がいた。
その武者は馬をゆっくりと走らせ、こちらに近づいてきた。
善兵衛は何も言わず、その場で平伏し、視界の端で騎馬武者を窺った。
おそらくであるが、有力な領主の一門であると思われた。事実、馬も装束も、足軽たちとは明らかに違った。
馬の足付きは農耕馬のそれではなく、しっかりと毛も整えられている。武者の装束も上質な木綿地で、小山田の家紋が縫い込まれている。
先ほどまで善兵衛と話していた足軽が、はい、と声を張って駆けていく。
騎馬武者と足軽たちは、少し離れた場所で何事か言葉を交わした。声までは聞こえない。
やがて足軽たちは来た道を甲府の方へ戻り始めた。
騎馬武者も馬首を返しかけたが、一度だけ善兵衛へ目を向けた。
「商人、気をつけて行け」
「お気遣い、かたじけのうございます」
善兵衛は平伏したまま答えた。
蹄の音が十分に遠ざかってから、ようやく顔を上げる。
ちらりと騎馬武者の後姿を見て、善兵衛は少し合点がいった。
あれはたしか、小山田越中守の甥だったはず。
もともとは他家へ養子に出される話があったが、結局は家中に留められたらしい。
さすがに小山田家中での取り決めについては把握していなかった。
だが、おそらく穴山の子弟が一人、五郎の馬廻りへ上がったことが大きい、と善兵衛は見ていた。
同じ甲斐の国人が一歩踏み入ったことを、小山田はそ知らぬ顔をしてはいられなくなったのだろう。
善兵衛は立ち上がり、膝の土を払った。そのまま日が落ちきる前に山寺へ入った。
境内の端には薪が積まれ、本堂の前には旅人らしい男が二人、草鞋を脱いでいる。
「へえ」
善兵衛は思わず声を漏らした。
以前訪れた時には、屋根の一部が崩れ、廃寺になるのも間近と思われた寺である。今は屋根が葺き直され、門の傾きも直されていた。
街道を行く人が増え、寺にも少しは銭が落ちるようになったのだろう。
善兵衛は本堂へは向かわず、建物の裏手へ回った。
大きな蔵の陰に、物置にしか見えない小さな蔵がある。戸の前へ立ち、決められた間を空けて何度か叩いた。
しばらくして、内側から戸が細く開いた。
「入れ」
善兵衛は周囲を一度見回してから、体を滑り込ませた。
中は薄暗かった。
壁際には俵や箱が置かれていたが、どれも人目を欺くための物である。奥には一人の男が座り、小さな灯明の下で帳面を開いていた。
善兵衛が入ると、男は顔も上げずに尋ねた。
「で、どうだった」
「はい、棟梁。前に来た時より、道々もそう悪くございません。甲斐者らも、今のところは従うかと」
善兵衛は荷を下ろし、懐から帳面を取り出した。
「当然ながら、向こう三年、他国への軍役なしという沙汰があってのことでございますが」
帳面を男の前へ置く。
見たところ、塩や木綿を誰にいくらで売ったかを書き留めた、ただの大福帳だった。
だが、売り先や値の記し方に紛れて、道や蔵の様子、どの家の者が甲府へ出仕したか、今川へ不満を漏らした者がどこにいたかが書かれている。
男は帳面をめくり、鼻を鳴らした。
「今は飴をしゃぶっているだけか。いずれ逃れられなくなろう」
「御料様は怖い方でございますからな」
男が顔を上げた。
「馬鹿者。御屋形様と呼べ」
「ちゃんと外ではそう呼んでおりますよ」
善兵衛は悪びれずに答えた。
「けれど、我らにとっては、ずっと御料様でよいんです」
男は不満そうにまた鼻を鳴らし、再び帳面へ目を落とした。
「そういえば、ここへ来る途中で、小山田様の甥御に出くわしましたよ」
「ようやく出仕したか」
男の声に、わずかな棘が混じった。
「嫡男ではなく、外へ出すはずだった甥というところが気に入らぬ」
「そう仰らず。なかなかの人物に見えましたぜ。秘蔵の若者を差し出してきたと思えばよいではございませんか」
「飯富などは、年若い弟を甲府へ小姓に上げた。穴山も近い子弟を馬廻りへ入れている。それに比べれば、小山田は鈍い」
男は帳面を閉じた。
「御屋形様には、いっそすべてを預けるくらいでちょうどよいのだ」
「ははあ。まあ、人には人の調子というものがございますからな」
善兵衛は曖昧に笑った。笑いながらも自分の上役を危惧した。
この棟梁は、御料様を少し信じすぎている。
善兵衛は、五郎がまだ龍王丸と呼ばれ、遠江で代官をしていた頃から知っている。能力を疑ったことはない。甘い人間でないことも分かっている。
それでも、できるからといって、何もかもあの小さな肩へ載せてよいとは思えなかった。
「それに、普請も、ようやく本格化したばかりでございます。小山田も、あちらこちらへ一族を出すわけにはいきますまい」
「今川の金で、自分の新田を作らせているくせによい面だ」
「けれど御料様は、きっとそれ以上に儲けまするよ」
男が善兵衛を見た。
善兵衛はにやりと笑った。
「気がついた頃には、甲斐の者らは、息を吸うのも今川なしではできなくなっております」
しばらく善兵衛の顔を見ていた男が、ようやく笑った。
「その時が楽しみではある」




