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3章_1

駿府の西の奥、隔離された屋敷が龍王丸の蟄居先である。

暦の上では年も明け、しばらくが経とうとしている。

冬の寒さはいまだ厳しいが、今日も生真面目な見張りたちが屋敷を囲んでいた。


庭の向こうに二人。廊下の端にも一人いる。

門を守る者まで数えれば、龍王丸一人を置くにはいささか大仰な人数であった。


もっとも、今となっては見張る側も慣れている。


庭へ出れば目で追い、部屋へ戻れば元の場所へ戻る。

書物を求めれば中身を改めるが、漢籍の一冊まで取り上げる者はいない。


そんな中、一人の風変わりな若い僧、九英承菊が訪ねてきた。

刃物などの確認だけを終えると、するすると龍王丸の元まで歩いて来た。


「これはこれは、ご機嫌麗しゅうございますな、若君。して、それは何ですかな、雉でしょうか」


「さて、雉か。ならばそれでいい」


龍王丸は縁側で描いていた絵を途中でやめた。

鳳凰でも描こうかと思ったが、朱雀との違いが分からなかった。

適当なものを描いて、最近顔を出す公家の姫に延々と突っ込まれるのはごめんだった。


「説法か、承菊」


「ほかに何がありましょうか」


承菊の手には包みがあった。

中にはいくつもの書、遠江の報告書が収まっている。

到底説法をする支度ではないが、表向きは説法である。

実際、承菊は僧であり、思い出したように経を持ってくることも、唐突に禅問答を始めることもある。

ゆえに説法というのも、あながち嘘ではなかった。


龍王丸は絵筆を片づけ、胡坐をかいた。


「して、遠江で何事かあったか」


「はて、そのようなことを申されましても、拙僧は坊主ですので仏道を説きに参っただけでございます」


本日の承菊はこちらを焦らす戦略のようだった。

面倒ゆえ、始めよと言おうと考えた。

だが、それはこの坊主にとって思うつぼであると、龍王丸は学んだ。


この生臭坊主は何かにつけ、一度余計なことを言う。

こちらが面倒がれば、むしろ機嫌がよくなる。

最初の頃はもう少し殊勝であったはずだが、何度か顔を合わせるうちに遠慮をなくしたらしい。


しばらくして、衣擦れの音がした。


「さて、本日の説法ですが」


龍王丸は顔を上げた。

承菊が、いかにも僧らしく姿勢を正している。


「遠江のことについてお話ししたく」


結局、報告はするようだった。

わずかに間を置いた。


「遠江の説法か」


「左様にございます」


龍王丸は少し考えた。


「確か、遠江の塩座が困っているとかいう話であったかな」


「ええ。何でも大河内なる、かつて今川へ弓矢を向けた者らが、塩で一山当てたそうでございます。それと在来の塩座が、大層揉めたそうに」


昨年の塩の一件以来、承菊は遠江の大河内、天野と早速繋がった。

龍王丸にはどうやったか理解できないことだが、当主である氏親や重臣らも丸め込んだ。

そして塩座のひそかな乗っ取りを粛々と進めたのである。

今では承菊の意向を受けた人間が、定期的に報告と相談に足を運んでくる。


本人が来るのは月に一度か二度であり、そして得てして厄介ごとの持ち込みだった。


「ああ、大変よな。ただ、そなたの実家の庵原や今川が間に立ち、よりよい形で塩座を作ったのだったな」


承菊は神妙に頷いた。


「ええ、ええ。まこと双方の顔を立て、遠江の富も増す。争いを収め、人を養い、国を富ませる。御仏の教えにも適う道かと」


「ああ、あやかりたいな。素晴らしいことよな」


龍王丸も頷く。

承菊がにこやかな顔で黙り込んだので、水を向けた。


「駿河にも、そのような教えが広まればよいが」


「今すぐには難しゅうございましょうが」


承菊は一度、もっともらしく目を伏せた。


「水は高き所から低き所へ流れるもの。必ずや徳高き教えも、いずれ広がりましょうな」


別に御仏の教えは万物の頂上というわけでもないし、安い塩が駿河に流れるのは水のたとえに相応しくないのではないか。

龍王丸はちらりとそう考えた。

だが、それを言った時の面倒を考え、黙り込んだ。

最近は姫の相手で、少しは面倒な手合いに絡まれた時の対応に幅が出るようになった。


ただ、これはこれで楽でよいが、話が進まない。

承菊がどんな話を遠江から持ってきたのか、いい加減聞かねばならない。


「して、もうよいか」


「はて」


承菊が顔を上げた。


「拙僧は説法に参ったのですが」


「ああ、ずいぶん骨身にしみた。般若心経も諳んじられよう」


「もとからお出来になられたと、拙僧は記憶しておりますが。まあ、よいでしょう」


「そうか」


龍王丸は立ち上がり、そのまま奥へ引っ込んだ。

部屋の文机に積まれた帳面のうち、三冊と数枚の走り書きを引っ張り出し、縁側に戻った。

手際よく、承菊の目の前に持ってきたものを並べて見せる。

三冊の内訳は、新しいものが二冊、角の擦れた古いものが一冊。それに、それらに対する懸念事項などを記した紙である。


承菊が経巻を脇へ寄せ、それらを手元に寄せた。

龍王丸はそのうち、一つの帳面を指した。


「ここ数か月の遠江の塩事情だ」


承菊が開き、頷いた。


帳面にはいろいろな数字が几帳面に記載されている。

浜ごとの塩の上がり、使った釜の数。

また、塩一俵あたりに使った薪、雇った人足、商人へ渡した値なども整理済みである。


これらの数値は、かつて自分の組下にいた大河内玄蕃に記載させている。

几帳面で、算術の才もある男のため、こういう仕事をさせれば間違いはない。

肝の小ささも、周囲が気を遣ってやればまず問題はない。


承菊はその整理された帳面の頁を何枚か繰った。

そして最新の頁で止まる。


「おお、やはり遠江の塩、五万俵を越えておりますな」


「見込みも混じる。実際には少し下がるだろう」


「それでも大したものにございます」


龍王丸はもともと遠江で製塩事業の準備を行っていた。

従事する人間、監査役、どこにどうやって運ぶか、どこの国人を巻き込むかまで計画には落とし込んでいた。

ただ、それを行う権限と、駿府方を納得させる言葉がなかった。

それゆえにずっと前に諦め、龍王丸は木綿に注力した。


逆に言えば、そこを解決できる人間がいれば、凍らせていた計画は一気に動き出した。

内部を完全に握った大河内の者らを中心に塩を焼き、気脈を通じた遠江衆を使い、塩を流した。


はっきり言えば儲かった。


当然、在来の塩座が腹を立てた。

本来ならば、そこで塩の道を塞いだり、つながりのある国人衆らをぶつけてくる。

だが、周囲に話を通してある大河内相手にそれはできない。


ゆえに、折り目正しく揉めた。

訴訟を駿府に投げ、酷いではないですかと泣きついてきた。


そこに今川が間へ入り、大河内をたしなめ、双方を一つの仕組みへ押し込んだ。

そこまで来れば、後は早かった。

隣が同じ薪で多く焼くのを見れば、真似る者も出る。

塩座も、扱う荷が増えて銭になるなら、いつまでも意地を張ってはいない。

もはや遠江の塩座の面影は、看板程度にとどまっている。


龍王丸はもう一冊を開いた。


「こちらが駿河だ」


差し出した帳面は、遠江のものより薄い。

久能、三保、そのほか浦々。遠江ほど数字は揃っていない。

商人の話から拾ったものも多く、漏れもあるだろう。


承菊はしばらく頁を見ていた。

やがて指が止まる。


「二万俵ほど、でございますか。駿河の塩はもう少し積まれていると思うておりました」


「それでも随分多く見ておる。悪くはない数字よ」


龍王丸は二つの帳面を並べる。

遠江が五万余り。駿河が二万ほど。

細かな誤りはあるだろう。それでも、この差がひっくり返るとは思えなかった。


承菊が顔を上げた。


「それで、次は駿河にございますか」


「予定通りならばな」


「ずいぶんと、あっさり申される。駿河の塩座は固いと仰ったのは、若君ですぞ。量だけでは崩せないとも仰った」


龍王丸は折り畳んだ紙を一枚開いた。


「ゆえに二手三手挟んでいる。質と見目の良いものを京に流した」


承菊の眉がわずかに寄った。


「京の公家衆を、ずいぶんと浅く見ておられますな。こちらの思う通りに動かれますかな」


「そなたよりは深く見ている。気位の高さも知っている。だがそれでも今、困窮しているのは確かだ。ありがたく受け取ってもらえた」


「少量ならともかく、これ以上は本所が五月蠅うございますぞ」


東寺など京の高名な寺は塩座の後ろ盾でもある。

唐突に公家や京に塩を流せば、遠江と違って兵による妨害もあり得る。


「今のところは何もない。随分京も焼けたことであるし、五山をはじめとした寺院もだいぶ隙があると見てもよかろう。いっそ、次はもう少し踏み込めるやもしれぬ」


「拙僧は五山にて修行した身にございますが」


「ああ、それは良い。そなたの縁も使おう」


承菊の口が閉じた。

龍王丸は構わず、紙の端を指で押さえた。


「大樹からも、禁裏からも、ありがたい言葉はいただいた。次はさらに多く、今川から届いた品として寺院や公家衆へ流す」


「京で使われる塩として、あくまで贈物ですな」


念を押すように承菊が言った。

新しいやり方で多く作れば、面白く思わぬ者もいる。

粗い。悪い。由緒がない。ゆえに京では扱えぬ。


この膠着を打破するために、京で先に値と品質で名を売ってしまう。

そうなれば、大量生産した遠江の塩も、少なくとも素性の怪しい安塩ではなくなる。


承菊はいささか納得しがたい顔で、二つの帳面へ目を落とした。


「それだけで駿河へ入りますかな」


「入らぬ。が、蔵には無理やり入れる」


承菊がわずかに考え、得心がいったように頷いた。


「今川軍のための御蔵でございますな。今後は遠江衆の兵も動かすのですから、大量の塩を求めるのはおかしゅうございませんな」


軍は常に物入りである。

特に塩は必要不可欠と言ってもよい。

味噌、干魚などの保存食。長く陣を張る際には大量に用意しなければならない。


そう銘打って、駿河内の各所に蔵を建て、集積地点、塩流しの拠点にする。

そこまでできれば、もはや駿河の塩座の妨害は限定的になる。


もう半年も経てば、駿河の塩座も多少は割れるだろう。

龍王丸はその時を夢想し、静かに頷いた。


だが、肝心の承菊は何か思い至ったようで、ふと口を開いた。


「ああ、ですが軍といえば」


龍王丸は話の先を待ったが、承菊はすぐには続けなかった。

奇妙なことに満面の笑みを浮かべている。

短い付き合いではあるが、ろくでもなく面倒な話があることだけは察した。


承菊は龍王丸の反応を存分に楽しんだ後、ゆっくりと言葉をつなげていった。


「お聞きになりましたか、若君。駿府に少々珍しいお客人がいらっしゃっております」



-----★


龍王丸と承菊が塩について額を突き合せていた時。

駿府館の一室で、今川氏親は甲斐から来た男と向かい合っていた。

無論、一対一ではない。庵原安房守を始めとした重臣が並び、それから下座に向かって岡部などの家臣が並んでいる。


冬の日は明るいが、開け放つにはまだ寒い。

障子の隙間から差し込む光が畳の上に細長く伸び、その端で火鉢の炭が時折小さく爆ぜていた。


近頃は、部屋を暖めても指先の冷えがなかなか抜けない。

長く座っていれば腰の奥が重くなり、時折頭まで鈍く痛んだ。

そのことを家臣らも知っているため、氏親が人と会う部屋には以前より火鉢が増えた。


「修理大夫様には、変わらず御壮健の御様子。まこと祝着にございます」


甲斐から来た男は、そんな部屋の中で恭しく頭を下げた。

だが、今の挨拶を受け、僅かに部屋の空気がひりついた。

御壮健、などという言葉は今の氏親にとっては皮肉にも聞こえる。


事実、氏親はこの数年で痩せた。

頬は以前より薄くなり、こうして平服で座れば肩回りにも衰えが見える。


重臣らにしてみれば、見れば分かるであろうと言いたいところなのだろう。


だが、氏親はさして気にならなかった。

嘗て、京の伊勢邸ではもっとおぞましいやり取りを見た。

それに比べれば、ずいぶん気を遣ってもらっているようなものだ。


「おお、さようか。甲斐からよう参られた」


そう答えると、男はもう一度頭を下げた。


身なりは悪くない。

衣も旅塵に汚れてはいるが、粗末なものではなかった。

山道を越えてきた疲れは顔に見えるものの、声にも姿勢にも乱れがない。


甲斐国、河内の穴山方から来た者である。

確か、名前は穴山外記だったと記憶していた。


随分と面倒な客人が来たものだ。

そう思いながら、相手を気遣う声色で挨拶を返した。


「穴山殿、道は悪くなかったか」


「この季節にございますれば多少は。ただ、駿河へ入りましてからは難儀もございませなんだ」


「それは何より。甲斐と駿河は近いが、道の険しさからかなかなか話が入ってこぬ。八郎殿も遠慮するな。甲斐の話を聞きたかろう」


その時、初めて外記がわずかに固まった。

だが、すぐに先ほどまでの穏やかな顔へ戻る。


氏親は重臣の中に紛れるように座っていた男に目をやった。


壮年の武士らに混ざると目立つ、年若い男。

武田八郎である。


武田宗家に連なる一族であり、河内の穴山にも近い血筋であった。

数年前の甲駿の和議以来、駿府に身を置いている。


客人と呼べば聞こえはよい。

人質と呼べば、いささか露骨である。


八郎が座敷へ入り、氏親に一礼する。

それから穴山方の男へ目を向けた。


「おお、八郎殿。お久しゅうございます」


外記は、今度は隠さず顔を綻ばせる。

八郎もそれを見て、満足そうに頷いて見せた。


「久しいな。息災であったか」


「何とか。八郎殿も御変わりなきようで」


大きなくくりでは同族の二人には言葉に親しみがある。

ただ、気安く膝を寄せるほどの間柄でもないらしい。

二言三言、甲斐の知己の名を交わすと、八郎は氏親の少し下がった位置に座した。


氏親はその様子を眺めていたが、頃合いを見て切り出した。


「して、穴山殿が参られた用向きは何でござろうか。甲斐は新たな府中まで構え、近頃は何やら忙しそうに聞くが」


「それにございます」


外記は頷いた。

それから八郎へ目を向け、一度だけ言葉を選ぶように間を置いた。


「八郎殿の御前では、何とも申しづらきことではありますが」


「構わぬ。御屋形様の前で隠すことなどあろうものか」


八郎の返事は早かった。

外記は、では、と咳ばらいをしてから始めた。


「いま口に上った府中を構えし、武田当主。武田五郎殿のことでございます」


室内がまたひりついた。


武田五郎。

甲斐守護、武田家の当主である。

若くして家督を継ぎ、精力的に甲斐をまとめんと動いている。


「ああ、幾年か前も修理大夫が留守の間に挨拶に来たな。三浦らが相手をしてくれたが、お元気であろうか」


言葉通りではない。

数年前、偽兵と軍勢を率いて甲斐口に現れ、遠江衆と連動する動きを見せた。

確か、その折、武田を通したのは穴山であったと思うが。

そんな意図を言葉に込めたが、外記はそ知らぬ顔である。


「さて、極めて壮健であります。問題は気性の方で」


「常に冷静な方と聞く」


「ですが極めて性急に物事を進める御方でもあります」


八郎は表情を変えなかった。だが肩に力が入っていた。

自らも武田の名を持つ男の前で、その宗家当主を評するのである。

外記も、それが分からぬほど愚かではない。


それでも言った。


「我ら甲斐の国人としては、守護は守護、国人は国人。折々に力を合わせ、外敵あらば共に当たる。それでよいと思うております。ええ、先祖代々のやり方が甲斐にあっておるように見えまする。されど」


外記の言はずいぶん都合のよい話だと氏親は思う。


守護の名を借りて所領は安堵させる。

また外敵が来れば守護の名で兵を集めさせる。

だが己の領地、関、道、人のことには口を出すなという。


そうなれば、その国を治める守護大名として国人衆に言う言葉は一つだけだ。


「万事、守護に従うべし。五郎殿はそう仰ります」


それだ。と氏親は内心五郎に同意した。

そこからも外記の口は止まらない。


「人を寄せ、道を改め、関を改める。誰と縁を結ぶか、どこへ兵を出すかまで守護の下に置こうとなされる。

 古くよりあるものを、何もかも一つに組み直そうとしておられます」


そこで氏親は少しだけ五郎に興味を覚えた。


外記は、五郎を暗愚とも暴虐とも言わなかった。

むしろ話を聞く限り、随分まともなことをしている。


いや、まともであるから困るのだろう。


「それはそれは、穴山殿もお困りであろう」


扇をもてあそびながら言うと、ようやく外記は口を閉じて頭を下げた。


「ご賢察、痛み入ります」


「うむ。大井殿のように、娘御を室へ差し上げるわけにもゆかぬであろうし、武田殿にはなにもいえぬであろうな」


外記は頭を上げなかった。ピクリと肩を震わせ、そのままだ。


氏親が名前を上げた甲斐の大井氏は長く武田と争い、今川とも結んだ。

だが結局、五郎と和し、娘をその室へ入れた。

争い続けることが難しいならば、縁を結ぶ。それも一つのやり方である。


穴山が同じ道を取れるかは別の話だった。


河内を押さえる穴山は、駿河との境に近い。

今川との縁も深く、大井と同じように娘一人で話を収めればよいという立場ではない。

何より、今さら五郎の下へ素直に入れば、それまで今川と結んできた年月が別の意味を持つ。


外記がしばらくしてから頭を上げた。その顔には笑みが戻っている。


「おお、さすがは修理大夫様。甲斐のことをよう御存じで、道が険しいとは何でございましたか」


「道は険しくとも隣国ゆえ、聞きたくないことばかり耳に入る」


「であれば、本日の用向きもすでにお察しかと」


やはりそこへ来たかと思う。

だが、それを自分から言い出すことは悪手である。


「それは、そなたの口から聞きたいな。穴山殿」


氏親は少し姿勢を崩した。


「ちと身体の調子もようない。早う頼む」


早くせねば切り上げるぞ、と暗に示すと、外記の顔から笑みが消える。


「では、率直に」


その声は固く、先ほどまでの柔らかさなど見当たらない。


「今川は、武田の旗が河内に立つことを望みましょうか。富士川筋を、武田五郎殿の馬蹄に侵されることを許されましょうか」


「望まぬな」


氏親は短く答えた。

これは考えるまでもない。


河内を武田が押さえれば、甲斐から駿河へ落ちる道が一つ増える。富士川筋への圧力も強くなる。

今すぐ駿府へ攻め込まれるという話ではないが、今川にとって喜ばしいことではなかった。


外記が、わずかに身を乗り出した。


「であれば今こそ、甲斐へ軍を進める機でありましょう」


室内が静まり返った。居並ぶ家臣らが様々な意図を込めて、氏親を窺う。

だが、氏親はすぐには答えなかった。そもそもいう必要のない話でもある。


ただむしろ、氏親はこの外記という男に少し感心した。

穴山の口からは、決して助けてほしいとは言わず、場を動かそうとする知恵周りは中々である。


「五郎殿は拙速なれど、甲斐をまとめましょう。口惜しゅうございますが、それだけの器はございます。

 何より甲斐守護が甲斐をまとめる。そこには名分もございます」


名分と聞いて、八郎が少し顔を上げた。

黙っておれと視線を送ると、顔を伏せる。


「されど、人の情を置かぬ仕置きにございます。古くより己が土地を守ってきた者へ、昨日今日できた法を押しつける。従わぬ者は討ち、従った者にもさらに差し出せと申す。あれでは早晩、甲斐は揉めましょう」


「今川としては、それで構わんと言えばどうする」


氏親はこれも間髪入れず言った。

だが外記も、すぐに笑った。


「悪い冗談でございますな。内をまとめ切れぬ者は、外へ出て威を示します。京におられた修理大夫様がそれをお忘れとは思えませぬ」


外記の酷薄な笑みに、氏親の指が止まった。


なるほど、そこには一理あった。


内側の不和を消すより、外を敵とし団結する方が簡単である。

武家、公家関係なく、良く用いられる手段と言っていい。

氏親自身、似たようなことを一度もしていないとは言えなかった。


「なるほど。一理あるが、そうなると我らの名分はどうなるかな」


今度は外記が黙った。ゆえに氏親が続けた。


「そなたが申した通り、甲斐守護が甲斐をまとめようとする。なるほどそこには名分があろう。それを今川が止める。これに足る名分はどうする」


甲斐の不穏は兵を出す理由にはなるが、名分にはならない。


外記はしばらく氏親を見ていた。

やがて、ふっと口元を緩める。


「それこそ御冗談を。分かっておいでゆえに、八郎殿を今日ここに呼んだのでしょう」


広間の視線が八郎へ集まった。


八郎は動かなかった。

先ほどからほとんど話していない。

氏親だけが少し首を傾げる。


「さて、最初に言ったはずだが。ただ八郎殿に甲斐のことを聞かせたいと思ったがゆえよ」


互いに薄く笑い、黙り込む。

口を開く者はいなかった。


外記の指摘は、そう的外れでもない。

もっとも、氏親が今ここで認める理由もなかった。


ただ、室内に家臣らの唾をのむ音が響いた。


ならば今日はここまでか、と氏親は額に手を当てた。


「ああ、いかぬな。やはり身体がようないわ。今日はこれまでとしたい」


外記の眉間に皺が寄った。

だが、すぐに平伏して見せる。


「長々と御前を汚しました。何卒、お身体を大切になされませ」


「ああ、済まぬな穴山殿」


外記はその場にいた八郎や重臣たちに深く頭を下げ、近習に導かれて座敷を出た。

足音が遠ざかり、完全に消え失せてもしばらく、誰も口を開かなかった。


その間を破ったのは、宿老庵原安房守であった。


「なんともまあ、武田、悩ましゅうございますな」


その言葉に何人かが頷いた。

だが、三浦次郎左衛門が、すぐに難しい顔をした。


「でございますが、悩ましいからと言って攻めるのはやはり悪手では。少なくとも穴山に乗るは危うきですぞ」


次郎左衛門は顎髭を撫でながら首を傾げている。


「仮にも正当なる甲斐守護を、気に入らぬから挿げ替えよとは。あれと轡を並べることなど、あまり良い結果にならぬかと」


これに由比美作守が疑問を呈した。


「だが、すでにここへ来ておる時点で穴山は相当危うい橋を渡っておるであろう。戦の最中に今さら旗色を変えようか」


その言葉になるほどと頷く者もいた。

だが次郎左衛門は首を横に振った。


「目的を達し、八郎殿を守護に据えた後よ。五郎殿が弱ったと見るや、今度はそちらへすり寄りかねんと言っておる」


美作守は少し考え、苦い顔をする。


「五郎殿がそれを許すとは思えぬ。あの御仁は冷静ではある。されど穏当ではない。己を追い落とそうとした者を、そう易々と許しましょうや」


「話の持って行き方次第ではないか。穴山が五郎殿の危難に一歩歩み寄れば、気も変わろう」


「さて、穴山がそんな気の利かせ方をしましょうか」


二人の話は、少しずつ穴山の腹を探るものになっていった。

そこに、ぱたん、と乾いた音がした。


音の元は氏親の扇である。


三浦と由比は口を止め、場が静まった。

安房守が、大きな笑い声をあげて見せる。


「御両人とも、今は穴山殿、五郎殿の人柄を論じても仕方ありますまい。ただ武田の伸長を今止めるか、否か。今なら止められるか、否か。そういう話でございましょう」


「愚見なれば」


そこに岡部左京進が静かに口を開いた。

やはり度胸があると、氏親は感心した。


「穴山殿の意見にも、一考の余地ありと存じます。ただ八郎殿の御前で申すことではございませぬが」


そう言って、左京進は八郎に視線をやった。

八郎は穏やかに微笑み、頭を下げた。

左京進は一礼してから、言葉を続けた。


「甲斐は、率直に申せば貧しゅうございます。反面、遠江、駿河は近頃富んでおります。まずこのままいけば差が広がりましょう。そうなれば甲斐も前に出て、これ以上差が広がらぬようにと手を打つのは当然に見えまする」


また家臣らがなるほどと頷いた。


それは氏親も感じていた。


遠江は、平らげてからまだ長い年月が経っていない。

本来ならば国人同士の争い、荒れた田畑、逃げた百姓、途切れた道の後始末に、もっと時間がかかるはずだった。


だが、思っていたより早く持ち直し、かつて以上の繁栄を掴もうとしている。


「ふむ、左京進の言葉を見るに、向こう側も準備が整えば攻めてくると。だが今準備が整っているはこちらのみ、そういうことですな」


安房守が言った。

左京進は何か言いたげであったが、深々と頭を下げる。


「確かに左京進の言う通り、どういうわけか塩にも米にも余裕がありまするな」


安房守はそう言って、からからと笑った。


何人かが安房守を見た。

当人は知らぬ顔で頷いている。


「ふむ」


ここで、ようやく福島兵庫助が低く唸った。

先ほどからほとんど口を挟んでいなかった男である。


「こちらは望外に強うなっている。甲斐方には、今は付け入る隙がある。だが

 五郎殿が国人を押さえ切ってからでは、穴山が今日のような話を持ってくるとは思えぬ」


兵庫助はそこで言葉を切り、強い視線を周囲に向けた。

家臣たちの背がすっと伸びた。


「ならば今、前に出る。それしかあるまい」


飲まれかかった空気の中、安房守が笑った。


「おお、なんと勇ましい。さすがは福島兵庫殿。御屋形様の下知あらば、今すぐにでも駆け出しそうでございますな」


下知あらば。

安房守はその部分だけ、声を大にして言った。


兵庫助が安房守を見る。

視線が絡み合う。


先に逸らしたのは兵庫助である。


「無論、御下知あらば」


そう言って氏親に頭を下げた。


「それは何より」


安房守は満足そうに頷いた。


福島兵庫助は間違いなく有能である。

甲斐へ兵を出す際の総大将として、まず第一に名前が上がるだろう。


では、その勇猛さを頼りに今すぐ送り出すかと言えば、それも違う。


「ふむ、悩ましや武田」


氏親が呟くと、家臣らが改まった。


実際、武田五郎が甲斐をまとめるには、まだ幾年かかかるだろう。

そうやって無理やりまとめた甲斐を、銭や米、塩で揺さぶり穴を作るというのも一つだ。

武田が内訌で疲れるのを待ち、穴山や大井が泣きついてきた時だけ銭や兵を出し、甲斐の戦乱を長引かせる。


本来ならば、その手こそ氏親の打ちたい一手である。


だが、この策が実るまでの数年を考えた時、別の問題が残った。


氏親は膝の上の扇へ目を落とし、すっかり細くなった腕を見た。

しばらく安静にしていれば刀を振るえるようになる。

もはやそのような期待はしていない。


数年後に武田が甲斐をまとめ、南へ出た時、自分が声を発せるかすら確証が持てない。


では、その時に前へ立つのは誰か。


氏親の脳裏に、隔離された屋敷にいる長男の顔が浮かんだ。


十にも満たないうちから、才覚も胆力も示し続けてきた我が子である。


だが、当主として家中を背負うにあたり、才覚がすべてではない。

器量、忍耐、根回し、人脈。そういった年若い才人が嫌うような泥臭さが必要になる。

あの子が数年後、それらを身につけ今川の名を背負えるか。


それが分からなかった。


だが、龍王丸以外のだれかと問われれても、その答えが氏親の内にない。


無論、龍王丸に出家を命じ、陣代として弟を支えさせるという手もある。

そうすれば、あの長男はおそらく頷く。今川は才覚と穏当さの両輪を得てうまく回るかもしれない。


だが、あの才が惜しい、という気持ちが消えてくれない。


「情けなし」


呟くと、また家臣が畏まった。


この不穏は、おそらく数年後には今より大きくなる。

武田が強くなる時期であると同時に、今川が最も危うくなる時期かもしれない。


ならば今か。


そう考えたところで、氏親の視線が福島兵庫助で止まった。


忠臣である。


そのことを疑ったことはない。

だが、忠臣であることと、力を持たせて何も起こらぬことは別の話だった。


兵庫助の娘腹には、氏親の子がいる。


今は幼く、気性も分からない。家督がどう、今川をどうなどと考える段階にない。

だが兵庫助へ数千の兵を預け、甲斐で武田を破るほどの武功を立てさせればどうなる。


氏親はそこで考えるのを止めた。

止めたというより、頭の痛みが強くなり、それ以上一つの考えを追うことが億劫になった。


目頭を指で押さえる。


「ああ、いかぬ。本当に頭が重いわ」


今度は誰も微妙な顔をしなかった。


「安房守、明日、沙汰を出す。今日は仕舞え」


安房守が頭を下げた。


三浦も、由比も、それ以上は何も言わなかった。

福島兵庫助も、すぐに立ち上がろうとはせず、まず深く頭を下げた。


氏親はしばらく動かなかった。


まとまらぬ考えの中で、何度も龍王丸の顔が浮かんだ。


あれなら、甲斐をどう見るだろうか。

その先を、どう見る。


----


その日の夜、氏親は供を二人だけ連れ、西の奥にある離れを訪ねた。

龍王丸の蟄居先である。


門前の番兵は、夜半に現れた主君を見て慌てた。

一人が声を上げかけ、隣の男が慌てて袖を引く。

氏親は騒ぐなと手で制し、供も外へ残した。


別にどこぞの坊主のように我が子を驚かせようというわけではない。

ただ大仰に先触れを出し、家臣らの耳目を集める必要もなかった。


庭には薄く霜が降りている。廊下へ上がると、夜気に冷えた板が足裏へ伝わった。

見張りの一人が案内しようとしたが、それも断る。


何度か来たことのある屋敷である。迷うほど広くはない。

灯りの漏れる部屋の前まで来たところで、氏親は足を止めた。


傍らに梅の枝が飾られている。


白い花をいくつもつけ、時期を考えれば少し早い。

近づいてみれば本物ではなく、薄い花弁も枝の節も精巧に作られた造花だった。


少し意外だった。


龍王丸が歌を知らぬとは思わない。公家相手に恥をかくほどの育て方もしていないし、書も読む。

ただ、花を好む質ではなかった。

遠江では田畑や道ばかり見ていたと聞く。

また駿府へ戻ってから聞こえてくるのも、木綿だの塩だの帳面だのと色気のない話ばかりである。


氏親が造花へ顔を寄せた時、奥から涼やかな声がした。


「人はいさ、心も知らず、ふるさとは。花ぞ昔の、香ににほひける」


思わず肩が揺れた。

振り返ると、龍王丸が顔を僅かに顰めてこちらを見ている。


「急に話しかけるな。遺言もなく死ぬぞ」


「失礼いたしました。遺言を書かれましたら、御教えください」


氏親は黙った。

沙汰の場以外で知ったことだが、我が子は存外遠慮がない。

いや、氏親がそれを望んでいると察し、合わせているだけかもしれなかった。


「言うようになったな」


「何がでございましょう」


「数年前のそなたは随分殊勝であった。父の病を、そのように申すこともなかったろうに」


「数年前は、病の振りなどなさる方ではございませんでしたので。それに、少し遠江で揉まれましたゆえ」


「そうか。遠江へ出した甲斐があったか。皮肉もうまくなった」


「お褒めに預かり、恐悦至極にございます」


やはり言うようになった。だが悪くない。

氏親は再び梅の造花へ目を向けた。


「で、先ほどの歌は何だ」


「どこぞの姫君が、梅の造花だけを置いて何事か得意げにしておりましたので、先に申しました」


なるほど公家の姫の持ち物か。それに相応しい見事な出来ではある。

だが、当然ながら香りはない。


「見目は立派だが、香はない。外見や武功ばかりで中身がない、とでも申したいのか」


「おそらくは」


「その姫は、そなたに何か恨みでもあるのか」


「いえ。太田道灌殿と同じ経験を、私にもさせたかったのではないかと」


「分からん姫だ」


「まったく分かりませぬ。あの様子では、おそらくまた来ます」


何だ、その関係は。


公家の姫が蟄居先へ来て、意味ありげに造花を置く。息子は息子で、それを見て歌を先回りしているらしい。

ぞわりと嫌な考えがよぎったが、振り払う。

見張りもいる。滅多なことにはなるまい。


龍王丸は部屋へ入り、氏親に座るよう促した。


「して、御屋形様。龍王丸めに何用でしょうか。塩は承菊の仕切りにございますので、何とも申せませぬが」


「それについては、また申したいこともある。だが今回は甲斐だ」


「ああ、穴山殿か。八郎殿を立て、五郎殿を追い立てろとでも申しましたか」


「耳が早いな。庵原の坊主か」


龍王丸がまた少し顔をしかめた。


「ええ。あれは相当駿府に食い込んでおります。一度叱りつけた方がよろしい」


「そなたの家臣のようなものだ。そなたがやれ」


「私の家臣ではございませぬ」


「では本人に聞いてみよ」


龍王丸が一層顔をしかめて黙った。胸がすいた。

氏親は腰を下ろした。

火鉢は一つしかなく、昼間に穴山の使者と会っていた部屋よりよほど寒い。


「で、どう見る」


「鶏肋」


返事は早かった。


「虎に化けるかもしれぬぞ」


「飢えた虎なれば、こちらへ来るとは限りますまい。北なり東なり、食いやすい方へ向かいましょう」


「呑気に過ぎる。育てば手が付けられんぞ」


「では、虎が育たぬように、ちょっかいをかけ続けましょう」


それは氏親も考えたことだった。

穴山を支える。大井を動かす。銭や兵糧を入れ、五郎が甲斐をまとめ切れぬようにする。

急ぐ必要がなければ、その方がよい。

だが、


「時間がない」


先ほどまで間を置かず返していた龍王丸が、初めて黙った。

目を細め、氏親の顔をしばらく見た。何かを見透かしたように、かすかに笑う。


「顔色はよろしい。心配なさることはないのでは」


「己の身体のことは、己が一番分かる。今さら孝行息子など似合わぬぞ」


さあ、考えよ、と顎で促した。

すぐに返事はない。龍王丸は目を閉じた。

氏親も急かさなかった。


しばらくして、龍王丸が口を開いた。


「やはり、攻めぬ方がよろしいかと」


「福島に武功を立てさせるは不味いか」


龍王丸は僅かに目を細めた。そうではないらしい。


「そもそも、勝てると思わぬ方がよろしい」


氏親は思わず聞き返した。


「負けるか。兵力が違おう」


「私は三百で四千を蹴散らしました」


今度は氏親が黙った。


「地形と奇策の賜物よ」


「武田も奇策と地形を使えばどうしましょう。甲斐は五郎殿の庭でありましょう」


なるほど、負けるとは考えていなかった。

家臣らもそのことを口に出さなかった。


穴山が内から動き、今川が兵を出す。

率いるのは福島兵庫助で、兵の数でも優る。

甲斐国人らが一枚岩でないことも知っている。


それゆえ、どこかで勝つことを前提にしていた。

兵を出すならば、まずこの油断から改めねばならぬ。


「だが、それでもやはり時がない」


氏親の言葉に、龍王丸は何も言わなかった。

やはり目を細め、こちらを見通すようなしぐさをする。


「今、勝てばよい。武田を討ち、今川の威を示す。そうすれば今後どうなろうとも、容易に付け入ろうとする者はいなくなる」


気が付けば語気が荒くなっていた。

少しの気恥ずかしさを覚え、呼吸を整えていると、しばらくして龍王丸が頭を下げた。


「不甲斐ない長男で、申し訳ございません」


皮肉かと思った。だが、どうも違うらしい。

どうやら本気で、自分が不甲斐ないから父を焦らせていると思っているようだった。

氏親はため息を吐いた。なぜか気が抜けた。


気を取り直し、改めて問うた。


「仮にそなたが言う通り福島が負けるとして、誰なら勝てる。朝比奈か」


「絶対に福島が負けるとは申しておりませぬが」


「仮にと申した」


「では、仮に兵庫が敗れるならば、備中守でも厳しゅうございますな」


「では、そなたはどうだ」


龍王丸が氏親を見る。やはりその眼差しに熱は宿っていない。


「軍神は、若き虎に勝てるか」


少し間があった。


「合戦では、手も足も出ませぬ。龍王丸は一戦しかしておらぬゆえ、武田殿の足元にも及びますまい」


「合戦では、か」


氏親はそこを拾った。


「では、何なら勝てる」


ちりと、火鉢の炭が小さく崩れた。


「戦ならば、多少目はございましょう」


そう言って、龍王丸は何も気負わずに薄く笑ってのけた。

戦ならば、と氏親は低く唸った。


甲斐へ兵を出すか。福島兵庫に任せるか。

それとも、なお時を待つか。


息子との問答を通しても何一つ決まっていない。

武田五郎への懸念も消えてはいなかった。


それでも、先ほどまで頭の奥にまとわりついていた重さは、いくらか薄れている。

息子との問答で抜けた気ともに、いくらかの重さもどこかに行ったようだった。


「そうか」


氏親は立ち上がった。


「ならば、そなたもいざという時に備えておけ。今日は邪魔をした」


龍王丸が頭を下げる。

氏親はそれ以上何も言わず、離れを後にした。


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