第一章 再会 02
悠司のバイクは旧式といっていいほど古いスポーツバイクだったが、その調子は絶好調だった。
走り出しも止まる時も、曲がる時も、すべては踊るように軽やかだった。
車両もそうだが、それを操る悠司の技術も凄い。
アリアはもう掴まる手にほとんど力を込めていなかった。
「悠司の運転も上手ですけど、整備の腕が良いですね」
「はは、照れるな」
「自分で整備してるんですか?」
「まぁな。道具はあったし、見様見真似で」
「お父さんも悠司も手先器用ですもんね…」
悠司の身長は高くて、アリアは低い。
だからか二人乗りになると、目線の高さはほとんど同じだった。
だからか信号待ちで会話が弾んだ。
最近ハマっていること、頑張っていること、そのほかどんなにくだらないことでも、昔とまったく同じように。
そのせいか、二人は店を通り過ぎてしまった。
結果的にカフェに着いたのは、予定より二十分ほど遅い17時ごろだった。
まばらな客の入りで、店内は落ち着いて話せそうだ。
「そんじゃ改めて、久しぶりだなアリア。また会えて嬉しいよ」
「お久しぶりです悠司。……いきなり来てすいません、驚かせようと思いまして…」
やけにばつが悪そうにアリアは肩をすぼめる。
気まずい状況という発言が尾を引いているのだろうか。
「会ったときに言った気まずい状況って、別に大したことないよ。ただ成績足りなくて進級できるか怪しいだけ」
「――なにをそんなに落ち着いてるんですか!?一大事じゃないですか!」
アリアは砂糖たっぷりのミルクティーを吐き出しかけた。
一方悠司はアリアの焦りなどどこ吹く風で、余裕そうにコーヒーを啜っている。
「人間死ぬ気出せば何とかなるから、大丈夫。心配すんな!」
「無理ですって!久しぶりに会った幼馴染が後輩になりそうだったらそりゃ心配しますよ!」
「俺年上にも敬語使わないし、よく考えたら別に困らないかも」
「受け入れるほうにシフトしないでください!」
アリアが本格的に説教を始める寸前。
本日のお目当てであるふわふわのパンケーキが届いた。
厚みのあるパンケーキが三段、まるで塔のように皿の上にそびえ立つ。
焼き色はこんがりとしていて、蜂蜜のコーティングでキラキラと輝いている。
ナイフを入れれば沈み込むほど柔らかく、口に入れたらまるで雲のように溶けてしまいそうだ
「わぁ…すごく美味しそうです…!」
アリアはなんで怒っていたかも忘れて、ひとかけひとかけ幸せそうに口に運んでいく。
一段目がなくなってもペースは落ちず、二段目もなんなく食べ終え、三段目もペロリと平らげてしまう。
悠司のコーヒーはまだ冷めてもいなかった。
「相変わらずいい食べっぷりだな。食が細くなってないようで安心したよ」
「あはは、今朝はご飯を食べていなかったので、お腹空いていまして…」
悠司はふと、昔のことを思い出した。
よく食べるうえにペースも早かったので、幼い悠司はアリアを業務用掃除機と呼んでからかった。
それに怒ったアリアは二台のドローンを駆使して、逃亡する悠司を日が暮れるまで追い詰めるのだった。
「やっぱ吸引力は変わらないんだな…」
「何か?」
「なにも?」
アリアにキッと睨まれ、悠司は慌てて話題を変えた。
「次はそっちの番だぜアリア。何か俺に用事があったんだろ?それとも俺に会いたかっただけ?」
アリアは答えに困ったように数秒黙った。
「図星突いちゃったか?」
「……その通りかも、しれないです。私はただ、悠司の顔が見たかっただけなのかも…」
言葉の割にアリアは遠い目をしていた。
そして訝しむような悠司の様子に気付いて、いつもの自分を装った。
「それより、お二人はお元気ですか?」
それは何気ない質問だったが、今度は悠司のほうが答えに窮していた。
「……親父とお袋のことだけど、なんつーか、長い話になるんだよな。一口に語れないっていうか…」
「――是非とも聞きたいんですが、本当にごめんなさい、急用が入りました」
所在なさげに揺らしていた視線を上げると、アリアはどこかを見て凍り付いていた。
悠司はアリアの視線の先を確かめる。
そこは通りに面した窓だった。
店内に怪しい場所はない。
何かあるなら店内ではなく店の外だ。
駅前は夕方で人通りは徐々に増え始めている。
それでも一目瞭然なほど、挙動の怪しい何者かがあたりを見回していた。
「駅も近いですしここで解散しましょう」
「待てよ、いきなりどうしたんだ?そっちから話振ってきたのに――」
「ごめんなさい。また今度、時間が取れたら話しましょう!」
悠司がアリアに視線を戻す頃には、アリアはもう席を立っていた。
そのまま悠司を振り返ることもなく店を飛び出す。
悠司が引き留める隙もなかった。
「また今度、ねぇ……」
アリアにそんなつもりはないことを、悠司はわかっていた。
そもそも再開したとき、アリアは大きな荷物もないうえに白衣のままだった。
白衣を普段着にしているミニマリストでもない限り、訳アリなのは明らかだ。
そして白衣の裾や黒の革靴は泥でひどく汚れていた。
随分動きにくい格好で、随分歩きにくいところを歩いてきたようだ。
まるで、いきなりどこかから逃げ出してきたみたいに――




