第一章 今度はすぐに 01
不幸中の幸いだろう。
店の外にいる追手が、研究所を襲った一員だったことは。
おかげで先に気付くことができて、悠司を巻き込まずに済んだ。
喫茶店を出てからアリアを追う人影は増えていたが、アリアから離れるものは居なかった。
どうやら追手は悠司の存在に気づいていないらしい。
「あとはどうやって逃げるか、ですね…」
現れる怪しい人物を避けながら歩いていると、アリアは人気のない路地に入りこんでいた。
日はすっかり沈んでいる。
街灯は明るく道を照らすものの、アリアの不安までは照らしてくれない。
自分とまったく違う拍子の足音が増えていく。
「アリア=ゼフィール博士だな、我々と来てもらおうか」
「――っ!?」
周囲を警戒しすぎておろそかになったのか、アリアは目の前に立ちはだかる人物に気が付かなかった。
キャップを深く被り、印象が残らないモノトーンの服装をしている。
僅かに覗く鋭い目と、右手に隠し持つナイフが、僅かな情報ながらそっちの住人であることを示していた。
「おっ、お断りします。あなたたちなんかに、あの機体は渡しません!」
アリアは震えながらも気丈に振る舞う。
あの機体、第四世代タイプA。
まだ技術として未熟な現時点でさえ、その性能はこれまでの機体を凌駕していた。
これが悪しき者の手に渡れば、どれだけの血が流れるだろうか。
研究者としての使命感から、アリアは死んでも渡さない気でいた。
物影から仲間と思われる男たちが姿を現し、アリアを取り囲む。
遠くの方ではエンジンの音も聞こえていた。
「これから痛い目に遭っても同じ事が言えるか、楽しみだよ博士。なんせ俺は女子供をいたぶるのが好きだからなァ…」
そんなアリアの覚悟を嘲笑うように、男はナイフの鋭い輝きを見せびらかす。
刃に反射する光が、アリアの顔の上でゆらゆらと揺れていた。
エンジンの音はどんどん大きくなっている。
それが最近聞いたばかりのものだと気づくのと、ほとんど同時だった。
「突っ込んでくるぞ!」
一人が叫び、全員が一斉に飛び退く。
その後数瞬遅れて、男達がいた場所をバイクが通り過ぎた。
後輪が浮き、タイヤが悲鳴を上げるほど急減速。
そのまま切り返し、今度はアリアと男達に割って入るようにバイクを停めた。
「このクソ野郎!アリアから離れろ!」
一人、キャップを被った男はまだアリアの側にいて、アリアの腕を掴んでいた。
「もしかして――悠司!?」
バイク、ヘルメット、服装、それら全ては先ほど別れた悠司と同じだった。
来てくれたのは素直に嬉しかったが、普通の学生に手に追える問題ではない。
「危険です!逃げてください!」
「なんだてめぇ、死にてぇのか!」
アリアが警告するももはや遅く、男は悠司に向かってナイフを突き出した。
口の端から悲鳴が漏れるものの、目を逸らすことが出来ない。
素早く突き出されたナイフは悠司の腹部を貫――かなかった。
それよりも素早い身のこなしで、悠司は伸び切った腕の外側に回っていた。
そして武器を持つ手に二撃。
握力は保てなくなり、ナイフは容易にもぎ取れた。
あとの流れは一瞬だった。
驚きで無防備になった股間に金的、痛みでうずくまる顔面に膝蹴り。
男の鼻はひしゃげて血を垂れ流し、前歯は二、三本へし折れている。
「え?」
鮮やかにナイフを奪い、制圧。
男がナイフで突いてから地に伏すまで十秒もかかっていなかった。
「何が起きたんですか…?」
「いいから、ほらヘルメット。速く乗れ」
呆けるアリアをよそに、悠司はアリアにヘルメットを被せてバイクへと背中を押す。
襲撃犯たちも当初は何が起きたか理解できず固まっていたが、すぐ我に返ってアリアの身柄を奪おうと近付いてきた。
「おっと近づくな!俺は本気だぞ、切られてぇか!」
悠司は怯むことなくナイフを振り回して威嚇する。
そして乗り込むアリアを確認すると、すぐにナイフを放り投げて発進した。
悠司はするすると裏道を通って山を登り、展望台のような場所で停車した。
あたりは真っ暗で、バイクのエンジンが切れると完全に闇に紛れることができた。
常に木々は少しざわめいていて、少しの会話ならかき消してくれる。
「マジで肝冷えたぜ…。おいアリア、さっきのは一体なんなんだ?」
「それはこっちのセリフでもありますよ!なんですかさっきのナイフを奪うやつ!?」
「知り合いに習っただけ、本番でやるのは初めてだよ。やっぱ度胸って大事だな」
「度胸って…」
少し息が乱れていて、声がちょっとうわずっているが、悠司は平静そのものだった。
口で言っているほど恐怖を感じているようには見えない。
「それより、これでも俺には何も教えてくれないのか?」
「……っ」
これで悠司は完全に巻き込まれてしまった。
襲撃犯の標的に悠司も追加されただろう。
もはや中途半端に離れようとするほうが危険だ。
「……わかりました、全てお話しします。…これからお話することは国家機密なのですが、非常時につき問題ないと判断します」
「なんか急に聞きたくなくなったな」
「大丈夫です。何かあっても何とかします」
「何も起きないでくれよ、マジで…」
ひとつ深く息を吐いて、アリアは今自分が置かれている状況、そして全ての発端である【第四世代タイプA開発計画】について語り始めた。




