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断罪された悪役令嬢ですが、追放先の辺境で静かに有能さがバレていきます ~誰にも褒められない仕事をしていたら、気づけば居場所ができていました~  作者: すずり


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85/117

第85話 制度は要らないと言われて

 その部屋は、よく磨かれていた。


 帝都、宰相府の一室。窓は高く、床は冷たいほどに光を返す。座らされた椅子の背は、まっすぐで硬い。


 もてなし、という形をしていた。


 だが、もてなしではないと、私はもう知っていた。


 卓の向こうに、三人の男が並んでいる。実権派の役人たち。誰も名乗らなかった。名乗る必要を、感じていないのだ。


「王国の話は、聞き及んでおります」


 中央の男が、口を開いた。声はやわらかい。


「記録を残し、審査を開き、断罪をやめた――たいそうな仕組みだと」


 褒めているように、聞こえた。


 ――聞こえるように、言っている。


「ですが」


 男が、わずかに首を傾けた。


「王国のやり方は、この国には合いません」


 合わない。


 その一言を、私は静かに受け止めた。


 部屋の隅で、イリス・ヴァルデンが身じろぎするのが分かった。


「補佐官どの」


 男は、イリスを見もせずに続けた。


「ヴェルフェンには、ヴェルフェンの秩序があります。密告と裁定は、この国を千年支えてきた背骨だ。それを、他国の女官ひとりの流儀で組み替えようなど――」


「組み替えるとは、申しておりません」


 イリスの声が、鋭く割って入った。


「エルフェルト院長は、視察のために招かれたのです。まず見て、知る。それだけのことに、なぜこれほど――」


「ですから」


 男が、ようやく笑った。


「視察を、ご用意しました」


 卓の上に、一枚の書付が滑らされた。


 私は、それを手に取る。


 地名が、記されていた。


 オルデン辺境区。


「帝都から、馬車で十日ほどです」


 男の声は、あくまで丁重だった。


「北の外れ。古い記録庫がございましてな。長らく、手のつかぬまま放られている。院長のような"記録の専門家"には、うってつけの地かと」


 十日。


 この国の中枢から、十日。


 それが何を意味するか、この部屋の全員が知っていた。


「まずは、そちらを視察されては」


 男は、言い終えて茶を含んだ。


 それで、話は済んだという顔だった。


 ――ああ。


 私は、書付の地名を、指の腹でなぞった。


 これは、追放だ。


 言葉を換え、礼を尽くし、丁重に包んではいる。だが中身は、あの日と同じものだ。


 覚えている。


 白い光の下で、私が公爵令嬢でなくなった、あの朝。断罪の声。そして――北方辺境修道領へ、という一言。


 都から遠ざけること。目の届かぬ場所へ置き、腐って忘れられるのを待つこと。


 構図は、変わらない。


 国が違っても、言葉が違っても、人が人を追いやるやり方は、こうも似る。


「院長」


 イリスが、卓を回って私のそばに来た。声を落としている。


「これは、受けてはなりません。オルデンなど――名ばかりの区です。人も金も引き上げられ、記録庫は野ざらしに近い。あそこへ行けば、あなたの名は帝都から消える。実権派は、それを狙っている」


 私は、書付から目を上げなかった。


「腐って帰る、と」


「……ええ」


 イリスが、悔しげに息を詰めた。


「彼らは、そう高をくくっています。都落ちした他国の女など、半年もすれば音を上げて国へ帰る。制度の話も、それで立ち消えになる、と」


 卓の向こうの三人は、もう私たちを見ていない。世間話を始めている。用は済んだ、とばかりに。


 その余裕が、すべてを語っていた。


 彼らは、勝ったと思っている。


 ――さて。


 私は、書付をもう一度、端から読み直した。


 オルデン辺境区。古い記録庫。手のつかぬまま放られた――。


 ふと、指が止まる。


 書付の下段。付け足しのように、細い字で一行があった。


『旧・北方巡察府の記録一切を収める。密告帳、裁定控え、封印分を含む』


 密告帳。


 封印分。


 私は、その一行を、二度読んだ。


 彼らは、厄介払いのつもりでこれを渡した。誰も読まない場所へ、私を捨てるつもりで。


 だが――捨てたその場所に、この国が人を裁いてきた記録が、まるごと積まれている。


 密告が、断罪が、どういう言葉で書かれ、どういう抜け道で人を縛ってきたのか。


 その、生の束が。


 私は、書付を静かに畳んだ。


 イリスが、私の横顔を見ている。何かを言いかけて、言えずにいる。


「補佐官」


 私は、顔を上げた。


「ご心配、痛み入ります」


 そして、卓の向こうの三人へ、向き直る。


 私は、怒らなかった。


 声を荒げも、抗議もしなかった。追放だと詰め寄ることも、しなかった。


 ただ、静かに――


「オルデンの記録庫、拝見いたします」


 三人の男が、こちらを見た。


 拍子抜けした顔だった。抗うと思っていたのだろう。せめて、渋ると。


 私は、書付を胸元に納めた。あの日、荷を背負い直したときのように。


「早いほうが、よろしいでしょう。手配を」


 イリスが、息を呑む音がした。


 ――受けます。


 あなたがたが、私を捨てるつもりで選んだその場所を。


 喜んで。

二度目の「辺境送り」です。

でも、一度目とは、受け取り方が少し違う。

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