第75話 守る理由
夜の王城。
人の気配が少ない廊下を、私は一人で歩いていた。
国家審査の準備。
資料は揃っている。
証言も、記録も。
だが。
「足りない」
私は小さく呟く。
決定的な証拠。
宰相を崩すには、それが必要だった。
足音が響く。
自分のものだけ。
……のはずだった。
「――っ」
空気が変わる。
本能が警鐘を鳴らす。
私は反射的に振り向いた。
その瞬間。
矢が放たれた。
一直線に。
私の胸へ。
避けられない。
そう思った。
だが。
「動くな!」
低い声。
視界が揺れる。
次の瞬間。
誰かが私の前に出た。
鈍い音。
矢が肉を貫く音。
「……っ!」
マルクだった。
肩に矢が刺さっている。
「騎士団長!」
私は思わず声を上げる。
彼は歯を食いしばりながら、後ろを睨む。
「そこか」
黒い影が動く。
マルクは剣を抜いた。
一瞬で間合いを詰める。
金属音。
短い戦い。
そして。
影は逃げた。
静寂が戻る。
私はマルクに駆け寄る。
「なぜ……」
肩から血が流れている。
深い。
私は震える手で支える。
「どうして庇ったんですか」
マルクは小さく息を吐く。
「騎士だからだ」
いつもの答え。
だが。
「違う」
私は言う。
「それだけじゃない」
沈黙。
彼は私を見る。
少しだけ。
迷うように。
そして。
「……好きだからだ」
時間が止まる。
音が消える。
ただその言葉だけが、残る。
私は言葉を失った。
マルクは苦笑する。
「言うつもりはなかった」
血が滴る。
それでも。
彼は私から目を逸らさない。
「だが」
低い声。
「死なれたら困る」
胸が締め付けられる。
私は言う。
「私は」
言葉が出ない。
制度監督官。
責任。
立場。
全部が頭をよぎる。
「私は」
それでも。
絞り出す。
「弱点になります」
沈黙。
マルクは即座に首を振る。
「違う」
私は言う。
「敵は利用します」
「それでもいい」
短い答え。
強い。
「守る」
彼は言う。
「それが俺の仕事だ」
沈黙。
私は目を伏せる。
こんな言葉。
受け取っていいのか。
私は。
制度の人間だ。
誰かに守られる立場ではない。
だが。
マルクは言う。
「一つだけ聞く」
「……はい」
「逃げるか」
私は顔を上げる。
彼を見る。
その目は、真っ直ぐだった。
「逃げません」
即答だった。
マルクは小さく笑う。
「知ってる」
そして。
少しだけ。
優しい声で言った。
「だから守る」
沈黙。
遠くで足音がする。
騎士団だ。
私は静かに言う。
「ありがとうございます」
マルクは何も言わない。
ただ。
ほんの少しだけ。
表情が柔らいだ。
夜は静かだった。
だが。
戦いはもう。
終わりには向かっている。
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