第58話 騎士と思想家
朝は静かだった。
嵐の前のように。
修道領の門前に、騎士団の馬が並んでいる。
先頭に立つのは、マルク。
鎧ではなく、正式礼装の騎士服。
議会出頭の護送任務。
私はゆっくりと門を出る。
アデルが後ろから言う。
「……戻ってきますよね」
その問いに、私は少し考える。
「戻ります」
嘘ではない。
ただ、保証はない。
セシルが小さく頭を下げる。
「議場では記録係がいます」
「ありがとうございます」
私は馬車へ向かう。
マルクが一歩前に出る。
「出頭対象確認」
形式的な言葉。
「リリアーナ・エルフェルト」
「はい」
「王国議会審査のため護送する」
「承知しました」
短い会話。
だが空気は重い。
馬車が動き出す。
しばらく誰も話さない。
やがてマルクが言う。
「最後に聞く」
視線は前。
「逃げる気はないか」
「ありません」
即答。
「議会は罠だ」
「知っています」
「侯爵はお前を潰す」
「分かっています」
沈黙。
馬車が石畳を進む音だけが響く。
マルクが低く言う。
「お前の制度は、まだ未完成だ」
「はい」
「人も守れていない」
胸が少し痛む。
「それでも行くのか」
「行きます」
迷わない。
彼は短く息を吐く。
「俺は騎士だ」
「知っています」
「秩序側だ」
「ええ」
「秩序は“速さ”で守られる」
私は言う。
「制度は“継続”で守ります」
視線がぶつかる。
「速さがなければ暴動が起きる」
「継続がなければ冤罪が起きる」
沈黙。
「お前は理想を見る」
「あなたは現実を見る」
マルクが苦く笑う。
「だから衝突する」
「ええ」
馬車が止まる。
王都議場。
群衆が集まっている。
怒号もある。
「断罪を戻せ!」
「悪役令嬢を裁け!」
マルクが言う。
「聞こえるか」
「はい」
「これが現実だ」
私は群衆を見る。
「だから制度が必要です」
彼は首を振る。
「制度は盾にならない」
「なります」
「時間がかかる」
「それでも」
沈黙。
やがて彼は言う。
「……俺は」
言葉が重い。
「お前を守りたい」
胸が強く鳴る。
だが。
「私は守られる側ではありません」
静かに答える。
「制度の責任者です」
彼はしばらく黙る。
「もし」
声が低い。
「議会が断罪を決めたら」
私は答える。
「受けます」
その瞬間。
マルクの目が鋭くなる。
「それは逃げだ」
「違います」
「違わない」
初めて強く言う。
「お前が消えたら制度も消える」
私は黙る。
それは事実だ。
「理想は人が背負う」
彼は続ける。
「人が消えれば終わる」
私はゆっくり言う。
「だから」
彼を見る。
「あなたがいます」
沈黙。
「制度は私だけではありません」
門の向こうには議場。
そして。
「アデルがいます」
「セシルがいます」
「これから増えます」
私は静かに言う。
「悪役令嬢は、一人ではありません」
長い沈黙。
やがてマルクは小さく笑う。
「……面倒な思想家だ」
「知っています」
「だが」
彼は剣の柄に手を置く。
「最後まで付き合う」
私は頷く。
扉が開く。
議場の中は、静まり返っていた。
断罪席が用意されている。
だが。
私はそこへ歩く。
悪役令嬢としてではない。
制度設計者として。
そして。
王国の秩序が、再び試される。
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