第55話 責任の顔
公開議場の空気は、これまでとまったく違っていた。
静かな怒り。
それが場を満たしている。
中央に立つのは、被害者の父親だった。
小さな布商人。
粗末な上着のまま、震える手で紙を握っている。
「娘の嫁入り資金でした」
声は大きくない。
だが、議場に深く響く。
「二十年かけて貯めた金です」
沈黙。
誰も口を挟まない。
「あなた方の制度で、あの男は外にいた」
視線が私に向く。
「断罪なら、牢に入っていた」
その言葉は鋭い。
否定できない。
「……そうです」
私は答える。
ざわめきが広がる。
ミレイアが息を呑む。
「制度は失敗しました」
逃げない。
それだけが、今できること。
男はしばらく黙り、それから言った。
「謝罪が欲しいんじゃない」
拳が震えている。
「二度と起きない保証が欲しい」
議場の空気が重く沈む。
保証。
制度設計者が一番言えない言葉。
私は正直に言う。
「保証はできません」
怒号が上がる。
「無責任だ!」
「だから断罪が必要なんだ!」
ミレイアが前に出る。
「違います!」
声が震えている。
「断罪は終わらせるだけです!」
群衆がざわめく。
「被害は戻りません!」
だがその瞬間。
誰かが叫ぶ。
「戻らなくても、次は防げた!」
言葉が刺さる。
ミレイアの顔が青くなる。
セシルが低く言う。
「感情戦になった」
止められない。
男が再び言う。
「娘は泣いている」
声が震える。
「あなた方の理想のせいで」
沈黙。
私は一歩前に出る。
「理想のせいではありません」
議場が静まる。
「私の責任です」
ミレイアが叫ぶ。
「違います!」
「いいえ」
私は静かに言う。
「制度の最終責任者は私です」
マルクが険しい顔をする。
だが止めない。
私は男に向かって頭を下げる。
「被害補填は私の名で行います」
ざわめき。
「個人で?」
セシルが驚く。
「制度が未熟なら、責任は個人が取る」
それしかない。
男はしばらく黙った。
やがて言う。
「……金の問題じゃない」
「分かっています」
「だが」
彼はゆっくり言う。
「逃げなかった」
それだけ言い、席に戻る。
議場の空気はまだ重い。
支持も、不信も混ざっている。
審理は終わる。
外に出たとき、ミレイアが言う。
「……私が判断しました」
声が震えている。
「私が、あの男を軽処分に」
「違います」
私は言う。
「制度の判断です」
「でも」
涙が落ちる。
「人を守れなかった」
その言葉は、痛いほど分かる。
マルクが静かに言う。
「だから制度は難しい」
私は空を見る。
曇り空。
希望のあとには、必ず現実が来る。
そして。
その夜。
王都で新しい貼り紙が出回る。
『悪役令嬢の制度が人を泣かせた』
火は、再び広がる。
だが今度は。
改革側の中からも、揺らぎが始まっていた。
本話もお読みいただき、ありがとうございました!
少しでも続きが気になる、と感じていただけましたら、
ブックマーク や 評価 をお願いします。
応援が励みになります!
これからもどうぞよろしくお願いします!




