第53話 歪みの兆し
東区議場は、これまでよりも明らかに熱を帯びていた。
案件は、税領主による徴収不正疑惑。
生活に直結する問題だ。
民衆の視線は鋭い。
壇上に立つのは、ミレイア。
「本審査を開始します」
声は落ち着いている。
だが、空気は違う。
被審査者は、東区税領主代理。
「私は命令に従っただけだ」
第一声から責任の転嫁。
資料が提示される。
税率変更の記録。
徴収増加の数字。
だが、最終承認者の署名がない。
ざわめき。
セシルが小声で言う。
「記録が不完全だ」
私はうなずく。
これまでの案件は証拠が明確だった。
だが今回は、責任の所在が曖昧。
「上の命令です」
代理は繰り返す。
「誰の」
「……領主様の」
領主本人は病気療養中とされ、出席していない。
群衆がざわつく。
「逃げた!」
「責任を取れ!」
ミレイアが声を張る。
「静粛に!」
だが熱は下がらない。
第二段階。
「責任分散評価」
だが、分散先が見えない。
税領主不在。
命令系統不明。
記録欠落。
制度は、記録を前提にしている。
記録が曖昧なら、機能が鈍る。
ミレイアの声が、わずかに揺れる。
「本件は追加資料提出まで保留とします」
どよめき。
「保留だと?」
「俺たちは今困ってるんだ!」
怒号。
断罪なら即時処理できる。
だが、公開審査は時間がかかる。
議場外で、被害を受けた商人の妻が叫ぶ。
「いつまで待てと言うの!」
私は胸が痛むのを感じる。
制度は理想だ。
だが現実は、生活だ。
審査は終了。
だが納得は生まれなかった。
帰路。
ミレイアが言う。
「……正しかったですよね」
不安が滲む。
「記録が不十分なら、断罪はできません」
「ええ」
私は答える。
「それは正しい」
「でも、怒りは消えませんでした」
沈黙。
「断罪なら、今日終わっていた」
その言葉は重い。
セシルが冷静に言う。
「終わるが、解決はしない」
「でも」
ミレイアは唇を噛む。
「人は“終わり”を求めます」
その通りだ。
夜。
修道領。
報告が届く。
「東区で小規模抗議継続」
爆発はしていない。
だが燻っている。
マルクが言う。
「時間が敵だな」
「ええ」
私は静かに言う。
「制度は遅い」
「断罪は速い」
その差が、揺らぎを生む。
私は窓の外を見る。
成功が続いた。
だが、歪みは出た。
これは始まりだ。
制度は試される。
本当に、断罪の代わりになれるのか。
答えは、まだ出ていない。
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