第44話 作られる証拠
レヴァン侯爵は、記録室に立っていた。
古い断罪記録が並ぶ、薄暗い部屋。
「ヴァルモンド家の動きは予想外でした」
側近が言う。
「若手が増えれば、議論は止まりません」
「止める必要はない」
侯爵は静かに答える。
「方向を変えればいい」
机の上には一通の書簡。
修道領から王都へ送られた公開資料の写し。
「彼女は透明を武器にしている」
「ええ」
「ならば、透明を疑わせればいい」
侯爵は、別の束を取り出す。
未署名の内部文書。
そこには、こう書かれていた。
『王家権威の段階的縮小計画』
もちろん、存在しない計画だ。
「これを、どこに流しますか」
「若手の一部へ」
直接ではない。
疑念として。
噂として。
「思想は疑われた瞬間に弱まる」
侯爵の目は冷たい。
彼にとってこれは悪意ではない。
秩序の維持だ。
同じ頃、修道領。
セシルが資料を読んでいた。
「……妙ですね」
「何がですか」
アデルが覗き込む。
「王都で妙な文書が出回っています」
セシルは紙を差し出す。
そこには——
『修道領は王家の権威を段階的に削ぐ計画を持つ』
私は、ゆっくりと目を通す。
「……書式が違います」
「ええ」
セシルは即座に頷く。
「公開資料の言い回しと微妙に異なる」
アデルが拳を握る。
「捏造です!」
「でしょう」
私は冷静に言う。
怒りはない。
予想していた。
「どうしますか」
マルクが問う。
「否定しますか」
「いいえ」
私は首を振る。
「否定は防御です」
セシルが目を細める。
「では」
「公開します」
場が静まる。
「何を」
「議論の全記録を」
アデルが驚く。
「全て?」
「ええ」
未完成案も、失敗も。
「隠している部分があるから疑われる」
セシルが、わずかに笑う。
「過激ですね」
「あなたの案よりは穏やかです」
彼は初めて、はっきり笑った。
「面白い」
マルクが低く言う。
「敵は止まらないぞ」
「知っています」
私は答える。
「でも、私たちも止まりません」
夜。
公開文書は一斉に広まった。
議論の生データ。
削除なし。
改変なし。
王都では、若手貴族がざわめく。
「これは……」
「捏造の方が粗い」
疑念は、今度は逆方向へ向かう。
レヴァン侯爵の屋敷。
「読まれています」
側近が報告する。
侯爵は目を閉じる。
「正面から来るか」
想定内。
だが。
若手の何人かが、修道領支持を表明した。
小さな声。
だが確実に。
修道領の夜。
「怖くないのですか」
アデルが小さく言う。
「捏造が続くかもしれません」
「続くでしょう」
私は答える。
「では」
「慣れます」
アデルが息を呑む。
「制度を変えるとは、そういうことです」
マルクが横に立つ。
「折れたら終わりだ」
「折れません」
静かに言う。
悪役令嬢は、物語の中で処理される存在だった。
だが今。
彼女は物語を記録する側にいる。
記録は、消えない。
火は、広がっている。
そして。
レヴァン侯爵は、次の手を考えていた。
「ならば」
彼は静かに言う。
「本物の断罪を、用意しよう」
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