第43話 記録を愛する男
彼が修道領に現れたのは、快晴の日だった。
馬から降りる動作が無駄なく、衣服は質素だが仕立ては良い。
「セシル・ヴァルモンドと申します」
十九歳とは思えない落ち着き。
伯爵家長男。
そして——議会で、最初に若手として発言した一人。
「研修参加を希望します」
まっすぐな視線。
私は穏やかに返す。
「理由を伺っても?」
「断罪記録を読みました」
即答だった。
「あなたの公開資料を全て」
アデルが小さく息を呑む。
「どう思われましたか」
「甘い」
はっきりと言った。
場が静まる。
マルクの視線がわずかに鋭くなるが、私は制する。
「どの点が」
「制度改変は記録だけでは不十分です」
「権力構造の再設計が必要です」
彼は続ける。
「断罪は“責任の集約装置”です」
「それを解体するなら、代替装置が必要だ」
——正しい。
私は、ほんの少しだけ笑う。
「では、あなたの案は?」
「地方ごとの監査機関設置」
「王家直属ではなく、貴族連盟下に」
大胆だ。
王家の権威を直接削る設計。
「敵を増やしますよ」
「増えるでしょう」
セシルは淡々と言う。
「ですが、敵が明確な方が議論は進みます」
アデルが食い入るように聞いている。
私は一歩近づく。
「あなたは、私を支持しに来たのではないのですね」
「いいえ」
即答。
「私は、思想を検証しに来ました」
空気が少し変わる。
信者ではない。
対等な知性。
マルクが低く言う。
「利用するつもりか」
「相互利用です」
セシルは視線を逸らさない。
「あなた方も、若手貴族の動きを必要としている」
正確だ。
私は静かに言う。
「研修は、賛同者育成ではありません」
「承知しています」
「途中で意見が割れる可能性もあります」
「望むところです」
短い沈黙。
私は、決める。
「参加を認めます」
アデルが目を見開く。
セシルは深く一礼する。
「感謝します」
彼が去った後。
「信用するのですか」
アデルが問う。
「完全には」
私は首を振る。
「ですが、必要です」
「危険です」
「ええ」
私は少し笑う。
「思想は、危険なものです」
マルクが横に立つ。
「増えてきたな」
「はい」
「敵も」
「味方も」
修道領は、もう小さくない。
悪役令嬢は、増え。
改革派は、集まり始めた。
思想は、形を持ち始める。
そして同時に。
王都の一室。
レヴァン侯爵は報告を受ける。
「ヴァルモンド家の長男が参加を?」
「はい」
侯爵の目が細まる。
「若手が動き出したか」
火は、広がっている。
静かに。
確実に。
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