第39話 怒れる令嬢
アデル・フォン・リースが修道領に到着したのは、雨の降る日だった。
荷馬車から降りた彼女は、泥を気にも留めず、真っ直ぐこちらを見た。
目が、燃えている。
――似ていない。
私は、最初にそう思った。
「リリアーナ・エルフェルト様ですか」
声音は固い。敬意はあるが、感情が混ざっている。
「修道領の代表として、お迎えします」
私は穏やかに返す。
「代表、ですか」
アデルの口元がわずかに歪む。
「あなたは追放されたはずでは?」
刺すような言葉。
マルクの気配がわずかに変わるが、私は手で制した。
「ええ、追放されました」
否定しない。
「それでも、今はここにいます」
アデルは一瞬言葉を失い、それから強く言う。
「なぜ、私に手を差し伸べたのですか」
「差し伸べていません」
私は即答する。
「提案をしただけです」
雨が強くなる。
「私は、救われる気はありません」
アデルの声は震えている。
「私を断罪した者たちを、許すつもりもない」
怒りだ。
私のときには、なかった種類の熱。
「復讐を望みますか」
私は静かに問う。
「当然です」
「何を奪われましたか」
「婚約を」
「名誉を」
「将来を」
迷いのない答え。
「それは、制度が奪いました」
私は言う。
「個人ではなく」
アデルの目が揺れる。
「あなたは、許したのですか」
「いいえ」
即答する。
「許していません」
それは本心だ。
「では、なぜ」
「壊さない方法を選んだだけです」
雨音が、二人の間を埋める。
「あなたが壊せば、一人勝つでしょう」
私は続ける。
「でも、次の断罪は止まりません」
沈黙。
アデルは、拳を握りしめている。
「私は、戦いたい」
彼女は言う。
「戦えます」
私は頷く。
「ただし、剣ではなく制度で」
その言葉に、彼女は眉を寄せる。
「私は、あなたを弟子にするつもりはありません」
はっきり言う。
「並ぶつもりもありません」
アデルが顔を上げる。
「では、何を」
「増やします」
私は言う。
「悪役令嬢を」
雨が、少し弱まる。
「あなたが怒りを持つなら、それを使えばいい」
「でも、燃え尽きる怒りではなく、残る形に」
アデルは、長く息を吐いた。
「……あなたは、怖くないのですか」
「何がですか」
「私が、あなたを利用するかもしれないこと」
私は少しだけ笑う。
「どうぞ」
アデルが目を見開く。
「ただし、制度を壊す方向で利用してください」
沈黙の後。
彼女は、ゆっくりと膝をついた。
「……教えてください」
その声は、怒りではなく決意だった。
私は、彼女の前に立つ。
「教えません」
アデルが顔を上げる。
「一緒に作ります」
それが、この物語の次の形だ。
悪役令嬢は、孤独な存在ではない。
増える存在になる。
雨が止み、雲の隙間から光が差した。
新しい火種が、静かに灯った。
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