第36話 選ぶということ
隣国への返書を送り終えた翌日。
修道領は、驚くほど静かだった。
何も起きていない。
誰も騒がない。
世界は、私の選択に拍手もしない。
それでいい。
私は、倉庫の裏で薪を運んでいた。
「重いぞ」
横から、声がかかる。
「平気です」
マルクは、何も言わず、私の持っていた薪を半分奪う。
「分担だ」
いつも通りのやり取り。
その当たり前が、胸に沁みる。
しばらく無言で歩き、薪を置く。
私は、ふと立ち止まった。
「昨日のことですが」
「隣国か」
「はい」
「後悔してないか」
私は、首を振る。
「していません」
それは、本心だった。
「……でも」
言葉が、喉で止まる。
ここまで来て、逃げるのは卑怯だ。
私は、息を吸う。
「残った理由は、一つではありません」
マルクは、黙って聞いている。
「責任もあります」
「覚悟もあります」
「居場所もあります」
そして。
「あなたも、います」
空気が、止まる。
マルクの手が、わずかに止まった。
私は、逃げない。
「隣国に行けば、私は評価され続けたでしょう」
「王国に戻れば、役割を与えられたでしょう」
でも。
「ここでは、私は“私”でいられる」
一歩、近づく。
「その隣に、あなたがいることが」
胸が鳴る。
「私の選択に、影響しなかったとは言えません」
沈黙。
風の音だけが、流れる。
マルクは、しばらく何も言わなかった。
やがて、低く息を吐く。
「……それは」
声が、少し掠れる。
「俺が、お前を縛ったという意味か」
「違います」
即答だった。
「私が、あなたを選んだという意味です」
はっきりと言う。
逃げない。
濁さない。
「守られたいわけではありません」
「支えられたいだけでもありません」
私は、真っ直ぐ見る。
「並びたいんです」
その言葉は、震えていなかった。
マルクの目が、揺れる。
「……後悔するなよ」
「しません」
「俺は、優しくない」
「知っています」
「甘やかさない」
「望んでいません」
「それでもいいのか」
私は、少し笑う。
「それがいいんです」
沈黙。
次の瞬間。
マルクの手が、私の腕を掴む。
強くはない。
でも、確かだ。
「……逃げるなよ」
「逃げません」
「俺も、逃げない」
それは、告白ではない。
誓約だった。
言葉は少ない。
甘くもない。
けれど。
この距離は、もう曖昧ではない。
私は、自分で選んだ。
役割ではなく。
責任でもなく。
ただ。
隣に立つ人を。
夕陽が、二人の影を並べる。
悪役令嬢は、救われたのではない。
選んだのだ。
そのことが、何よりも誇らしかった。
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