第124話 善意という名の
二通目は、雪のやんだ朝に来た。
使いは、前と同じだった。帝都の紋の外套。名を告げず、書状を置いて去る。
封蝋の紋は、記録卿のものだった。
庫で一人だった。ヨナは、五日、来ていない。
封を切った。
筆跡は、美しかった。
どこまでも丁寧で、隙がない。字の大きさが揃い、行の間が均一で、余白の取り方に迷いがない。
――整えられている。
この人の字を見るたび、私は、記録院の棚を思い出す。
『先日は、お運びいただき、恐縮に存じます。四十年分の棚は、いまだ手つかずのままです。あの日以来、ときおり、あの棚の前に立っております』
私は、そこで一度、目を閉じた。
この人は、こういうことを、平気で書く。
嘘ではないから、書く。
『さて、オルデン辺境区より、月次の報が上がってまいりました。ご報告を兼ねて、一言お礼を申し上げたく』
次の行から、数字が並んでいた。
私が数えたのと、同じ数字だった。
『先月、二十七件。前月十八件。前々月十二件。処断は、追放十九、労役六、死二』
私が読まなかった、二つの内訳まで、そこにあった。
『照合に要する日数、平均で半日より一刻へ。実に六分の一。おそらく帝国の全区でも、これほど速い区はございません』
紙を持つ手が、少し重くなるのを感じた。
『これは、あなたの索引によるものと、区の役人が申しております。彼らは、あなたに深く感謝しております。私も、同様です』
感謝しております。
この人は、皮肉を書かない。
書けないのだろう。皮肉は、事実を曲げる書き方だから。
『つきましては、あなたの索引の様式を、帝国の他の区にも広めたく存じます。すでに、南の四区で試みを始めました』
紙を机に置いた。
置いてから、両手を膝の上に下ろした。
南の四区。
私が知らないところで、私の様式が、広がっている。
止められない。
止める権限が、私にはない。あれは、私の物ではない。
紙の、いちばん下に、一段落だけ、字の間が少し詰まった箇所があった。
そこだけ、行が急いでいた。
『エルフェルト殿。私は、あなたを敵とは思っておりません。ですから、一つだけ、はっきりと申し上げます』
私は、読んだ。
『あなたの制度も、結局は断罪です。善意という名の』
庫の中で、私だけが動かなかった。
『あなたは、記録は人を守ると言われる。私は、記録は人を裁くと言う。我々は、違うことを言っているのではありません。同じことを、違う名で呼んでいるだけです』
筆跡が、また整った。
『記録を残すとは、その人がしたことを、その人から取り上げて、紙に移すことです。移された紙は、本人の手を離れる。離れた紙が何をするかは、紙を持つ者が決める。あなたも、それをご存じのはずです』
その一行を、二度読んだ。
『あなたは、善意でそれをなさる。私は、務めでそれをします。違いは、それだけです。そして、紙にとっては、どちらも同じです』
最後の一行は、短かった。
『四十年分の棚は、まだ空いております。お気が変わりましたら、いつでも』
署名は、なかった。
封蝋の紋だけが、証だった。
私は、書状を、机に置いた。
窓の外を見た。
雪がやんで、光が強い。庫の白い光が、机の上の紙を照らしていた。
返事を、書かなければ。
筆を、取った。
紙を、出した。
書けなかった。
反論の言葉は、いくらでも浮かんだ。
記録は、本人が引けるようにすれば、取り上げたことにならない。公開の場があれば、紙は持ち主の手を離れない。見張る者がいれば、紙を持つ者の恣意は削れる。
――五つで、一組だから。
その反論は、正しい。
正しいが、私は、それをこの国で作れていない。
作れていない者が、それを言えば、ただの言い訳だ。
少しずつ本当な、言い訳だ。
筆を置いた。
白い紙が、机の上に、二枚。
一枚には、三日前に書いた一行だけ。
『索引は、誰のものか』
もう一枚は、白いままだった。
敵からの、いちばん正確な一撃です。
「善意という名の断罪」——この一行に反論できないところまで、リリアーナを追い込みました。




