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断罪された悪役令嬢ですが、追放先の辺境で静かに有能さがバレていきます ~誰にも褒められない仕事をしていたら、気づけば居場所ができていました~  作者: すずり


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121/123

第121話 西村の寄合

 西村へ行くことにしたのは、テオの家に用があったからだ。


 労役に出た者の家には、その分の配給が減る。減ったまま放っておかれると、残された家族が冬を越せない。役場の綴りには、そこまでの手当ての決まりがなかった。


 私は、その一行を作りに行った。


 仕事が、欲しかったのだと思う。


 考えなくて済む仕事が。


 西村は、オルデンから半日だった。


 二十軒ほどの、小さな村だった。家が、身を寄せるように固まっている。この土地の家は、隣と壁を接して建てる。冬に暖かいからだが、そのぶん、物音が筒抜けになる。


 テオの母は、痩せた小さな人だった。


 配給の話をすると、彼女は、何度も頭を下げた。


 礼は、言わなかった。


 用が済んで、外に出ると、村の広場に人が集まっていた。


 十人ほど。輪になっている。


 真ん中に、二人の男が立っていた。向かい合っている。片方が、何かを言い、もう片方が首を振っている。


 言い争いだ。


 だが、声が、大きくない。


 この土地では、当たり前のことだった。


 輪の端に、老女が一人、腰を下ろしていた。


 七十近いだろうか。小さく、干からびていて、動かない。目だけが、二人の男を追っていた。


 その両脇に、五十くらいの男が二人。同じように座っている。


 少し離れたところで、足を止めた。


 二人の男は、長く話した。半刻ほどだったと思う。畑の境の話だった。杭を打った、打っていない、去年の水はどちらへ流れた。


 誰も、紙を出さなかった。


 証文も、図面も、出てこない。


 全部、口だった。


 やがて、老女が、片手を上げた。


 それだけで、二人が黙った。


 彼女は、少しのあいだ何も言わなかった。


 それから、低い声で、短く何かを言った。私のいる場所からは、聞き取れなかった。


 二人の男が、頷いた。


 片方が、もう片方に頭を下げた。下げられたほうも、下げ返した。


 輪が、ほどけた。


 それで、終わりだった。


 その場に立っていた。


 記録が、なかった。


 何一つ。


 誰が何を主張したかも、何が決まったかも、どこにも残らない。


 明日、片方が約束を破ったら、証明する術がない。


 なのに、二人とも、納得した顔をして帰っていった。


 老女が、こちらを見た。


 私は、頭を下げた。


「オルデンの、視察官のエルフェルトと申します」


「知っておる」


 彼女は、そう言った。


 立ち上がらなかった。


「マレンだ」


「……マレンさま」


「さま、は要らん」


 彼女は、手を振った。


「あんた、見ておったな」


「はい。不躾でした」


「構わん」


 マレンは、私を上から下まで見た。


 値踏みではない。ただ、目が悪くて、よく見ようとしているだけだった。


「都の女は、あれを見ると、みな同じ顔をする」


「同じ顔」


「なぜ書かん、という顔だ」


 口を閉じた。


 そのとおりだった。


「書けば、揉めん。書けば、どちらが正しいか、あとで分かる。そう思うのだろう」


「思います」


「思うだろうな」


 老女は、頷いた。


「では、訊く」


 彼女は、私を見た。


「いま決まったことを、紙に書いたとする。畑の境。誰の言い分が通ったか。誰が折れたか」


「はい」


「その紙は、どこへ行く」


 私は、答えようとして、止まった。


 役場だ。


 役場から、庫へ行く。


 庫の記録は、引ける。名の索引で。


 ――禁じられた集まり。


 畑の境で十人が集まった、という記録が、そこに残る。


 マレンは、私の顔を見ていた。


「分かったか」


「……はい」


「わしらは、書かん」


 彼女は、静かに言った。


「三代前から、書かん。書けば、あれが揉め事の元になる。揉めた家は、目をつけられる。目をつけられた家は、次の冬に、誰かに告げられる」


 彼女は、広場の土を、杖の先で軽く突いた。


「書かんことが、この村の壁だ」


 私は、その言葉を、飲み込むのに、少し時間がかかった。


 書かないことが、守りだった。


 私が、二月かけて壊してきたものが、そこにあった。


 マレンが、杖を突いて、立ち上がった。


 膝が、鳴った。ヴォルクと同じ音だった。


「あんた」


「はい」


 老女は、私を見上げた。


 目が、濁っていた。だが、まっすぐだった。


「あんたは、わしらの忘れ方を、壊しに来たのか」

「書かないこと」が壁だった村の話です。

リリアーナの制度が正しくても、その正しさが土地の防御を壊すことがある。この章の核はここです。

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