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断罪された悪役令嬢ですが、追放先の辺境で静かに有能さがバレていきます ~誰にも褒められない仕事をしていたら、気づけば居場所ができていました~  作者: すずり


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120/122

第120話 書けない夜

 その夜から、私は、書けなくなった。


 最初は、疲れだと思った。


 机に向かう。紙を出す。墨を磨る。筆を持つ。


 そこまでは、いつもどおりだった。


 筆が、下りない。


 どこに、何を書けばいいのかが、分からない。


 配給の突き合わせは、できる。数字を写すだけだからだ。


 だが、索引に一行足そうとすると、手が止まる。


 この一行は、何を速くする。


 その問いが、必ず先に来る。


 来てしまうと、書けない。


 三日、そうだった。


 庫は、静かだった。ヨナは来ない。ヴォルクは薪を割っている。写しの束は、机の端に寄せたまま。


 私は、棚を見た。


 二月かけて整えた、私の一角。背表紙が揃い、村ごとに畳まれ、索引で引ける。


 美しい、と思っていた。


 いまは、何も感じない。


 記録院の棚を思い出した。あそこは、もっと美しかった。天井まで揃い、抜き差しの札まで管理され、埃ひとつない。


 私の棚は、あの棚の子どもだ。


 やり方が同じだから、行き着く先も同じだ。


 ――同じ答えに、たどりつく。


 ザカリアスは、そう言った。


 同じ仕事をする者は、同じ答えにたどりつく。


 あのとき、私は、それを不吉な言葉として聞いた。


 いまは、単なる事実として聞こえる。


 四日目の夜、私は灯を落とした。


 落として、寝台に横になった。


 眠れなかった。


 目を閉じると、白い光が浮かぶ。


 王国の大広間。あの朝。私は真ん中に立たされていて、殿下が何かを読み上げていて、誰も私を見ていなかった。


 断罪。


 あの光を、六年、忘れなかった。


 忘れずに、制度を作った。あの光を誰にも浴びせないために。


 浴びせた。


 二人。


 処断、死、二。


 私が数えて、読まなかった二人。


 その人たちの上に、白い光が落ちたとき、私の索引が、そこにあった。


 寝返りを打った。


 窓の外は、雪だった。


 この土地の雪は、静かに降る。音がしない。積もっているかどうかは、朝になるまで分からない。


 ――何が、違ったのだろう。


 そればかりを考えていた。


 王国でしたことと、ここでしたことは、ほとんど同じだ。


 荒れた記録庫を整えた。配給の歪みを直した。索引を作った。写しを渡した。人が、それを使い始めた。


 王国では、そこから断罪が減った。


 ここでは、増えた。


 やり方は、同じだ。


 なら、違うのは、私ではない。


 ――土地だ。


 そう考えて、私は、すぐにそれを否定した。


 否定しなければならなかった。


 土地が違うから、と言った瞬間に、私は、この国が遅れているのだと言うことになる。


 王国のやり方は正しい。この国が、それを受け止められる形をしていない。だから、うまくいかない。


 それは。


 それは、あの朝、私を断罪した人たちの理屈と、同じ形をしている。


 悪いのは、こちらではない。悪いのは、そちらだ。


 私は、寝台の上で、目を開けた。


 暗い天井が、見えた。


 六年前、私は、その言い方に殺されかけた。


 その言い方を、絶対にしないと決めていたはずだった。


 なのに、いま、私の中に、それが自然に湧いた。


 ――この国が悪い。


 湧いてしまった。


 寝台から起き上がった。


 灯を、点け直した。


 紙を、一枚出した。


 書けなかった。


 筆を持ったまま、白い紙を、しばらく見ていた。


 夜明けまで、そうしていた。


 朝、雪はやんでいた。


 庫の窓から、光が入った。白い、散った光だった。紙を焼かず、字だけを照らす光。


 記録院と、同じ光だった。

最大の谷の入口です。「この国が悪い」という考えが自分の中に湧いたことに、この主人公はいちばん打ちのめされます。

ここから長いこと、リリアーナは書けません。

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