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断罪された悪役令嬢ですが、追放先の辺境で静かに有能さがバレていきます ~誰にも褒められない仕事をしていたら、気づけば居場所ができていました~  作者: すずり


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119/122

第119話 ヨナの背中

 両方、数えろ。


 私は、そうした。


 この二月で、村へ届いた麦の量。飢えを免れたと推せる家の数。取り下げになった告発の件数。写しを渡した人の数。


 そして、断罪の件数。処断の内訳。


 どちらも、増えていた。


 その二つの数字を、同じ紙の上に並べた。並べても、片方がもう片方を打ち消しはしなかった。ただ、二つの数字が、並んでいた。


 割り切れない。


 記録は、割り切ってくれない。それが記録のいいところで、いちばん残酷なところだ。


 その夜、ヨナが、三十年分の写しの束を前にして、手を止めていた。


 彼は、この十日、ほとんど写していない。


 私は、気づいていて、何も言わなかった。


「視察官どの」


 やがて、彼のほうから口を開いた。


「これ、どうする」


 束を、指で示す。


「写して、どうする」


「証拠にします」


「誰に見せる」


 答えられなかった。


 見せる相手が、いない。


 宮廷に見せれば、握り潰される。イリスに渡せば、宰相府ごと吹き飛ぶ。ザカリアスに見せる相手はいない。彼が、この記録の作り主だ。


「使う場所が、ないんだろ。使う場所ができるまで、持っておきます」


「持ってるあいだに」


 彼は、束を見ていた。


「これ、誰かに使われないか」


 私は、顔を上げた。


「あんたの索引と、同じだ」


 ヨナの声は、責めていなかった。


 怯えていた。


「あんたは、いいものを作る。で、いいものは、誰かが真似する。真似されたら、止められない」


「――」


「この写しも、そうならないか」


 庫が、静かになった。


 私は、束を見た。


 三十年分の五分の一。四千件近い、密告の写し。誰が誰を告げたかが、綺麗に整理されている。


 もし、これが誰かの手に渡ったら。


 この区の人間の、三十年分の裏切りが、一枚の索引で引けるようになる。


 ――使える。


 いちばん、使える形をしている。


 自分の指先が、冷たくなるのを感じた。


 また、同じことをしていた。


 誰かを守るために整えた記録が、整えたというだけの理由で、いちばん強い武器になる。


「ヨナ」


「ああ」


「あなたの言うとおりです」


 私は、認めた。


 彼は、少し驚いた顔をした。私が反論すると思っていたのだろう。


「今夜は、写すのをやめましょう」


「……いいのか」


「いいえ。よくありません」


 正直に言った。


「よくありませんが、続けるほうが、もっとよくありません。止まる勇気が、私にはありませんでした」


 ヨナは、しばらく、私を見ていた。


 それから、束を、机の端に寄せた。


 彼は、外套を取った。


「帰る」


「ええ」


 戸口で、彼は足を止めた。


 背を向けたまま、言った。


「あんた、悪くない」


 私は、答えなかった。


「悪くないのは、分かってる。役場が勝手に真似したんだ。あんたは、配給を直しただけだ」


 彼の肩が、少し上がった。


「分かってるんだけどさ」


 声が、掠れた。


「テオが、三年、行った」


 机に手を置いた。


「あいつ、俺が去年助けたんだ。あのとき、俺は、初めて、記録で人を助けた。嬉しかった」


 ヨナは、こちらを振り返らなかった。


「その同じやり方で、今年、あいつが行った」


 彼は、そこで一度、息を吸った。


「俺、なんで喜んだんだろうな」


 戸が、開いて、閉じた。


 雪の匂いが、少しだけ庫に入って、消えた。


 その場に立っていた。


 止めるべきだった。


 彼の名を呼んで、そうではない、と言うべきだった。あなたは正しいことをした、去年の一件は本当に人を助けた、と。


 言えなかった。


 言えば、それは、私自身を弁護することになるからだ。


 ――私は、自分を守るために、この青年を慰めなかった。


 その事実だけが、その夜、はっきりと残った。

ヨナが離れます。喧嘩別れではなく、ただ、怖くなって帰るだけです。

リリアーナが慰めなかった理由が、この回のいちばん苦い部分です。

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