第116話 数えなおす
その夜、私は数えた。
庫の机に、断罪の綴りを並べた。オルデン辺境区、この二年分。月ごとに、件数を出す。
こういうときは、数えるに限る。
感情は、数えているあいだ、黙っている。
一昨年の冬。月に十一件、九件、十四件。
昨年の春。十二件、十件、十件。
夏。九件。八件。
秋。十一件、十件。
――そして。
私がオルデンに着いた月。十二件。
次の月。十八件。
その次。二十七件。
筆を置いた。
置いてから、しばらく、その三つの数字を見ていた。
十二、十八、二十七。
私の指が、無意識に、別の紙を引き寄せていた。差分を出す紙だ。
二年のあいだ、この区の断罪は、月に八件から十四件のあいだで動いていた。季節の波はある。冬に増え、夏に減る。麦の出来と、たぶん関係がある。
その波の外へ、二つの月が飛び出している。
偶然ではない。
それを知っている。数字が波の外へ出るとき、そこには必ず原因がある。
原因は、書いてある。
この二月に、この区で変わったことは、一つしかない。
私が、索引を作った。
計算が、合う。
合ってしまう。
私は、その紙を、長いこと見ていた。
言い訳を、探していたのだと思う。
言い訳は、いくつも作れた。
冬だから増えた。役場に新しい役人が来たからだ。帝都の締めつけが強まったのだ。私の索引は、断罪ではなく配給のために作った。悪用したのは役場であって、私ではない。
どれも、少しずつ本当だった。
少しずつ本当な言い訳を、私は、王国でいくつも見てきた。
断罪に立ち会った者たちが、あとで言った言葉だ。私は、あのとき何も知らなかった。私は、命じられただけだ。私は、止める立場になかった。
――私は、あの人たちを赦さなかった。
赦さなかった私が、いま、同じ形の文を並べている。
言い訳の紙を、裏返した。
そして、別のことを数え始めた。
二十七件の中身だ。
罪状。禁じられた集まり、九件。税の隠匿、六件。盗み、五件。不敬、四件。その他、三件。
被告発者の年齢。書かれていない。この様式に、年齢の欄はない。
審査。全件、済。
処断。追放、十九。労役、六。死、二。
二。
そこで、数えるのをやめた。
やめて、机に手をついた。
二人だ。
名前は、書いてある。読めば、分かる。読めば、その人が何村の誰で、何を告げられて、どの日に死んだかが分かる。
私は、読まなかった。
読めば、たぶん、立てなくなる。
――卑怯だ。
自分にそう言って、それでも、私は綴りを閉じた。
窓の外は、暗かった。
オルデンの夜は、灯が少ない。星が、やたらとよく見える。
その星を、少しのあいだ見ていた。
王国で、私は制度を作った。
断罪を止め、記録を残し、公開の場で審査するようにした。人が、殺されなくなった。
そのことを、私は誇っていた。
誇っていた、というより――信じていた。
記録は人を守る。透明であることは、常に善い。誰が見ても同じになる様式は、恣意を消す。
その三つを、私は疑ったことがなかった。
疑う必要が、なかったからだ。
王国では、それが正しかった。
ここでは。
――正しくない。
いや、違う。
正しさが、逆向きに働いている。
同じ道具が、置かれた場所によって、人を守りもし、殺しもする。
その考えを、はっきりと形にしたことがなかった。
道具に、向きがある。
なんという、当たり前のことだろう。
鍬は、土を耕す。同じ鍬で、人を打てる。誰でも知っている。
記録だけは違うと思っていた。
記録は、真実に近づく道具だから。真実に近づくことは、常に善いことだから。
誰にとって。
私は、机の縁を握った。
真実に近づくことは、真実を知られたくない人にとって、善いことではない。
この国で、真実を知られたくないのは、権力ではない。
隣の家に告げられたくない、ただの人だ。
灯を落とさなかった。
落とせば、暗くなる。暗くなれば、たぶん、朝まで眠れない。
二十七という数字が、灯の中に浮いていた。
数えるところから始めました。この主人公は、動揺すると必ず数えます。
そして数え終わると、逃げ場がなくなります。




