↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
断罪された悪役令嬢ですが、追放先の辺境で静かに有能さがバレていきます ~誰にも褒められない仕事をしていたら、気づけば居場所ができていました~  作者: すずり


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
108/118

第108話 無能でいるという仕事

 私は、その日から、離宮に通うようになった。


 三日に一度、半日ほど。帳面を読み、分からないところを訊く。アルミンは、最初のうち落ち着かない様子だったが、四度目には、私の分の椅子を出しておくようになった。


 十年分は、深かった。


 この人の目は、正確だった。感情を書き足さない。推測を事実の顔で書かない。分からないことは、分からないと書いてある。


 ――訓練を受けていない人の、天然の誠実だ。


 私は、少し嫉妬した。


 私がそれを覚えるのに、何年もかかったからだ。


「アルミンさま」


 六度目の訪問だったと思う。


 私は、六年目の頁を開いたまま、訊いた。


「なぜ、宮廷を離れられたのですか」


 アルミンは、すぐには口を開かなかった。


 窓の外の若木を見ていた。


「……兄上が、そのほうがよいとお考えになった」


「第一皇子の」


「オイゲン兄上だ。悪い人ではない」


 彼は、そう付け足した。


「本当に、悪い人ではないのだ。私を害そうとしたことはない。ただ、私が宮廷にいると、都合が悪かった」


「都合」


「私が、余計なことを言うからだ」


 アルミンが、初めて少し笑った。


「北の村の話を、した。麦が届いていないと。三度目に言ったとき、兄上が言われた。おまえは、政というものを分かっていない、と」


「……」


「あれは、正しい。私は、分かっていなかった。麦を届けるには、どの家の顔を立て、誰の分を削るかを決めねばならない。私は、それができなかった。ただ、届いていない、とだけ言った」


 彼は、机の木目を指でなぞった。


「言い続ける者は、無能と呼ばれる。この国では、そうなっている」


「呼ばれて、どうしましたか」


「訂正しなかった」


 アルミンは、あっさりと言った。


「無能でいるほうが、楽だった。……いや、違うな。無能でいるほうが、生きやすかった」


 頁から目を上げた。


「有能な皇族は、この国では、長く生きられない」


 彼の声が、少しだけ低くなった。


「母上が、そうだった」


 私は、目を上げた。


「お母上」


「宮廷の女官だった。皇子を産んだが、位は上がらなかった。よく物を見る人で、よく口に出す人だった」


 アルミンは、窓を見たままだった。


「私が十一のときに、告発された。罪状は、覚えていない。……いや、嘘だ。覚えている。禁じられた集まりに出た、というものだった」


 禁じられた集まり。


 ヨナの家族と、同じ罪状だった。


 この国でいちばんよく使われる欄。何もなくても書ける、便利な一行。


「証言者は、匿名だった。弁明の場は、なかった。三日で、いなくなった」


「……アルミンさま」


「私は、そのとき、初めて政というものを見た」


 彼は、こちらを向いた。


 静かな目だった。恨みも、涙もない。ただ、十一の年から二十年、消えずに残っているものの目だった。


「以来、私は、上手く立ち回れなくなった。立ち回れば、母上を告げた者たちの列に、自分が並ぶことになる気がして」


 庭で、鳥が鳴いた。


 いくつかのことを、考えていた。


 この人は、制度の受け手になれる。あの離宮で初めて会った日に、私はそう思った。人の痛みが分かり、断罪を疑い、誠実だから。


 ――違った。


 この人は、受け手なのではない。


 この人は、被害者だ。密告統治が、皇族の中にまで作った、二十年分の被害者だ。


 だからこそ。


 ――この人が立てば、この国の話になる。


 外から来た私が制度を持ち込むのではない。この国の内側で、断罪に殺された者の子が、断罪を終わらせると言う。


 それは、押しつけではない。


 私は、その考えを、すぐには口にしなかった。


 口にすれば、この人を使うことになる。イリスが私を使うと言ったように。


 ――嘘は、つかない。


 だが、まだ言う時ではない。


 帳面に目を戻した。


「アルミンさま。この六年目の、断罪が増えた区ですが」


「ああ」


「新しい役人が来た年と、重なっています。この人の名は、他の年にも出てきますか」


 アルミンが、少し身を乗り出した。


「――待て。八年目にも、いたかもしれない」


 彼は、自分で帳面を繰り始めた。


 その手つきが、速かった。


 どこに何があるか、この人は覚えている。十年分を、頭に入れている。


 それを、見ていた。


 ――無能。


 この国は、この目を、二十年、無能と呼んできた。


 夕暮れ、離宮を出ると、道でヨナが待っていた。


 珍しいことだった。


「視察官どの」


 彼は、一通の書状を差し出した。


「帝都から」


 封蝋は、記録卿のものではなかった。


 宰相府の紋だった。

アルミンを「善良だが無力な皇子」で終わらせないための回でした。

無能と呼ばれることが、生き延びる技術になる国。そこがこの帝国のいちばん深いところだと思っています。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。