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断罪された悪役令嬢ですが、追放先の辺境で静かに有能さがバレていきます ~誰にも褒められない仕事をしていたら、気づけば居場所ができていました~  作者: すずり


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106/124

第106話 憎む相手のいない罪

 これ、どうすればいいんだよ。


 その問いに、私は、すぐには返せなかった。


 答えを持っていなかったからではない。持っている答えが、この朝の彼に届く形をしていなかったからだ。


 湯を沸かした。


 庫の隅の小さな炉で、鉄の器に雪を入れて溶かし、それを沸かした。茶葉はない。ただの白湯だ。


 二つ、器に注いで、一つを彼の前に置いた。


 ヨナは、それを両手で持った。


 しばらく、湯気を見ていた。


「ヨナ」


「……ああ」


「憎む相手が見つからないのは、あなたが不運だからではありません」


 彼が、顔を上げた。


「この国の断罪が、そういう作りだからです」


 自分の器を置いた。


「昨日、五万件を数えました。告げた者が、いずれ告げられる。落ちた者の子が、また誰かを落とす。あの渦の中に、始めた人はいません」


「じゃあ、誰の罪なんだ」


「様式の罪です」


 ヨナが、眉を寄せた。


「紙の?」


「紙の」


 私は、器を脇へ寄せた。


「先に告げた者は問われない、と決めた者がいます。それだけで、人は急ぐようになりました。疑う前に告げる。親しいほど早く告げる。ハルドどのは、悪人だから告げたのではないと、私は思います」


「じゃあ、なんで」


「怖かったからです」


 声を、落とした。


「そして、怖がらせる仕組みを作った者は、一枚も紙を書いていません。ただ、決まりを一行、置いただけです」


 ヨナは、器を握ったまま、動かなかった。


「……それ、卑怯じゃないか」


「ええ」


「刃を振るってねえのに、いちばん殺してる」


「ええ」


 私は、初めて、はっきりと言った。


「それが、この国でいちばん強い者のやり方です」


 庫の外で、雪が屋根から落ちた。


 ヨナが、器の湯を一口飲んだ。


 しばらくして、彼は言った。


「……あんたの国では、どうだった」


「私の国では、断罪は上から降ってきました」


 私は、少しだけ昔の話をした。


「殿下がいて、証言があって、大勢の前で読み上げられて。私は、弁明しました。届きませんでした。届かないと分かってから、追放されるまで、三日でした」


「三日」


「ええ。私は、その三日を、いまでも覚えています」


 白い光の朝。


 誰も私を見なかった、あの広間。


「王国の断罪は、分かりやすかった。憎む相手がいました。私を陥れた人も、信じてくれなかった人も、名前と顔がありました」


「憎んだのか」


「憎みました」


 隠さずに、言った。


「憎んで、それから、憎むのをやめました。やめられたのは、憎む相手が生きていて、その人たちが変わるところを、見られたからです。幸運でした」


 ヨナが、私を見ていた。


「あなたには、その幸運がありません」


「ハルドどのは、変わるところを見せずに死にました。あなたは、赦すことも、憎み続けることも、選べない」


「……ああ」


「だから、私は、あなたに赦せとは言いません。言う資格がない」


 ヨナが、うつむいた。


 器の中の湯が、揺れていた。


「じゃあ、俺は、どうすりゃいい」


 机の上の写しの束に、手を置いた。


 昨日の夜、二人で写した分。まだ、三十年分の百分の一にも届かない量だ。


「終わらせましょう」


「憎む代わりに」


 ヨナが、こちらを向いた。


「あなたの家族を告げた人は、もういません。ですが、あの人を怖がらせた決まりは、まだ生きています。今日も、どこかの村で、誰かが隣の家を急いで告げている」


 私は、束を、彼のほうへ少しだけ押した。


「憎む相手はいなくても、終わらせる相手はいます」


 ヨナは、しばらく束を見ていた。


 それから、器を置いた。


 湯は、まだ半分残っていた。


「……三十年分だぞ」


「ええ」


「冬が終わるまでに、終わらねえ」


「ええ。二年かかるかもしれません」


「二年」


「一人でやれば、五年です」


 ヨナが、鼻から短く息を吐いた。


 笑ったのだ、と気づくまでに、少しかかった。三度目だった。


「……変えたい」


 ヨナは、そう言った。


 初めて、その言葉を口にした。


「俺は、これを、変えたい」


 昼過ぎ、テオが庫に来た。


 配給の用で来たのだ。彼は何も知らない。ヨナが去年、記録で自分を救ったことは知っているが、その先のことは、何も。


 ヨナが、立ち上がった。


 止めなかった。


 彼は、テオの前に立って、しばらく黙っていた。


 それから、言った。


「テオ」


「はい」


「……お前んちの麦、去年の冬、足りてたか」

憎む相手ではなく、終わらせる相手。第二部のテーマが、ここでヨナの側に渡ります。

ヨナがテオに何を言うのか、次回まで少しだけ引っぱらせてください。

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