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断罪された悪役令嬢ですが、追放先の辺境で静かに有能さがバレていきます ~誰にも褒められない仕事をしていたら、気づけば居場所ができていました~  作者: すずり


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105/118

第105話 告げた者の名

 受付帳は、東の棚の三段目にあった。


 私が畳み直した綴り。村ごと、年ごと。引くのに、時間はかからなかった。


 ヨナが、灯を持って立っていた。


 頁を繰った。


 その年。その区。受理の順番、十七。


 告発の持ち込み。氏名の欄に、名が一つ。


 私は、その名を読んだ。


 読んで、灯のほうを見上げた。


 ――言うべきだろうか。


「読め」


 ヨナが言った。


 私は、読んだ。


「ハルド」


 灯が、揺れた。


 ヨナの手が、揺れたからだ。


「西村の、ハルド」


「今は、故人です。四年前に。その息子が、テオ」


 灯の油が、じりと鳴った。


 ヨナは、灯を下ろした。


 床に置いて、その場に座り込んだ。膝を抱えるでもなく、ただ、床に座った。


「……テオの、親父」


「ええ」


「俺が、去年、記録を照らして助けた、あのテオの」


「ええ」


 彼は、両手で顔を覆わなかった。


 ただ、床を見ていた。


 受付帳を閉じた。


 そして、彼の隣に、少し離れて座った。灯は、二人のあいだにあった。


 長い沈黙だった。


 しばらくして、ヨナが口を開いた。


「あんた、知ってたのか」


「いいえ」


「本当に?」


「本当に。知っていたら、昨日、止めました」


 彼は、少し笑った。


 笑い方が、ひどかった。


「……止められたのか」


「止められません」


 嘘は、言わなかった。


「あなたは、止められて止まる人ではありません」


 ヨナが、また床を見た。


 しばらくして、彼は、掠れた声で言った。


「ハルドのじいさん、俺に、飯くれたことがある」


 黙って、聞いた。


「家族が引かれた年の、冬だ。俺、十四で、一人で。村の連中は、みんな俺を避けた。密告された家の子だから。近づけば、次は自分だと思ったんだろ」


 彼の指が、床の板の目をなぞった。


「ハルドだけが、麦の粥を持ってきた。何も言わずに、置いていった。二度か、三度」


「……ヨナ」


「あの人が、告げたのか」


 問いではなかった。


 誰にも答えられない問いだった。


 答えを、探した。


 簡単な答えなら、いくらでもあった。罪の意識だ、とか。償いのつもりだ、とか。そう言えば、この夜は形がつく。


 だが、それは私の推測だ。推測を事実の顔で渡してはいけない。


 記録を扱う者として、それだけは、してはならない。


「分かりません。記録には、告げたことしか残っていません。なぜ告げたのかも、なぜ粥を持ってきたのかも、どこにも書かれていない」


 ヨナの目が、こちらへ動いた。


「……記録は、そこまでは残せません。私は、それを、残せるふりをしません」


 彼は、しばらく私を見ていた。


 それから、ゆっくりと、息を吐いた。


 その夜、彼は帰らなかった。


 庫の隅で、外套にくるまって眠った。私も、机に伏せて少しだけ眠った。


 朝、目を覚ますと、ヨナが起きて座っていた。


 窓のほうを見ていた。オルデンの朝は、白い。


「なあ。じゃあ、俺は、誰を憎めばいい」


 朝の声だった。夜のあいだに、この人はそれを何度も口の中で転がしたのだと分かる声だった。


「ハルドか。もう死んでる。息子のテオか。あいつは何も知らねえ。役場の、印を押した役人か。あの人も、去年、告げられて消えた」


 机から顔を上げた。


「憎む相手が、いねえんだ」


 ヨナは、窓を見たまま言った。


「六年、ずっと、誰かを憎みたかった。憎めば、少し楽になると思ってた。いざ名前が出たら、憎む先が、全部、先に死んでる」


 彼の横顔に、朝の光が当たっていた。


「これ、どうすればいいんだよ」

遅効性ざまぁの作品で、いちばん書きたくなかった回であり、いちばん書かねばならない回でした。

憎む相手が、もういない。それが密告統治のいちばん残酷なところだと思っています。

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