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断罪された悪役令嬢ですが、追放先の辺境で静かに有能さがバレていきます ~誰にも褒められない仕事をしていたら、気づけば居場所ができていました~  作者: すずり


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101/116

第101話 二十年、封をしてきた男

 ヴォルクの名は、索引の三つ目の帳面にあった。


 オルデン辺境区、庫付。管理役。二十年。


 私は、彼の求めた写しを作った。難しい仕事ではなかった。この老人の記録は、恐ろしいほど整っていた。


 整いすぎていた。


 欠けが、ない。年も飛んでいない。訂正の跡は、一つも見つからなかった。二十年分が、まるで最初から一日で書かれたように、まっすぐ並んでいる。


 ――手入れがされている。


 あの棚と、同じ手で。


 その写しを渡さずに、机に置いた。


「ヴォルクどの」


 老人は、庫の隅の椅子に腰かけていた。列が引けたあと、彼だけが残っていた。


「あなたの記録には、家族の欄があります」


「……ある」


「空白です」


「そうだ」


「あなたは、ずっと一人でしたか」


 ヴォルクは、答えなかった。


 答えないことが、答えだった。


 私は、椅子を引いて、彼の向かいに座った。この庫で、私が誰かの向かいに座るのは、初めてだった。


「弟が、いた」


 やがて、老人は言った。


「三十年前だ。……いや、三十一年になるか」


 指が、膝の上で動いた。数えている手つきだった。


「よく喋る男でな。私と違って、人に好かれた。役場に出て、区の者の口利きなどをしておった」


「どうなりました」


「棚に入った」


 ヴォルクは、庫の奥を見なかった。


 見なくても、そこに何があるかを、この男は毎日知っている。


「密告だ。誰が告げたかは知らん。知ろうとも、しなかった」


「調べれば、分かったのでは」


「分かった」


 老人の声が、低くなった。


「調べれば、分かる場所に、私はいた。庫の付きだからな。あの頃はまだ、封も緩かった。夜に一人で開けようと思えば、開けられた」


 私は、黙っていた。


「開けなかった」


 ヴォルクは、はっきりと言った。


「開けようとして、封の前に立って、それから、帰った。三晩、そうした。四晩目には、もう行かなかった」


 庫の梁が、鳴った。


 雪が屋根から滑り落ちる音が、遠くでした。


「その代わりに、私は、あの棚を守る役目を引き受けた」


「……守る」


「そう言われた。帝都から来た者に。おまえは真面目だから、任せると。……私は、頷いた」


 老人は、自分の手のひらを見ていた。


 二十年、封の紙を貼り替えてきた手だった。


「頷けば、私は生きられた。庫の付きは、家がなくても飯が食える。年をとっても、追い出されん。弟の名が入った棚を磨いて、私は、二十年、飯を食った」


 彼は、そこで初めて、私を見た。


「あんたは、私を軽蔑するか」


 首を振った。


 振ったあとで、それが誠実な答えかどうかを、少し考えた。


「軽蔑はしません」


「なぜだ」


「あなたが守っていたのだと、私は思っていません」


 ヴォルクの眉が、動いた。


「あなたは、見張られていたのだと思います」


 老人は、口を開けた。


 何か言いかけて、言わなかった。


「守る役目を引き受けた者は、その棚から離れられません。離れれば、次に開ける者が現れる。だから、彼らはあなたを置いた。役目は、鎖です。二十年、あなたは鎖の内側で、封の紙を貼り替えていた」


「そんなことは」


 声が、途中で切れた。


 ヴォルクの肩が、小さく落ちた。


 この老人は、たぶん、とうに気づいていた。気づいていて、二十年、そう思わないようにしていただけだ。


 人は、そういうことができる。


 私も、できる。


 梁が、また鳴った。


 やがて、ヴォルクが、掠れた声で言った。


「……あんたは、あの棚を開けたいか」


「開けたいです」


 私は、隠さなかった。


「ですが、開けません。私が開ければ、次に消えるのは、あなたとヨナです」


「そうだ」


「だから、開けません」


 老人は、しばらく黙っていた。


 それから、椅子から立ち上がった。膝が、鳴る。年寄りの、重い立ち方だった。


 彼は、庫の奥へ歩いていった。鍵のかかった棚の前で、足を止める。


 封の紙に、指を当てた。


 剥がすためではない。二十年、そうしてきた手つきで、ただ、押さえた。


 背を向けたまま、彼は言った。


「あの棚の鍵は、私が持っている」


 私は、綴りに落とした目を、上げなかった。


「帝都は、そう思っていない」


 老人の声が、低く落ちた。


「あれの鍵は、年に幾度か来る者が持ってくる。そう思われておる。だが、二十年のあいだに、一度だけ、置いていった者がおった」


 彼は、こちらを振り返らなかった。


「拾った。返さなかった。なぜ拾ったのか、自分でも分からん」

ヴォルクの二十年を書きました。裏切り者にも、臆病者にもしたくありませんでした。

役目というのは、しばしば、いちばん丁寧な鎖の形をしています。

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