第36話 花は咲く
その日の夕刻、亜朱沙からのメッセージと写真をスマホで受け取った綿木妙子は、あの丁字路に立っていた。
赤ちゃんの名前を『梓ちゃん』にするって聞いた時はちょっと驚いたけど、次の瞬間にはしっくりと納得していた。これで梓ちゃんも報われるわよ、新しいパパとママの元で。
視線の先にあった、かつて教鞭をとっていた駒切中学の旧校舎は既に取り壊され、同じ場所に新たな建物の建築工事が始まっている。今度の建物は中学校ではなく、地域の防災拠点になる公的な建物だそうだ。それに伴って、一帯は新たに区画整理が行われ、新しい道路や、コンビニなども建っている。
また、賑わいが戻るのだろう。それはそれで良いことだ。尊い犠牲の上に新たな未来が構築されるのであれば、それが人類の進歩と言えるのだろう。最早自分には眺める事しか出来ない光景だけど。
新たな区画は全てが真新しい。しかし、その所々で小さな草花が風に揺れている。かつて亜朱沙が持って来た花束から抜いて植えたコスモスを取り囲むように、幾つもの花が揺れている。逞しいよね、ほんのちょっとした土の隙間に根を張って花をつけるんだから。
あれ? あのお花ってもしかして…。
妙子はスマホの写真を表示して較べてみた。竹内 梓ちゃんとお花のツーショット写真だ。
やっぱり…。同じお花だ。そうか、以前からここに咲いていたのかも知れない。控え目で可愛いピンクのお花。
まるで、飯野梓ちゃんみたいだ。
だったら…、だったら、たくさん咲いていい。
♪ 花は 花は 花は咲く
妙子の口から自然とメロディが流れ出た。
咲き誇れ、ピンクのお花。胸を張って咲き誇れ。みんなが想いを繋いでゆくから。
ありがとう、梓ちゃん。
退役教師の目から涙がとめどなく溢れ出た。教え子の犠牲なんて二度とごめんだ。
ごめんね、梓ちゃん。
路端の小さな草花は、何でもないよと言うふうに、微かに首を振った。
【おわり】




