第35話 あずさの襷
それから8ヶ月後、駿と亜朱沙は、川端市の保健センターで声を嗄らしていた。
「あずさーっ! こっちよ! ママはこっち! 急いでー!」
赤ちゃんのハイハイレースである。居並ぶ0~1歳児が一斉にスタートするが、それぞれが思うようにハイハイするから、レースの体は成していない。スタート地点でキョトンとして動かなかったり、器用に寝返りして見せたり、各人各様の賑やかな会場だった。竹内 梓も例外ではなく、ゴールで呼びかけるママとパパを無視して、興味のある方向へハイハイしている。
見かねた亜朱沙は叫んだ。
「あずさー! ゴールテープはこっちよ! 走れー!」
「おいおい、無茶言うなよ、まだ立ってもいないのに」
白熱する亜朱沙ママの声に駿パパは呆れた。
その時である。ママの声を認識したのか、突然、竹内 梓は方向を変えた。
「そうそう! あずさ! こっち! まっすぐそのまま!」
そこからの竹内 梓の高速ハイハイは圧巻だった。手足が一体になり、弾みをつけリズムよく繰り出す。あっという間に先頭に立つとそのまま亜朱沙ママの元へゴールした。
『はーい、一等賞は竹内 梓ちゃん!』
アナウンスが響き渡り、亜朱沙ママに抱っこされた竹内 梓8ヶ月は、ママと一緒に会場に向けて小さな手を振った。その梓の肩には、空色の『川端市立北端中学校』の襷がぐるぐると巻き付けられていた。
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「凄かったでちゅねー、梓ちゃん」
亜朱沙は自慢の娘のほっぺにチュッとキスをする。
「まあ血を考えたら当然とも言えるけどな」
「百人中、一番の運動神経って言われたよね」
「ぶっちぎり人生を歩んで欲しいよ」
赤ん坊を抱っこしたママと優勝賞品を抱えたパパは、保健センターの駐車場へ、ノロケながら歩いている。
「あれ?」
亜朱沙は梓を抱っこしたまま足を止めた。舗装された駐車場の外れに一輪の花が揺れている。
亜朱沙は近寄ると腰を屈めた。あの日、駒切中学の校舎を見下ろす舗装道路で見た、ピンクの小さな花である。飯野 梓の象徴と思ってしまった草花。亜朱沙は梓をその花の傍らに降ろす。
「繋ぐのよ、梓。これからも」
亜朱沙は二人の梓に向かって言った。




