↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
34/38

第33話 星が見守る夜

 亜朱沙と駿の企画は市役所を揺さぶった。市長がたまたま北端中学の卒業生だったことも幸いした。市の防災週間に合わせて行われた展示は、役所の催しものにしては人を集めたし、北端中学校の課外学習のカリキュラムにもなった。14年前の2年3組のクラスメイトも何名か訪れた。しかし当時を知る彼らの顔つきは別の意味で重かった。


 飯野梓の最期については具体的な言及を避けたものの、壮絶なものであったことは想像がついた。写真パネルで展示された『三毛ネコのアズ』と梓終焉の場所の脇に建つ廃墟ビル、整地された大地と黒ずんだ駒切中学校校舎の対比が哀しみを増幅させた。


 ニュースとしては知っていた川端市民も、突然目の前で起こる自然の脅威には抗《あらが》えないことを認識したし、大小の瓦礫だけでなく、船や車、燃え盛る油までを運ぶ黒くて巨大な津波が、3D映画のように被さってくる恐怖には力を失った。そう言った意味では、この企画は十分に効果をもたらしたと言って良い。今や日本のどこでも起こり得る現実が目の前で語られ、そして身近な地域に育った飯野梓と言う一人の少女の活躍は、来場者の記憶に重く残った。被災孤児への支援基金と別室で販売された防災グッズの売り上げはどんどん伸びた。


 この展示は、当該地の市役所でもキャラバン企画として催された。『辛いことを思い出す』とか『美化し過ぎ』、『利用するな』等のクレームもあったが、14年前のことだ。概ね好意的に受け止められた。しかし梓に関する新しい情報は特に得られなかった。


 綿木先生と実玲はこのキャラバン企画会場で再会した。亜朱沙が双方に連絡して引き合わせたのだ。二人は一つ一つの展示を食い入るように見つめ、言葉と視線を交わし、案内役を務めた亜朱沙は二人の心に『梓の確固たる姿』が植え付けられたと見て取った。


 会場スタッフとして張り付いていた亜朱沙と駿は、展示が終了した夜、地元の市役所スタッフに労いの宴を開いてもらった。二人が宿泊していた隣市のホテルのレストラン個室が丁度良い会場となった。互いに市役所職員同士と言うことで、話題は日頃の愚痴が多かったが、互いの仕事の事情が判るだけに、意気投合した宴にもなった。梓の話題はほんの少しであったが、それは先方職員の気遣いであったかも知れない。


 宴がお開きになり、地元職員たちが帰った後、魂が抜けかけた亜朱沙に駿が声を掛けた。


「藪さん、ちょっと飲み直さない?」


 ホテルの最上階にはこぢんまりとした展望バーがあったのだ。


+++


 二人掛け、ラブチェア型のカウンター席は太平洋を見渡せる窓に面していた。夜景が見えるように、灯は間接照明のみでロマンチックな雰囲気を醸し出している。震災後に建てられたホテルであり、趣向や設備は目新しかったのだ。


 夜には遠い海こそ見えなかったが、港の灯が見下ろせた。白い鋭い灯りや車のヘッドライトの合間に出漁の準備だろうか、人々が歩き回っているのが見える。少し先に目をやると、港の出口に赤と緑の灯台の灯が見え、その先は漆黒の闇。14年前に、その全てを覆いつくすような大波がやって来たことなど、想像も出来ない日常の光景だった。


「藪さん、お疲れさま。本当によくやったと思うよ。梓ちゃんもきっと喜んでる」

「有難う。ごめんね、あたしの我儘に付き合わせて。結局自分のためだったって気がしてね、梓が本当に喜んでくれたかどうかはよく判んないんだ」

「大丈夫。梓ちゃんは藪さんのやることはみんな認めてくれるよ」

「それ、ちょっと辛いけど」

「でも手助けはしてくれない。空で見守ってる星なんだから」


 亜朱沙は手で覆いを作って窓から空を眺めた。


「死んだら星になって…ってよく出来た話よね。残されたあたしは、恥ずかしいこと出来やしない」

「藪さんの恥ずかしいことなら、梓ちゃんは真っ赤になって照れるだけじゃない?」

「ど、どんな恥ずかしいことなのよ、それ」

「例えば、こんな…」


 駿はそっと亜朱沙の肩を抱き寄せた。


「中学卒業の時に貰った手紙の返事、今、するよ。ずっと音なしで申し訳なかった」

「え?」


 駿は亜朱沙の顔を覗き込むように首を捻った。


「俺と付き合って下さい。一生モノの前提で」


 亜朱沙は呆けたようになった。セピア色になっている十数年前の記憶。それが、今? 梓のことを調べ始めてから、様々なことが十数年をワープして来たのだ。だから・・・ 今?


「う、うん。ありがとう。よ、よろしくお願いしま…んん」


 亜朱沙は唇を塞がれ、全身の力が抜けた。こ、これも梓のおかげ…?


 顔を離した駿が照れたように言う。


「良かった。断られたらどうしよう…って思ってた。手紙のことも忘れてるかも、とか」

「忘れる訳ないじゃない。あたし、あの頃は全力だったもん。第二ボタンはスルーされちゃったし」

「ごめん。応えようがなかったんだ。梓ちゃんのことも勿論あったし」

「だよね。竹内君、優しいからそうだろうと思った」


 駿は人差し指を、亜朱沙の唇に当てる。


「今から職場以外では竹内君禁止。『駿』だよ」

「えー、いきなりかぁ。ヤバいな」

「罰ゲーム付きね。間違った回数だけ、キスをすること。勿論俺も『亜朱沙』って呼ぶから」

「それ、罰ゲームなの?」


 笑い合う二人を、窓の外、天高くから、星がちょっぴり赤く瞬きながら眺めていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。