第26話 前向き
亜朱沙はバッグをゴソゴソ探し、実玲に名刺を差し出した。
「そうそう、藪さんだった。今、思い出しました。市役所の、防災関係、とか?」
「ええ。本当は仕事の出張で来たのですけどね」
亜朱沙は実玲にしっかり向き合った。
「もしかして、あたしのこと、梓は凄くいい人っぽく言ってたかもなんですが、あたしの苛めのせいで梓は転校して、それで結果的に生命を失う羽目になったんです。だから、あたしは懺悔に来て、併せてここでの梓の話を前の中学のみんなに伝えたいと思ってるんです」
実玲の目がしばし泳いだ。
「前の中学で何があったのか私は知らないけど、梓は藪さんのこと、大好きでしたよ。それは間違いないです。私、ちょっとやきもち妬きましたもの」
「そんな…」
「髪の色はきっとストレスなんだろーなーとは思ってましたけど、全然暗い感じはなくて、優しくていい子」
「ですよね」
「結局一緒にいたのは2ヶ月足らずなんで、詳しいお話は出来ないですけど、梓は本当に前向きでした。私の転校が決まった時のことなんですけど…」
実玲は肩にかかった髪を手で払った。
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「転校するの?」
梓は驚いた。2月の終わり、駒切中学からの帰り道である。実玲は小さく頷いた。
「本当は春休みに引越しの筈だったんだけど、引越し屋さんが忙しくて早まったの。だから来週に引越し」
「じゃあ学校は?」
「来週の火曜日まで来る。水曜日に向こうに行くから」
「そっか。折角友だちになったのにな」
「ごめん。でもいなくなる訳じゃないからさ、しょっちゅうDMして梓に嫌がられると思うよ」
実玲は笑った。
「歓迎するよ。まだこっちに友だち少ないし」
「前の中学の友だちからはメッセージとか来ないの?」
梓はちょっと寂しそうな顔をした。
「うーん、前もね、友だち少なかった。私、もっと陰キャだったのよ」
「まじ? そうは見えないけど」
「だって只今絶賛変身中だもの」
「なんでー?」
梓は無理に笑顔を作った。
「大好きだったクラスメイトにね、めっちゃ嫌われちゃってね。周囲も巻き込んで嫌な思いをさせた」
「なんで嫌われたの?」
「うーん。私が陰キャのくせに出過ぎた真似して、それで上手く謝れなくて、あ、でもその子はめっちゃいい子なんだよ。明るくて、頭良くて、努力家で、性格も良くて女神さまみたい。私とは正反対で、一緒なのは名前だけ」
「えー? 女神さまなのに嫌ったりするの?」
「まあ、好きな男の子のことも、多分、あったんだと思う。あ、私が略奪とかそんなじゃないよ!そもそも私はモテないから」
「まだ仲直りしてないの?」
「うん、転校しちゃったし、許しては貰えてはいないと思う。でもね、私は今でも大好きなの。憧れてるの。あんな女の子になりたいって、だから変身しようと思ったのよ、ここで」
梓は照れ笑いを見せた。
「偉いねぇ、梓。超前向き」
「ううん、本当に偉いのはその亜朱沙ちゃんの方だよ」
梓はスマホを取り出して、実玲に見せた。
「これが藪 亜朱沙ちゃん。私とは字が違う『あずさ』ちゃん。盗撮しちゃったんだ。ああ、近づきたいなあ。だけどそう、実玲の言う通り、何事にも前向きにって、今はまずここからなの。亜朱沙ちゃんみたいに困った人を助けてみんなを幸せにしたい」
「なるほどきれいな子だね。でもさ梓、成果は出てるよ」
「まじ?」
「うん! だって今のクラスでも、梓のことみんなきっと好きだよ」
「そうかな」
「うん、絶対。優しいし親切だし、バレーボールは下手だけど」
「うわー、そこ言うか。でもちょっぴり自信出た。がんばろ!」
梓は太陽のように笑った。
そのままでも十分素敵なのにな。実玲はこっそり思った。よし、やっぱ毎週DMして、変身具合を聞いてやろう。
だが、そのDMは2週間後には届かなくなった。
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亜朱沙はため息をつかざるを得なかった。綿木先生が言っていたことに近しい。梓はまじで自分に近づこうとしてくれていた。あの曲の歌詞のように、変わりたい自分もいたんだ。だけど、だけどそれが仇になったのではないか。他人は放っておいて自分だけさっさと逃げてくれていれば、もしや彼女は生命を失わずに済んだのかも知れない。
思いつめたような亜朱沙の表情を、実玲はじっと伺っていた。
「あの、藪さん」
「はい」
「梓は決して不幸じゃなかったと思いますよ」
「え?」
「結果は結果なんだけど、でもその瞬間まで、あの子はきっと活き活きしてた。それは藪さんのお陰だと思うんです。梓は何人かを助けたって聞いたけど、その幾らかは藪さんが助けたようなものです。だから決して自分を否定したりしないで下さいね。梓は喜ばないと思います。これまでの藪さんのままでいてくれるのが、梓の望みだと思います」
有難い言葉だ。梓に返せること、それは何だろうとこの二日間ずっと考え続けていた。今のままの自分でいること。梓はそれを許してくれるのだろうか。
亜朱沙には迷路の出口はまだまだ遠いと感じた。




