第25話 クラスメイト
翌日、亜朱沙は帰る前に、前日役場で貰った地図の場所に行ってみることにした。妙子は通院の日と言うことで、亜朱沙は早々に綿木家を辞して、レンタカーを走らせる。荒涼とした整地区画、丸印の場所の近くには、廃墟となった小振りのビルが残されている。もしや、このビルの屋上から、梓の最期が目撃されたのかも知れない。亜朱沙はただただ胸が痛んだ。
少し手前に車を停め、丸印の地点まで歩いてみる。この場所を黒い濁流が襲ったのだ。元々ここは町の真ん中だったに違いない。崩れかけた建物が並び、その間を牙を剥いた巨龍のような水魔が襲ってきた。その場所で亜朱沙は立ち止まった。
梓、この場所まではまだ生きていたのね。亜朱沙はしゃがみこんで地面を擦った。この場所で梓は生命を絶たれた。悔しい。どうってことのない平らな道路。梓が一体何をしたって言うのよ。みんなを助けていたじゃない。誰も傷つけず、優しさに包んで、みんなを守ったじゃない。それがなんでこんな目に遭うのよ。
亜朱沙は地面に拳を叩きつける。ざらっとした舗装道路。亜朱沙の拳は肌が裂け血が滲む。これ位どうした、梓の苦しみに較べたら天国みたいなもの。何もかもが虚しくて、悔しくて、地面にポタポタ涙が落ちる。くそっ。
風を感じ、亜朱沙は顔を上げた。海からそこそこ離れているので潮の香りは最早感じない。こんなところまで、あの廃墟ビルの背丈ほどの分厚い津波が押し寄せたのだ。梓だって思いもしなかっただろう。驚いただろう。こんな筈じゃ…と思ったことだろう。
亜朱沙は立ち上がって、海の方向、梓が駈けて来たと思われる方向に、目を閉じて手を合わせた。
何の言葉も浮かんで来ない。いざ梓の最期の場所に立つと、懺悔も労いも在りし日を偲ぶ言葉すら出て来ない。あの日の喧騒には程遠い静かで平らな大地。亜朱沙は風の中にふと女の子の匂いを感じた。 梓?
目を開けた亜朱沙を覗き込むように見つめる瞳がある。梓ではなかった。
誰?
「あの、失礼ですが、『あずさ』さん、じゃないですか?」
「え? あ、はい」
「やっぱり。面影がそのままだから。驚かせてごめんなさい。私、梓に、飯野梓ちゃんに写真を見せてもらったことがあるんです。前の学校の同級生で、私が憧れてた人だよって。同じ名前だけど字が違うの。こっそり盗撮したのって笑ってました。ぱっと見て判りましたよ」
「え? ええ? あの…」
驚きの発言をした女性は改めて頭を下げた。
「初めまして。私、佐賀 実玲って言います。駒切中学で梓の隣に座っていて仲が良かったんです。でも、震災の直前に転校して、生き残っちゃって、ここに来るのはそれ以来なんです」
「そ、そうなんですか! ちょ、ちょっとびっくり」
「私もです。こんな何もないところで誰が何をやってるんだろうって、ドキドキしながら来ました。梓が引き合わせてくれたのかな。私、なかなかここに来る勇気が湧かなかったんですけど、今度結婚するんで、その前に梓に報告と思って、思い切って市役所で聞いて来たんです」
亜朱沙は打ちつけた拳の痛みも忘れた。
「あたしは梓の言った通り、梓がこっちに来る前の中学で同じクラスでした。二日前から梓の話を聞いて回っているんです」
「そうなんだ。同い年ですよね。前からの友だちみたい」
「偶然にしては出来過ぎですよね」
「やっぱ、梓のいたずらですよ」
微笑む実玲の髪を海風が煽った。




