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君の名は?

「本当の名前を教えてくれないか?」

そう言うと『ようちゃん(仮)』はくるりと僕に背中を向けてしまった。

気に障ることを言ってしまったのだろうか。

由美子が紅茶を持ってきた。さすが女はしっかりしているお菓子まで用意している。


僕と由美子は少々気恥ずかしい気分を共有しながら、なぜかカップ同士を合わせた。

「カンパーイ!」

由美子が紅茶をすすりながら僕をじっと上目遣いで見ている。口元には微笑が浮かんでいる。

僕もその目を見つめている。それが僕らの間では自然な空気に思われた。


僕は紅茶を置いた。

「ようちゃんにもドリンクがいるだろう」

「そうね」

「それにこのままではようちゃんのプライバシーが保てない」

「そうね」

「ようちゃんの存在を知られてはいけない」

「どうして?」

「それはそうだろう。好奇の目に晒され、研究対象になって、何をされるかわからない」

「そんなに人が信用できないの?」

「世間というのは個々の存在としては善良なのだが集団心理の中に埋没すると邪な存在にヘンゲしてしまう」

「だから戦争がなくならないわけだ?

「だけどひとりひとりは戦争なんてしたくないと思ってる」

「でもさ、戦場ではチームワークが必要なわけじゃん?」

「それはそうだが」

「だったらむしろようちゃんの存在をオープンにして大勢の人の助けを求めたほうがよくない?」

「しかし……。異世界人なんて、そんな専門家はどこにもいないぞ」


僕たちはようちゃんのほうを見た。ようちゃんは背中を向けたままだ。

「ようちゃん、ごめんよ。言いたくなければ言わなくていいんだ。ゼスチャーだって疲れるだろ」

ようちゃんは振り向いた。そして手を前で振った。違う違うということらしい。

「怒ってるわけじゃないんだ?」

うんうんと頷く。そして自分で自分を指をさす。そしてまた背中を向け、そして口元にまた手を当てて叫んでいる。


「これも心の叫び?」

「いや、ケーンはさっき使ったから同じネタを二度やっても仕方ないだろう」

「なんで怒っていないのに背中を向けているのかな?」


由美子が思考に入っている。僕は慌てた。このままではまた由美子に先を越されてしまう。

それが当たり前になると僕はきっと由美子に解読の全てを委ねることになるだろう。

由美子がようちゃんの存在をオープンにしたいという考えを持っている以上、簡単に主導権を取らせるわけにはいかない。


無論、ようちゃんの存在を世間に知らせることに完全に反対というわけではない。

しかし科学者でさえ捏造偽造に手を染めて自己承認欲求を満たそうとする危険な現代社会をそう簡単に信用するわけにはいかない。


ようちゃんはこちらを向いた。そして少し踊った。可愛い踊りだ。

「アイドル?」

そしてまた背を向けて口に手を当てて叫んでいる。

「アイドルが、叫んでいる?」

ようちゃんはくるりとこちらを向くと激しく頷く。そしてまたくるりと背を向けて叫ぶ。

「名前を呼んでるのかしら?」

由美子が言うとようちゃんはまさにそれ!それ!というように指をさす。

僕と由美子の間に火花が散った。

「私、わかったああ!」

由美子が叫んだ。

「うわあああ!」

僕は天を仰いだ。

「やれやれだな。さあ言ってみな」

そう言って僕は紅茶をすすった。

由美子は口に手を当てて叫んだ。

「マチルダさ――ん!!」

ようちゃんはチッチッチッチッ!と指を振る。

「あー、違った!さっきはケーン!だったでしょ?ようちゃんの世界ではその時代がちょうど今の時代ってことだよね。マチルダは女子の名前だし。みんなのアイドルなんでしょ?」

「ハッハッハ!所詮ニワカよのお!それにようちゃんはどう見ても黄色人種だぜ?マチルダさんは白人だろ」

「そっかあ」

「でもそれ系であることは間違いないな」

ようちゃんは僕のほうをみて強く頷く。そしてまた背を向けて叫ぶ。

「なんでいちいち背を向けるんだ?」

「意味があるってことよね」

由美子の精神集中度が高まった。僕も負けていられない。しかしさっきからようちゃんは由美子より

僕に期待しているようなのだ。ダンスも僕に向けてのものだ。由美子が立ち上がった。

僕も同時に立ち上がった。

「どうぞ?」

由美子が僕に順番を譲ってくれた。

「はははは、アイドルダンスはあれだよ。主演が当時のトップアイドルだったからだよな。そうだろ?君の世界ではアイドル冬の時代なんだろ?」

ようちゃんが強く頷いた。僕は満面の笑みを由美子に向けた。

「さっさと正解をどうぞ?」

「背中を向けるのはつまり、そっちの方角ということだ」

「あ、私、間違ってるわ」

由美子が座った。

「なんて思ったんだよ?」

「私はたっちゃーん!って」

僕はほくそ笑んだ。

「『たっちゃん』はお前、男のコの名前だろーが!」

「あ、そっかー!慌てちゃった。」

僕は満を持して叫んだ。

「みなみく――――ん!!」

ようちゃんがうんうんと頷いている。

「どうだ!大正解だ!」

「でも、ちょっとまってよ。みなみ君だって男のコの名前じゃん!?」

「あ!」

僕は顔を赤らめた。由美子が息を吹き返したように立ち上がった。

「だからアイドルなんだ!」

「だ、だったら、ようちゃんの名前はお前と同じってことになるぜ」

「それは違うね。それだったらゼスチュアする必要ないもん。私を指差せばいいもん」

僕は頭を抱えた。しかし次の瞬間、完全勝利を確信した。

「ふふふ、だがそこまでだな。お前は世代じゃないからそのドラマを見ていないはずだ」

「そうかしら?じゃ、一斉に言ってみる?」


ようちゃんの名前は「ちより」と言った。


「なんで?なんでお前が知ってるんだ?」

「バカね。何度もリメイクされてるのよ」

「そっかー、スタンダードなんだな」

「でもさ、あの話って、ラストは……」

僕と由美子は顔を見合わせた。

原作本では小さくなった女の子は事故にあってそのまま死んでしまうのだ。

衝撃のバッドエンドは賛否両論を巻き起こした。既に幽体であったという後付設定も作られた。

「でも俺達の時代ではスペシャルドラマが作られてハッピーエンドだったぜ?」

「私が見たドラマも普通にハッピーだったよ?」

僕たちは内田秋菊の「南くんの彼女さん」をもう一度見てみることにした。

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