異世界妖精とのコミュニケート
僕らの間の空気は密かな困惑を隠せなかった。
それはそうだ。異世界から来た妖精と僕らはいま一緒にいるのだ。
否。正確には妖精ではなくて異世界からやってきた、いや何らかのトラブルで転送されてしまった美少女である。
この美少女を僕らは仮にようちゃんと名付けた。
ここはようちゃんにとって異世界だ。僕らは異世界民なのだ。
「異世界かあ~」
僕らの内1人が呟いた。僕らに会話はなかった。
ようちゃんを発見現場から引き離すことには不安はあったがしかし放置しておくと凍え死ぬことは間違いなかったし、鳥や動物に捕食されたり風に吹き飛ばされてしまう可能性もあった。
それに僕らのような社会正義の実現を目指すグループではなく悪徳世界の人間に掴まっていたら見世物にされるだけでは済まなかっただろう。
「僕たちは人間の権利を第一に尊重する」
僕が言うと僕らの仲間たちは頷いた。
「ようちゃんは僕の家に連れていく」
みんなはホッとしたようだ。
「そうか、それがいい」
由美子だけが不服そうだ。
「なんで!?私の家に連れて帰りたい!私が面倒みたいの!」
「ダメだ」
「どうして!?あんた、もしかして変なことしようとしてるんじゃ?」
「馬鹿なことを言うんじゃない!」
僕は本気で叱った。
「ちょっときつい言い方だったな。でも由美子、お前は学校行ってるだろ?弟や妹だっているだろ?
パパやママにも隠しておけないだろ?友達が来れば見たいといいだすかもしれない。お前は女だから、内緒だよ?絶対だよ?と言って教えてしまうだろ?あっというまに街中に広まるんだよ。ようちゃんのプライバシー権はどうなる?」
「ひどいわ!私の友達はみんな秘密を守ってくれるコばっかりよ!」
「そーら、もうみんなに言いたくてウズウズしてる。ダメだぞ。絶対に言っちゃダメだぞ」
由美子は神妙な上目遣いで僕を見た。女は秘密を守れないから女なのだ。
運転してくれた僕らの仲間は僕らをそれぞれの場所で降ろしていった。
クルマを降りた由美子がぐるりと車の周りを回ってから最後に僕のところに来て、中腰になって、じっと僕の目を見つめてから帰っていった。僕らの仲間が僕を突っついた。
最後に僕の家の前で僕とようちゃんを降ろして仲間のクルマは去っていった。
お役御免という安堵感からかステアリングを握る手も軽やかだ。あとは僕の責任ということだ。
ようちゃんを僕の家に連れて帰ると、まずは飼育ケースを探した。
カブトムシ用の大きなものがあったはずだ。ようちゃんは戸惑ったような悲しそうな顔で僕を見た。
「ちがうちがう、そうじゃない」
家の中にはハウスダストやダニもたくさんいる。転落して床に落ちたようちゃんを踏んづけてしまうかもしれない。こういう場合にもっとも警戒すべきはヒューマンエラーなのだ。
安全を確保するためにはようちゃんを完全な場所に隔離する必要があったのだ。
ようちゃんは飼育ケースの中で所在なさげに座り込んでいた。しかしやがて何やらせわしない挙動を始めた。僕に何かを訴えかけている。ゼスチュアをするが僕にはよくわからない。
「お腹が減ったのかな?」
僕は部屋を後にした。何か食べ物を用意しなければならない。寝床も作ってあげなければならないし。それに……。あっ!!僕は気がついた。僕が戻ってくるとようちゃんはハッ!とした顔をした。
それから真赤にした顔を手で覆ってうつむいしてしまった。
飼育ケースの隅っこが濡れていた。そうか。あのジェスチュアはトイレに行きたいサインだったのだ。
僕は由美子を呼んだ。やはり女の子のことは女の子に聞かなければならない。
僕は待ち合わせ場所で由美子と合流するとそのまま僕の家に連れ帰った。
「おじゃましまーす!」
由美子の顔が上気している。
「へー、ここがあんたの部屋なんだ。結構キレイなもんだね」
そういえば長い付き合いなのに由美子を家に呼んだことがなかった。
由美子は男の部屋に入るのも、どうやら初めての体験のようだ。
「ところでさ」
由美子はメモを見せてきた。
「これなんだと思う?」
「うん?」
それは手のひらサイズのメモ帳に書かれた鉛筆書きの稚拙な絵だった。
しかしなるほど不思議な絵だった。
「これどうしたんだ?」
「拾ったんだ。でも不思議な感じがして。偶然にしては感じる偶然だなって」
「天の配剤ってやつか。」
「何か関係あるのかもなって」
「ほうほう」
異世界とのコンタクト法への手がかりかもしれない。全ての偶然は神の手によるものだ。
左の絵には大きなお鍋のようなもの、それを担ぐ二人の人、そして空にはUFOらしき物体が描かれている。そしてお鍋の蓋は開かれており、掛けられたハシゴを順番待ちしている人達がいる。
右の絵にはそのお鍋の蓋が閉じられて、今度はそのお鍋の蓋の上に乗った人達がUFOとコンタクトを
取っている。そして支えている人たちが離れたところにいる人物とコンタクトを取っている。
尚、最初の絵ではUFOは左端にあるが、右の絵では右端に寄っている。
「ね?不思議でしょ?うちの前に落ちてたの。一生懸命考えてたらあんたから呼び出しがあったからさ」
「ようちゃんに見せてみよう。おっとその前に……」
僕より先に由美子に部屋に入ってもらった。由美子がようちゃんのケースに近づいて微笑みかける。
そしてケースの隅っこをティッシュで拭き取った。
「女の子は大変なのよね。だから私の家にって言ったのに……。もういいよ。入ってきて」
待っていた僕は部屋に入った。そこでようちゃんに謝った。ようちゃんのプライバシーを考えなければいけない。それよりも早く異世界、いや元の世界へ帰してあげたい。
僕はようちゃんに絵を見せた。ようちゃんはじっとそれをみて考えていた。
「何かわかる?」
ケースの中にいると僕らの声がちょうどよい大きさで聞こえるようだ。
言葉が通じるのだから異世界と言ってもそれほど遠くない異世界なのだろう。
ほんの少し時間軸と空間軸に誤差があるところにある世界であろう。
ようちゃんはしゃがみこむと何かを引き抜くポーズをとった。
「雑草を抜く?」
なんだろう?由美子と僕は話し合った。
「何かを抜いてる」
由美子が言った。
「わかった!根っこだ!根だよね?」
ようちゃんは笑顔で頷いた。そして次に僕らに手を見せた。
「5?10?」
ようちゃんは首を振る。数字ではなさそうだ。
「指?」
ようちゃんは「惜しい!」という顔をする。今度は鋭くパッと手を見せる。
「普通に手?」
ようちゃんは激しく頷いた。
「手か」
手のなんだろう。次にようちゃんは腹を抑えた。
「お腹?」
またようちゃんは「惜しい!」の顔をする。お腹をぐっと抑える。お腹の中、お腹の中。
由美子が言った。
「胃腸?」
ようちゃんは全身で「惜しい!」を表現する
「胃?胃か?」
ようちゃんは激しく頷く。
「手と胃」
次にようちゃんはパンチやキックを繰り出した。
「え、なに、カンフー?クンフー?」
カンフーは正式にはクンフー「功夫」である。ようちゃんはジャンプして叫びながらキックした。
「アチョーっ!」
ようちゃんは首を振ると更に続ける。こんどは手刀だ。まるで薪を割るような鋭い動きだ。
由美子が言った。
「トウッ!」
ようちゃんはこちらを指差して何度も頷いた。
「根、手、胃、トウ」
「なんだろう?ネ・テ・イ・トウ?」
ようちゃんは僕と由美子の顔をじっと見ると口元に手をあてて何かを叫んだ。
おお、これは!!僕にはすぐにわかった。これは「心の叫びだ」。心の叫びが彼を呼ぶ!!
「由美子、ずっとお前にアテられてきたが僕にはすぐにわかった。これはな」
僕は両手を口に当てて叫んだ。
「ケ―――――――ン!!」
由美子はきょとんとしていた。
「え、なにそれ?それが心の叫び?」
「女にはわからなくてよろしい。強敵を『トモ』と呼べる漢たちには一瞬でわかることだ」
ようちゃんは激しく頷いている。
「ってことは何?根、手、胃、トウ、ケーン!?」
ようちゃんが強く頷いて僕らを指差す。
由美子が叫んだ。
「私わかったあああ!」
「な、なんだよ!?」
僕にはさっぱりわからない。
「根抵当権だよ」
「はあ!?」
「この蓋の上に乗ろうとしている人達は根抵当権者。そしてこのお鍋は根抵当権の種類、取引の内容だよ。つまり債権の範囲を示してる。そして蓋が極度額。クレジット枠、つまりキャッシングの限界を示している。これが確定するまでは待っている人達、つまり抵当権者たちの間でヤリトリができる。全部譲渡したり、分割したり、一部移転したり。そして支えているのは設定者と債務者ね。確定してしまうと、ほら右の図のように蓋が閉まっているから債権範囲の変更はできないし、上に乗っかっちゃった根抵当権者特有の処分はできなくなってしまう。その代わりUFO……、つまり外部者への処分という一般の抵当権と同じ処分ができるようになるし、支えている債務者にしても引受でしか移転することができなくなる。蓋が閉まることに拠って確定期日や優先の範囲の定め、極度額の変更もできなくなる。」
そこまで由美子が言った時ようちゃんがジャンプして何かを訴えた。
「あ、いや、ちょっと待てよ。極度額の変更は利害関係人の承諾を得れば確定後もできるんだった」
そこで絵をもう一度見るとなるほど蓋には通信機のようなアンテナが立っていて、地上の人物が受信機のようなものを持っている。
「そっか。確定後も、だから通信ができる。極度額の変更はできるってことを表してるんだ」
ようちゃんは嬉しそうに何度も頷いた。
「ふうむ。なるほどな」
僕は由美子に推理力で負けた悔しさをなるべく悟られないように余裕を作ってみせた。
「UFOが移動しているのはどういうことだ?」
「だからこれはね。確定前には債権者側の上空にいる。つまり契約で債務者を変更できるけど、
確定後には右側、つまり債務引受という債務者側の偶然以外では債務者を変更することができないってわけ」
僕は口をとがらせてみせた。
「ハッ!さすが女の子同士だな」
「私、紅茶入れてくるね!」
由美子はウキウキとキッチンへと走っていった。
「お前、紅茶の場所知ってんのかよ!?」
「大丈夫、ちゃんとおいしいの買ってきたから」
まったく、最初から用意してたってわけか。
由美子の後ろ姿がいつの間にか女の形になっていることに気がついた。
しかし「確定前の全部譲渡」と「確定後の譲渡・(放棄)」はどう違うんだろう?更改契約を内包する、というようなことだろうか?
ふう、と息を吐いたのは僕だけではなかった。ようちゃんもゼスチュアで疲れたのか座り込んでいる。しかし僕らは異世界妖精ようちゃんとのコミュニケーション手段を発見したのだ。
「ねえ、ようちゃん。君の本当の名前を教えてくれないか?」




