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FASTEST!!  作者: サトシアキラ
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第17-05話

「お兄、聞いてる?」

「あ、ああ、もちろん」

「本当かなぁ……じゃああたしが言ったこと、もういっぺん言ってみてよ」

「あー、その……つまりレギュラーになった、って事だろ?」

「それはそうだけど、なんか怪しいなぁ」

「ほら、俺は記憶力が悪いから、話の要点しか覚えてらんないの!」

「そうだったそうだった、お兄は物忘れが激しいんだっけ」

「その部分だけ納得するなよ、失礼なやつだ」

 電話口から美奈津の元気の良い笑い声が響いてくる。そう、ただ単に聞こえてくるのではなく『響いてくる』だ。バスケ部の寮から掛けて来ているのだろうが、寮という場所の性質上、電話の置いてある場所から考えるに廊下中に響き渡っていると思われる。ま、俺の知ったこっちゃねーけど。向かいに座って居る姉さんが苦笑いしているところを見ると、どうやら外に漏れるほど声が大きいようだ。

 夜、夕食が終ってから電話が鳴ったかと思ったら、珍しく美奈津からだった。普段はそれ程頻繁に連絡を寄越してくるタイプでも無いのだが、レギュラーを獲った事が誰かに話したくて仕方がないくらい嬉しかったに違いない。まあ、たまにはこういうのもいいか、美奈津の元気にやっている証拠だし、何より弾んだ声を聞いているとこっちまで嬉しくなってくる。普段ハスキーな声の美奈津だが、この時ばかりはそれも愛らしく聞こえる。いや、『この時ばかり』などと言っては普段は耳障りと取られかねない。ただ、まだ美奈津が家にいる時、姉さんが『美奈津は自分の声を少しだけ気に入ってないみたい』という類の話を聞いたことがあったから……やっぱり、女の子としては真理のような可愛らしい、甘ったるい声の方が良かったんだろうな。一見そんな悩みとは無関係そうな美奈津だが、性根はやはり可愛い女の子なのだ。そもそも、彼女達の成長してきた家庭環境、言い換えれば彼女らの母親・真綾さんの教育方針、『古来からの男女の分をわきまえる』という点をきちんと理解しているからこその考えだろう。いや、直接そういう風に育てられたと姉妹達の誰かに聞いたわけではない。ただ、二年以上も接していると薄々感づいては来るのだ。

「ねえ……真理とはどうなった?」

「どうなったって……」

「だから、どこまで進んだ(・・・・・・・)のかって聞いてるの」

「ばっ……」

 待て待て、動揺しては美奈津の思う壺だ。ここは一息ついてだな、冷静に切り返しを……

「ははぁ〜ん、そうかそうか、そりゃおめでとう。そういえば、真理の右側のおっぱいの下辺りには大きなホクロがあったでしょ?」

「無ぇよ」

 言ってから、謀られたと思った。カマを掛けられたのだ。

「アンダーバストを見るような行為もした、と。ふんふん、すっごく順調に進展してるんじゃない」

「う……うるせぇな。それより、そろそろ切らないと迷惑だから、姉さんに代わるぞ」

「あ、ちょっと……」

 有無を言わせずに姉さんに受話器を渡した。姉さんはしょうがないわねぇ、とでも言うように苦笑いして受け取る。

「はい……そう、照れてるのよ。それより、きちんと先輩方に挨拶はしてる?立場が立場なんだから、愛想は良くしておいた方が良いわよ……ええ……ええ……」

 女だらけの中にあって、しかも同学年はおろか並み居る上級生をも控えに追いやってのレギュラーだからな。気配りをしすぎて損をすると言うことはないだろう。……おお、女って恐ぇ。

「聖くん、何か一言話しておく?」

 姉さんが受話器をこちらに向ける。特に話すことはないが、とりあえず……

「あ、お兄、さっきはよくも途中で代わってくれたね!まだまだ冷やかし足りないんだから勝手に」

「だ・か・ら!その話はもういいっての!それよりも……おめでとう。でも、これに満足せずに精進しろよ。お前の寝首を掻いてまでポジションを奪い取りたいってヤツは幾らでもいるんだからな」

 美奈津に取っては意外な一言だったようで、しばらく絶句した。何だよ、俺が良いことを言うのがそんなにショッキングだったとでも言うのか?

「そ、そんなこと分かってるって!ふんっ……だ。……お兄のクセにたまには良い事言うじゃない」

「今更気がついたのかよ」

 べーっ、と受話器の向こうで舌を出される気配がした。ほんっとうに分かり易いヤツだな。そこが……まあ可愛いと言ってやっても良い。

最後に姉さんに渡して、二言三言交わしてから受話器を置く。

「美奈津のヤツも相当頑張ってるみたいだね」

「ええ……聖くん、あの子が実際にプレーしてところ、見たことある?」

「いや……」

 姉さんは、遠くを見るような目で語り出した。

「まだこっちに越してくる前、中学校に応援しに行ったことがあるんだけど……あの子ね、最初は結構不器用だったのよ。それこそ二年生くらいまで」

 二年生まで……ってことは、俺らと出会う寸前までって事か。そこから推薦貰うくらいの腕前に成長したって事は、俺の知らないところで相当に練習を積んでいたって事だろうな。それにしてもどこで練習していたのやら。自室のベッドの上でごろ寝しながらスナック菓子喰ってた姿しか知らないから驚きだ。

「努力……重ねたんだろうなぁ」

「そうね」

 姉さんの笑顔が眩しい。自分の妹が好きなことで成長しているという姿がたまらなく嬉しいようだ。そして、そんな姉さんを見る俺も楽しい。良い循環だ。この循環を断ち切らないためにも……言うか。

「姉さん、聞いて欲しいことがあるんだ」

「……何ぁに?」

 ……俺がこれから話すことのおおよそを感づいているからか、姉さんの顔はあくまで穏やかだった。しかし、その中にも一抹の寂しさが見え隠れするのは気のせいだろうか?

「俺……国体が終ったら学校を辞めるつもり」

「……」

 眉一つ動かさない。やはり予想はしていたらしい。

「学校を辞めて、来年のメジャーのトライアウトまでず〜っと練習に明け暮れるつもりなんだ」

 全く動じてない。穏やかな微笑みのまま何も言わず、俺の言葉に耳を傾けている。それが逆に恐くもあり、どんな風に受け止められるか分からないから出来るだけ簡潔に伝えたつもりだった。

「姉さんは反対するかも知れないけど、俺には時間がないんだ。俺にとって普通の勉強をするじ時間は無意味……無意味とは言わないけど、今自分が一番しなければならないことはそれだと思う」

「……」

 まだ無言。突っ込みを入れるのは発言を全て聞いてから、ってことか。どんな言葉が来ても動じないよう、固く握りしめられた手のひらにうっすらと汗が滲んできたのを感じる。

「それ以外に身体を突き動かされるようなことはないし、将来の展望を考えても今の内に練習しておくしかないんだ。こうでもしないと、焦りで自分がどうにかなってしまいそうで……」

「……」

 うう、すげぇプレッシャーだ。それとも俺が一方的にそう思っているだけか?姉さんは最初から希望を聞き入れるつもりだけど、俺自身の発言に後ろめたさがあるからこそネガティブに受け止めてしまうというか……

「その……だから……」

「……」

 いや、ここで臆したら負けだ。そもそも何に臆しているのだ、俺は!他人に否定されて自分の進もうとしている道への信念を自分で疑ってしまうのが恐いんじゃないのか?あり得ない。俺の覚悟は、そんなもんじゃない!

「とにかく、学校を辞める」

「真理は」

 姉さんが口を開いた。

「真理の事はどうするつもりなの?あの子の気持ち……気がついているんでしょう」

 今まで黙って俺の話を聞いてくれていただけに、その言葉が重かった。場を制する、という表現がしっくり来る。この場に真理が居てくれないのが心細い。バイトがのシフトが入ってるんだ。だが……それだけのことで気後れする理由はない。俺の想いも本物であるのだから。

「真理には……待ってて貰う。何年後になるか分からないけど、必ず迎えに行くからって納得して貰ったよ。第一、高校ぐらいは出て欲しいしな、やっぱり。これから辞めようとしている俺が言ったところで説得力はゼロに等しいかも……でも、真理には一通りの教養は身につけ居ていて欲しい。これから同じ時間を過ごそうとしている者としては……『俺と一緒に来てくれ』なんて言った所為であいつから教養を身につける機会を奪いたくない」

「……やっぱり、そういう関係になってたのね」

「あ、あれ?最初から分かってたんじゃなかったの?」

「ちょっとだけカマ掛けてみちゃった」

 と悪戯っぽく笑う。ここでようやく場の緊張がほぐれた。姉さんのこんな表情を見ていると、父親似と母親似の違いはあるけれど、やっぱり美奈津ともきちんと血が繋がってるんだなと改めて思った。あいつの意地悪な笑みと同じだ。

「いいのよ、私もあの子も、そして母もそうなることを望んでいたんだから。あの子の聖くんへの懐き方を見れば、それが一番自然な形であることもね」

「……」

 そういってもらえると有り難い。真理の人徳にも因るところが大きいのだろう、あれだけ出来た人間が懐くのだから……と。やはり真理にも相当の感謝を捧げないといけないのは間違いない。

「どうせ自分の人生一度きり。聖くんならどんなに反対されようとも自分の道を貫くだろうし、そうした方が悔いが残らないもの……あ、今の時点で『悔い』なんて言っちゃいけないわね」

「ありがとう、姉さん。真理も……それが分かってくれたからこそ受け容れてくれたんだと思う」

「とにかく……どんな洗濯をしても、真理を泣かすようなことはしちゃ駄目よ」

 少しだけ厳しい目つきで俺を見据える。そこにある瞳は、姉として、母親代わりとして真理を想う真摯な眼差しだ。それに頷くことで意思を示すと……

「まあ、今更聖くんに疑念を抱いてるわけじゃないけどね」

 と、まるで自分へ言い聞かせているように吐き出し、ゆったりとソファに背を預けて伸びをした。……姉さん、それはちょっと魅力的すぎると思うな……どこがと具体的には口にはしないけれども。

 しかし……いつの間にか姉さんにまでバレてしまうことになるとはね。いずれ話そうとは思っていたけど、こう場当たり的になってしまうと少々後ろめたい気持ちはある。『これから○○しようと思ってたのに』という言い訳がどれほど見苦しいものかは言わずもがなだ。

 でも、これで良いんだと思う。俺が日本を離れたときに、寂しいだろう真理を姉さんが支えてやってくれれば。いったい何年真理を待たせることになるかは俺の心掛け次第だが、早ければ早いに越したことはないし……それはつまり、俺が短期間で成功するという前提でもあるからな。


 やらなくちゃ。

 やってみせる。

 俺は出来る。

 そう心に改めて誓わなければ気後れしそうな目標だけど、やるだけだ、こうして公言した以上は。

「ただいま〜」

 すると、玄関で待ち望んだ声。自分の心が躍り上がったのを感じて少々気恥ずかしくなるけど、この気持ちは止められないものな。いや、自分で『真理を愛している』と認識してから、気持ちを誤魔化したりしなくなって済むようになれてとっても晴れ晴れとさえしている。自分の気持ちを誤魔化していると、いざ本気で向き合わなければいけないときに誤魔化しの時のままでしか居られなくなってしまうのではないだろうか。根拠はないが、今まではそれが一番不安だった。

 しばらく待つと、

「おみやげー!」

 と、満面の笑みを湛えた真理が『ブラウフォーゲル』のロゴの入ったケーキ用紙箱を誇らしげに手に提げ、居間に姿を現した。

「どうした?なんか良いことでもあったのか?」

 真理の輝く笑顔を見ていると、こちらまで温かくなってくる。只でさえ人の笑顔を見るのは楽しいが、それが真理だとまた格別だ。

「うん、店長がね、『加藤は良くやってるから、残り物だけど持っていっていいよ』って。嬉しいな〜」

 にこにこにこにこ、テーブルの上で紙箱を開けると……中には確かにケーキが三つ入っていた。定番のモンブランにショートケーキに……ザッハトルテっぽいもの。

「嬉しいのは褒められたことか?それともタダでケーキを手に入れられたことか……いや違いますね、済みません」

 思いっ切り睨まれたからおちょくるのはやめにして、それにしても……自分の労働が認められるっていうのは嬉しいことなんだろうな。自分の働きがなかなか数字として表れにくいアルバイトをしているだけに、直接責任者から褒められるという行為は何物にも代えがたいんだろう。金を貰った上に褒められる、結構な事じゃないか。

「真理、聖くんから話は聞いたわ」

「……そう……」

 真理の顔に一瞬だけ不安の色が覗いた。しかし、姉さんが否定していないということはすぐに分かったようで、

「コーヒー淹れるね」

 と、微笑んで準備をしにキッチンへ行った。帰ってきたばかりなのだから、せめて着替えてから……と止める間もなく、いそいそとネルの準備をしだした。その作業からも、自分の……真理と俺が選んだ道を認められた事への嬉しさが滲み出てきていると思うのは考えすぎだろうか。

 姉さんを見ると、目が合って苦笑する。姉さんも色々と不安はあるんだろうけど、全て俺たちの良い様にしてくれる。それが有り難かった。


 やがて、リビング中にコーヒーの挽きたての香りが立ちこめる。えも言われぬアロマ、その中に身を落とし込むと、まるで自分の中の成分が溶け出していってしまうかのような、とても良い香りだった。

 いそいそと俺に背を向けて作業をする姿を見ていると、また抱きしめたくなってしまうが……止めておこう。姉さんが居るからって意味じゃなく、自分の中でケジメを付けなくちゃいけないんだ。ケジメを付けなかったらきっと真理に溺れる。それだけは避けたい。せめて国体が終るまで……ね。



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