第17-06話
……で。
正直に告白してしまうと、幾ら高校野球三冠タイトルに絡む国体とは言っても、夏の甲子園と比べてどうしてもモチベーションが落ちる大会であることは否めなかった。しかし打倒五塚・打倒加藤を掲げて高校最後の大会に挑もうとする他チームの勢いは猛烈で、その鼻息の荒さといったら……会場で顔を合わせ、後ろを向いたら即背後から首を掻き斬られそうなほどの視線を感じたもんだ。
……ところが。
そんな視線でひるむ俺じゃないし、何より最後に五塚の仲間と野球が出来る悦びが、全ての敵意のこもった―――といっても、心地良いスポーツマンシップに則った、ライバルとしての―――視線を全てはね除けていた。この大会は俺たちだけのためにある……そう錯覚させられるほどに。
……しかし、たった一人の眼光だけは違った。。
そいつは、二ヶ月前と全く同じ、いや、暗い、仄い墓場をうろつく生ける屍の如き双眸は、その不気味さを一層増していた。俺を狙う周りの人間と同じようで同じではない、最後の勝負を付けに来た、言わば殺し屋のようなものなのでもない。一言で表すなら、そう……『死んだ魚のような目』、或いはそのものズバリ『死人の目』、だ。生身の人間が働いているお化け屋敷ででもバイトすれば良い働き場所になると思うぜ。全く、あいつの瞳を見ると寒気が止まらない。
取り敢えず、真壁大成という中核が居なくなった五塚は、言うまでもなく攻撃力的にもベンチワーク的にも、そして精神的支柱を欠くという意味でもワンランク実力が落ちる。だが、当のチームメイト全員が力を合わせれば何とかなると信じて疑わなかった。おおよそ二ヶ月もブランクがあったチームとは思えぬ程の打線と投手の噛み合い方を発揮し、とんとん拍子に勝ち進む。
俺にもちょいとブランクがあった事は確かだが、不思議なことに夏の頃より球が切れているような気さえする。しかし考えてみれば当然か、天候は落ち着いているし、十分な休養を取った後だからな。オマケに精神状態も充実している……と。唯一足りないものは……
へへ、どうしてもカベの事を考えちまうな。考えて当たり前なのかも知れないが、今俺の前でボールを受けているのは誰でもない、これからの五塚を背負ってゆく漢、藤間康孝。
「加藤さん、良い調子です」
「だろうな。俺も投げてて分かるぜ」
「……はい」
イニング初め、マウンド上でボールを直渡ししながらそう頷く藤間の顔は、実に充実している。
某県で行われている国体、高校野球の決勝戦。
これまで三試合、全く危なげなく勝ち進んできた五塚高校。俺からヒットを放って名を上げようとする大多数の輩も問題とせず、やはり全ての試合を完封してここまでやってきた。
自分としては大して力を込めて投げている訳ではないのだが、不思議な球の走りで三下どもは全く問題にならず。しかも、俺からヒットを放って名を上げようとしている大根打者に限って肩に力の入ったスウィングばかりだからなあ。むしろ夏の時よりも抑えやすかったかも分からんね。
……藤間がホームに戻る。入れ替わるように打席に入るバッターは、伊東光。
夏に散々な目に遭わせてくれた、憎むべき輩だ。取り敢えず他の選手にはスポーツマンシップに則って投げてやらないこともないが、コイツだけは別だ。もはやメディアを味方に付けていなければ生きられない体質になってしまったのだから、とにかく虚勢でも何でもいいから写真映えのする言動を維持していなければならないのだろうが、強の様子はどことなくおかしい。しかし考えようによっては可愛そうな奴ではある。いついかなる時でも、模範的な高校球児たるべく感情を露わにしてはならないのだから。自らの蒔いた種ではあるにしても。
……しかし果たして本当に自分の蒔いた種だろうか?『薄幸の超天才』などと煽るだけ煽られ、野球しかやってこなかった人間なのに、マスコミが突然全面的に味方すれば、勘違いをしてしまってもおかしくはない。何しろ、どんな新聞紙面を開いても伊東のネガな部分は切り捨てられているのだから。
伊東は夏よりもやつれたように見える。頬がげっそりとこけ、目の下にクマまでこさえてしまっていた。どう見ても万全の体調ではない。そんな身体で俺に立ち向かおうとするなんて……そもそも、奴の体調が万全だからといって打たれる気はこれっぽっちもしないが、それでも少しでもマシな体調で打席に入るべきだ。これから俺や伊東が進もうとしている道は、自己の体調すら自分で面倒を見ていなければならないのだ。『体調が悪かったから』は言い訳にはならない。『体調が悪い』=直接そいつの自己管理という実力不足になるわけだから。
ゆらり、と身体をふらつかせながらバッターボックスへと入る伊東。ほんっとうに不気味な奴だ。ちょっとした威圧感のようなものまで感じてしまうが、今の俺にはどうでも良いことだ。奴がいまどんな体調で、どんな練習を積み重ねてきてここまで来たのかは知る由もないが、全く打たれる気がしない。
伊東がバットを構えた。やつれて顔の幅が狭くなっているせいか、対比的にバットまで細長く見える。まるで腕の延長かと見紛うほどにゆらゆらと揺らしてタイミングを取っているのだ。……俺はまだサインを覗いてもいないというのに。
そんな伊東を、奴のやや後ろで見守る藤間はどんな思いで見つめ、観察しているだろうか?自分の左斜め上を見ながらサインを出す藤間の仕草が一瞬だけカベの姿と重なった。弁護させてもらえるなら、藤間もカベも丁度同じような背格好なんだよ。オマケにマスクを被って同じ守備位置に立っているのだから見間違えたって不思議じゃない。そう自分に言い聞かせる。
マスクの向こうの藤間は、俺の一瞬の表情の変化を見逃さなかった為か怪訝な目をしたが、構わずにお約束のフラッシュサインを出す。……そういえば、そろそろ複雑なブロックサインのやりとりも練習しなければいけないんじゃないか?普通の道程を辿ってきた野球選手なら当たり前に修めている技術でも、俺にとっては未知の領域だ。
第一球。
サインは……慎重に、外角低めのストレート。定番とも言える選択だが、俺の頭ではこれ以上無難な配球も見つからないから文句を言う筋合いもない。何しろ、伊東がどれだけ練習を積んできたか分からないのだし。
もはや俺とは切っても切れない関係、そして俺と野球の第一の接点であるマサカリのモーションを起こす。某県営球場の満員のスタンドが一斉に息を飲んだ。それが俺のモーションで始まるのだと意識すると……たまらない恍惚を感じるな。
せええーーー、のっ!
思いっ切り力を抜きつつ入れて、投げる!球の行き具合は、リリースした後に指先に残る感触で分かる。それが、些細な違和感をも見逃さない、カベとの特訓という名の反復練習で身につけた、実力の証なのだ。
無論、伊東手出しが出来ずに見逃し。ワンストライクノーボール。しかし、幽鬼のような伊東はどうしたものだろうか。初球からまったく手を出す素振りを見せなかった。身じろぎ一つしなかったから、反応出来なかったのか最初から打つ気がなかったのか判然としない。
この姿を見て藤間は一瞬だけ迷ったか、次なるサインは内へ入ってくるカーブ。場合によってはボールになっても良いくらいの微妙なコースへの要求だ。しかし、精密無比なコントロールを手に入れた自負を持つ俺には、『ボールになってもいい』などという選択肢は存在しない。あるのは、『一見ボールに見えるストライク』だけだ。今から投げるカーブもその範疇を外れない。だいいち、自分の狙ったコースを外すのはプライドが許さないのだ。
二球目。
今までの短い投手人生の中でストレートの次に良く投げている球種はなんだろうな……などと全く関係無いことを脳の片隅で考えながらも、身体は練習に極めて忠実にカーブを放る辺りが我ながら憎らしい。惚れてしまいそうだ。
伊東は、この二球目にも全く反応せず……と見えたのは、ボールがミットに収まるコンマ数秒前まで。不意に伊東が動いた。
ぐわっ!
という、聞き慣れてはいるが、音だけだったらいったい何のスポーツをやっているか分からないような響きと共に、打球はレフトスタンドへ一直線。スタンドはスタンドでもファウルゾーンの、だけどな。ロクに、というか殆どバッティング練習をしたことがない俺が言うのも生意気かも知れないが、伊東のスウィングの軌道では内角球は全部ファウルになるんじゃなかろうか。
ボールカウントツーナッシング。ここからどう動くのか……?不気味ではあるが、奴からは全く打ち気のようなものが感じられない。これは策なのか、それとも……?
三球目のサインは……
……オッケーだ、藤間。尤も、俺が迷わないサインなんて一つしかないよな。
マサカリを起こす。遊び球など不要だ。打ち気の無い相手には無駄球も同義。
目指すは真ん中高め!
そして、ボールをリリースして僅かに後。伊東の細長い得物が再び音もなく閃く。だが、さっきとはホームベースから聞こえてくる音が違った。つまり、バットが空気を切り裂く音と、ボールがミットに着弾する、心すくような音。
言うまでもなく、三振。伊東は、驚愕の顔を見せることもなく、打席に入ったときと同じ緩慢さで、足とバットを半ば引きずるように打席を後にする。益々もって化け物の類にしか見えない。一体……どうしちまったんだ、ありゃ?夏の時は、いけ好かない奴だと思ってはいても、その一方で、『真ん中に行ったら弾き返される』という心地良い程々の緊張感を持って投げることが出来た。しかし今は……明らかに異常を来している。人の事を気遣う余裕などないけどな。
さて……
伊東が打てないのだから他の打者が俺の前に立ち塞がるに足るわけもなく……淡々と試合は進む。夏のようにバント責めをしてこないだけまだ良心的だ。天候も良いし、コレだったら夏のように無様にスタミナ切れを起こす心配など皆無だ。つまり俺は、ひいては五塚は負けはしない。
……ところが。
我らが五塚も主砲を一枚欠いているから打線がブツ切り、一本ヒットが出てもその後が続かず。その事についてとやかくも言えず、チームメイト等の申し訳なさそうな顔にこっちまで謝りたくなる。せめて俺がバッティングで貢献できればなぁ、とか心にも無い、そして出来るはずもない事を考えてみたり。
伊東とのその後の対戦も、連続三振ラッシュに討ち取っていた。何より驚いたのが、伊東の憔悴振りだ。バットスウィングだけは相変わらず日本刀でも振り回しているかのような切れ味だったが、バットに当たらなければ幼稚園児が打席に入っているのと変わらない。
……つまり、どんな理由があろうと今の伊東は俺の敵ではない。敵ではないどころかカモ同然だ。慢心は厳禁だが、奴を対等なライバルと認める理由も無い。しからばどうするか?答えは単純。
ぶった切るまでよ。遠慮は要らない。遠慮をすれば敵に……そう、敵だ……にむざむざエサをくれてやる行為にしかならない。
回は淡々と進みに進んで九回の表、ワンナウト。伊東をバッターボックスに迎えるところだ。伊東はやつれてはいるが、不思議なことにその姿と野球のプレーに関しては全く反比例している。センターへの打球はしっかりと追い掛け捕球しているし、他の外野手とのキャッチボールもしっかりやってる。全く不思議だ。強いて言うなら……肉体と魂が分裂しているような、魂をどこかに置き忘れて活動しているような、そんな不気味さだった。
得点は0−0、形の上では互角の勝負だが、言うまでもなく投手の出来の差から五塚が完全に主導権を握っていると言っても過言ではあるまい。まして、唯一俺からマトモに長打を打てる可能性のある人間があのザマではね……
マウンドの上から奴の目を見下ろしてみるが、やはり覇気のようなものは一切受け止められない。夏まであれほど俺を憎み、間諜を使ってまで打ち崩しに来た相手とはとても思えない。しかし、繰り返して自らに命ずるが、俺にはその理由を取り除いてやる方法も理由も存在しない。目の前にある選択肢はただ一つ……全力で打者を排除する事、それだけに過ぎないのだ。
サインはもちろん直球。得点が得点だけに外角低めという難しい注文だが、今の俺にとってはそこに向けて球を放るなど造作もないことなのだ。
反復練習によって身についた動きを頼りに、投げる!
ぶあ、と右腕がしなり、ボールをリリース。フォロースルーの右腕がムチのように左脇腹に巻き付いて痛みさえ感じる。試合後に見ると、たまに赤くなってたりするんだよな……フォームに若干のズレがあるのかも知れないのだが。
結果、伊東は全く手を出さなかった。そして今の一球で全て把握できた。
伊東は、俺の球を見ているのでもなく反応できないのでもない。最初から球を見ていないんだ。今の一球、俺は伊東の眼球の動きを最後まで注視していた。もちろん、打球を弾き返されたときに守備体制にはいるのが遅れるリスクを承知で。
驚いたことに……コイツ、最後の最後までボールの三個分ぐらい後ろの空間しか見つめていやがらないんだ。焦点があってないんだな、つまり。それじゃ最初から打てるわけがねぇ。どんな理由かは知らないが……俺への猛烈な、それこそ吐き気を催すくらいの敵意が全く消え失せているのだ。
……ふん、知ったことか。俺が奴のメンタルまで心配するようなお人好しだったとは驚きだぜ。自分のメンタルの面倒見るのでさえ一苦労だっていうのにな。
さ、とっとと片付けようぜ……
……伊東の背負った得体の知れない空気の正体を知ったのは、翌日のスポーツ新聞でだった。
その一面には、五塚の高校タイトル唯一の戴冠となる、国体優勝の浮かれ気分など一発で吹き飛ばしてしまう程の陰鬱さに塗れた文字が踊っていた。
「横浜学院・伊東光、最愛の妹が事故死」
と。
幾ら他人事とはいえ、長い間俺に因縁をふっかけてきた相手に降り注いだこれ以上ない不幸に、一瞬身体が硬直しちまったぞ。宿舎にいるチームメイト等の表情も浮かない。自分たちの優勝の余韻が吹き飛んだから、などと考えるつもりはさらさらないが、それに近い複雑な心境であったことは間違いない。何しろ、自分たちが戦ってきた高校の総大将と言えるような人間に災難が降りかかったのだから。
記事を見ると……
伊東と苦楽を共にしてきた最愛の妹である美葉さんは、決勝戦当日に、関係者の車に乗り込んで応援に来ようとしていた。しかし……高速道路を走っている最中にハンドル操作を誤ったか何かのアクシデントで搭乗していた車が大破横転、病院に担ぎ込まれたが……といった感じのようだ。決勝戦が始まる頃には、美葉さんの重体は伊東の耳に届いていたらしい。そりゃあ何から何までおかしくなるわけだな、自らを支えとする者を半ば失ったと耳打ちされた状態では。真のプロフェッショナルなら、例え家族が死の淵に立っていても自らの仕事を全うせねばならないだろう、特に日本人の心意気としては。世界的に見ると……大事な仕事よりも家族の方を取るんだろうけどな。
……だが、それが自らの存在意義となるほどに溺愛している妹のことだったら……?これは俺の勝手な想像に過ぎないが、恐らく伊東は迷ったんじゃないだろうか。高校三冠タイトルが掛った試合、特に自分には多くのプロの目が光っているのだから休むわけにはいかない。だが、出場するとなると美葉さんのことが気になって何も手に付かなくなる。伊東の立場だったら、どちらを選んでも世間は同情するはずだ。どちらかに決断するべきだった。結果的には美葉さんの側に付いてやる以外の選択肢は無いように思えるが。どうせ試合に出てきたところで俺を打てるわけでも無し、無様な、自分を格下だと世間に自ら公言してしまうことになってしまったのだし。
……そう、他人事だ。伊東に降りかかった不幸は、全て他人事だ。これから、俺は他人の幸福、メシのタネを刈り取って、そしてそれを肥やしにして生きてゆく。その為に今から他人の不幸について少々鈍感になっておかなければならない。だから……強引にでも他人の不幸に関しては考えないようにする。
……そのつもりだった。
だが、根っからの善人である俺には少々荒療治だったらしい。らしくもなく、伊東のあの虚ろな、やつれた姿に危機感と恐怖まで感じていたのだ。他人のことに気をやる理由もなかった筈なのに、あいつの瞳の色を見てしまっては……
俺だって、大事な人間を喪った身だ。それで伊東と対等に不幸自慢出来るなどと言うつもりはないが、少なくとも痛みは分かるつもりだ。だからこそ、自分を鈍感たらしめようとしているのにこうして気に掛けてしまうのだと思う。
あんな奴だって、応援している人間だって居てくれるだろうし、期待を掛けているプロなどの関係者も居るだろう。だからこそどちらかの決断をしなければならなかったのだ。
イマイチ気分的に乗れなかった皆だが、優勝したことに変わりはない。それでもやはりなんとなく重苦しい雰囲気で地元に帰って祝勝会を行う。また派手に地元の名士か何か呼んじゃって、一体誰のための祝勝会なんだか分からなくなっちまうぜ。上の方に進んだら進んだで、こういった付き合いも皆無で済ませることは出来なくなってしまうんだろうな……と自宅で感傷に浸っていたのも束の間。
遂に、大きな事件が起こる。
といっても、俺に直接起こったというわけではないのだが。
夜中、前からの宣言通り、退学届けを簡潔ながらも認め終え、その封筒を机に置いて自らの高校生活に想いを馳せている時だった。突然携帯が鳴り響いて驚いた。まず俺に対して夜中に携帯を掛けてくる人間に心当たりがない。訝しみながらも着信を確認すると、藤間からだった。とりあえずチームメイトには番号を教えてあったが、俺に好きこのんで雑談をしに掛けてくる奴は居なかった。
「おう、珍しいな。どうしたこんな時間に」
「い、い、伊東さんが」
「藤間?」
電話の向こうの藤間の状態は、どう見繕っても尋常ではない。声が震え、なにか恐ろしいものが側に差し迫っているような、そしてそれに怯えてパニックに陥っているような……そんな恐慌のケがあった。
「落ち着け、取り敢えず。何があった?」
「それが、た、たいへんなんれす」
オマケに呂律も回ってない。ここまで混乱している藤間は珍しいな。何しろ常に冷静だから、次代の五塚を背負っていけるのは藤間だけだと勝手に思ってる。
「だから、何が大変なんだ」
「それが今……伊東さんの知り合い経由でとんでもない話を聞いたんです」
「だーかーらー!そのとんでもない話っていうのは何なんだ?」
「じ、実は……」
藤間が息を飲んだ。俺も釣られて乾いてもいない喉を潤すために生唾を飲み込む。
「伊東さんが……自殺したって」
……!
「な……え?」
「こっちの方も混乱してて良く分かってないんですけど、と、とにかくそういうことなんだそうで……」
一体どういうことなんだ。どうして俺の近くでそんなことばっかし起きやがる。野球ってのは、もっと穏やかなスポーツじゃなかったのか。
「分かった、とりあえず落ち着け」
しかし、どんなに凶事でも所詮は他人事、他人事なのだ……
「多分、コトがコトだけに速報ニュースか何かが流れるかも知れない。とにかく落ち着いてそれを待て」
藤間は、伊東が直接的に世話になった先輩などではない。ただスパイというとんでもない依頼を受けていただけの可愛そうな奴なのだ。伊東の方がどんな結果を産んだにしても、それは結局の所自業自得なのだと……
そう、思いこむしかなかった。
それから、更に数日後。
伊東の告別式会場の列に混ざっている藤間の姿をテレビ上で確認することが出来る。俺が行く必要はないというのに、あいつはそれでも一応の義理があるのだから……と参加したのだ。
伊東の自殺の真相。
当初は諸説入り乱れていたが、なにぶん多感な青春時代の人間のすることだから裏はあるまい、ということで、世間体的にも残された遺書通りに解釈されることとなった。
要約するとこういうことらしい……
美葉さんが居たからこそ頑張って来られたのに、その美葉さんが居ないのでは生きている価値がない……と。国体に観戦に来るように勧めたのも伊東光本人、だから自らが殺したも同じようなものだと……
……掛ける言葉も見つからない。基本的に自殺する人間に対して良い感情を覚えてなどいないはずだったが、実際に死にたくなるような絶望に襲われた事がないからこそそうして忌み嫌っていけるのかもな。……伊東が自ら命を絶つ理由には十分すぎるとほんの少しでも同情してしまったから、余計にそう思うのかも知れない。
だが、忘れてはならないのは、奴は卑劣な人間だったということだ。だから、同情の余地などない。
そう思わなければ、自分の心を納得させることが出来なかった。
なんだか、短い間に色々ありすぎた。
折角の国体優勝の余韻も全て吹き飛び、そして……




