空飛ぶサメと令嬢の試される絆
騎士団の詰所で、兵士達が心配そうに馬場を見ている。
一人でやって来たリタが、フカと出会う以前のように天馬に乗ろうとしては断られているのだ。
天馬の後ろ脚がリタの腹を蹴る。
倒れたリタの前に、ダンテが駆け寄って来た。
「リタ、もう休め」
「でも……」
「これは命令だ」
「はい……」
不承不承、リタは馬場から出て来る。
「フカと何があったんだ」
「分かりません。昨日までは付いて来てくれたのに、今朝いきなり出勤を拒否されて……。
私、何か悪いことしたのかもしれません」
「……今日はもう帰りなさい。君はもう一度フカに向き合った方が良い。
たとえ騎乗させてもらえなくなっても、フカは君の家族なんだろう?」
「勿論です! 私は、フカに頼りきりでいたい訳じゃありません。
貴族に返り咲いて家族の名誉を守りたい、その家族の中にはもうフカも入っていて……あ」
リタは大事なことに気付く。
自分が騎士団で頑張り続ける理由を、まだフカには話していなかったのだ。
「私、フカと話してきます!」
翻訳の仕事をするナルカ、造花を作るアデルとテレサの側で、フカは全身のひれをうなだれ気味にさせて寝そべっていた。
その時ドアが開く音がして、フカは顔を上げた。まだ昼間なのにリタが帰って来たのだ。
「フカ! ごめんね」
居間に駆け込んで来るなり、天馬に振り落とされたことで傷だらけのリタはフカに抱き着いた。
「私ね、騎士団で名を上げて、家を貴族として再興させたいの。
そのことをフカに言ってなかった……。
何のために戦うのか分からなくて辛かったよね?
伝えるのが遅くなって本当にごめん」
しかしフカの反応は無かった。
むしろ、リタの傷を見てよりショックを受けているようで脱力していく。
「リタ、私達家族とフカは同じ気持ちなのよ。
貴女が傷付くのを見ていられない。
昨日はモンスターと戦って重傷、今日も天馬に落とされ続けてぼろぼろじゃない」
アデルが言う。
「そうなの……?」
リタがフカに問いかけると、フカはやっと頷いた。
「でも私は貴族にならなきゃいけないの。怪我は仕方ないよ」
「リタ、そんな決まりは無いさ。四人と一匹で庶民として慎ましく暮らせば良い」
ナルカもそう言う。
しかしリタは納得できなかった。
数秒考えこんでから、ゆっくりと答えを出す。
「……一昨日の夜、フカも見たでしょ?
姉さんが没落貴族だからって酔っ払いに馬鹿にされてる所。この町での私達の立場」
「あんなの気にしてないわ」
テレサが口を挟むが、リタは頭を振る。
「私は気にする。怪我の痛みより、家族をこけにされる心の痛みの方が耐えられない」
それを聞いたフカのひれに、少し力が籠もってくる。
「フカに戦えと強要はしない。でも私を止めないで。
強くなるって、無茶はしないって、約束するから」
すると、今度はフカの方からリタを抱き締めてきた。
リタもフカを抱き締め返す。互いの本心が伝わったのだ。
「みんな、心配してくれてありがとう。私、何も気付いてなくてごめん……」
「全く、世話の焼ける妹とサメだわ」
テレサが溜め息を吐く。両親も、リタとフカを見守っていた。
その夜。
部屋に自分とフカ以外の気配を感じ、リタは目覚めた。
すると目の前に、白いドレス姿の女が立っているのが見えた。
「お化け!?」
叫んで剣を抜きかけたリタを、フカが制止する。
女は苦笑した。
「私は女神。リタさんの世界ではシャラナという名で信仰していただいておりますわ」
「あ、女神様……!? フカ、女神様と知り合いなの?」
その疑問に、フカは頷いてみせた。
「フカさんをこの世界に転生させたのは私ですから」
女神の言葉に、リタの眠気は吹き飛ぶ。
「フカって只者じゃないとは思ってたけど、まさかそんな経緯があったなんて……」
「リタさんはフカさんの三つの能力を全て解き明かし、絆を深めた。
貴女こそフカさんの相棒に相応しいでしょう」
「能力って、空を飛ぶことと、サメらしくない行動をすることと、食べたモンスターに応じて一時間に一分だけ凄い能力を発揮出来ることですよね」
「ええ」
「あの、どうして一時間に一分なんですか」
「それはね……サメ映画は一時間くらい尺があっても、サメが映る時間は一分くらいだからよ」
「えいが?」
「ああ、この世界に映画は無いのね……サメを題材として異世界の演劇だと思ってちょうだい。
異世界同士で魂のやりとりをするという無茶を通すには、何か一つ制約を設けなくてはならなかったの」
「そうなんですね……何はともあれ、私とフカを引き合わせてくれてありがとうございます。
あの、シャラナ様の神殿はどこですか?
良ければお供えがしたくて」
話しているうちに、女神の姿は薄くなっていく。
「礼には及びません。私がやりたくてやったことですから」
それにはフカも首を傾げた。女神は微笑む。
「いつも恐れられる役のサメが人と協力し合う世界を見てみたかった。そして優しいフカさんになら、その夢を託せると思った……」
「……夢?」
朝、目覚めるなりリタは呟く。
背後からフカの鳴き声が聞こえた。
振り向くと、剣を咥えたフカが浮いている。
「……また、私と一緒にモンスターと戦ってくれる? 貴族を目指してくれる?」
リタが言うと、フカはもう一度吠えた。
少女の手とサメの胸びれが、再び結ばれた。




