空飛ぶサメvs雪の世界
狼煙が上がってから約三十分後、騎士団の詰所に戻って来たリタとフカを見て、留守を預かっていた兵士達は驚いた。
「リタ、何で一人だけ帰って来たんだ」
あまり行儀は良くないが、リタはフカから下りる暇も惜しんで兵士達に聞き回る。
「昨日倒した合成獣の死体はどこですか!?」
「さあ……何でそんなもの探してるのさ」
「理由は後で説明します!」
リタとフカは詰所の裏に回り込む。
裏手の櫓で見張りをしている兵士もリタの出現に驚いたようだったが、構わず訊ねた。
「合成獣の死体って……」
「それなら解体業者が今しがた持って行ったけど……」
兵士は氷室と裏門を交互に指差しながら答える。
「ありがとうございます!」
リタとフカは詰所を飛び出すと、モンスター解体業者を追った。
町の人々の叫び声を浴びながらも、幌に業者名が書かれた馬車を見付けだして御者を呼び止める。
「すみません!」
「うおっ、没落令嬢……と、サメ!」
「合成獣の肉をひと欠片分けてください!」
「別に構わねえけど……」
馬車を道の端に寄せ、合成獣の肉を切り分けさせてもらう。
そして手に入れた肉に、リタはかぶりつく。毒見だ。
思わず御者は叫んだ。
「何やってんだ、あんた!」
モンスターを食べる文化は、少なくともこのメア王国には無い。
しかも生肉に口を付けるなど、有り得ない。
「うん、氷室で冷やしてたからまだ瑞々しい。フカ、これを食べて」
リタの頼み通り、フカは合成獣の肉を食べた。
するとフカの背びれが光る。
新しい能力を手に入れたのだ。
「お邪魔しました! 残りの死体はいつも通り処分してください」
リタとフカは再び飛び上がると、北東へ急いだ。
半分程過ぎたところで、前方に黒い影が見えた。
凶鳥というモンスターの群れだ。
凶鳥達は明らかにこちらを狙っている。
眼下を見ると、そこには町があった。
「フカ、山の上空に進路を変えて。
間違いなく凶鳥との戦いになる……町に凶鳥の死体を落とさないよう気を付けなきゃ」
リタが言うと、フカはその通りにしてくれた。
「フカ、そろそろ能力は使えそう?」
リタが訊ねると、フカの背びれからしゅんと力が抜けた。
「まだ無理か……能力を使うには一時間くらい間を置く必要があるのね」
それにはフカは小さく吠えて応えた。
「大丈夫、私が道を切り開くからフカは能力を温存して」
凶鳥は真っ直ぐリタとフカの元に飛んで来て、ついに戦端が開かれた。
リタはフカを盾で守りながら、剣で次々に凶鳥を斬っていく。
しかし凶鳥は数が多すぎる。
一羽また一羽とリタの四肢に食らいつき、鎧を破ってくる。
血が噴き出て肉が覗いてもなお、リタはフカだけを庇い続けた。
フカが心配そうに鳴くが、リタはきっぱりと言い切る。
「私のために能力を使っちゃ駄目! 私達の目的は雪獣を倒すことなんだから」
しつこく凶鳥に纏わり付かれながら飛び続け、やっと雪獣が見えてくる。
氷漬けにされている兵士はさらに増えており、ジェネでさえ雪獣が市民の避難した方向へ行かないよう立ち回るので精一杯だった。
「皆、逃げて!」
上空からリタが叫ぶ。
兵士達が退き、雪獣がリタとフカを見上げた。
雪獣は吹雪を吐く。
一方でフカの背びれが光り、その口からは炎が放たれた――まるで合成獣のように。
フカの吐く炎は氷の粒を溶かし、風を押し切り、雪獣の口の中を焼く。
「今だ!」
リタはフカに乗ったまま突進し、雪獣の胸を剣で一突きした。
雪獣は己の吐いた雪を巻き上げながら地面に倒れ込む。
リタがとどめを刺したのだ。
ついでにフカは、凶鳥にも炎を吐いた。
凶鳥も倒され、ばたばたと落ちてくる。
「よくやった、リタ」
「凄いな、そのサメもお前も!」
ジェネをはじめ、騎士団の者達が嬉しい言葉を掛けてくれる。
公爵領立騎士団の面々も、興味深そうにリタとフカを見ていた。
フカは雪獣の肉を少し食べる。すると背びれが光った。雪獣の能力を吸収したのだ。
「凍らされた者達の救出は我々でやるから、リタとフカはその傷を治しなさい」
ジェネはそう言い残して作業に取り掛かった。
リタは腰に結んでいた袋を手に取ると中から粉を出した。
フカの、凶鳥に突かれて傷ついた箇所にその粉を塗り込んでいくと、すぐに傷は癒えた。
これは一角獣の角を粉にしたもので、即効性は高いがかなり高価でもある傷薬だ。
王立騎士団の団員であっても大量には支給されない。
フカの治療を終えてから、リタもやっと自身の傷付いた手足に粉を擦り始める。
しかし明らかに粉の量は足りていない。
やがてリタの目が眠たげに閉じられてくる。
そしてフカの目の前で、リタは倒れた。
「いやあ、一角獣の角で傷口は塞げても失った血は戻せないからさあ」
リタが一部始終を話すと、ナルカはリタを抱き締め、アデルは泣き、そしてテレサは怒り始めた。
「何で自分をさっさと止血せずに、掠り傷のフカを優先して治したのよ!」
「可哀想だったから……」
「そのせいで騎士団の皆や私達に迷惑がかかってるの、分かる!?」
「反省してます……」
リタが倒れた後、騎士団の皆が一角獣の粉を少しずつ出し合ってリタの傷を塞いでくれたのだ。
「何はともあれ、リタもフカも帰って来てくれて良かった。アデル、今日の夕飯はとっておきの塩漬け肉を出そう」
「そうね。貧血にはお肉が一番よ」
両親はリタの頭を撫でた。その様子を、フカは一歩引いた所から眺めていた。
翌日。
「フカ、行くよ」
リタは詰所に行こうとフカの胸びれを引くが、フカは家の食卓に居座ったまま頑として動かなかった。
力は普段通りに強いので、体調不良という訳ではないらしい。
「フカ、どうしちゃったの? 一緒にモンスターから人間を守ってってお願いはもう嫌になっちゃった……?」
その問いかけに、フカは何も反応しなかった。
「……分かった。二日間も付き合わせてごめんなさい。私は詰所に行くけど、フカは母上から離れないようにね」
私何か悪いことしたかな。その気持ちで一杯のまま、リタは家を出て行った。
動かないフカの前に、アデルが現れて言う。
「フカ……貴方もなの?」




