空飛ぶサメは初出勤
「重い……」
朝方、リタは苦しみながら目を覚ました。
フカの尾ひれが腹の上に乗っていたせいだ。
フカはというと、ベッドの上から落ちかけながらも熟睡している。
「フカってば寝相悪いんだ」
起床したリタとフカは、食卓につく。
「フカは何を食べるんだい?」
ナルカが訊ねてきた。
朝食に並んでいるのはトウモロコシの練り粥と、豚肉の煮込みが少し。
「やっぱりお肉を食べるのかしら?」
「食器ごと食べるんじゃないわよ」
アデルとテレサが口々に言っていると、フカは練り粥の器を胸びれで指す。
リタが食べさせてあげると、フカは嬉々として練り粥を飲んだ。
「フカはトウモロコシ好き?」
リタが問うと、フカは小さく鳴いて頷いた。
「いや、何で? この種類のサメって肉食よね」
テレサが突っ込むが、リタは勿論ナルカとアデルもにこにこしている。
「トウモロコシは私が小さかった頃に外国の冒険者が売り込んできた、甘味のある穀物なんだぞ。
フカはお目が高いなあ」
「お肉を沢山用意するのは大変だから、何でも食べてくれて助かるわ」
「もう、このサメ一体何なのよ」
疑問を持つのは私だけなのかとばかりに、テレサは呆れていた。
朝食が終わると父は翻訳の仕事を、母とテレサは造花作りの内職をそれぞれ家で始めた。
リタとフカは手と胸びれを繋いで騎士団詰所へと向かう。
しかし当然、町の人々はフカを見て驚いた。
「サメだー!」
「誰か騎士団を呼んで!」
「あの、私がその騎士団……」
誰もリタの話を聞いてくれる者は居らず、騎士団を呼ぶ鐘が鳴らされて間もなく天馬に乗ったジェネと彼女の率いる隊が飛んで来た。
「と、とりあえず詰所まで来てもらおうか」
気まずそうにジェネが言い、隊の者にリタとフカを囲ませた。
「はい……」
「フカが騎士団所属という件については、今朝に王から御触れが出されたのだが……
早朝すぎてまだほとんど誰も見ていないようだ」
「お騒がせしております……」
何かしでかした犯人かのように囲まれながら出勤し、リタとフカは皆の前に顔を出す。
「おはようございま――」
「うわっ、マジでサメだ」
まだフカを見ていなかった兵士達はざわつき、離れていく。
その奥の方で、ダンテに激しい口調で進言している女が居た。
リタとは同い年の上級兵士、セーナだ。
「サメは危険です! 普段は大人しくしていても血を嗅げば暴れ出すかもしれません」
「合成獣との交戦時に、負傷者の血に反応しなかったことは判明している」
「ですが……」
「何か問題があれば私が責任を持つ。
たとえ……リタから恨まれることになっても」
ダンテの覚悟を聞き、それ以上何も言えなくなったセーナはこちらへやってくる。
そしてリタに吐き捨てた。
「サメに食べられたいならお一人でどうぞ。
絶対に私達を巻き込まないでね」
リタは少しむっとしたが、言い返すことなく隣のフカを撫でる。
「知ってるよ、フカがむやみに何でも食べるような子じゃないって」
そしてリタはダンテに近付いた。
「団長、おはようございます」
「おはよう、リタ」
ダンテはあえて、セーナとの会話についてリタに何か言うつもりは無いようだった。
「実はフカの本当の能力が分かりました」
リタが昨夜気付いたことを報告していると、櫓で見張りをしていた兵士が叫んだ。
「トーレス山に竜種を目視!」
騎士団の出番だ。
ぱっと話を切り上げ、リタとフカ、ダンテは建物を出て行く。
すぐにダンテが討伐隊を組織し、トーレス山へ向かった。
竜種は強いので、騎士団の五割くらいがそちらへ割かれた。
その中にはセーナの姿もあった。
竜種を倒す程の実力が無いリタとフカは、詰所で留守番だ。
救いは、理解者であるジェネも留守を預かっているということか。
リタは暫く、人を乗せた天馬達の遠ざかる後ろ姿を見送っていたが、笑顔を作ってリタに向き直った。
「……鍛錬でもしよう。
フカ、腹筋するから足を押さえていてね」
ギャオ、とフカが鳴いた。
暫くすると、また櫓の見張り番が叫んだ。
「フレイ中継所から狼煙を確認! 至急向かわれたし」
その言葉に応じて、次はジェネが出撃する隊を組織した。
「第十班も付いて来い」
「えっと、それはリタとサメもですか」
第十班を率いている騎士がおずおずと訊ねる。
「当然だ。行くぞ」
「は、はい!」
天馬に跨る騎士団に紛れて、リタはフカに乗った。
「フカ、あの細い黒煙の所に行くんだよ」
リタが言うと、フカは小さく鳴いて天馬の列に付いて行き北西を目指した。
狼煙はリレー方式で伝達される。
中継所をいくつか辿って行くうちに、リタはハイン公爵領に来ていた。
そこに広がっていたのは、春にして一面の銀世界であった。
公爵領立騎士団が、巨大な山猫のようなモンスターと戦闘している。
そのモンスターは吹雪を吐いては、町のみならず人までをも凍らせていた。
「何だ、あのモンスターは……! 未確認の形と能力をしている!」
驚くジェネに、公爵領立騎士団の騎士団長が駆け寄って来た。
「どの資料にも載っていないモンスターです。
仮に雪獣と呼びますが……全く歯が立ちません」
彼の言う通り、射た矢は吹雪に押し返され、剣は氷に包まれて切れ味を失っている。
「とにかく、吹雪を吐くあの厄介な口を閉じさせるぞ」
ジェネが命じる。
リタは決心し、率先して飛び出して行った。
「あれが、王から御触れの出ていたサメの兵士!?」
ざわつく公爵領立騎士団を横目に、フカと宙を駆けて行く。
他の兵士が雪獣の背を剣で刺して注意を向けてくれている間に、リタはフカに頼んだ。
「フカ、糸を吐いて雪獣の口を縛って!」
なるほど、とばかりにフカは糸を吐く。
しかし糸が雪獣の耳元を通り過ぎた瞬間、雪獣はぎろりと振り向いてリタとフカに吹雪を吹きかけた。
雪獣の耳元から生えている髭がセンサーとなり、死角からの攻撃に反応したのだ。
「やばい……!」
盾で吹雪を防ぎつつ、その隙間から諦めることなく糸を吐き続ける。
しかし糸は吹雪に圧し返されて霧散してしまう。
一分程粘ったところで、フカの口から糸が出なくなってしまった。
「フカ! 大丈夫!?」
リタは一旦フカと共に退く。
「もしかして……力を長時間使い続けるのは難しいとか?」
問い掛けると、フカはこくこくと頷いた。
リタは考え込み、はっとする。
「ジェネ様、私とフカに一度詰所へ帰る許可を! 作戦があります」
「……よし、行け!」
吹雪を躱しながら雪獣と交戦しているジェネは、リタの意を汲んでくれた。
リタとフカは、南東へと進路をとって空を奔り始めた。




