空飛ぶサメは家を得る
浮遊しながら家に入って来たサメに、リタの家族は全員目を丸くした。
「サ……サメ!?」
姉のテレサは椅子から立ち上がって叫ぶ。
「あら、可愛らしい」
母のアデルは破顔した。
「ええと……騎士団はクビになったのかい?」
父のナルカが、リタが落ち込んでいないかの心配半分、危険な仕事を止めてくれるのではないかという安堵半分で訊ねる。
「違います。このフカに乗って私は騎士団の任務を果たしていくことになりました」
リタが答えると、ナルカは頭を抱えた。
「あんたの仕事のことはどうでもいいわ。
問題は、何でそいつを連れて帰って来たかってことよ。
大半の騎士は家に天馬を連れ帰ったりしないでしょ。馬小屋が無い家も多いんだから」
そう言って、テレサが心底嫌そうにフカを指差す。
フカも嫌がられているのを察したようで、申し訳なさそうにリタの背後に隠れた。
リタも言いにくそうに答える。
「だって、騎士団の全員から完全に信頼を得た訳じゃないから……」
「だからって私達の住む空間に入れるの!?」
「でもフカは優しいから大丈夫!
騎士団長と副騎士団長は認めてくれたんだよ、今日だって冒険者を助けたし」
「猫被ってるだけかもしれないじゃない!」
言い合いは次第に姉妹喧嘩の様相を呈する。いつものことだ。
テレサはリタに負けず劣らず気が強い。
家が没落する前、テレサは婚約者であったこの国の王子にも気に入らないことがあれば突っかかる人だった。
その結果として、テレサがよその令嬢を階段から突き落としたのではないかという嫌疑をかけられた時に、王子から無実を信じてもらえず家名と爵位、領地に財産を没収された訳だが。
「二人とも、止めなさい」
両親が止めても、リタとテレサは睨み合っていた。
「……私、フカと一緒に外で寝る。それなら文句無いでしょ」
「お好きにどうぞ」
「フカ、行こっ」
リタとフカは庭へ出て行き、夜空の下に寝転がる。春とはいえ、まだ冷える時期。
疲労の色が出ているリタにフカが寄り添うと、リタはフカの鮫肌を撫でて微笑んだ。
「ごめんね、外で寝ることになっちゃって。
喧嘩はよくするけど、姉さんも悪い人じゃないの」
そう、テレサは悪人ではない。
令嬢を突き落とした疑惑の真相だって、彼女に近付いて来た蜂をテレサが追い払っていた時に起きた事故だったことをリタは目撃している。
「フカは……魚なのに温かいね」
リタはすぐに眠りについた。
暫くして、両親が様子を見に出て来た。
そこには、背びれを光らせたフカがリタに向かって蜘蛛の糸を吐いている姿があった。
「うちの娘に何を!」
ナルカが、足を悪くしているのも忘れてリタに駆け寄る。
フカは驚いてのけぞり、リタは起きてしまう。
しゅんと、フカの背びれから光が失われた。
「父上? どうかしましたか」
「サメがリタに糸を吐きかけて……」
「待ってください。
これ、捕食用のねばねばした糸じゃないです。
それに綺麗に編んである。
フカは私に毛布を作ってくれようとしたんですよ」
それにフカは頷いている。
「ああ、驚いた。賢いのね」
「怒鳴ってすまなかったね、サメ……いや、フカ」
両親はフカの胸びれを握り、握手を交わした。
リタはフカに質問する。
「糸の能力なんていつ手に入れていたの?
合成獣を倒した時も大蜘蛛を倒した時も、あったのは背びれが光った時に発揮される特別な怪力だけだった。
まさか、食べたモンスターの特徴に合った能力を獲得しているの?
小鬼を食べたら小鬼のような怪力を手に入れて、大蜘蛛を食べたら蜘蛛の糸を吐いて……」
するとフカが両の胸びれを上げて応えた。
どうやら正解らしい。
その時、テレサが庭に出て来た。
「父様、母様、何の騒ぎ!?
まさかサメの奴、リタを――」
「大丈夫だよ、テレサ。フカは優しい子のようだ」
「な、父様まで」
居心地の悪くなったテレサは、踵を返す。
「そのサメを家に住まわせるくらいなら、私は恋人の所で過ごしてくるわ!」
止める間もなく、テレサは家を飛び出て行った。
「待ちなさい、テレサ」
よろける父に代わって、リタとフカが家を出て行く。
「姉さんは私達が見てきます。場合によっては連れ戻します」
リタはフカに乗って、家々の屋根より高く飛び上がった。
早速テレサは、酒場のある道を通ってしまい酔っ払いに絡まれている。
「よお、没落貴族の嬢ちゃん」
「王子に婚約破棄されたんなら、俺ん所に来るかい?」
「泥酔して人様に絡むのは犯罪よ。官憲に突き出して差し上げますわ」
テレサが、すぐ側にある通報用の鐘を指してきっぱりと言う。
「何だてめえ、可愛くねえな――」
酔っ払いの手が出そうになった時、リタは急降下しながら叫んだ。
「姉さん!」
突然の声と迫り来る影に、皆が空を見上げた。
テレサが苦々しい表情をした一方、酔っ払い達は卒倒する。
フカが急降下してくる角度を、喰われると勘違いしたのだろう。
呻く酔っ払いを尻目に、テレサはリタをねめつける。
「何よ、助けたつもり?」
「別に。父上も母上も心配してたから様子を見に来ただけ。
ちょっと近付いてみたらそいつらが勝手に怖がって倒れただけだもん」
なおも火花を散らす二人の間に、フカが割って入った。
胸びれでリタとテレサの手を取り、きゅっと繋ぐ。
テレサが大仰に溜め息を吐いて言った。
「仕方ないわね……今のところ制御は出来ているみたいだし、そのサメを家に上げてやっても良いわ」
「本当!? やったあ」
「ただし! 私の部屋には入れないこと。あと物を一つでも壊したらすぐ追い出すからね」
「うん。良かったね、フカ」
姉妹とフカは、静かに家路についた。
帰宅後、フカと共にベッドで寝ながらリタは考える。フカの三つの力についてだ。
一つ、空を飛ぶ。
二つ、吠えたり静止したり、サメの生態を無視した行動が出来る。
三つ、食べたモンスターに応じた能力を得て、背びれの光と共に発揮する。
これからフカはどんな戦いを経て、どんな能力を得ていくことになるのだろう。
そして自分だってフカ頼みではいけない。
フカを守れるくらい強くなり、共に考えて戦わなくては。




