空飛ぶサメ、騎士団の試験を受ける
合成獣の出現を受け、騎士団は他に時空の歪みが発生していないか見回りに出動した。
ただしリタとサメは詰所に残され、騎士からの監視を受けていた。
「サメさん、名前はありますか?」
リタが訊ねると、サメは頭を横に振った。
「否定と見て良いのでしょうか? じゃあサメさんの名前は今から『フカ』です。
この国の言葉で『可愛い』という意味なんですよ。気に入ってくれましたか……?」
サメ――フカは背びれをぱたぱたと動かしながらリタの腕に身体を擦り付ける。
「あはは、本当に鱗が固いんだねえ」
戯れるリタとフカを見て、見張りの騎士は表情を引き攣らせていた。
それに気付いたリタが頭を下げる。フカも真似て頭を垂れた。
「すみません、職務中なのにはしゃいでしまって」
「いや、まあ、リタの今までの境遇を考えたらはしゃぐのは分かるさ。
でも……サメが空を飛ぶって……しかも人間に味方するって……」
騎士が頭を抱えていると、部屋のドアが開いた。
そこには騎士団長のダンテという男と、副騎士団長のジェネという女が居た。
王の護衛任務についていた者達が夕方になって帰還し、リタとフカについて報告を受けたダンテとジェネが慌てて事情聴取に来たのだ。
「お疲れ様です。団長、ジェネ様」
「これは、空飛ぶサメに驚けば良いのやら、リタを祝えば良いのやら」
ジェネは眉を寄せてリタとフカを交互に見比べた。
「私は他の団員にとっての天馬がそうであるように、フカ――このサメを相棒にして王立騎士団に貢献いたす所存です」
胸を張って言うリタに、ダンテは冷ややかな目を向けた。
「こいつが新種の生物なのか、時空の裂け目から現れたモンスターなのか、それはさておくとして。
人や家畜に害は無いか、見極めるための試験を受けてもらいたい」
「はい」
返事をするリタの横でフカが小さな鳴き声を漏らす。どうやら試験と聞いて緊張しているようだ。
「大丈夫だよ、フカ」
リタはフカを宥める。するとフカは勇気づけられたかのように、背びれをぴっと立てた。
建物を出ると、足元に小さな生き物達がやって来た。鍛冶精霊がフカ用の鞍やあぶみを作ってくれたのだ。ちなみに轡や手綱は無く、背びれがその代わりをすることになる。
「ありがとう、鍛冶精霊さん」
受け取った器具をフカに付け、リタは跨る。
ダンテとジェネもそれぞれ天馬に乗り、三者は空へと舞い上がった。
「リタとフカには一組でモンスターの巣を偵察してもらう」
「分かりました」
飛行中、眼下には王城や町が広がっている。人は勿論、家畜や人と共生するモンスターの姿も見渡せる。
ダンテとジェネは密かにいつでも剣を抜ける体勢をとっていたが、何事もなくフカはリタを目的地まで運んだ。
時空の歪みが発生しやすい地点の一つである、山中の縦穴。リタとフカだけが、ランタンの灯りを頼りに穴を下降していく。
そこでリタとフカは人影を発見した。装備からして彼は冒険者――宝探しを生業としている者だろう。彼は縦穴の半ばで宙吊りにされ、気を失っている。
冒険者を吊っているのは蜘蛛の糸だった。モンスターである大蜘蛛が、ここに巣を張りつつあるらしい。
「フカ、あの人を助けるよ」
ガオ、とフカが返事をする。その時、手元に違和感が纏わり付いた。蜘蛛の糸だ。
見上げると、大蜘蛛が森から縦穴へ戻って来たところだった。そいつがリタとフカを発見し、捕獲にかかったのだ。
上空に待機しているダンテとジェネは敢えて見ているだけだ。
リタは剣で糸を切ろうとするが、糸は次から次に垂れてきてリタとフカの体を縛っていく。
フカが飛んで逃げようとしても、縦穴じゅうに張り巡らされた粘着質の糸がフカを絡めてその場に縫い留めている。
みるみるうちにリタとフカは糸に包まれ、外からは見えなくなった。大蜘蛛はそれを目がけて下降していく。
ダンテが剣を手に呟いた。
「救助に向かうか」
「いや、待て。何か聞こえる」
ジェネがダンテを止めた。ダンテも耳を澄ますと、確かに下の方から妙な音がした。軋むような音だ。
突如として糸の塊からサメの尾びれが飛び出てきた。フカは懸命に力を込め、内側から糸を引き千切っているのだ。
「フカ!」
「よし、もう少し見守ろう」
助太刀しない判断を下したダンテとジェネは、思わず拳を握り締めていた。
激しい破裂音、そして咆哮と共にフカの全てのひれが糸の塊を引き裂く。
その背びれは何故か輝いていた。
「なんて怪力……!」
驚くダンテ達の眼下で、フカは接近していた大蜘蛛の上半身を喰らった。力の抜けた下半身は、縦穴の底へと落ちて行き暗闇に掻き消える。
リタはフカの上で気を失いかけていた。
フカはリタを森の地面にそっと横たえると、再び縦穴へ下りていく。そして冒険者を回収するとダンテとジェネの所まで持って来た。
「あ……フカ、助けてくれたの? ごめんね、私、何も出来なくて……」
目を覚まして悲しげな顔をしたリタの頬に、フカはつんと鼻先を押し当てた。
ジェネは、ふっと微笑む。ダンテが何か言いかけた時、森に絶叫が響き渡った。
「うわあああ、サメだあああ! しかも飛んでる!」
意識を取り戻した冒険者が叫ぶのも無理は無かった。
「えっと、この子は共生できるかもしれないサメなんです!」
冒険者が剣の柄に手をかけた瞬間、リタがフカを庇って立つ。
「嬢ちゃん、本気か? 騎士団がそんなこと言うなんて」
「本当だ」
ダンテが割って入った。
「事実、貴方を助けたのはこのサメだ。
このサメは確かに、騎士の相棒として必要な慈愛の心を理解している。
天馬や一角獣、鍛冶精霊だって最初は共生可能かどうか探るところから人との関わりが始まった。だから我々騎士団はサメのことも長い目でみていくつもりだ」
それを聞いたリタは、フカの頭をそっと撫でた。
ダンテからの試験は合格。これからも一緒に居られるのだ。
「騎士団長がそう言うなら……」
冒険者は困り顔のままながら、納得してくれたらしい。フカを見遣り、一礼する。
「ありがとう、サメくん」
するとフカは嬉しそうに背びれを振った。
長かった一日の仕事が終わり、リタとフカは人っ子一人居ない道を歩いて帰路につく。
フカを詰所の厩舎に置いておく訳にはいかなかったからだ。
しかしそれがリタには丁度良かった。フカともっと仲良くなりたい、少しでも長く一緒に居たいからだ。
「しかしよりによって団長とジェネ様の前で気を失うとか、私かっこ悪いなあ……。次からはもっと頑張らなきゃ」
リタの嘆きに対してフカは小さく鳴き、ぐっと胸びれを立ててみせた。その意気、といった意味だろう。
「ただいま。紹介したい子が居るの。今日から私の相棒になってくれるんだよ」
小さな家に帰り着くなり、リタは両親と姉にフカを見せる。
「……え?」
両親と姉の声が見事に重なった。




