異世界転生サメと没落令嬢
白く澄んだ場所で、サメの意識は浮上した。
目の前には人間の女が座っている。
白いドレス姿の彼女は、サメと同じ空間に居ながら息苦しそうな様子はなく、ボンベの類も付けていない。
とすると自分が地上に打ち上げられたのかと思ったが、サメの方も息苦しくはなかった。
「目を覚ましたのですね、ホホジロザメさん。
貴方は水族館への輸送途中、交通事故で亡くなったのですよ。
特注の水槽に入る矢先でしたのに……残念です」
女に言われ、そうか、とサメは背びれをしゅんとさせた。
慌てて女神が言葉を継ぐ。
「私は女神。貴女に三つの能力を授け、異世界での第二のサメ生を与えましょう。さあ、行くのです――」
派手に土埃を舞わせながら、天馬が逃げて行く。
土埃が晴れると、地面に倒れ伏す女の姿が現れた。
「やめとけよリタ。お前に天馬は乗りこなせないぜ」
「そうそう。天馬は気高いから、お前みたいな没落令嬢を乗せるくらいなら俺達みたいな平民の方がマシなんだって」
女――リタを見て、床几に掛けて談笑していた兵士達は嘲笑う。
リタはよろよろと立ち上がりながら言った。
「やめません……私は騎士として成り上がって、貴族に返り咲くんだから」
その言葉に、余計に笑いの渦が広がった。
メア王国の王立騎士団、特に騎士の称号を得ていない下級兵士達の間では、契約した天馬の血統による格差意識が蔓延っている。
しかも野次の言う通り、天馬は気高いので誰とでも契約してくれる訳ではない。
そしてリタは、騎士団に入団して以来三カ月、天馬に契約を断られ続けていた。
それでもリタが諦めないのは、没落して平民から嘲笑を受けている元貴族の父母と姉を今の立場から救いたいからであった。
「リタの奴、あと一週間天馬に乗れないままなら騎士団をクビにされるって噂だ」
「へー、じゃあ次は何の仕事を探すんだろうね」
リタを嗤う奴らは揃いも揃って、契約した天馬の血統が凄くない下級兵士ばかり。
そのコンプレックスをリタにぶつけているのだと理解さえしてしまえば腹も立たない。
「もう一度お願い――」
リタが天馬に頭を下げようとした時、視界の端で景色が捩れた。
「え……」
その場に居た皆が静まり返る。これは『時空の歪み』と呼ばれる現象。そして時空の歪みの中からは――モンスターが現れる。
詰所の真ん中に、頭は獅子、胴は山羊、尾は蛇のモンスターが降り立つ。合成獣だ。
その口からは既に炎が溢れ、陽炎で周囲が霞んでいる。
時空の歪みが発生するのは大抵人里離れた場所だ。先人達がそこを避けて町を発展させたと言った方が正しいか。
騎士団は歪みの発生しやすい地点に定期偵察に行くか、稀に町へ下りて来るモンスターを退治するのが常。
それなのにこの合成獣は、町中にある騎士団詰所に直接現れた。
リタが剣を抜いて構えると、他の兵士達も我に返って剣や弓を手にした。
一人が角笛を吹くと、厩舎からは各々と契約している天馬が飛んで来た。
屋内からも団員が出て来たが、明らかに人数が少ない。それもそうだ。多くの団員が王の護衛のために出払っているのだから。
騎士に任じられた実力者はたった二人しか残っていない有り様で、他の三十人は皆下級兵士だ。
「俺達で何とか倒すぞ!」
「リタは逃げろ!」
皆、天馬に跨って合成獣の上へ飛び上がる。
上空から矢を射掛けるが、合成獣の吐く炎によって尽く溶かされてしまった。
決して合成獣の炎だって無限ではないのだが、騎士団側の物量が圧倒的に不足しているせいでいとも容易く対処されてしまう。
天馬の速さを活かしためまぐるしい激戦に、リタは闘志こそあれど近付けずにいた。
矢が尽きたことで、団員達は剣を手に合成獣へ突進していく。
しかし合成獣の口から吐かれる炎に剣を溶かされ、或いは鞭のようにしなる尾に天馬ごと弾き飛ばされ、決定打を与えられない。
次第に動ける戦力が減ってきた。
「……私は未来の貴族。たとえ天馬に認められなくても、貴族はこういう時に皆を守るもの!」
己を鼓舞してから、リタは走り出した。
馬鹿、と制止する兵士達の声を背に、合成獣の脇腹を狙って剣を突き出した。
しかし剣が届く前に、振るわれた尾がリタを弾き飛ばす。建物の壁に激しく叩き付けられ、リタは気を失いかける。
「まだやれる……天馬に一日三百回振り落とされても諦めなかった私だぞ……」
呟くことで意識を保とうとしていたリタの前に、凄まじい速さで空飛ぶ物体が現れた。
それはサメだった。丸々と大きな、空飛ぶホホジロザメ。
キマイラに集中していて、他の団員はサメに気付いていない。
リタは思わずぽかんとする。
その時、サメを追って来たと思しき小鬼が一匹、サメに追い縋って爪でちくちくと攻撃し始めた。
サメは振り向くと、小鬼を食べる。
するとサメの背びれが輝いた。
食事が終わると、サメはリタを覗き込んでくる。
敵意は感じず、むしろ心配してくれているような気すらした。
「……お願いがあります、サメさん。私を乗せて、一緒に合成獣と戦って」
リタが頭を下げて手を差し出すと、サメは胸びれでその手を握り返してリタを立たせた。
リタは剣を持ち直しサメの背に跨り、背びれを掴む。するとサメはガオーと吠えながら、合成獣へ突進していった。
新しいモンスターの襲来かと振り向いた団員達は、呆気にとられる。
「サメって飛んだっけ!?」
「サメって吠えるの!?」
「リタは何してんだよ!」
サメは幾条にも放たれる炎を次々と躱し、合成獣の背後をとる。
サメは尾びれを振り上げ、ぶつかってきた合成獣の尾を跳ね返す。
「何だあの怪力は……!」
団員達は息を呑みつつ、天馬で駆け出すと合成獣の尾を必死に取り押さえた。
すかさずリタが合成獣の頭に剣を突き刺す。
しかし力が足りずとどめが刺せない。
するとサメが胸びれを少し後ろに伸ばし、共に剣を押し込んでくれた。
合成獣は力を失い、地に頽れる。
サメの背びれの輝きが、すっと消えた。
周囲が静まり返る中、リタはサメの背から降りると、宙に浮かんでいるサメに再び手を差し出す。
「貴方さえ良ければ、今回だけと言わずこれからもずっと一緒にモンスターから人間を守ってほしいです」
サメはひと吠えすると、改めてリタの手を胸びれで握り返した。
そして、リタの周りをくるくると泳ぎ回る。
「ありがとう……! これで私も役に立てる、夢にも近付ける!」
涙を流して喜ぶリタを、他の団員達は呆然と見るほかなかった。




