空飛ぶサメと仮装パーティー
「うーん、どうしよう……」
悩むリタとフカを、アデルとナルカ、テレサが見守っている。
ぴんときたのかリタは急に立ち上がると、組んだ腕の上に本を乗せた。
「ねえ、これはどうかな」
訊ねたリタに、テレサが訊き返す。
「何してるの、それ」
「本棚の仮装」
「馬鹿なの? そんなんで子爵家のパーティー行ったら門前払いだわ」
テレサが叱り、両親が頭を抱える一方、フカだけは『本棚の仮装』に拍手していた。
一週間後、リタはヴェイルの自宅で開かれるパーティーに招待されていた。
ヴェイルが上級兵士になった記念だ。
テレサは一つ溜め息を吐いてから言う。
「仕方ない、今からあんたとフカの仮装を買いに行くわよ」
「お金足りるかなあ」
「私も出してあげるわよ。
ファルト家の家名にこれ以上泥を塗られるのは御免だもの」
「わーい、姉さん優しいー!」
リタとフカはテレサにくっ付いた。
離れなさいと叫ぶテレサを、アデルとナルカは見守っていた。
町へ買い出しに行った結果、リタは蜂の、フカは鼠の仮装をすることになった。
黒と黄色の縞々ドレスに翅と触角を付けたリタと、大型動物用の鼠耳付きフードを被ったフカは、本棚の仮装よりは百倍良い仕上がりだった。
あっという間に一週間が経ち、二人はドレイク子爵領に赴き、邸宅のパーティーホールに通される。
ホールの一段高い所に猫の仮装をしたヴェイルと、人間の仮装なのか長髪のかつらを被ったシアが居た。
ヴェイルはリタとフカを見付けると、嬉しそうに寄って来る。
「フカ様、リタ。来てくれてありがとう」
「いえ。ヴェイル、上級兵士に昇格おめでとう」
最低限の挨拶を交わすと、凛々しかったヴェイルの表情が一気に溶けて、彼はフカに頬擦りし始める。
「鼠になったフカ様も可愛いっ……食べちゃいたいにゃー!」
フカが若干引いているのを、リタだけは感じていた。
その時リタは視線に気付いた。
元を辿れば、兎の仮装のセーナ、鳥の仮装のダンテ、熊の仮装のジェネが遠巻きにこちらを見ていた。
「お三方とも、居たなら声掛けてくださいよお」
リタが言うと、三人ともばつが悪そうな顔をしてごにょごにょと呻く。
「いや、今すぐ行くのはなんか悪いかなって……」
「なあ……」
「し、しかし凄く広いホールだな。
騎士団も貴族のお客人もこんなに収容出来て」
ジェネが話題を逸らした。
確かに騎士団の団長は予定が合う者は全員来ているし、それとは別に貴族も招かれている。
ヴェイルはフカ吸いを堪能すると、貴族への挨拶回りに向かってしまった。
リタはフカと、気心の知れたセーナと二人一匹で立食して回る。
「セーナの仮装可愛い。どこで買ったの?」
「は、母が張り切って手作りしちゃって……私はこんな可愛らしいのより、格好いいのが良かったんだけど」
「手作りなんて凄い!
うちはお裁縫出来る人が居ないから買ってきたよ」
「え、お裁縫苦手なの?
でもお母様とお姉様は造花を作ってるって」
「うん。だから内職も結構時間かかってる」
「あら……」
突如、歌手を見に集まっていた人混みから男の悲鳴があがった。
「ブローチが盗まれた!」
わっと人波が引き、人混みは掻き混ぜられてしまう。
中央に取り残された被害者のジャケットは布地が破れており、血も付いていた。
「その血は怪我ですか!?」
ヴェイルが訊ねると、体を検めた被害者は頭を振る。
「いえ、これは犯人の血です。ブローチを千切り取った時に犯人は指を刺したんだ」
「なるほど。では失礼ですが、皆様の手を見せていただくしか……」
言いかけて、ヴェイルは固まった。
この場には騎士団員が大勢居る。
ヴェイルも含め、彼らの手はボロボロだ。
手の傷だけで犯人を見分けるのは困難。
時間をかけている間に証拠隠滅されてしまうかもしれない。
「兵士がコソ泥でも働いたんじゃないのか」
そう言う貴族達に、騎士団員は誰も言い返せない。
万が一それが真実であれば、言い返すこと自体立場をまずくするからだ。
するとリタが声をあげた。
「フカなら犯人を捜せるんじゃない!?」
セーナもハッとする。
「そうよ! サメの嗅覚は鋭いわ」
「フカ様、是非捜査をお願いします!」
ヴェイルが頼む。
フカは被害者のジャケットの血を嗅ぐと、人混みの中へ突入して一人の貴族の男を鼻先で押した。
男の手には刺し傷がある。
そしてフカは彼のズボンのポケットから、服の切れ端が付いたブローチを取り出した。
「フカ様~! 僕と一曲踊ってください!」
警備に犯人を連行させてから、ヴェイルはフカにダンスを申し込む。
フカは戸惑っていたが、ヴェイルにエスコートされると誰よりも華麗に舞い始めた。
子爵とサメは手と胸ビレを取り合って踊り出した。逮捕劇、そして珍妙な組み合わせのダンスで、来場者達の視線はフカに釘付けになる。
フカと一曲を踊り終えたヴェイルは、今度はリタに手を伸べてきた。
「リタも、僕と踊ろう」
「あ、はい」
リタとヴェイルは手を取り合い、パーティーホールの中央へ躍り出る。
「ヴェイル、さっきはフカを頼ってくれてありがとう。
お陰で、フカが怖くないって皆に分かってもらえた気がします」
リタが言うと、ヴェイルは微笑んだ。
「違うよ、フカ様の能力とリタの機転の賜物だ。
戦いでも日常でも、リタは僕達を導いてくれる気がするよ」
「そ、そう……?」
リタははにかむ。
どうしてこんなに照れるのだろう――きっと兵士としての成長を褒められたからだ。




