空飛ぶサメVSざまぁ展開
「リタ。あんた昨晩の雷、怖かったんじゃないの」
朝に食卓で出会うなりテレサが茶化してきたが、リタは隣を漂っていたフカを撫でながら自慢げに笑った。
「今の私にはフカが居るの。
フカが抱っこしてくれてたから怖くなかったもん。ねー、フカ」
リタが言うと、フカはギャオ―と鳴いて応える。
「ふん、ガキねえ」
笑ったテレサのすぐ側の壁を、小さな蜘蛛が走って行った。
テレサは叫んで逃げ惑う。
「ちょっと、虫よ虫! 家から追い出しなさいよ早く!」
「ふっ、姉さんってばガキね……」
「お黙り! フカ、あんたは私の味方よね!
虫を仕留めてちょうだい!」
「フカ、姉さんは放っておいてご飯食べよ」
二人の間に挟まれてフカはおろおろしつつも、どこか楽しげであった。
結局リタが虫を追い出し、二人と一匹は食卓につく。
母のアデルと父のナルカも一緒だ。
「リタは、今日は休みよね。予定はあるの?」
「フカと散歩。私の鍛錬も兼ねてね」
「テレサは?」
「彼氏と会うわ」
テレサが言った時、ナルカはパンを喉に詰まらせかけた。
「彼氏って、仕立て屋の人?」
「その人はもう別れたわ。今付き合っているのはね、なんと伯爵」
「伯爵ぅ!?」
「そうよ。ミネア家の長男、グレー。
上手くいけばリタが騎士に任じられるより先に、私が伯爵夫人になって地位を取り戻すかもね」
「えー……」
リタはじっとりした目でテレサを見ていた。
昼頃。青空のような色のドレスを着たテレサは花園に来ていた。
ここはミネア領にある伯爵邸の庭園だ。
「やあ、テレサ」
凛々しい青年、グレーが駆け寄って来た。
テレサは振り向いて手を振る。
「グレー。茶菓子を持ってきましたわ。
お茶にしませんこと」
「ああ。そうしようか」
二人は東屋に座り、準備していた甘味を広げる。
そんな二人の周囲に、身形は良いが態度に品の無い男女がわらわらと集まってくる。
「やだ、本当に来たわよ。悪徳令嬢が」
「あんなサメ女の姉のくせに、よく表を出歩けるよなあ」
男女はばさばさと金のやりとりを始める。
賭け事、とテレサは直感した。
こいつらはテレサがグレーの元に来るかどうかで賭けをしていたのだ。
「グレー、これはどういうこと!」
テレサが怒鳴ると、グレーは肩を竦めた。
「実に楽しかったよ。玉の輿を狙ってほいほい近付いて来る君を見ているのは」
「……」
「否定はしないんだね」
そしてグレーは周囲の男女たちと肩を組む。
「君が本当に来るのかどうかで賭けていたんだよ。
だってまともな神経をしていたら君みたいな没落令嬢が、僕みたいな高貴な身分に近付ける訳がないじゃないか」
それにはテレサも負けじと言い返す。
「あら、貴方こそ金以外の価値がご自分にあると思っていらして?
群れなきゃ何も出来ない蟻んこさん」
「何だと……このクソ女! 魚くせえ変人一家のくせに」
言いかけたグレーの頬を、テレサは鋭く叩いた。
「フカは魚臭くないわ!
風呂には入るし歯磨きもするんだから」
「そうだよ、嗅いでみる?」
テレサの言葉を継ぐように、上空から声がした。
「リタ!」
テレサが叫んだ通り、そこにはフカに乗って庭園を見下ろすリタが居た。
「うああっ、サメだ!」
「落ち着け、あのサメは人を襲わないらしい」
焦るグレー達に、リタは笑みを見せる。
「それはどうかな」
フカは急降下し、吠えながらグレー達に鼻先を掠める。
金を撒き散らしてバラバラに逃げて行く彼らを尻目に、リタとフカは後ろにテレサを乗せて飛び立った。
「せっかくの休日を使って私を尾行してたわけ?
あんた馬鹿でしょ」
テレサが文句を言ったが、リタは理路整然と返す。
「だって朝の姉さん、何か無理してたような感じがしたんだもん。
前は没落貴族だってこけにされるのなんて気にしないって言ってたのに、今朝は伯爵夫人になるだなんて言っちゃってさ」
「……そうね。多分怖かったのよ。
リタが上級兵士に上りつめた間、私は何も成せていないってのが」
溜め息混じりにテレサが打ち明けた。
リタは莞爾と笑う。
「姉さんは無理しなくても、私達の大切な家族だよ」
「……ふん」
空を飛ぶリタ達の前で、フカは背びれを光らせた。
リタとテレサの前に、ふわりと光が広がる。
「これは……フカの作りだした幻」
幻の中では、リタとフカ、テレサ、アデルとナルカが仲良く団らんしていた。
「これがあんたの理想ってわけ?」
テレサが訊ねると、フカは明るい声色で吠える。
「……甘ちゃんなサメだこと」
そう言うテレサの表情には、怒りも悲しみもなく、ただ穏やかさだけがあった。




