☆二章☆1-13☆執務室の金庫
「皆さん、順番に来てください! 押さなくても大丈夫です!」
ノエルは地下牢の前で声を張り上げていた。
破壊した牢の扉から、囚われていた人たちが次々と姿を現す。年齢も種族もさまざまで、獣人もいれば人間もいた。中には、まだ幼い子供の姿もある。
誰もがひどく疲れた顔をしており、痩せ細っている者も少なくなかった。その姿を目にするたび、ノエルの胸の奥がざらついた。
「ノエルさん、準備できましたわ」
アイリスの声に振り返る。
「分かった」
ノエルは異空小袋に手を入れ、手のひらより少し大きな金属製の魔道具を取り出した。何枚もの薄い板を重ねたような箱型で、出発前にコンラッドから渡されたものだ。
ヒストリアと生徒会会計のコールが共同で開発した、一度きりの転移用魔道具。コンラッドは、こう説明していた。
『転移魔法は、魔力量が大きくてね。魔道具に込められる限界まで魔力を充填してある。ただし、一回分しか使えないから、緊急時に使ってね』
ノエルは魔道具を両手で支え、側面に埋め込まれた小さな魔石へ指先を添えながら、そこへ魔力を流し込む。
カチッ…内部で留め具が外れるような音がした次の瞬間、目の前の空間が水面のように揺らめき始める。淡い青色の光が足元から円を描いて広がり、光の輪が幾重にも重なりながら、ゆっくりと宙へ立ち上がっていく。輪の中心では、何もないはずの空間が薄く波打っていた。向こう側の景色が歪み、光の膜が一枚、また一枚と重なる。
やがて光が収束し、人ひとりが通れるほどの縦長の門が形を成した。
青白い光を縁取るその門は、静かに揺らめきながら、別の場所へ続く道を開いていた。
転移用のゲートが完成した。
《転移術式の正常起動を確認。接続地点──クローバー家敷地内。周辺に敵性反応なし》
《安全性を確認。速やかな避難を推奨》
三号機の声が鏡晶石から響き、続けて四号機が安全性を確認する。転移先は、あらかじめクローバー家の庭に設定してある。事情を知っているフィンの家族なら、突然大勢の人々が現れても対応できるからだ。
「この中を通れば安全な場所に出られます! 一人ずつ行ってください!」
最初は不安そうにしていた人たちも、アイリーンが優しく声をかけると、少しずつ門を潜り始めた。
「本当に……逃げられるんですか?」
「ええ、だからもう少しだけ頑張って」
アイリーンが笑顔で声をかけると、女性は涙を浮かべ、子供を抱きしめた男性は何度も頭を下げた。
「ありがとうございます……」
「助けてくださって、本当に……」
「まだ終わってない。喜ぶのは、ちゃんと外まで逃げ切ってから!」
(俺たちが礼を言われるのは、その後でいい)
人々は次々と門の向こうへ消えていき、最後の一人が転移を終えると、ノエルは魔道具を停止させた。青い門はゆっくりと縮み、やがて無数の光の粒となって消えていくと、レナが周囲を見回した。
「……これで全員ですね」
「はい」
ノエルは答え、大きく息を吐いた。
ひとまず、第一の目的は達成できた。これで、彼らが人質にされる心配はない。
『ノエルにしてはよくできた』
『ノエルにしては上出来』
「褒めるなら普通に褒めてくれない!?」
『『贅沢』』
「贅沢なのか!?」
ノエルが突っ込む横で、アイリスが小さく息を吐いた。
「無駄話はそこまでですわ」
「はい」
「ノエルさん。残る目的は帳簿と石板です。時間を無駄にはできませんわ」
その通りだ。ノエルはアイリーンへ視線を向けた。
「アイリーンさん。案内、お願いします」
「任せて!見張りの意識から読んだ限り、ガドルの執務室はこの上よ」
アイリーンを先頭に、ノエルたちは地下から地上階へ続く階段を上り始めたその時、地下通路の入り口から「ノエル」と呼ぶ声が響く。入り口の見張りをしていたシャスールが立っていた。
「屋敷の様子は?」
「今のところ大丈夫。でも、少し騒がしくなってる」
「見つかった?」
「まだ僕たちの場所までは分かってないと思う……たぶん」
「その“たぶん”が怖いんだけど!」
「仕方ないよ。僕、未来は見えないから」
「そういう問題じゃない!」
シャスールと合流したノエルたちは、アイリーンの後に続いて屋敷内を走った。
その途中、ノエルはふと自分の姿を見下ろす。身にまとっているのは、黒に近い濃紺のドレス。動くたび、裾に縫い込まれた銀糸が淡く光を放っている。
アイビーが調整してくれただけあって動きやすく、潜入用の衣装としては申し分ない。けれど、どれほど機能性に優れていても、女装姿で屋敷を駆け回っているという状況には、どうしても慣れなかった。
「……早く着替えたい」
『似合っている』
『非常に』
「今それ言わなくていいから」
「僕は結構慣れたよ」
横を走るシャスールが言う。
「慣れちゃ駄目だろ」
「そう?」
「そう!」
《前方二名》
そんなやり取りをしていた時だった。三号機の声が小さく響き、ノエルたちが同時に足を止めると、廊下の向こうから足音が近づいてくる音が聞こえた。ノエルは反射的に壁際へ身を寄せ、息を潜める。
やがて現れたのは、二人の女性使用人だった。
「こんなところで何を───」
一人が声を上げるより早く、シャスールが催眠スプレーを女性へ向けて吹きかける。シュッという音とともに、白い霧が女性の顔を包み込み、女性は何度か瞬きをしたあと、その場に崩れ落ちた。
「ちょっと!?」
もう一人の女性が驚きの声を上げるが、アイリスはすでに彼女の背後へ回り込んでいて、手にした催眠スプレーを吹きかけた。白い霧に包まれた女性も、抵抗する間もなくその場へ倒れ込む。
二人とも眠りについたことを確認してから、ノエルは無言でシャスールとアイリスの手元へ視線を落とした。
【永眠と見間違うほどよく効く催眠スプレー】
「……やっぱり名前怖くないか?」
アドモン特製の催眠スプレーは戦闘を避けながら屋敷を進むために、コンラッドから渡されたもので、人体への後遺症はなく、数時間ほどものすごく深く眠るだけらしいが…
「永眠と見間違うって表現必要だったのかな……」
「アドモン先生ですもの」
アイリスの一言で妙に納得してしまった。
「それにしても……本当に、女性ばかりですね。おかげで助かってはいますが……」
レナは、眠りに落ちた使用人へ視線を落とした。ガドル・ロベリアの屋敷では、奥へ入ることを許されているのは、原則として女性だけだった。
理由は単純だ。ガドルは、女性を男性よりも体格や腕力に劣る、弱い存在だと考えているらしい。たとえ裏切られたとしても、自分の力なら簡単に押さえつけられると思っているのだろう。
一方で、彼は男性に対して強い警戒心を抱いていた。自分の私室や執務室の近くには、決して男性を近づけない。
そのおかげで、ノエルたちは潜入後、無駄な戦闘を避けて屋敷内を進むことができていた。もし男の護衛や使用人が多く配置されていたら、女性が多いこのメンバーでは、かなり不利な状況になっていただろう。
とはいえ、何度か女性使用人と鉢合わせすることはあった。そのたびに、ノエルたちはアドモン特製の催眠スプレーを使い、戦闘を避けて先へ進んだ。
四人目ともなると、ノエルもすっかり手慣れてきて、手にしたスプレーを眺めながら、複雑な気持ちで呟いた。
「……これ、使い方に慣れていいものなのかな」
《催眠薬使用回数に応じて主の戦闘様式が暗殺者寄より変化中》
「変な成長を記録するな!」
『ノエルは悪い女になった』
『女性たちを永眠させた悪女』
「男だよ!って誤解を招くような言い方をするなよ!」
「ここよ」
アイリーンが足を止めた先には、他の部屋とは比べものにならないほど豪華な、金色の装飾が施された巨大な両開きの扉があった。扉の中央には、ロベリア商会の紋章が刻まれている。
「ここがガドルの執務室」
ノエルは周囲を見回した。
さっきまで聞こえていた使用人たちの足音は、今は遠い。けれど、ここで手間取れば、いつ誰に見つかってもおかしくない。
「鍵は……もちろん、掛かってるよな……」
扉の取っ手を試しに回してみるが、予想どおり、びくともしなかった。
シャスールがノエルの横へ歩み寄り、鍵穴を覗き込む。金色の瞳に宿る魔法陣のような模様が淡く揺らめいた。
「開けようか? 森で罠を外すのと似てるから」
「鍵開けを森の狩人技能に含めていいのか?」
「秘密」
「便利な言葉だな、それ!」
シャスールは懐から細い金属片を取り出した。いつの間にそんなものを用意していたのか、ノエルにはまったく分からない。
彼は鍵穴へ金属片を差し込み、耳を扉へ近づけた。
カチ、カチ、と小さな音が静かな廊下に響く中、ノエルたちは息を殺して待っていた。アイリス、アイリーン、エレンは廊下の先を警戒し、レナはいつでも風を放てるよう、指先にわずかな魔力を集めている。ノエルも腰の剣に手を添えた。
やがて、カチリと錠の外れる音が響く。
「開いた」
「早っ!」
思わず大きな声を上げたノエルに、アイリスに鋭い視線を向ける。
「声が大きいですわ」
「ご、ごめん」
シャスールは何事もなかったかのように扉を押し開けた。
その先にはガドル・ロベリアの執務室が広がり、ノエルたちは周囲を警戒しながら、静かに室内へ足を踏み入れた。
執務室は広々としており、中央には重厚な机が置かれている。壁一面には本棚が並び、机の上には商取引の記録と思われる書類が積み重ねられていた。室内の至るところには高価そうな壺や絵画が飾られている。
いかにも、成功した商人の執務室といった雰囲気だ。
だけど───
「金庫は?」
「普通に見えるところにはないわ。確か…見張りが考えていたのは……机……違う。壁……」
「壁の向こう、空洞になってるよ。正面右側の本棚の裏」
シャスールは本棚へ視線を向けた。金色の瞳に浮かぶ魔法陣のような模様が淡く輝き、分厚い本の背表紙から壁の奥へと、見えない何かを探るように視線が滑っていく。
「たぶん、隠し部屋か金庫。どちらにしても、普通の壁じゃないね」
そう言って、シャスールは本棚の前まで歩み寄り、背表紙を一冊ずつ眺めながら隠し扉を開くための仕掛けがないか確かめていくが、いくら探しても、それらしい仕掛けは見つからなかった。
「……ないね」
「じゃあ、動かすしかないか」
正面の本棚を押してみるが、びくともしない。
「重っ……!」
木製に見える本棚は、実際には内部に鉄の補強が施されているらしい。掌に伝わる感触は硬く冷たく、表面の装飾とは裏腹に、まるで壁そのものを押しているようだった。
シャスールも隣へ回り、肩を本棚へ当てる。
「一緒に押そうか」
「頼む!」
ノエルは魔力を腕へ流し込んだ。
筋肉の奥へ熱が走り、指先に力が集まる。シャスールと息を合わせ、床を踏みしめてさらに力を込めた。
ぎ、ぎぎ……と低く鈍い音が響く。床と接している部分に溜まった砂埃が押し潰され、細かな粉となって舞い上がった。
それでも、本棚はほんのわずかしか動かない。
「まだだ……!」
ノエルは歯を食いしばり、さらに力を込める。肩へ食い込む木の縁が痛い。腕の筋肉が震え、足元の床石が靴底を押し返してくる。
シャスールは表情を変えないまま、淡々と本棚を押し続けていた。
「ノエル、右へ」
「分かった!」
力の向きを少し変えるとぎしり、と本棚が軋んだ。次の瞬間、本棚がわずかに横へ滑り、その奥から、壁に埋め込まれた金属製の扉が姿を現す。
扉は黒ずんだ銀色をしていた。表面には細かな傷が幾筋も走り、縁には赤茶色の錆が浮いている。けれど、中央部分だけは不自然なほど滑らかだった。誰かが定期的に触れていたのか、そこだけ金属本来の冷たい光沢が残っている。
扉の周囲には継ぎ目がほとんどない。
鍵穴すら見当たらず、正面には数字を入力するための小さな魔導盤だけが埋め込まれていた。
「やっぱり隠してあったんだ」
シャスールが本棚から手を離し、扉を覗き込む。
彼の指先が金属へ触れる。
「冷たい」
「金属だからな」
「そういう意味じゃないよ」
シャスールは扉の表面を撫でながら、目を細めた。
「触った人の魔力が残ってる。何度も開け閉めしてるみたい」
「つまり、ここに重要なものがあるってことですわね」
アイリスが扉の前へ歩み寄る。彼女の白銀の髪が、書庫の薄暗い空気の中で淡く浮かび上がった。
「どう開けるの?」
「暗証式ね」
アイリーンさんが金庫を見る。
《解析を開始……》
三号機の声が鏡晶石から響く。魔導盤の表面に淡い光が走り、数字の周囲へ細かな古代文字が浮かび上がった。
《暗証番号、1739で解除可能》
「優秀すぎない?」
《当然の結果》
「自分で言うんだ……」
アイリーンが魔導盤へ手を伸ばした。指先が数字に触れるたび、乾いた電子音に似た音が書庫へ流れていく。
最後の数字を押した瞬間、魔導盤の光が赤から青へ変わった。直後、扉の内部で複数の機構が噛み合い、カチャン、と小さな作動音が鳴る。続いて、重い錠が一つ、また一つと外れていった。
金属同士が擦れ合う音が、静まり返った書庫の空気を震わせ、やがて、金属扉がゆっくりと手前へ開いた。
見た目以上に厚い扉だった。内部には何層もの鋼板が重ねられており、開ききった側面は、まるで城壁の断面を思わせる重厚さを備えている。太い蝶番の表面には、古い油が黒く固まっていた。
「……これは」
金庫の中から、冷えた空気が流れ出してくる。書庫にこもっていた紙と埃の匂いとは違う。乾いた金属と、密閉された空間特有のかすかな薬品臭が混じっていた。
金庫の中には、書類の束や貨幣、宝石、そして何冊もの分厚い帳簿が収められていた。
書類は種類ごとに紐で束ねられ、貨幣は袋に詰められ、宝石は一つずつ布に包まれて小箱に収められている。どれも乱雑に押し込まれているわけではなく、むしろ異様なほど整然と整理されていた。
その様子からは、金庫の持ち主が中にあるものすべてを、価値のある商品として扱っていることが伝わってくる。
ノエルは、一番上に置かれていた帳簿へ手を伸ばした。黒い革張りの表紙は、長年使い込まれたせいか、角が擦り切れている。持ち上げると、紙の束とは思えないほど重かった。指先には、乾いた革の感触が伝わってくる。
ページをめくった瞬間、古びた紙の匂いが鼻を突いた。そこには、名前、種族、年齢、金額、売却先といった項目が、整然と並べられていた。
まるで商品の在庫表だ。しかも、記録はぞっとするほど細かかった。身体的特徴や魔力の有無、戦闘能力、売却後の用途まで記されている。中には家族構成や故郷まで書かれている者もいて、人間を、人としてではなく、値札のついた商品として扱った記録。
その事実が、紙面から生々しく伝わってきた。
「これ……全部、人なのか」
思わず声が低くなる。そこに並んでいるのは、ただの数字だった。けれど、その一つひとつには名前があり、家族があり、帰る場所があったはずだ。
それをガドルは、金額と売却先という数字に置き換えている。
「そうみたいね……」
アイリーンは眉を寄せ、エレンとレナも帳簿を見つめたまま唇を固く結んでいた。ページをめくるたび、記録された人数は増えていく。何十人、何百人───いや、それ以上。
そこに並ぶのは、本来なら一人ひとりの人生を持つ人間だ。それが数字に置き換えられ、取引記録として処理されている。その事実に、俺は込み上げる怒りを抑えられなかった。
「……本当に最低ですわね」
アイリスは、普段なら厳しいだけに聞こえる声へ明確な怒りを滲ませ、冷たく呟いた。俺はその言葉を聞くと、革張りの帳簿を重い音とともに閉じた。
「でも、これで言い逃れできない」
「ええ。決定的な証拠になるわ」
アイリーンが頷く。
《金庫奥部に古代異物の反応有》
三号機の声が響いた。
「奥?」
ノエルは帳簿を置き、金庫の一番奥を見た。すると、貨幣袋と書類の束の陰に、この中に置かれている物の中でも特に汚れや埃など一つもない綺麗な布に包まれた物が置かれていた。
ノエルは金庫の奥に慎重に進み、布を外す。現れたのは、手のひらより少し大きな、硬く平たい灰褐色の石板だった。表面には幾つもの古代語が刻まれている。
「……あった、石板!」
アイリスも身を乗り出す。
「間違いありませんの?」
《形状照合……事前資料と九十八・七パーセント一致。古代遺跡門扉開放用の認証媒体である可能性、極めて〈高〉》
「やった……!」
三号機の報告を聞いたノエルは、思わず拳を握りしめた。
レナたち三人を救出し、牢に囚われていた人々も無事に逃がすことができた。さらに、人身売買の決定的な証拠に加え、古代遺跡へ入るために必要な石板まで手に入れたのだ。
「全部揃いましたわね」
「ああ!目的達成!」
ノエルは帳簿と石板を異空小袋へ仕舞った。小さなシェル型ポーチの口が淡い光を放ち、分厚い帳簿も古びた石板も、まるで最初から存在しなかったかのように消えていく。
異空小袋の内部では時間が止まっているため、紙が湿気ることも、石板が傷つくこともない。これで少なくとも、この屋敷を脱出するまでは、証拠を奪い返される心配はないだろう。
『おめでとう』
『では帰ろう』
頭の上から、ソルとルナの淡々とした声が降ってきた。ルナはまるで買い物を終えて帰宅するかのように、あまりにもあっさりと告げる。
「そうだな! 皆、脱出しよう! あとはアルベルトたちと合流して──」
ノエルが機嫌良く笑って振り返った、その時だった。
────ジリリリリリリリリリッ!!
鼓膜を直接叩くような警報音が、屋敷全体に一斉に鳴り響いた。
壁の奥に埋め込まれた魔導管が赤く発光し、廊下の天井に設置された魔力灯も次々と点灯していく。
先ほどまで落ち着いた橙色の光に包まれていた屋敷内は、一瞬にして不吉な赤色へと染まった。壁や床を這う赤い光が、ノエルたちの影を不自然なほど長く伸ばしていく。
直後、鏡晶石の画面に警告表示が浮かび上がった。
《警告。屋敷内部の警戒態勢、最高段階ヘ移行》
《即時撤退を強く推奨》
一号機の重々しい声が響き、続いて四号機の声が、いつも以上に強く響いた。地下牢が空になったことを…もしくはこの金庫を開けたことに気づかれたのかも知れない。
(……嫌な予感しかしない。しかも、かなり大きなやつ)
シャスールが窓の外へ視線を向ける。赤い警報灯に照らされた彼の横顔は、いつも通り穏やかだった。
「見つかったみたいだね」
「みたいだね、じゃないだろ!」
ノエルが思わず叫ぶと、シャスールは少しだけ目を細めた。
「でも、見つかったものは仕方ないよ」
「仕方ないで済ませる状況じゃない!」
動きやすく仕立てられた布地が、赤い警報灯の光を受けて揺れる。ノエルが腰へ手を伸ばすと、指先に剣の柄が触れた。目的はすべて達成した。人身売買の証拠を確保し、レナたちを救出。古代遺跡へ入るための石板も手に入れた。
あとは、戦ってでも全員でここから脱出するだけだ。




