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セイレーンは終焉を歌わない 〜十二の曲と六芒獣〜  作者: 白雪藤
第二章 六芒獣編☆第一遠征アリーナルムル共和国編
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☆二章☆1-6☆砂海の守護獣


 共和国の首都オーリア


 その中央区に建つという共和国歴史資料館。

 白い石材で造られた巨大な建物は、砂漠の日差しを反射し、眩しいほどの輝きを放っている。壁面には、銀獅子(ぎんじし)、海御霊(うみのみたま)、森羅翠鹿(しんらすいろく)、白面霜狐(はくめんそうこ)、雲外の霊鶴(れいかく)、禍津日神(まがつひのかみ)、──六体の伝説の神獣を模した彫刻が刻まれていた。


 正面入口へ続く長い階段の両脇には、歴代の王や英雄を思わせる石像が並んでいる。そのさらに奥、資料館全体を見下ろすように、一際巨大な銀色の像が立っていた。


 ノエルは自然と足を止める。


 像の姿は、一人の青年だった。


 獣人特有の耳に、風になびく短い髪。鍛え上げられた肉体。そして何より目を引くのは、何かに立ち向かうような荒々しい立ち姿だ。足元には、巨大な獣を思わせる装飾まで施されていた。


『大きい。ノエルを縦に六人くらい積める』


 ノエルの肩に座っていたソルが言った。


「比較対象を俺にするなよ」


『分かりやすい』


「もっとあるだろ! 柱とか!」


『ノエルの方が可愛いから安心して』


「ルナ、お前は比較の話をしてるんだよな?」


『してない』


「してないのかよ!」


 朝から通常運転である。

 横でアイリスが呆れたように眉を寄せた。


「英雄の像を前にして、よくそこまで緊張感のない会話ができますわね」


「俺が始めたんじゃないんだけど!?」


「しかし、本当に立派ですね」


 アイリスの言葉にフィンが巨大像を見上げながら、懐かしそうに笑った。


「小さい頃は、何度も家族で来たなぁ。あ、ちなみに彼がダリア・ラージュだよ」


「……六芒獣…英雄扱いされてるんだな」


 ノエルは、像の大きさと周囲の人々の反応を眺めながら呟いた。


 学院で聞かされていた六芒獣という存在は、どこか遠い伝説のようなものだった。世界を救った英雄でありながら、その後に封印された者たち。


 けれど、この国では違う。


 ダリア・ラージュは、今も人々の生活の中に息づいている。


「この国じゃ一番有名な英雄だからね。むしろ共和国の人間なら、名前を知らない方が珍しいよ」


 フィンは像から視線を外し、当然のことのように答えた。その表情には、故郷の英雄を誇りに思う気持ちが滲んでいる。普段の明るい笑顔とは少し違う、静かな敬意がそこにはあった。


 アルベルトはなるほど、と頷く。彼は像の細部を観察するように見つめていた。立ち姿、装飾の意味。貴族として、そして魔法騎士の称号を持つ者として、英雄の姿をただの観光名所として見るつもりはないらしい。


「ミネルヴァで習う歴史では、六芒獣について詳しく触れられることはほとんどない。魔神王との戦争末期に現れた強大な戦士たち、その程度だ」


「国によって残ってる記録が違うんだろうね。五千年も前だし。都合よく消した記録もあるだろうし」


 シャスールが、金色の瞳を細めた。彼は像ではなく、その背後にある資料館の建物を見ていた。何かを探しているというより、建物そのものが抱えている気配を読み取ろうとしているようだった。


「さらっと怖いこと言うなあ」


「歴史ってそういうものだよ?」


「否定できないのがさらに怖い!」


「シャスールくんの見解は正しいよ」


 前を歩いていたコンラッドが振り返った。

 いつも通り柔らかく笑っているが、その瞳には教師らしい鋭さが宿っていた。冗談を交わしているように見えて、コンラッドはすでに資料館の構造や周囲の人の流れまで確認しているのかもしれない。


「歴史資料というものは、事実そのものじゃない。残した人間の視点を通した記録だからね」


「つまり、全部鵜呑みにするなってことですか?」


「そういうこと」


 コンラッドは人差し指を立てる。


「書いてあることだけじゃなく、“何が書かれていないか”を見るのも大事だよ」


「何が、書かれていないか……」


 ノエルは、もう一度ダリアの像を見上げた。

 像の表情は勇ましく、迷いなど一切ないように見える。けれど、それは後世の人間が作り上げた英雄の顔だ。


 本当のダリアについては、像からは何も分からない。


「よし!行こう、ダリアについて調べるぞ」


『賛成』


 ソルがノエルの肩の上で小さく頷いた。


『でもお菓子の売店も見たい』


「ルナ!?」


 反対側の肩に座っていたルナが、資料館の入口脇にある売店を指差す。

 そこには、ダリアを模した砂糖菓子や、砂海雫を使った飴、獣人の子供たちに人気らしい英雄面まで並んでいた。


『重要』


「今日は調査だからな!?」


『調査用糖分』


「そんな言葉はない!」


 ノエルの叫び声が、資料館前の広場に響き渡った。

 通り過ぎた子供たちが振り返り、ダリア像の前で騒ぐ少年と、彼の肩に乗った二人の妖精王を不思議そうに見つめている。


 フィンは楽しそうに笑い、アルベルトは額を押さえ、アイリスは小さくため息をついた。

 その一方で、コンラッドだけは資料館の入口を見つめていた。柔らかな笑顔の奥で、何かを警戒するように。


 


          ☆




 共和国歴史資料館の中へ入ったノエルたちは、そこでまず、盛大に予定を狂わされた。


「わあああああああっ!! 守護獣ダリアだぁぁぁ!!」

「魔神どもをやっつけろー!」

「ダリア様がんばれー!!」


「……なんだこれ」


 ノエルは目の前の光景を呆然と見つめた。

 巨大な中央展示室のその中央に設置された特設舞台。そこでは現在──


「砂海を脅かす悪しき魔物どもよ! このダリア・ラージュが相手だッ!!」


 銀色の獣耳を付けた筋肉質な役者が、派手な槍を振り回していた。


「うおおおおおっ!」



「……英雄劇だね」


 シャスールが言った。


「見れば分かる!」


 舞台上には、見るからに悪役っぽい真っ黒な衣装の男たち。対するダリア役の役者が跳び上がる。


「必殺ッ!! 砂海! 銀獣! 大・爆・砕ぃぃぃぃぃ!!」


 ドォン!!と色付きの煙が弾けた。


「うわああああ!」

「かっこいいー!」

「ダリアさまぁー!」


「……あの技、本当にあったんですの?」


 アイリスが真顔でフィンに訊ねた。


「いやぁ…流石にないと思う」

「ですよね」

「子供向けだからなあ」


 フィンが、楽しそうに笑った。


舞台脇には、銀色に塗られたダリアの木剣や、獣耳を大きく誇張したダリア面、手のひらに乗る小さなダリア人形が所狭しと並んでいた。


木剣からは乾いた木の匂いが漂い、面の表面には砂埃が薄く積もっている。さらに売店には、香ばしく焼けたダリアせんべいと、砂糖の甘い香りを放つダリア砂糖菓子まで並んでおり、果ては、『砂海の守護獣ダリアといっしょ! お子様用鍛錬帳』まである。


「想像してた神格化と違う……もっとこう、厳かな神殿とか……」


「ありますわよ?」


「あるの?」


 アイリスが指差したのは、舞台のさらに奥。そこにはさっきまでの賑やかさとは別世界のような、静謐な空間が広がっていた。

 銀色の花が供えられた祭壇、その中央には、小さなダリア像。

 老若男女を問わず、人々が静かに祈りを捧げている。


「……なるほど」


 ノエルは、その光景を前に、わずかに背筋を伸ばした。ダリアは子供たちの憧れである英雄劇の主人公であり、国民的英雄として広く知られている。今なお人々が祈りを捧げる姿を目の当たりにし、彼がこの国でどれほど特別な存在なのかを、改めて思い知らされた。

祭壇の上には、古い言葉で碑文が刻まれている。


「《祖国を愛し、民を愛し、世界のため己が身を捧げた銀獣に、永遠の感謝を》…砂海の守護獣……」


 俺が読み上げるとフィンが頷いた。


「アリーナルムルで一番有名な呼び名だよ」


「守護獣、ですのね」


 アイリスが碑文を見つめる。


「六芒獣という名とは、ずいぶん印象が異なりますわ」


「呼び方一つで、見え方は変わる」


 シャスールが言った。


「外では六芒獣。ここでは守護獣」


「……確かにな」


 怪物なのか、兵器なのか、英雄なのか、同じ人間でも、見る側によって呼び名は変わる。


「先へ行こうか」


 コンラッドの声で、ノエルたちは展示室の奥へ進んだ。


     


────

───

──





 “ダリア・ラージュ”


およそ五千年前。現在のアリーナルムル共和国が、まだ王を頂く獣人国家だった時代、ダリアは王家に生まれた第五王子だった。


展示室の壁いっぱいに描かれた古い絵画には、王族らしい豪華な衣装をまといながらも城にこもることなく市井へ降り、人々と笑い合う銀髪の青年の姿が描かれている。


「第五王子か」


「王位からは、かなり遠い立場だったみたいだね」


 アルベルトが資料を読む。


「兄が四人。それ以外にも姉妹がいた記録がある」


「でも、民衆人気は相当高かったらしいよ」


 フィンが別の展示文を指した。


 ───王子でありながら護衛を撒いて市場へ出る。


 ───干ばつの時には自ら水を運んだ。


 ───兵士と同じ食事を取り、訓練にも混ざる。


 ───身分を問わず、困っている者には手を差し伸べる優しい王子。


「……王子というより、近所の兄ちゃんだな」


「親しみやすかったのでしょうね」


 アイリスの声音も、わずかに柔らかくなっていた。

 次の展示へ進むと、時代は魔神王との戦争末期へと移った。世界各地で大地が腐り、魔物が溢れ、人々が次々と命を落としていた時代だ。そこで俺たちは初めて、六芒獣がどのようにして誕生したのかを、具体的に記した資料と向き合うことになった。


「魔瘴核(ましょうかく)……」


展示されていたのは、黒い結晶を模した模型だった。説明文によれば、それはかつて三大英雄が、魔神王とその直属の配下である五楼閣(ごろうかく)を消滅させた後に残された、力と瘴気が凝縮した極めて危険な高密度魔力核だという。


 本来なら、近づくだけで人体を蝕む危険物。それを体内に取り込み、自らの力として定着させるなど、狂気としか思えない方法だった。


「……これを、人間が?」


「ダリアは獣人だけどね。でも、種族差を考えても常識的じゃない。普通なら耐えられないよ」


 コンラッドの説明に、アルベルトの顔が険しくなる。


「成功したとしても、どれほどの負荷が身体に掛かるか……」


「しかも…成功する保証すらなかったのでしょう?」


 アイリスが尋ねたが、先生は答えなかった。答える必要はなかった。展示された記録に、すべてが記されていたからだ。


【魔瘴核との適合に成功すれば、超越的な力を得られる。だが、失敗すれば精神も肉体も崩壊し、魔瘴核だけを残して消滅する。

世界中から集まった数多の志願者たち。数多の犠牲を出しながらも、六名が見事適合を果たした】


「魔瘴核に適合できた六人……それが六芒獣」


 ノエルは息を呑んだ。


「そういうことみたいだね」


 シャスールの声が、いつもより低く響いた。

 三大英雄と魔神王との戦いが終わった後も、世界には消えない災厄が残されていた。大地は瘴気に蝕まれ、各地で魔物が増え続け、人々の暮らしは崩壊の危機にさらされていた。


しかし、魔神王との戦いで深い傷を負った三大英雄は、自らの寿命が長くないことを悟っていた。もはや、広がり続ける厄災を止めるだけの力は残されていなかった。


三大英雄の代わりにその災厄を食い止めるには、魔神王の力と瘴気が凝縮された魔瘴核を取り込み、常人には扱えないほどの力を得るしかない。成功の保証はなく、失敗すれば命を失う。それでも、祖国と世界を守るため、ダリアは自らその役目に志願した。


魔瘴核を取り込んだダリアは、人の領域を超えた力を得た。そして、同じく魔瘴核を受け入れた五人の仲間と共に、世界各地へ赴く。彼らは瘴気に蝕まれた大地を浄化し、暴走する魔力を鎮め、崩壊寸前にあった世界を少しずつ救っていった。


「……すごいな」


 ノエルは、絵の中で笑う青年を見つめた。銀色の髪に青い瞳。歴史の教科書に描かれる“英雄”という存在は、どこか遠いものに感じられる。けれど、この男もきっと、最初から英雄だったわけじゃない。食事をして、笑って、家族と過ごし、怖いものだってあったはずだ。それでも彼は、世界を救うために、自ら化け物のような力をその身に取り込んだのだ。


「……怖くなかったのかな」


 気付けば、そんな言葉が出ていた。


「怖かったと思いますわ。恐怖を感じないから英雄なのではありません。恐怖を抱えたまま、それでも進んだからこそ“英雄”と呼ばれるのでしょう」


「……そっか」


 ノエルはもう一度、絵を見る。


『怖くても進む』

『ノエルと同じ』


「いやいや。俺はこんなすごくないって」


『とても似てる』

『無茶をするところ』


「そっち!?」


『褒めてない』


「そこは褒めろよ!」


「正確な評価だと思いますわ」


「アイリスまで!?」


 少しだけ空気が緩んだ。だが、次の展示へ進んだところで、ノエルたちは再び足を止めることになった。


妙だった。


それまでの展示には、ダリアの幼少期から王子時代、魔神王戦争、魔瘴核を取り込んだ経緯、そして六芒獣として世界を救った功績まで、かなり細かく記されている。


それなのに──その後の記録だけが、まるで意図的に抜き取られたかのように存在していなかった。


「ここだけ、急に飛んでるな」


 アルベルトも異変に気づいたらしく、年表へ視線を落とした。そこには、ダリアが世界崩壊の阻止に貢献したことが記されていた。しかし、その次に記されていたのは、約百年後の復興期だった。


「六芒獣として活動を終えてから、その後どうなったかが書かれてませんわ」


「死んだという記録もないね」


 シャスールが展示板の下部を覗き込む。


「戦死、病死、行方不明。普通なら何か書くはずなのに、ない」


 ノエルは年表を指で追った。そこだけが不自然なほど綺麗に抜け落ちている。代わりに、端の小さな説明文に一文だけ記されていた。


【後世、砂海の守護獣は永き眠りへ就いたと伝えられる】


「永き眠り……」


「封印のことでしょうね」


 アイリスの瞳が鋭くなる。

 ノエルたちは学院で、ダリアたち六芒獣が封印されたと知らされていた。だが、この国の歴史資料には“封印”とは記されておらず、ただ“永き眠り”とだけ、曖昧に表現されている。


「コンラッド先生」


「うん。おかしいね」


 コンラッドも笑っていなかった。その短い一言だけで、十分だった。アイリスは腕を組み、巨大なダリアの肖像画を見上げながら、静かに呟いた。


「世界を救った英雄を、なぜ封印する必要があったのでしょう」


 その声が、広い展示室に小さく響いた。誰も答えられなかった。求める答えは、ここには記されていなかった。







 ノエルたちは手分けして資料を探すことになり、ノエルとフィンは古代遺跡について、アイリスとアルベルトは王国末期から共和国成立前後の歴史について調べる。

 シャスールは地脈と水脈に関する古文書を探し、そしてコンラッドは──


「先生、それ読めるの?」


「半分くらい読めるよ。残りは推測だね!」


「それは大丈夫なのか!?」


「大丈夫。推測部分には推測って書いておくから」


「そういう問題!?」


 ノエルたちは資料館の地下書庫まで許可をもらい、ひたすら記録を漁る。


 しかし───


「ないなあ……」


 ノエルは机の上に突っ伏した。古代遺跡は数が多く、砂漠の地下には旧文明の神殿や水路、貯蔵庫、墓所、魔力施設、さらには街一つ分にも及ぶ地下都市まで存在するらしい。とてもではないが、すべてを数え切れるような数ではなかった。


「多すぎるんだよ……!“地下にある古代遺跡”って条件だけじゃ、何百個あるんだ?」


「確認されてるものだけで三百二十一」


 フィンが即答した。


「聞きたくなかった!」


『全部行けばいい』


「ソル、雑!」


『三百二十一回冒険できる』


「いや、時間がかかるだろ!」


『『楽しそう』』


「お前らはな!」


 妖精王は寿命が長いから時間感覚が違う……いや、これはたぶん単純に面白がってるだけだ。


「ノエル。これ、昔のオアシス配置図」


 シャスールが差し出したのは、紙の端が茶色く変色した古い水利記録だった。ノエルとフィンは同時に身を乗り出す。

 そこに記されていたのは、共和国成立以前に作られたとされる水脈図だった。現在の地図とは街の形が大きく異なっていたが、いくつかのオアシスの位置だけは一致している。


「昨日調べた場所は……」


「ここだな」


 フィンが鏡晶石を取り出して三号機の支援機能を起動させた。


《地理照合を開始します》


 鏡晶石の画面に現在の地図が映し出され、古地図と現在地図の二つを重ねる。


《一致地点を検出》


「この三つ……全部、枯れてるオアシスじゃないか?」


「そうだよ!今年に入って急激に水位が下がってる主要オアシスだ!」


「他にもあるよ……枯渇報告が出てる場所」


 シャスールが古地図の一点を指した。さらに四つの地点も確認すると、そこも同じように枯渇したオアシスだった。

そこへ、アルベルトとアイリスとコンラッドが近づいてくる。


「何か見つけたのですか?」


「これ見てくれ」


 ノエルは机の上へ地図を広げる。


「枯れてるオアシスだけ印を付けてみる」


 鏡晶石へ指を滑らせる。

 一号機から四号機までの共有演算が動き始めた。


《対象地点、七》

《地形補正》

《旧水脈記録と照合》

《推定線形を表示》


 七つの点を直線で繋ぐ。


「……これ」


 ノエルたちは全員、黙り込んだ。

 枯れたオアシスを順に結んでいくと、それらは偶然とは思えない巨大な輪を描いていた。そして、その線を内側へ延ばした先の中心には、ただ一つの建造物が記されている。


「古代遺跡……?」


 ノエルが呟くとフィンが古地図の文字を確認した。


「名前はほとんど消えているけど…でも場所は……間違いない」


 現在の地図を開くと、中心点に赤い表示が浮かび上がった。


《共和国指定・特級封鎖区域》


「特級……」


 アルベルトが眉を寄せた。


「そんな危険区域が首都近辺に?」


「近いって言っても砂漠の真ん中だけどな」


 フィンが地図を拡大する。


「ここ、俺も聞いたことある。かなり古い遺跡なんだけど……入口が開かないって…」


「開かない?」


「魔法でも、爆破でも、掘削でも」


 フィンは別の棚から古い発掘記録を取り出した。そこには、過去に何度も調査隊が派遣されたものの、門は特殊な古代術式に守られており、現代魔法では解析できなかったと記されていた。岩を破壊しようとしても傷一つつかず、地下を掘り進めようとしても術式によって進行方向を逸らされてしまうため、調査はことごとく失敗に終わったという。


「面倒くさい門だな!」


「でも、開門方法は、存在するようですわ」


 アイリスが記録の一行を指した。


【王家所蔵の開門石板を用いることでのみ、正門を開くことが可能】


「専用鍵……」


「石板タイプなのですね」


「じゃあ、それがあれば入れる?」


「おそらくね。問題は、その石板がどこにあるかだね」


 ノエルの言葉にコンラッドが頷く。


「……下に書いてあるよ」


 シャスールの言葉に全員が資料へ視線を向ける。


【開門石板は代々、王家が管理するものとする】


「王家……」


「でも今は共和国ですよね?」


 ノエルがフィンを見る。


「王家はもう存在しないんじゃ?」


「制度としては、ね。王政が終わった後も、王族そのものが消えたわけじゃない。今は貴族として共和国に残ってる一族がある」


「まさか」


 アルベルトにフィンは頷いた。


「ラージュ家」


 ノエルはダリアの展示を振り返った。

 五千年前から、今もなお続く旧王家の血筋、ラージュ家。


「じゃあ、その石板も……」


「たぶん、ラージュ家が管理してる」


 フィンは立ち上がった。

 さっきまで資料を睨んでいた顔が、一気に明るくなる。


「なら話は早い!」


「知り合いがいるのか?」


「いるどころか、親戚!つい最近、話しただろ?」


“この国が王国だった頃の王族だよ。ばあちゃんはその一族だったんだけど、家を飛び出して商人だったじいちゃんと結婚したんだ”


 フィンが以前話していたことを思い出していると、彼はいつもの人懐っこい笑顔を浮かべながら、鏡晶石に目的地を入力した。


「今のラージュ家当主なら、たぶん石板のことも分かる」


「当主とは、面識があるのですか?」


 アイリスの言葉にフィンは胸を張った。


「もちろん!俺の再従兄弟(はとこ)──ライブ兄さんに会いに行こう!」



 ようやく、一本の道が見えた。

 枯れていくオアシス。地下を流れる異常な魔力。その中心に眠る、封鎖された古代遺跡。そして、遺跡へ通じる石板を守る旧王家ラージュ家。


(…これらが、ただの偶然とは思えない)


ノエルは最後にもう一度、資料館の中央に立つ銀色の英雄像を振り返った。


祖国を救い、世界を救った六芒獣。

それなのに、その最期だけが歴史から抜け落ちている。


───世界を救った英雄を、なぜ封印する必要があったのか。


(その答えはきっと、俺たちがこれから向かう先にある)




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