☆0-6☆従兄弟
踏み固められた土の上に横たわる青年は、まるで時間が止まったかのように動かない。風が吹き抜け、黒い前髪がわずかに揺れるだけで、その身体はぴくりとも反応を見せなかった。
ただ、その瞳だけが異様なほど鮮明だった。
黒い前髪の隙間から覗く赤は、燃え上がる炎というよりも、深い井戸の底に沈んだ宝石のような静かな光を帯びている。
その異様な静けさと、逆に際立つ瞳の存在感に、ノエルの胸がざわついた。
「生きてる!」
ノエルは反射的に馬車の扉へ手をかけ、そのまま勢いよく開いた。木製の扉が軋む音を立てて外へ開き、冷たい外気が車内へ流れ込む。
今にも飛び出そうとしたその瞬間だった。
『待って』
飛び出そうとしたその瞬間、ソルが素早く回り込み、ノエルの鼻先でぴたりと止まる。
小さな体で両腕を広げ、進路を完全に塞いだ。その動きは軽やかでありながら、決して退かないという強い意思を感じさせるものだった。
『あの男、普通ではない』
ルナもノエルの肩へ降り立ち、道端に倒れている青年をじっと見つめている。その視線には明確な警戒があった。普段はどこかぼんやりとした雰囲気を漂わせるルナの瞳が、今は鋭く細められている。
「普通じゃないから倒れてるんだろ」
ノエルは軽く言い返す。だが、その声にはわずかな戸惑いも混じっていた。
『そういう意味ではない』
『魔力の気配が変』
ソルとルナはほぼ同時に言葉を重ねる。その声音はいつもより低く、慎重だった。
「変って、どんなふうに?」
ノエルは眉をひそめながら問い返す。彼自身も魔力を扱う身だが、二人ほど繊細に感じ取れるわけではない。
二人はすぐには答えなかった。
いつもなら即座に辛辣な言葉を返すソルでさえ、珍しく言葉を選んでいる様子だった。
『隠れている』
『深すぎて見えない』
「魔力を隠すのが上手いってことか?」
ノエルは首を傾げる。
『分からない』
『だから危険』
断定ではなく、不確定だからこその警戒。その言葉に、ノエルはもう一度、青年の姿を見た。倒れている場所は、森の影が街道へと伸びている辺りだ。木々の隙間から差し込む光がまだらに地面を照らし、その中に青年の身体が横たわっている。周囲に荷物らしいものはなく、争った形跡も見当たらない。外套には土が付いているが、血は見えなかった。
赤い瞳は開いているが、意識がはっきりしているようには見えない。その不自然さが、逆に放っておけない理由になっていた。
「危険かもしれないからって、放っておけないだろ」
ノエルは静かに言った。その声には迷いがなかった。
『ノエルならそう言うと思った』
『騙されやすい』
ソルが小さくため息をつき、ルナも静かに頷いた。
「まだ何も騙されてないだろ!」
ノエルは思わず声を荒げる。そのやり取りを聞いていた御者が、不安そうに手綱を握り直す。馬もまた、どこか落ち着かない様子で鼻を鳴らしていた。
「坊主。本当に近づくのか?」
御者は振り返りながら問いかける。
「はい」
「盗賊の罠ってこともあるぞ。倒れた仲間を囮にして、助けに来た旅人を襲う連中もいる」
その言葉に、同乗していた老夫婦が顔を強張らせた。行商人の男は荷物の中から短い棍棒を取り出す。
「坊主一人で行くな。俺も手伝う」
行商人が立ち上がりながら言った。
「でも、危険かもしれないんですよね?」
「だからって、子どもだけ行かせたら寝覚めが悪い」
行商人は肩をすくめる。
「俺、十六歳です」
「俺から見れば子どもだ」
「学院へ入るんですけど」
「学院生でも子どもは子どもだ」
『ノエルは見た目も子ども』
『十三歳程度』
「お前たちは黙ってろ!」
ノエルは顔を赤くしながら叫びながらも行商人と共に慎重に馬車を降りた。足元の土を踏みしめながら、ゆっくりと青年へ近づく。行商人は周囲へ鋭く視線を配り、いつでも動けるように体勢を整えている。
ノエルも腰の剣へ手を添えながら青年へ近づく。数歩進んでも、森の中から誰かが飛び出してくる気配はない。
風が葉を揺らす音だけが、静かに響いていた。
「聞こえますか?」
ノエルが声をかけると青年の瞳がわずかに動いた。
「大丈夫ですか?」
返事はない。近くで見ると、青年は二十歳を少し過ぎた程度に見えた。
夜そのものを切り取ったような黒髪に青白い肌に整った顔立ち。細身ながらも、外套の下には旅人らしい鍛えられた体つきが見て取れる。着ている服も質が良く、少なくともその日暮らしの旅人や盗賊には見えなかった。
「息はある」
ノエルは青年の鼻先へ手を近づけると、弱いが確かに呼吸を感じた。
「怪我は?」
「外から見える血はないな」
行商人が周囲を警戒しながら答える。
「病気か、空腹か。魔力を使い切った可能性もある」
「馬車へ運びましょう」
『本気?』
ソルがノエルの頭上を飛ぶ。
「ここに寝かせておくよりいいだろ」
『起きた瞬間、ノエルを食べるかもしれない』
「人間だぞ」
『人間でも人間を食べることはある』
「怖いこと言うな!」
ルナは青年の顔の近くまで飛び、じっと観察する。赤い瞳は、ルナを追うこともない。
『顔が良い』
「今そこを見るのか?」
『顔が良い男は信用するな』
ソルが断言する。
「偏見だろ」
『顔の良い者は、顔で油断させる』
『ノエルも顔だけなら信用できない』
「俺まで巻き込むな!」
行商人が思わず吹き出した。
「仲が良いな、お前たち」
「毎日こんな感じです」
『ノエルが未熟だから』
『妾たちが教育している』
「教育じゃなくて毒舌を浴びせてるだけだろ!」
ノエルは青年の肩へ手を回し、行商人が反対側を支える。二人で体を起こそうとした瞬間、青年の手が動き、ノエルの手首を掴む。
「うわっ!」
驚いて身を引こうとするが、その握力は意外なほど強かった。青年の赤い瞳に、急速に意識が戻っていく。
「……誰だ」
掠れた声だった。低く静かでありながら、相手を威圧する響きを持っている。
「通りかかった旅人です。あなたが倒れていたから、助けようと」
ノエルは落ち着いた声で答える。
「助ける……?」
青年は理解できない言葉を聞いたように眉を寄せる。そして改めてノエルの顔を見た。
その瞬間、掴んでいた指が、はっきりと震えた。
「……っ」
青年の目が大きく見開かれる。呼吸が止まり、顔から血の気が引き、信じられないものに触れたかのように唇が震えた。
「カナリア……?」
「え?」
ノエルは思わず聞き返す。
青年の赤い瞳は、もう街道も、行商人も、周囲の森も見ていなかった。
ただ、ノエルだけを見ている。
懐かしさ、驚愕、苦痛。そして、長い飢えの末にようやく何かを見つけたような異様な熱。
いくつもの感情が一瞬で浮かび、すぐに仮面の下へ沈んだ。
「……いや」
青年はゆっくりと手を離した。
「人違いだ」
「今、カナリアって言いました?」
ノエルが尋ねると、青年の瞳がわずかに揺れる。
「知っているのか」
「名前だけなら」
立ち上がろうとした青年の体が傾く。
「危ない!」
ノエルは咄嗟に肩を支えた。
青年は再びノエルの顔を間近で見る。
頬へ落ちたダークブラウンの髪に母親譲りの柔らかな目元。中性的に整った顔立ち。
青年の右手がゆっくりと持ち上がり、ノエルの頬へ触れようとする。だが、指先が髪へ届く直前、青年は我に返ったように手を止めた。
「……すまない」
拳を握り、その手を胸元へ引き戻す。
「まだ意識が混乱しているらしい」
「大丈夫ですか?」
「ああ」
言葉とは裏腹に顔色は悪い。それでも、先ほどまで倒れていたとは思えないほど姿勢を正し、表情を整えている。
「とにかく馬車へ行きましょう。ここで話すより安全です」
ノエルは周囲を見回しながら言った。
「必要ない」
「必要あります。今、立つだけで倒れかけたでしょう」
「問題ない」
「問題がある人は、だいたい問題ないって言うんです」
『ノエルもよく言う』
『特に料理の時』
「今は俺の話じゃない!」
青年の視線がソルとルナへ向く。一瞬だけ、その赤い瞳に鋭い光が宿る。
ソルとルナも無言で見返し、空気がわずかに張り詰める。だが青年はすぐに視線を外し、ノエルへ戻した。
「彼女たちは?」
「俺の召喚獣です。ソルとルナ」
『獣ではない』
『妖精王』
「分類上は召喚獣だろ」
『不服、抗議する』
『後で話し合い』
「二人とも、今は静かにしてくれ」
青年は何かを考えるように目を細める。
「召喚士……」
「そうです」
「君の名は?」
「ノエル。ノエル・メレディスです」
「ノエル…」
「はい」
「……そうか」
青年は目を伏せる。だが次に顔を上げた時には、穏やかな笑みが浮かんでいる。
「世話になる」
「最初からそう言えばいいんです」
ノエルは少しだけ肩の力を抜いた。
「君は随分と人が良いな」
「よく言われます」
『騙されやすいとも言う』
『将来が不安』
「助けた直後に俺の評価を下げるな!」
ノエルは頬を膨らませながら抗議し、肩に乗るソルとルナは膨れたノエルの頬を軽く指でつついていた。
☆
青年を馬車へ運び込むと、揺れる車内の中で老婦人がすぐに腰をかがめ、布袋から水筒を取り出して差し出した。外では車輪が砂利を踏む音が規則的に響き、朝の冷たい空気がまだ残っている。
「少しずつ飲みなさい」
優しく諭すような声に、青年はゆっくりと視線を上げる。
「感謝する」
青年は礼儀正しくそれを受け取り、ほんの一口だけ水を口に含む。その仕草は落ち着いており、道端に倒れていた人物とは思えないほど品があった。喉を潤すだけで満足したのか、それ以上は飲まずに水筒を丁寧に返す。
その様子を見ていた行商人が、腕を組んだまま少し眉をひそめる。
「腹は減ってないか?」
彼は荷台の隅から干し肉を取り出し、青年へ差し出した。
「必要ない」
青年は短く答えるが、その声には無理をしているような響きも混じっていた。
「遠慮するな。倒れるほど弱っていたんだろ」
行商人はさらに押し出すように言う。
「食欲がない」
青年は視線を逸らし、淡々と答えた。
そのやり取りを見ていたルナが、ノエルの肩からふわりと浮かび上がり、小さな焼き菓子を掲げる。
『甘いものなら食べられる』
「ルナが他人に菓子を渡そうとしてる!」
『半分だけ』
ルナは当然のように付け加える。
「やっぱり全部じゃないのか」
ノエルが呆れたように肩を落とす。
『貴重』
ルナは真顔で言い切った。
そのやり取りに、青年はわずかに口元を緩めた。
「気持ちだけ受け取ろう」
『賢明』
『これは美味しい』
ソルが頷き、ルナはすでに自分で食べ始めていた。
「渡す気なかっただろ」
そんな軽いやり取りのあと、青年は馬車の長椅子へ静かに腰を下ろす。向かい側にノエルが座り、馬車は再びゆっくりと動き出した。車内には木材の軋む音と、穏やかな空気が流れている。
しばらくの沈黙のあと、ノエルが思い出したように口を開いた。
「そういえば、まだ名前を聞いてませんでした」
青年は一瞬だけ視線を上げる。
「ノクス」
短く名乗るその声は、どこか静かな重みを持っていた。
「ノクスさん」
ノエルは素直に繰り返す。
「呼び捨てでいい」
ノクスは淡々と訂正する。
「じゃあ、ノクス」
ノエルは少しだけ笑って言い直した。
「ああ」
ノクスは小さく頷く。
そのまま、ノクスはノエルをじっと見つめた。まるで何かを確かめるような視線だった。
「どうかした?」
ノエルが首を傾げる。
「いや。久しぶりに名前を呼ばれた気がしただけだ」
ノクスは静かに答える。
「普段は?」
ノエルは素直に問い返す。
「好意的ではない呼ばれ方が多い」
その言葉に、車内の空気がわずかに変わる。
「嫌われてるのか?」
率直すぎる問いに、周囲の大人たちが一瞬だけ気まずそうに視線を逸らした。しかしノクスは、ほんのわずかに笑みを浮かべる。
「遠慮がないな」
その声音には、責める色はなかった。
「ごめん」
「悪くない」
ノクスは首を横に振る。
『単に考えなし』
『口が先に動く』
ソルが淡々と捕捉し、ルナもそれに続く。
「印象を悪くするな!」
「裏表はなさそうだ」
ノクスの表情が少し柔らぐ。その空気に安心したのか、ノクスは話題を変えるように問いかけた。
「それで、ノエルはどこから来たんだ?」
馬車の揺れに合わせて、ノエルは軽く体勢を整える。
「ルーベ村って名前の小さな村だよ」
その言葉に、ノクスの指先がわずかに動いた。
「王国西の小さな村か」
確認するような口調だった。
「そう。山と森しかないけどいいところだよ」
ノエルは少し誇らしげに言う。
「そこで生まれ育ったのか?」
「そう!今日までずっと」
「両親も?」
「母親はルーベ村育ちだけど、父親は他所から村に来たって聞いたことがあるけど…」
ノクスの視線がわずかに鋭くなる。
「母親の名前は?」
「母さんの名前?セキレイだけど…」
その名を聞いた瞬間、ノクスの表情が一瞬だけ固まった。ほんのわずかな変化だったが、確かに何かが揺れた。
「……確認したい。グレーの色の髪に赤い瞳の女性か?」
「そうだよ」
「姉がいるはずだ」
「母さんの姉…カナリア叔母さんのこと?」
その名前が出た瞬間、ノクスの瞳が大きく揺れた。
「カナリア……」
かすれるような声だった。
「カナリア叔母さんのこと知ってるのか?」
ノエルが身を乗り出すと、ノクスは一度深く息を整え、静かに告げた。
「カナリアは、私の母だ」
「……え?じゃ、じゃあ、母さんの姉がカナリアで、その息子がノクスってことは……」
『従兄弟』
『説明不要』
「分かってる!」
ノエルが慌ててツッコミながらも、ノエルは改めてノクスを見る。どこか母に似ている気がする顔立ちに、今さらながら納得がいく。
「俺たち従兄弟なのか?」
「ああ。間違いない」
ノクスの声は静かだが、その指先にはわずかに力がこもっていた。
「母さんから聞いてた。カナリア叔母さんは歌が上手くて、俺と顔が似てるって」
「ああ、ノエルは母にとても似ている」
「すごいな。母さん側の親戚に会ったの初めてなんだ」
「……そうか」
ノクスは短く答えるが、その瞳には複雑な感情が浮かんでいた。
「ノクスは叔母さんと一緒に暮らしてたのか?」
「昔は」
「昔?今は?」
「いない」
短い答えだった。ノエルはその言葉の重さを感じ取り、それ以上は踏み込まなかった。
「ごめん」
「君は悪くない。悪いのは別の者たちだ」
その言葉に、空気が少しだけ重くなる。馬車の揺れがやけに大きく感じられた。
ノエルはその空気を変えるように、少し明るい声で話題を変える。
「母さん、カナリア叔母さんの話をするとき寂しそうなんだ」
「セキレイが?」
ノクスが顔を上げる。
「幼い頃に村から旅立って村に帰ってこなかったって。後、カナリア叔母さんは料理が壊滅的だったって聞いた」
「……料理?」
「鍋から紫の煙が出たり、魚が翌朝まで動いてたって」
「それは料理なのか?」
ノクスが真顔で問い返す。
「父さんも同じこと言ってた」
『ノエルと同じ料理下手』
『血縁関係を強く感じさせられる話』
「そこで俺に繋げるな!」
ノエルが即座に抗議する。
「君も料理が苦手なのか」
ノクスが興味深そうに尋ねる。
「苦手じゃない」
『毒物』
ノエルは即答するが、ソルが断言する。
『用途のない毒物』
ルナが追い打ちをかける。
「従兄弟に会って最初に広める話がそれか!」
ノエルが叫ぶとノクスが小さく笑った。
「よく似ている」
「なにが?!」
周囲に笑いが広がり、先ほどまでの重い空気が少しずつ和らいでいく。ノエルは肩の力を抜きながら、改めてノクスを見る。
「それにしても、すごい偶然だな」
馬車の外では風が草を揺らしている。
「村を出た初日に従兄弟を拾うなんて」
「拾う」
ノクスが静かに繰り返す。
「助ける、だな」
『拾ったで合っている』
『道端に落ちていた』
「人を落とし物みたいに言うな!」
ノクスはそんなやり取りを見つめながら、静かに問いかけた。
「簡単に信じるのか?」
その声には、どこか試すような響きがあった。
「母親の名前も特徴も一致してるし、他に疑う理由がないだろ」
「私が嘘をついているとは?」
「嘘なのか?」
「いや」
ノクスは首を振る。
「じゃあ信じる」
あまりにもあっさりとした答えにノクスは静かに目を伏せる。
「本当に似ている…」
「何が?」
ノエルが首を傾げる。
「君も母も、人を信じることを恐れない」
「叔母さんも?」
「ああ。母もそうだった」
ノエルはその横顔をじっと見つめる。
「ノクスはこれからどこへ行くんだ?」
馬車の揺れが少し強くなる。
「決めていない」
「目的地もなく歩いてたのか?」
「ああ」
「それで倒れたのか?」
「結果的には」
「駄目じゃないか!」
ノエルが思わず声を上げる。
「俺より年上なのに旅が下手すぎる!」
『ノエルに言われるのは重症』
『入学許可証を十一回確認した男に言われて可哀想』
「十回だ!」
ノエルが即座に訂正する。
『最後にもう一回見た』
「数えるな!」
「…君は私を心配しているのか」
「当たり前だろ。従兄弟なんだから」
その言葉に、ノクスの瞳が揺れる。
「従兄弟……」
「違うのか?」
「いや」
ノクスは一瞬だけノエルの髪に触れ、そこに絡んでいた小さな葉を摘み取る。
「柔らかい」
指先に残る感触を確かめるように呟く。
「母さんにもよく言われる」
ノエルが少し照れたように答える。
「そうか」
『近い』『触りすぎ』
「葉を取っただけだ」
『顔が良い男は信用するな』
「まだ言うのか」
ノクスがわずかに苦笑する。
『こやつ、自覚があるぞ』
『顔の良さを理解してる…さらに怪しい』
「俺にも言ってたよな?」
『ノエルも信用できない』
『女顔で男を釣りあげる』
「三年契約してそれか!」
ノエルたちのやり取りにノクスが静かに笑う。
「随分好かれているな」
「これが?」
ノエルが疑問を浮かべる。
『うむ。ノエルをとても好いている』
『ノエルが世界一可愛いから仕方がない』
「従兄弟の前でやめろ!」
ノエルが顔を赤くする。
「可愛い、か」
ノクスはノエルを見つめる。
「母に似ている顔だ」
「それなら嫌じゃないけど……」
ノエルは頬を掻いた。
少しの沈黙のあと、ノエルは思い切ったように口を開く。
「王都まで一緒に来ないか?」
馬車の揺れがゆっくりと続く中、ノクスが視線を向ける。
「私が?」
「行く場所ないんだろ」
「危険な人間かもしれない」
ノクスは静かに言う。
「従兄弟だろ?」
ノエルは即答する。
「血縁と善悪は別だ」
「それでも放っておけない」
ノエルの声には迷いがなかった。
ノクスはしばらく黙る。馬車の音だけが響く。
「誰にでもそうするのか」
「倒れてたら助ける」
「裏切られても?」
「疑って見捨てるよりいい」
『説得力がない』
『非常にない』
「今大事な話だぞ!」
「なら、王都まで世話になろう」
その言葉に、ノエルの表情が明るくなる。
「決まりだな」
「よろしく、ノクス」
ノエルは手を差し出すような気持ちで言う。
「……よろしく、ノエル」
ノクスはその名を、大切に呼んだ。




