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セイレーンは終焉を歌わない 〜十二の曲と六芒獣〜  作者: 白雪藤
第二章 六芒獣編☆第一遠征アリーナルムル共和国編
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☆二章☆1-4☆クローバー家

 

「……なあ、フィン」


「ん?」


「ここ、家?」


「そうだぞ?」


「宮殿じゃなくて?」


「家だぞ?」


 (いやいやいや…どう見ても家じゃないだろ!)


 アリーナルムル共和国の大通りを抜け、しばらく馬車に揺られていると、ノエルたちの目の前に白い石造りの巨大な屋敷が現れた。

 左右の端が見えないほど広く、正面だけでもノエルの故郷であるルーベ村の広場が何個も入ってしまいそうな規模だ。何階建てなのかも、ぱっと見では分からない。

 中央には大きな噴水があり、その左右には南国を思わせる植物が整然と並んでいる。さらに奥には別棟らしき建物まで見え、屋敷を囲む外壁も高い。

 門前には、制服姿の使用人たちが何人も立っていた。


「共和国って王様いないんじゃなかったっけ?」


 思わず聞くと、フィンはいつもの調子で笑った。


「いないぞ。昔は王家があったけど、今は共和国だからな」


「じゃあ、なんでお前んちが王宮みたいなんだよ」


「父さんが商売頑張ったから?」


「疑問形で言うな」


 横にいたアルベルトが、呆れた顔で屋敷を見上げる。


「頑張った、で説明できる規模ではないと思うが…」


「クローバー商会は世界規模ですもの」


 アイリスは冷静だった。さすが公爵令嬢というべきか、このような豪邸にも慣れているようだ。


「それに、クローバー家は単なる商家でもありませんわね?」


「んーまぁそうだねぇ…ばあちゃんが、ラージュ家の血筋なんだ」


「ラージュ家?」


ノエルが尋ねるとフィンはそうだよ、と頷く。


「この国が王国だった頃の王族だよ。ばあちゃんはその一族だったんだけど、家を飛び出して商人だったじいちゃんと結婚したんだ」


「駆け落ち?」


「ほぼそんな感じ。今でも結構有名な話だよ。旧王族のお嬢様が、身分を捨てて貧乏商人と大恋愛したって」


フィンはあっけらかんと答えた。口調こそ軽かったが、その内容は決して軽いものではない。


「物語みたいだな」


 ノエルの言葉に、シャスールが屋敷を眺めながら頷く。


「その貧乏商人の家が、数十年後に世界有数の大商会になってるんだから、更に物語っぽいね」


「確かに」


 フィン曰く、父親であるフィデルは、旧王族の血を引く女性の息子にあたるため、フィン自身にもわずかながら旧王族の血が流れていることになるらしい。もっとも、本人からは王族らしい雰囲気などまったく感じられない。


『フィンは庶民的』

『お菓子一つで喜ぶ』


「それ褒めてる?」


「たぶん違うぞ」


 そんなことを話している間にも、よく手入れされた重厚な金属製の巨大な門が、ほとんど音を立てることなく、ゆっくりと開いていく。


やがて門が完全に開くと、その向こうから、どどどどど、と小さな地響きすら聞こえそうな勢いで、子供たちが雪崩れ込んできた。


「フィン兄ー!」

「お土産!」

「学院どうだった!?」

「王都の話して!」

「おかえり!」

「フィン!」


 フィンの姿が人の波に埋もれて見えなくなり、ノエルとアルベルト、アイリスは揃って固まった。そんな中、シャスールだけは面白そうに目を細めていた。


「……埋まったな」


「埋まりましたわね」


「人って兄弟だけで埋められるんだな……」


 アルベルトが妙なところに感心していた。

 人の山の中から、フィンの手だけが出る。


「大丈夫だぞー」


「その状態で言われても説得力ねえよ!」


 やがて兄弟たちが少しずつ離れ、ようやくフィンの顔が見えた。髪はぐしゃぐしゃに乱れていたが、本人は心から嬉しそうに笑っている。その表情を見て、ノエルは「ああ、帰ってきたんだな」と実感した。

 ノエルがルーベ村に帰ったら、リーナもきっと、あんなふうに勢いよく駆け寄ってくるのだろうか。いや、あいつの場合は、最初に飛び蹴りをかましてきそうだ。


「フィン、その人たち誰?」


 小さな女の子が俺たちを見上げる。


「学院の友達だぞ」


「へえー!」


 視線が一斉にノエルたちへ集まった。中でも、妹らしき女の子たちの目が妙に輝いている。その様子に、ノエルは嫌な予感を覚えた。


「このお姉ちゃんかわいい!」

「ほんとだ!」

「フィン兄ちゃんの彼女!?」


「は?」


「ノエルは男だから彼女じゃないよー!それにお姉ちゃんじゃなくてお兄ちゃんだぞ」


「そうだよ!」


「でも可愛いよ!」

「お姉ちゃんみたい!」

「声も可愛い!」

「髪触っていい?」

「肌が白くて目も大きい!」

「ちっちゃい!」


「最後のは余計だ!」


 逃げる間もなく子どもたちに囲まれ、左右から服を引っ張られ、前から覗き込まれた。さらには一人に腕まで抱きつかれ、ノエルは完全に身動きが取れなくなった。


(なんだ、この包囲網!)


『流石、商人の娘たち。見る目がある』


「ソル!?」


『ノエルは見た目だけなら美少女顔だから仕方がない』


「ルナまで!」


 二人はノエルの肩の上で、うんうんと頷いている。


「でもお兄ちゃんなんだよね?」


 栗色の髪をした小さな女の子が首を傾げる。


「そう!俺は男!」


「じゃあ、かわいいお兄ちゃん!」


「……まあ、それなら」


 (……って、いや待て。何か負けた気がする)


「じゃあ、こっちのお姉ちゃんがフィン兄ちゃんの彼女ー?」


 今度はアイリスが指差された。


「違いますわ!」


「えー?」

「お似合いなのに」

「フィン兄ちゃん、彼女いないの?」


「いないぞー」


 フィン本人は全く気にした様子もない。


「何で?」


「何でだろうな?」


「僕たちに聞くな」


 アルベルトがフィンに突っ込んだ。


「あらあら。ずいぶん賑やかね」


 柔らかな女性の声が響き、兄弟たちの後ろから一人の女性が歩いてきた。栗色の短い髪と落ち着いた青い瞳を持ち、ゆったりとした雰囲気をまとっている。しかし、その立ち姿には妙な隙がなかった。


「おかえり、フィン」


「ただいま、母さん」


 フィンが嬉しそうに笑う。


「こちらがお友達?」


「ああ。ノエル、アイリス、アルベルト、シャスール。それとコンラッド先生」


 少し離れたところで、コンラッド先生が笑顔で会釈した。


「王立アストル魔法学院で一年A組の担任をしています、コンラッド・スターリットです。今回は遠征の引率としてお世話になります」


「まあ。わざわざありがとうございます」


 女性は丁寧に頭を下げた。


「私はペイシェンス。フィンの母です」


「フィンの母さん?」


「ええ。第一夫人、なんて呼ばれることもあるけれど、この家ではあまり気にしていないわ」


「ただいまー!」


「フィン!?」

「帰ってきたの?」

「まあ……!」

「あらぁ、お帰りなさい」

「遅いぞ!」


フィンが屋敷の奥へ声を張り上げると、今度は奥からも複数の女性たちが次々と姿を現した。驚きや喜び、安堵、叱責など、それぞれ異なる表情を浮かべながら、帰宅したフィンを迎え入れる。


「増えた……」


 ノエルはもう、それしか言えなかった。

 明るいオレンジレッドのツインテールを揺らす女性。ダークブルーの髪を静かに垂らした女性。翡翠色の髪を持つ穏やかな女性。赤みを帯びた長髪の女性。そして、緑の髪と金色の瞳を備えた、見るからに気の強そうな女性。

 個性豊かな美女たちが次々と姿を現し、フィンの帰還を祝うために集まってきた。


「ちゃんとご飯は食べてた?」

「お菓子ばかり食べてないわよね?」

「学院で怪我してない?」

「痩せてないかしら?」

「好きな子はできた?」

「お土産は?」


「最後二つだけ方向性違くない?」


 ノエルが小さく呟いた。

 フィンは一人ひとりに「ただいま、母さん」と返していた。そこには生みの母親かどうかを区別する様子などまったくなく、六人全員を本当の母親として慕っていることが伝わってくる。


 その時、兄弟たちの奥から「フィン」と、少し低く穏やかな男の声が響いた。

 

 声の主は、褐色の肌に銀色の長い髪、頭には獅子の耳、腰からは同じく獅子の尻尾を生やした大柄な男だった。ヴァイオレットの瞳とその容姿はフィンとよく似ている。体格こそ大きいものの、威圧感よりも先に、人の良さそうな雰囲気が伝わってきた。


「父さん!」


 フィンが満面の笑みで男に駆け寄った。


「ただいま」


「おかえり」


 男──フィンの父親であるフィデル・クローバーは、フィンの肩を抱いた。


「元気そうで良かった」


「父さんも」


「ああ。家は皆元気だ」


「見れば分かるよ」


 フィンが笑うと、フィデルもつられて笑った。顔立ちが似ているのはもちろん、相手を安心させる穏やかな雰囲気もよく似ていた。


「君たちが、フィンの友人かな?」


「あ、はい」


 順番に自己紹介をしていく中で、ノエルが名乗ると、フィンの父さんは優しく頷いた。


「君がノエル君か。フィンから手紙でよく名前を聞いているよ」


「え、俺のこと書いてたの?」


「書いてたぞ」


「何を?」


「料理が危険とか」


「なんでそこ!?」


『事実』

『公益性が高い情報』


「お前らはどっちの味方だ!」


 ソルとルナに突っ込むと、周囲から笑いが起きた。


「にぎやかな子だなあ…うん、フィンと相性が良さそうだ!」


「どういう意味?」


「両方、騒ぎを呼び込みそうってことじゃない?」


「否定できませんわね」


「日頃の行いだな」


シャスールはノエルとフィンを見て言った言葉に、アイリスとアルベルトは頷いた。


  

 その後、俺たちはそのまま屋敷の中へ案内された。

 外から見ても十分すぎるほど広かったが、内部はさらに広大で、長い廊下やいくつもの階段、さらには中庭まで備えられていた。使用人さんとも何人すれ違ったのか分からないほどで、俺は思わず圧倒されてしまう。


「迷子になるなよ」


 フィンが笑う。


「迷子になる家ってどういうことだよ」


「昔、ジャスパーが三時間見つからなかったことがあるんだ」


「家の中で!?」


「倉庫で寝てたのを発見されたんだ」


「怖いわ!」


 三号機を鏡晶石に常駐させておいて良かったかもしれない。


《屋敷内部の簡易地図を作成中》


「頼む。わりと本気で」


《承認》


 こういう使い方をするために作られた魔道具じゃないと思うけど…

 俺たちは荷物を客室に置いたあと、大広間へ呼ばれた。

 

 大広間に着くと、栗色の長い髪を背中へ流した、明るく快活そうな雰囲気の美人が、椅子から軽やかに立ち上がった。

 ヴァイオレットの瞳が好奇心に輝き、口元には人懐っこい笑みが浮かぶ。

 初対面の相手にも自然に親しみを感じさせる表情をしていた。


「長女のアイリーン・クローバーです」


彼女は胸元へそっと手を添え、柔らかく頭を下げた。フィンの姉だ。


「フィンがいつもお世話になっています」


「こちらこそ」


「特にノエル君」


「俺?」


「話はたくさん聞いてるわ。フィンが送ってくる手紙、ノエル君の話が多いもの」


「おいフィン!」


「ノエルの話は事実面白いからね!」


「俺は娯楽じゃないぞ!」


「ほら、やっぱり面白い」


 アイリーンさんまで笑う。


「……心を読まなくても分かりやすい子ね」


「え?」


「姉ちゃんの称号は精神感応なんだ!心を読むこともできるぞ」


「安心して、勝手には読まないわよ。人の心って、本人が見られたくないところもあるでしょう?」


 アイリーンさんは苦笑した。

 人の心を読む力を持っているからこそ、相手が望まない限りは使わないという線引きをしているのだろう。そんなことを考えていると、アイリーンさんが俺を見た。


「それに…あなたの心は読まなくても顔に全部出そうだし」


「それはどういう意味だ!」


「そのままの意味よ」


 その隣では、赤みがかった髪の女性が脚を組んで座っており、背中には白い翼が生えていた。

 

「姉さん、遊びすぎ」


 吊り目気味のヴァイオレットの瞳が俺を見る。


「エレン・クローバー。フィンの姉よ」


「よろしく」


「ふうん」


 上から下まで観察された。


「本当に男なのね」


「そこから入るのやめてくれない!?」


「だって妹たちが“可愛いお兄ちゃんが来た”って騒いでたから」


「この家、情報回るの早すぎない!?」


「十四人兄妹を舐めないことね」


「何の自慢だよ!」


 エレンさんはくすっと笑う。

 高飛車な感じはあるけど、嫌な感じはしなかった。


「エレン姉ちゃんの称号は写身鏡だよ!分身を作れるんだ」


「へえ」


「家事で便利よ」


「使い道そこ!?」


「自分が五人いれば片付けも五倍でしょう?」


「いや、もっと戦闘とか……」


「それもできるけど、日常生活の方が使用頻度高いわよ」


 (……称号の使い道って、人それぞれなんだな)


     




────

───

──






 夕食は、もはや宴会だった。


「これ毎日?」


「だいたい」


「毎日宴会じゃん」


 巨大な食卓には、いくつもの長机を繋いだテーブルいっぱいに料理が並んでいた。香ばしく焼き上げた砂ダコや大蠍の串焼き、香辛料をふんだんに使った肉料理や魚料理、色鮮やかな野菜や果物。砂漠の国とは思えないほど豊かな食材が揃っているのは、世界各地を行き交う大商人の家ならではなのだろう。

 俺の左隣にはフィン、右隣には九歳の妹ルミナスが座っている。向かい側には三つ子の兄妹が並び、さらにソルとルナの前には、二人専用の小皿まで用意されていた。


『とても甘い菓子』

『ここは良い家』


 ソルとルナが砂糖菓子を食べて目を輝かせる。


「相変わらず判断基準が菓子なんだよな」


 するとカリタさんが、「まだありますよ」とソルとルナの目の前に追加のお菓子を持ってきた。


『良い母』

『素晴らしい母』


「買収されるの早っ!」


 俺が突っ込む。


 食卓のあちこちから、弾けるような笑い声が上がった。


 焼きたてのパンから立ちのぼる香ばしい匂い。香辛料を効かせた肉料理の刺激的な香り。甘く煮詰めた果実の匂い。いくつもの香りが混ざり合い、広い食堂いっぱいに漂っている。食器が触れ合う軽やかな音や、椅子を引く音、子どもたちの弾んだ声が重なり、まるで一つの大きな音楽のように響いていた。


「母さん、これ取って!」

「はいはい、今渡すわ」

「母さん、パンもう一個食べたい!」

「食べすぎると夕食が入らなくなるわよ。……でも、今日は特別ね」

「母さん、袖にソースついてる!」

「動かないで。ほら、拭くから」


 食卓では、何度も「母さん」と呼ぶ声が飛び交っていた。

 けれど、その呼びかけに応じる女性は一人ではない。

 誰かが呼べば、六人の母親たちのうち、手の空いている者が自然に振り向く。ペイシェンスさんが取り皿へ料理を分けている間に、エルサさんが弟の口元についたソースを布巾で拭う。アメリアさんは黙々と冷めかけた料理を温め直し、カリタさんはこぼれた飲み物をすぐに拭き取る。マリアさんは食べるのに夢中になっている子どもへ、「ゆっくりでいいからね」と声をかけ、カトリーヌさんは騒ぎすぎた子どもたちを鋭い目で睨みつけながらも、さりげなく空いた皿へ料理を足していた。


 誰が産んだ子どもかなど、気にしている様子はない。

 叱るのも、料理を取り分けるのも、こぼしたものを片づけるのも、乱れた髪や服を整えるのも、すべてがごく自然に行われていた。誰かが立ち上がれば、別の誰かがその空いた場所を埋める。誰かが子どもの手を拭けば、別の誰かが次の皿を差し出す。


 その動きには、長年積み重ねてきた家族だけが持つ呼吸があった。

 十四人の子どもたちは、六人全員を母と呼ぶ。

 そして六人の母親たちは、誰一人としてその呼び方を否定しない。

 血のつながりがあるかどうかなんて関係ない。十四人の子どもたちは、六人全員から分け隔てなく愛情を注がれ、六人全員に見守られながら育っているのだ。


「珍しい?」


 フィンが隣から聞いてきた。


「……ちょっとな」


「俺はこれが普通だから、学院行って初めて珍しいって知った」


「そりゃ珍しいだろ。母親六人いるんだぞ」


「みんな母さんだぞ?」


「うん」


 なんとなく、その一言がすごくフィンらしい気がした。

 俺には母さんが一人、父さんが一人、妹が一人いる。家族の形は違うけれど、大切な人たちがいて、その人たちが笑っているだけで安心できる場所という意味では、ここも俺の家と同じだった。


「ノエル」


「ん?」


「ぼーっとしてどうした?」


「いや」


 フィンを見る。


「いい家族だな」


「だろ?」


 迷いなく返ってきた。その笑顔を見て、俺も笑った。


「うん」


 いいな、こういうの。俺もルーベ村に帰りたくなった。父さん、母さん、リーナ……みんな、元気にしてるかな。


 


────

───

──





 食事が終わると、年少組は使用人たちに連れられて風呂や寝る準備へ向かい、俺たちはアイリーンさんとエレンさん、フィデルさん、コンラッド先生、フィン、アイリス、アルベルト、シャスールとともに、先ほどまでの大騒ぎが嘘のように静まり返った応接室へ移動した。


「さて」


 フィデルさんは静かに姿勢を正した。その瞬間、柔らかな父親の表情が薄れ、大商会を率いる当主としての威厳が、瞳の奥から滲み出した。


「スターリット先生。今回、学院がアリーナルムルへ調査に来られた理由ですが」


「六芒獣に関係する古代遺跡。それと、最近増加している魔物の異常行動についてです」


 コンラッド先生が答えるとフィデルさんが静かに頷いた。


「でしたら、すでにご存知だとは思いますが…最近、砂漠のオアシスが次々と枯れていく異常気象が発生しているので気をつけてくれ」


 フィンの笑顔が消えた。


「オアシスが?」


「ああ。それも一つや二つじゃない。交易路沿いにある水場が、ここ数か月で急速に干上がっている」


「共和国政府は?」


 アイリスが問う。


「異常気象と地下水脈の変動という見解だ」


「それだけではなさそうですわね」


「ああ、さらに魔物の数も増えてきている」


 フィデルさんの尻尾がわずかに揺れ、その声が低くなる。


「数が?」


 アルベルトが聞き返す。


「正確には、人の住む地域へ出てくる個体が急増している。今まで砂漠奥地にいた魔物まで、街道や集落付近に姿を見せ始めた」


「水を探してるのかも」


 シャスールが静かに言うと、全員の視線が彼へ集まった。


「オアシスが枯れれば、魔物だって水場を失う。生きるために、人間の生活圏へ近づいてくる」


「……なるほどな」


 俺は腕を組み、砂漠で相次ぐオアシスの枯渇と魔物の増加、そして俺たちが探す五千年前の封印に、何らかの関係があるのではないかと考えた。その瞬間、胸元の鏡晶石が小さく光った。


《周辺地域における魔力異常情報との照合を推奨》


「先生」


「うん。明日、実際に枯れたオアシスを見に行こう」

 

 コンラッド先生も、さっきまでの柔らかな表情を消し、ピーコックグリーンの瞳を細めていた。

 楽しかった夕食の余韻は、その言葉とともに少しずつ遠ざかっていく。


 笑顔で俺たちを迎えてくれた、フィンの故郷───砂の共和国アリーナルムル。


その足元で、何かが起きているのか、まだ俺たちは、それが何なのか知らない。

 ただ、この異変が、これから向き合うことになる大きな出来事の始まりなのだという予感だけが、妙に胸の奥に残っていた。



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