幕間☆1.5-2☆地獄の特訓
──弱いままでは、理想を語るだけで終わってしまう
生徒会室でグレイシアから告げられたその言葉は、授業を終えたあともノエルの胸に残り続けていた。
カティアが最後に託した願い。世界を憎み、壊れてしまった金糸雀挽歌の者たちにも、可能なら救いの手を差し伸べてほしいという願いを、ノエルは叶えたいと思っていた。
罪をなかったことにするつもりはない。
傷つけられた者たちに、無理に赦しを求めるつもりもない。それでも、変わりたいと願う者がいるのなら、もう一度歩き出すための道だけは残したい。
でも、グレイシアの言う通りだった。理想を掲げるだけなら、誰にでもできる。相手は世界を滅ぼそうとしている組織だ。こちらが手を伸ばしたからといって、その手を握り返してくれるとは限らない。むしろ、差し出した手ごと斬り落とされるかもしれない。
狙われるのは、ノエル自身だけではない。
両親やリーナ、アイリス、アルベルト、フィン、シャスール。そして、ソルやルナ───大切な人たちの命まで奪おうとするかもしれない。
それでも救いたいと言うのなら、自分だけではなく、仲間も、相手も、すべてを守り抜けるだけの力が必要になる。
「……よし」
放課後、ノエルは一度だけ大きく息を吐くと、職員室の扉を開けた。
授業を終えたばかりの職員室には、まだ多くの教師たちが残っていた。書類の山と格闘する者、生徒の答案を採点する者、茶を片手に談笑する者──それぞれが思い思いに過ごしている。
その中で、窓際に座るレオンだけは、珍しく真剣な表情で警備報告書に目を通していた。
椅子には後ろ向きに腰掛けており、その周囲には、学院の警備も兼任する男性教師たち──モス、アベル、ツツジ、ローレンス、クレムが集まっていた。
「レオン先生」
「ん?」
レオンは呼びかけに応じて顔を上げ、ノエルの姿を認めると、いつもの掴みどころのない笑みを浮かべた。
「お、ノエルじゃん。どうした?」
「ちょっと頼みがあるんだけど…」
「金なら貸さねぇぞ」
「なんで最初に金なんだよ」
「若者の悩みの半分くらい金だろ?」
「偏見がひどい」
近くにいたツツジが小さく笑った。
レオンは報告書を机へ置き、椅子の背もたれへ腕を乗せる。
「で?」
「……俺、もっと強くなりたいんだ」
ノエルの声にはふざけた調子がなく、その変化を察したレオンも、わずかに目を細めた。
「遠征があるからか?」
「それもあるけど……俺さ、レオン先生に三年前、村を助けてもらっただろ」
「あー……あったな」
「忘れてたのかよ」
「いやいや。覚えてるって。可愛い女の子が──」
「男だ!!」
職員室のあちこちから笑い声が上がり、ノエルは耳まで赤くしながらレオンを睨んだ。
「三年経ってもそこ間違えるのやめろ!」
「悪ぃ悪ぃ」
「絶対悪いと思ってない!……でも」
「ん?」
「俺にとって、レオン先生が憧れの存在なんだ」
レオンの笑みが止まった。
「村の人たちを守ってくれて、あんな数の魔物を一人で全部倒して……あの時の先生、すげぇかっこよかった!だから俺も……レオン先生みたいに、かっこよくて強い男になりたい!」
「…………」
「…………先生?」
レオンの肩が震えた。
「~~~~っ!」
「うわっ!?」
次の瞬間、ノエルの身体が宙へ浮いた。
「可愛いなぁ! お前は!!」
「ぐえっ!?」
がっしり抱きしめられる。
さらに大きな手で頭をわしゃわしゃと撫で回され、せっかく整えていた髪が一瞬で鳥の巣になった。
「ちょ、苦しい! 離せ!」
「いやぁ、先生やってて良かったわ!」
「感動するのはいいから離せって!」
「よし!」
レオンはノエルの両肩を掴む。その顔には、太陽のように明るい満面の笑み。
「任せとけ!」
「……え?」
「俺にいい考えがある!」
その瞬間、職員室の空気が変わった。正確には、レオンの近くにいたモス、アベル、ツツジ、ローレンス、クレムの五人だけが固まり、揃ってすっと視線を逸らした。
その表情は見事なまでに同じで、声にしていないのに“うわぁ”と聞こえてきそうだった。
「アリーナルムルの遠征に行くまでに、お前たちを強くしてやるよ!」
レオンが親指を立て、ノエルの顔がぱっと明るくなった。
「本当か!?」
「おう!」
「ありがとう、レオン先生!」
「いいってことよ!」
ノエルが純粋に喜ぶ一方で、その背後ではツツジが遠い目をしながら呟いた。
「小動物が自分から肉食獣の巣穴に入っていった……痛っ!」
ローレンスが無言でツツジの頭を叩いた。
「余計なこと言うな」
「だって事実じゃん」
「聞かれたら巻き込まれるぞ」
「もう遅いぞー」
「「「「「…………」」」」」
五人がゆっくり振り返ると、そこには満面の笑みを浮かべたレオンが立っていた。その笑顔は先ほどノエルへ向けていたものと同じ形をしていたが、目だけは一切笑っていなかった。
「おーい、そこのコソコソしてるお前ら」
「いや、俺らは別に──」
「お前らも一緒に頑張るんだぞ☆」
五人の顔から、みるみる血の気が引いていく。それでも、レオンは笑顔を崩さなかった。
「生徒がこんなに健気に頑張ってんだ」
声音だけが低くなる。
「……分かってんな?」
「「「「「はい」」」」」
ノエルは首を傾げる。
「先生たちも一緒なの?」
「おう。喜んでるだろ?」
「どこが!?」
ツツジの悲鳴が職員室へ響き渡った。
☆
───翌朝 午前九時
ノエルは、アイリス、アルベルト、フィン、シャスールとともに目の前に広がる光景を見つめ、しばらく言葉を失った。
「……なあ」
「何ですの?」
「俺、昨日は職員室で“強くしてください”って頼んだんだよ」
「ええ。昨日、話を聞いて存じておりますわ」
「“異世界に連れてってください”って頼んだ覚えはないんだけど」
彼らが立っていたのは、ただの演習場などではない。
視界の果てまで黄金色の砂漠が広がり、焼けつくような太陽が容赦なく照りつけている。遠くの砂丘は陽炎に揺らめき、風が吹くたび、細かな砂粒が頬を打った。
暑い、という言葉だけでは到底言い表せない熱気が、立っているだけで体力を奪っていく。
そんな砂漠の中央に、なぜか豪華な装飾を施された、無駄に虹色の巨大な看板が立ち、そこには【死と生の境界☆輪廻からの解脱〜砂漠編〜】と書かれていた。
「「「「「…………」」」」」
ソルとルナがノエルの頭上で看板を見上げる。
『微妙な題名』
『センスがない』
「俺もそう思う」
「なんじゃと!?」
背後から怒声が響いた。振り返ると、腕を組んだディオーネが立っていた。
「わしが三時間考えた最高傑作じゃぞ!」
その横でアミュが肩を竦める。
「三時間も無駄にしたんですか?」
「無駄ではない!」
コンラッドが看板を見る。
「僕は最初に“砂漠訓練場”でいいって言ったんだけどね」
「地味じゃ!」
ヒストリアが妙に真剣な顔で看板を観察している。
「私は資料タイトルとしては嫌いではありませんよ」
アドモンが眼鏡を押し上げる。
「研究報告書の表紙にこれが書いてあったら僕は閉じますね」
「おぬしら少しは学院長を敬わんか!」
「普段の行いじゃないですか?」
「アミュ!」
特級五人───ディオーネ、コンラッド、アミュ、ヒストリア、アドモンが共同で創り上げた異空間が、この砂漠の訓練場だった。
そして、そこから少し離れた場所では、ツツジたち五人がすでにぐったりしていた。
「帰りたい」
「まだ始まってないよ」
ツツジの言葉にアベルが淡々と指摘する。
「始まるから帰りたいんだよ」
ローレンスは黙って空を仰ぎ、クレムは装着した魔導籠手の具合を確かめていた。
モスは一見すると平静を保っていたが、額にはうっすらと汗がにじんでいる。そこへレオンが歩み寄ってきた。
「よーし、全員いるな!まず説明するぞ!」
レオンだけは妙に元気な様子で、砂の上へ小さな袋を五つ放り投げた。
ノエルたちはそれぞれ袋を拾い上げる。中には、黒く小さな種が三つずつ入っていた。
「それが今回の第一課題だ」
「種?」
「ああ。名前はマナカ」
ヒストリアがレオンの横から説明を引き継いだ。
「マナカは、周囲の魔力に非常に敏感な植物です。成長に必要なのは水でも肥料でもありません。必要なのは、種に触れた者の魔力だけです」
ヒストリアが手のひらに乗せた種へ魔力を注ぐと、細い芽が伸びて瞬く間に茎となり、淡い蕾をつけたが、次の瞬間には黒く変色し、乾いた音を立てて崩れ落ちた。
「このように魔力を多く注ぎすぎれば、根が焼けて枯れます。逆に少なすぎれば、発芽すらしません」
今度は種へ注ぐ魔力が弱くする。すると芽は途中で成長を止め、やがて手のひらの上で種へ戻るように萎れていった。
「つまり必要なのは、精密な魔力操作ってことだよ」
コンラッドが微笑みながら言った。
その言葉に、ノエルの頬が引きつる。
「俺に一番足りないやつじゃん」
ノエルは、妖精王であるソルとルナを従え、古代の力さえ扱えるほど豊富な魔力を有している。しかし、その魔力を必要な箇所へ細く正確に流す制御技術は、まだ未熟だった。
剣を振る際も魔力を全身へ一気に巡らせてしまうため、瞬間的な威力は高い反面、身体への負担が大きい。短時間なら圧倒的な力を発揮できるが、戦闘が長引くほど魔力の消耗と疲労が蓄積し、呼吸が乱れ、動きの精度も徐々に落ちてしまう。
「だからやるんだよ」
レオンが笑った。
「期限は七日間、一人につき種は三つ」
「七日って、どういうことですか?」
フィンが首を傾げる。
「あー、そこも説明しとくか」
彼が砂を踏むと、足元に二つの時計が浮かび上がった。一つは現実世界の現在時刻を示し、もう一つは砂時計のような形をした異空間側の時間を示していた。
「この訓練場は、外の時間と中の時間の流れが違う」
現実世界側の時計の針が、ゆっくりと一目盛り進むのに対して、異空間側の砂時計では、砂が滝のような勢いで落ちていった。
「異空間で体感七日を過ごしても、現実世界では二時間しか経たない」
コンラッドが補足する。
「正確には、内部の時間を外部の約八十四倍に加速させています。外で八時間が経過すれば、内部では二十八日。今回の訓練全体を終えても、現実世界では一日にも満たない計算です」
「二十八日……それだけの期間を、ここで過ごすのですか?」
アルベルトが呟くとアドモンが眼鏡を押し上げながら頷いた。
「そういうことです。また身体は現実世界のものなので、此処で二十八日過ごしたところで、身体の時の流れは八時間しか経っていません。ただし、異空間内で得た経験、鍛えた筋力、魔力回路の変化、戦闘時の反射や判断は、魂と肉体の基礎構造へ直接刻み込まれます」
ヒストリアが続ける。
「外へ戻った時、内部で積み重ねたものは失われません。二十八日間の訓練を、八時間で経験したことになるのです」
アドモンが穏やかに告げた。
「また、二十八日分の疲労も体感します。なので、現実世界へ戻る際に肉体が耐えられるよう、生命維持と回復処理は施されます」
「それ、疲労は残るってことだよな?」
「もちろんです」
「もちろんなんだ……」
ノエルの声が沈み、ソルとルナが頭の上で淡々と呟いた。
『二十八日分の疲労を八時間で受け取る』
『お得』
「どこが!?」
レオンが楽しそうに笑った。
「まあ、そういうわけだ。七日間ってのは、この異空間の中での七日間だ」
「この種を全部枯らしたら?」
フィンが訊いた。
「最初からやり直しだ」
レオンが指を鳴らすと、乾いた音が砂漠に響き渡った。次の瞬間、五方向の地面から巨大な光の柱が立ち上がり、空へ向かって伸びていく。光の柱は周囲の砂を巻き上げながら、その内部に砂丘や岩場、崩れた遺跡のような景色を次々と映し出した。
「ちなみに、この第一課題は、お前ら五人を別々の場所へ転移させてからやってもらう」
アルベルトが眉を寄せる。
「単独訓練ですか?」
「最初はな」
「最初は?」
「…ねぇ、ただ花を育てるだけでいいの?」
シャスールが訊ねると、レオンは意味ありげに笑みを深めた。
その瞬間、ノエルたちの背中を嫌な予感が走る。五人はほとんど同時に振り返り、教師たちへ視線を向けた。
モスは杖を手にし、アベルは槍を構えている。ツツジは刀の柄へ手を添え、ローレンスの足元では、意思を持つかのように影が不気味に揺らめいていた。クレムは魔導籠手の関節を鳴らしながら、拳を握り直す。
そしてレオンもまた、彼らへ顔を向けた。
「もちろん違う」
そして、教師五人を順番に指差した。
「妨害役として、各自に教師を一人ずつつける。ノエルにはローレンス、アルベルトにはアベル、アイリスにはツツジ、フィンにはクレム、シャスールにはモスだ。担当教師に成長や実力を認めさせることができれば、花を咲かせる妨害はなくなる」
レオンが教師五人へ爽やかな笑顔を向けた瞬間、五人の背筋が一斉に伸びた。
「お前ら教師だろ?…もし、生徒より先にバテたり、開始早々に油断して妨害失敗!……なーんてことしたら……どうなるか分かってるな?」
ローレンスたち五人は、学院教師であると同時に、学院の警備を担うレオン直属の部下でもある。また、五人とも上級の中でも上位に位置する実力者であり、特級教師を除けば学院屈指の戦闘集団である。教師として生徒を守り、警備員として学院の脅威を排除する、まさに学院の精鋭だった。
そんな彼らだが、レオンの言葉一つで顔から血の気が引いていく。
「ちなみに七日以内に担当した生徒に花を咲かされた奴には、罰ゲームがある。楽しみにしてろよ!」
「内容を言ってください!」
ツツジが叫んだ。
「それ、言ったら面白くないだろ?」
「罰ゲームじゃなくて処刑予告じゃん!」
「心配すんな。死にはしねぇ」
「その言い方が一番怖い!」
悲鳴をあげるツツジにモスが頭を抱える。
「だからレオン先生に余計なこと言うなっていつも言ってるのに…」
「僕のせい!?」
ツツジが振り返る。
「お前が余計なことを言ったからだろ!」
「僕は事実を言っただけで───」
レオンがぱん、と手を叩いた。
砂漠全体へ乾いた音が響く。
「それじゃ始めるぞ!」
「待って!」
ノエルが慌てて手を上げた。
「俺たちの訓練なのに、先生たちの方が必死になる仕組み、おかしくない!?」
「実戦の敵が手加減してくれると思うか?」
「理屈は正しいのが腹立つ!」
光の柱が一斉に輝きを増すと、砂漠の熱気が遠のき、代わりに身体の奥へ引き込まれるような浮遊感が広がった。ノエルの足元から光が這い上がり、視界の端ではアイリスたちの姿が白く滲んでいく。
「ソル、ルナ!」
ノエルが頭上へ手を伸ばすと、二人の妖精王は、いつの間にか彼の肩へ移動していた。
『離れない』
『一緒に行く』
「よし!」
レオンの声が、遠くから響いた。
「死なない程度に死ぬ気で頑張れ!」
「どっちだよ!?」
ノエルの叫びを最後に、光が視界を覆った。
身体が引き伸ばされ、音が消える。熱も、砂の感触も、仲間たちの気配も、すべてが一瞬だけ遠ざかっていった。
現実世界では、まだ午前九時を少し過ぎたばかりだった。職員たちが見守る演習場では、光の柱が静かに揺らめいている。
しかし、その内側に広がる異空間では、ノエルたちの長い訓練が、今まさに始まろうとしていた。
☆
ノエルが次に目を開けた時、そこは先ほど以上に何もない砂漠だった。
「……暑っ!」
一歩踏み出すと、足が砂へ沈んだ。歩くたびに体力が奪われていく。支給された水筒の水も、七日間を乗り越えるには明らかに少なかった。
その数十メートル後方には、ローレンスが立っていた。
「よろしくな、ノエル」
「全然よろしくしたくない」
「俺だってしたくねぇよ。それに俺はお前に七日以内に花咲かせられたら俺がレオン先生に何されるか分かんねぇんだぞ」
ローレンスがため息を吐く。
「……先生も大変だな」
「本当大変だよ。……だから悪いな、本気で妨害をさせてもらう。俺も罰ゲームは嫌なんだ」
ローレンスの足元から黒い影が広がり、地面を這うように周囲へ伸びていく。やがて影は彼の足元から立ち上がり、鋭い輪郭を描きながら黒い槍や剣、鎖へと次々に形を変えた。
さらに背中へ集まった影が大きく膨らみ、左右へ広がって、巨大な黒い翼を形作り、ローレンスが笑う。
「大人気ない!!」
黒い槍が飛来し、ノエルは身を翻してかわした。槍は砂地を深々と穿ち、衝撃で砂塵が周囲へ噴き上がる。
『右』
ソルの声に反応し、ノエルは身を捻った。直後、影の刃が頬をかすめる。
ノエルは剣を抜き、刃へ魔力を流した。しかし込めすぎた魔力で腕が痺れ、その隙にローレンスが間合いを詰める。
「全身に魔力を流そうとすんな!」
「ぐっ!」
影の柄で腹を打たれ、砂の上を転がった。
「お前の問題はそれだ!身体全部を強化しようとする!魔力量が多いからって雑に流せば、身体の方が先に壊れる!必要な場所だけ魔力を流せ!」
ノエルはゆっくりと立ち上がり、呼吸を整えながら足の位置を確かめた。姿勢を正し、脚部だけに魔力を集中させる。そして地面を強く踏み込むと、身体はこれまでよりも速く前方へ跳び出した。
ローレンスが影の剣を構え、ノエルの剣と激しく衝突する。ノエルは腕へ魔力を集中させ、ほんの一瞬だけ相手を押し返すことに成功した。けれど、喜んでいる暇はなかった。
「いいじゃねぇか!」
ローレンスが笑う。その表情は、さっきまで罰ゲームを恐れていた男とは思えないほど、明らかに楽しそうだった。
「じゃあ次!」
「増やすな!」
影の武器が十本に増えた。
「先生の馬鹿ぁぁぁぁ!」
────
───
──
一方、別の場所にて
「魔力量で押し潰せばよいという発想を捨ててください」
アベルの槍がアルベルトの氷壁を貫いた。
「分かっています!」
「分かっていません」
続く刺突をアルベルトは氷剣で受ける。
「今ので必要な魔力は、あなたが使った量の三分の一で十分です」
「だったら先に言ってください!」
「実戦で敵が教えてくれると思いますか?」
「くそッ!」
アルベルトの額へ青筋が浮かんだ。
「感情的になって魔力が暴走していますよ」
「誰のせいですか!」
「それも課題ですね」
「腹立つ!!」
────
───
──
さらに別の場所。
アイリスの周囲を純白の光が包む。
「《光槍》!」
「派手すぎ」
ツツジは刀一本で、迫り来る光の槍をすべて捌いた。流れるような動きで光の隙間を縫い、瞬く間にアイリスの懐へと入り込む。
「っ!」
アイリスが剣で受け止めた。
「火力は文句なし。でも毎回最大出力じゃ七日持たないよ」
ツツジが笑う。
「承知しておりますわ!」
「分かってる人は砂丘ひとつ消し飛ばさない」
後方では、砂丘が丸ごと一つ消し飛んでいた。アイリスは、何事もなかったかのようにそっと視線を逸らした。
「……少々加減を誤りましたわ」
「少々?」
「細かい男は嫌われますわよ」
「急に人格攻撃!?」
────
───
──
「うわあああああ!!」
フィンは、巨大な魔導籠手を装着したクレムに追われながら、砂漠を全力で駆けていた。
「逃げるな!」
「逃げますよ!」
「天千眼使うな!」
「俺の長所なんですか!?」
「封印しろ!」
「理不尽!」
クレムの拳が地面へ突き刺さった瞬間、轟音とともに砂が爆発するように噴き上がった。フィンは巻き上がる砂を浴びながらも、地面を転がって間一髪で攻撃をかわした。
「お前には四分の一、獣人の血が流れている。つまり、普通の人間よりも高い身体能力を発揮し、接近戦が強くなれる可能性を秘めているんだ! だから、臆せず戦え!」
「…獣人…そうでした!」
「自分のことだろ!忘れるな!」
────
───
──
シャスールは矢を放ち、モスが魔法を発動するよりも早く、その杖を撃ち抜いた。
「次、左、足元」
三本目で、モスの足元に仕掛けていた魔法陣まで破壊。
モスが黙り、シャスールも黙る。
「お前、訓練いる?」
「僕もそう思ってる。でもレオンは“いる”って言ってた」
「なんで?」
「知らん」
少し考え、モスは杖を構え直した。
「多分…お前、一人で何でもやりすぎなんだよ。仲間がいる前提で戦えってことじゃねぇかな」
「それ、一人で飛ばされた状況で教えること?」
「レオン先生だからな」
「納得した」
☆
一日目、二日目と失敗が続き、三日目にはノエルが最初の種を枯らしてしまった。魔力を注ぎすぎたのだ。掌の上には、黒く変色した小さな種だけが残っていた。
『一つ死亡』
『残り二つ』
「分かってる!」
ローレンスは少し離れた場所から、今回は攻撃を仕掛けることなく、その様子を見守っていた。
「焦るな」
「……分かってる」
「いや、分かってねぇ」
ノエルは俯いた。カティアのように、もう二度と目の前で誰かを失いたくない。その焦りが、魔力の乱れとなって表れていた。
「お前の魔力は強い。でもな、強い力と、使える力は違う。剣だってそうだろ?力任せに振り回すだけじゃ、人は守れねぇ」
ノエルは枯れた種を見つめ、ゆっくりと息を吐いた。
「……もう一回やる」
「おう。でも咲きそうになったら妨害するぞ?」
「酷い!!」
結局、七日目になっても誰一人として花を咲かせることはできずにいた。
そして八日目の朝、急に空が白く染まった。ノエルの視界が反転し、次に目を開けると、そこは初日と同じ場所だった。手には三つの種が握られており、隣にはローレンスが立っていた。
「まさか」
「リセットだな」
「七日をもう一回!?」
空からレオンの声が響いた。
『そういうことー!成功するまで終わらねーから頑張れよー!あと、教師の罰ゲームは七日間経ったからなし……って言いたいけど、それ言ったらお前ら手加減する可能性があるから、継続でよろしくー』
ローレンスが両手で顔を覆い、空を仰ぐ。
「一発殴りたい」
「手伝う」
「お前はまず花咲かせろ」
それから、十日、十二日、十四日──日数を重ねるにつれ、時間の感覚は次第に曖昧になっていった。
毎朝起きては走り、戦い、呼吸を整え、魔力を流す。失敗しても、また立ち上がる。その繰り返しの中で、ノエルの身体は少しずつ変わっていった。
脚だけに魔力を集中させる。腕だけを強化する。視覚や体幹へ必要な分だけ巡らせる。
派手な新魔法を覚えたわけではない。
それでも、剣を振る速度は確実に上がり、砂に足を取られることも減っていった。戦闘中に息が上がることもなくなり、身体の奥で荒々しく渦巻いていた魔力は、少しずつ自分の手足として馴染み始めていた。
そして、十八日目
ローレンスが放った影槍を、ノエルは紙一重でかわし、そのまま一歩踏み込み、脚へ魔力を集中させる。
瞬間的に加速したノエルは、一直線にローレンスの懐へ潜り込んだ。
「なっ──」
腕だけを強化したノエルは、ローレンスの剣を受け止め、そのまま刃先を彼の喉元へ突きつけた。静寂が落ち、やがて、ローレンスは口角を上げた。
「やるじゃねぇか」
「まだ…花が残ってる」
ノエルは剣を下ろした。
────訓練開始から二十日目
砂の上で、ノエルは最後の種を両手で包み込んでいた。
目を閉じ、呼吸と心臓の鼓動、そして体内を巡る魔力の流れに意識を集中させる。
強すぎず、弱すぎず、必要な分だけ、ほんの少しずつ魔力を注ぐと、種が淡く光り始めた。
やがて芽が出て、細い茎が伸び、蕾が開く。
現れたのは、精巧なガラス細工を思わせる、透明な花弁を持つ花だった。
しかし、太陽の光を受けた瞬間、その内部を赤、青、緑、紫───さまざまな光が走り始める。
花はまるでオーロラのように輝き、砂漠の中で幻想的な光を放っていて、その美しさに、ノエルはただ言葉を失って見つめることしかできなかった。
『綺麗』
『ノエルみたい』
「どういう意味だよ」
『『可愛い』』
「花にまで可愛い判定されるの嫌なんだけど!」
ローレンスは花を見つめ、やがて大きく息を吐いた。
「あーあ、俺の罰ゲーム決定」
「あ」
「……まあ、教師としては嬉しいけどな」
ローレンスは笑った。
一方、別の場所でも、アイリスの手元では純白のマナカが咲き、アルベルトの花は淡い水色、フィンの花は深い紫、シャスールの花は柔らかな薄紅色に染まった花が咲いていた。
全員が課題を達成した瞬間、世界が切り替わった。
────
───
──
「ここは……街?」
目を瞬くと、今度の舞台は砂漠の都市へと変わっていた。土壁の建物が立ち並び、石畳の上には狭い路地が複雑に伸びている。平らな屋根や市場、遠くにそびえる塔が入り組み、街全体が迷路のような様相を呈していた。そして、その街の一角には仲間たちの姿もあった。
「ノエル!」
「アルベルト!」
「久しぶりだな!」
「体感二十日ぶりだからな!」
フィン、アイリス、シャスールが合流し、さらにモス、アベル、ツツジ、ローレンス、クレムの五人の教師も加わった。
「全員、花を咲かせることに成功したんだな!」
フィンが笑う。
「俺は紫!」
「僕は水色だ」
「わたくしは純白ですわ」
「僕は薄紅」
視線がノエルへ。
「俺は……透明」
「透明?」
「でも光当たると虹みたいになる」
アイリスが興味深そうに覗き込む。
「……綺麗ですわね」
「だろ?」
『はい注目ー!ここから最終訓練を開始するぞー!』
十人全員の顔が引きつった。
「まだあるの!?」
『二十八日まで残り八日!ルールは簡単!俺を捕まえろ…教師含め十人全員でな』
街の塔の上には、口元ににやりとした笑みを浮かべたレオンが立っていた。
「無理だよ」
「無理ですね」
「もう帰っていいですか」
「罰ゲームが増えるぞ」
「それが一番怖い」
五人の教師が揃ってため息をついた直後、レオンは屋根を蹴って跳び上がった。
『じゃ! スタート!』
一瞬でレオンが消えた。
「速っ!!」
☆
二十一日目は失敗に終わり、二十二日目も結果は変わらなかった。二十三日目にはノエルが屋根から転落し、二十四日目にはフィンがレオンの位置を正確に見抜いたものの、逆に誘導され、全員まとめて罠へ落とされた。二十五日目にはシャスールがレオンの進路を読み、アイリスが正面を塞ぎ、アルベルトが路地を凍結させて追い詰めた。それでも、あと一歩というところで逃げ切られてしまう。
二十六日目。モスたち教師も早く終わらせて帰りたいと本気を出す。レオンがあまりにも強すぎるせいで霞んで見えているだけで、彼らは全員、上級に分類される実力者だ。
本来なら地方では敵なしであり、国家騎士団の中に放り込んでも、上位へ食い込む怪物たちである。
そして何より──彼らの本質は、戦闘狂だった。
「右だ!」
「分かってる!」
「クレム、壁壊せ!」
「街ごと壊していいなら!」
「訓練場だ! 壊せ!」
「よっしゃ!」
魔導籠手が壁を吹き飛ばす。
「先生たち急に楽しそうなんだけど!?」
ノエルが叫びに、ローレンスが黒い翼で飛びながら、その瞳をギラつかせた状態でニヤリと不気味に笑う。
「レオン先生相手に十人がかりとか燃えるだろ!反撃されないことが確定している今、この訓練中がチャンスなんだ!!」
「チャンスって何が!?」
そして、二十八日目。訓練最終日
全員が疲労困憊で満身創痍だったが、初日とは明らかに違っていた。互いの得意分野や任せるべき範囲を理解し、言葉を交わさずとも仲間の意図を読み取り、自然に連携できるまでに成長していた。
「フィン!」
「北!」
フィンの声が砂漠の街に響き渡った。
乾いた風が吹き抜け、屋根の上に積もっていた砂が一斉に舞い上がる。視界を覆う砂塵の向こうで、レオンのオレンジ色の髪が一瞬だけ揺れた。
「シャスール!」
「三秒後、右の屋根」
シャスールは細い路地の入口に立ち、金色の瞳を鋭く細めていた。魔法陣のような模様が瞳の奥で淡く輝き、複雑に入り組んだ街並みのすべてを見通している。
彼の視線の先では、レオンが屋根から屋根へと跳び移っていた。
砂岩造りの建物が連なる街は、まるで巨大な迷路だった。狭い路地、段差のある屋根、頭上を渡る木製の通路。逃げる者にとっては絶好の地形だが、追う側にとっては互いの姿を見失いやすい危険な場所でもある。
「アイリス!」
「承知!」
アイリスが剣を振り抜いた。
白銀の刃から放たれた光が、一直線に街路を駆け抜ける。純白の閃光は砂塵を切り裂き、レオンの進路を塞ぐように屋根の前方へ突き刺さった。
光の壁が立ち上がり、周囲の建物を昼間よりも明るく照らし出す。
「甘い!」
レオンは足を止めなかった。
光壁へ突っ込む寸前、強靭な脚力で大きく跳躍する。身体が宙へ舞い上がり、オレンジ色の髪が風を受けて激しく揺れた。
「アルベルト!」
「分かってる!」
アルベルトが両手を掲げる。
彼の周囲から冷気が噴き出し、空中へ無数の氷晶が生まれた。氷晶は瞬く間に結合し、レオンの頭上へ巨大な氷壁を形成する。
陽光を受けた氷壁が青白く輝き、内部に閉じ込められた魔力が低く唸った。
レオンが壁を蹴る。分厚い氷の表面へ足をつけた瞬間、氷壁が大きく軋んだ。普通の人間ならば、そのまま足場を失って落下するはずだった。
しかしレオンは、まるで地面を蹴るように氷壁を踏み抜いた。
砕けた氷片がきらきらと宙を舞い、その勢いのまま、さらに上へ。
「ローレンス先生!」
「逃がすか!」
ローレンスが両腕を広げた。
彼の足元から伸びた影が、屋根の上を黒い波のように走る。影は瞬く間に形を変え、巨大な黒い翼となってローレンスの背中から噴き出した。
翼が一度大きく羽ばたく。砂塵が吹き飛び、ローレンスの身体が宙へ浮かび上がった。
同時に、レオンの周囲から無数の影の鎖が伸びる。黒い鎖は蛇のようにうねりながら空中を走り、レオンの腕、脚、胴体を絡め取ろうと迫った。
「アベル先生!」
「はい!」
アベルが槍を構えた。
長槍の穂先へ魔力が集まり、鋭い光が一点へ収束する。彼は屋根を蹴り、影の鎖が作り出したわずかな隙間へ身体を滑り込ませた。
槍がレオンの逃げ道を正確に塞ぎ、その背後から、モスの拘束魔法が重なった。
淡い光の魔法陣が幾重にも展開され、空間そのものを縛り上げる。さらにツツジが屋根の縁から跳び込み、刀を横薙ぎに振り抜いた。
クレムの拳が、正面から迫る。
魔導籠手に刻まれた術式が一斉に輝き、拳の周囲で空気が爆発した。
槍、拘束魔法、刀、魔導籠手による四方向からの連続攻撃が、レオンの逃げ場を完全に奪う。砂漠の街に轟音が重なり、屋根の瓦が砕け、砂煙が爆発的に広がった。だが、それすらもレオンは笑いながら避けた。
「いいねぇ!」
レオンは楽しそうに笑い、クレムの拳を押し返した。
「化け物!」
ノエルは叫びながらも呼吸を乱さず、脚部へ絞った魔力で走った。肺へ空気を取り込み、一定のリズムで吐き出す。足裏が砂岩の屋根を捉えるたび、魔力が筋肉を押し上げ、身体を前へ運んでいく。
二歩目で砂に滑りかけた足を、つま先だけで立て直す。三歩目では出力をさらに絞り、踏み込む瞬間だけ速度を引き上げた。
風が頬を叩く。視界の端で建物や仲間たちが次々と後方へ流れ、前方を走るレオンの背中が少しずつ近づいてくる。
(もっと速く…!)
ノエルは最後の一歩を踏み込んだ。
「ノエル!今!!」
フィンの声が響いた。レオンがアイリスの剣をかわし、アルベルトの氷を踏んだ瞬間、足がわずかに滑る。その一瞬を、ノエルは見逃さなかった。
「レオン先生ぇぇぇ!!」
「おっ?」
脚へ魔力を集中させ、最大加速で飛び込む。手を伸ばした指先がレオンの服に触れ、そのまま掴んだ。
「──捕まえた!!」
「……ふ、合格」
「よっしゃあああああ!!」
「やりましたわ!」
「勝った!」
「やっと終わった!」
「やっと帰れる」
喜びに沸いたのも束の間、達成感とともに、二十八日間に及ぶ訓練の疲労が一気に押し寄せた。
ノエルの膝が崩れ、アルベルト、アイリス、フィン、シャスール、そして教師五人も次々と倒れていく。やがて、砂の街の中央に立っているのは、レオンただ一人となった。
「やりすぎたかな」
────
───
──
現実世界では午後五時
現実世界で経過した時間はわずか八時間にすぎなかったが、異空間ではすでに二十八日が過ぎていた。
訓練を終えて現実へ戻された生徒五人と教師五人は、全員が力尽きたように訓練場の出入口付近の床へ横たわっていた。
「死人みたいだな」
アミュの言葉にアドモンがノエルの脈を確認する。
「生きてますよ。一応」
「一応って何?」
「医学的には生存しています」
「不安になる言い方やめろ」
「ノエル!」
ディオーネがノエルへ駆け寄り、抱き上げようとしたところで、コンラッドがその肩を掴んだ。
「学院長」
「なんじゃ!」
「疲れている生徒に触らない」
「介抱じゃ!」
「信用できません」
「わしは学院長じゃぞ!」
「だから止めています」
「どういう意味じゃ!」
レオンが屈んでノエルを抱き上げ、そのまま反対の腕でアルベルトも担ぐ。
「じゃ、俺がノエルとアルベルトを寮まで運ぶわ」
「二人同時ですか?」
「軽い軽い」
意識が半分しかないノエルが呻く。
「俺……荷物扱い……」
「喋れるなら元気だな」
「元気じゃねぇ……」
アミュがフィンとシャスールを見る。
「じゃあ僕はこの二人か」
フィンが薄く目を開ける。
「先生……俺、歩けますよ……」
「足震えてるけど?」
「これは……武者震いです……」
「何と戦うの?」
「ベッド……」
「寝ようか」
ヒストリアはアイリスを優しく抱き上げた。
「アイリスさんは私が女子寮まで連れていきますね」
「申し訳……ありませんわ……」
「いいんですよ。よく頑張りましたね」
ヒストリアは微笑んだ。その言葉を聞いたアイリスの張り詰めた表情が、ほんの少し緩む。
その一方で、訓練場の床には男性教師五人が倒れたまま、誰一人として立ち上がれずにいた。コンラッドは彼らへ視線を移し、静かに見下ろす。
「この人たちは?」
「自力で帰れるだろ」
「酷い!」
ツツジが床から叫んだ。
「生徒との差!」
「大人だろ?」
「二十八日、走り回った大人だよ!」
モスが震える手を上げる。
「……レオン先生…罰ゲームは……?」
レオンが満面の笑顔を浮かべる。
「安心しろ」
五人の表情に、一瞬だけ希望が宿る
「後日ちゃんとやる」
「「「「「うわぁぁぁぁぁぁ!!」」」」」
職員用訓練場に悲鳴が響き渡る中、ノエルはレオンの腕に抱かれながら、その声をぼんやりと聞いていた。
もう身体は動かない。腕も、脚も、肺も、すべてが限界を訴えている。それでも、自分の中を巡る魔力だけは、昨日までとは明らかに違っていた。
これまで荒々しく溢れるばかりだった力が、今は自分の意思に応え、静かに、そして確かに身体の隅々へと巡っている。
その感覚に、ノエルはグレイシアの言葉を思い出した。
“理想を守り抜く強さを身につけろ”
「……まだ」
ノエルの小さく呟く声を聞き、レオンが視線を落とす。
「ん?」
「まだ、全然足りないけど…ちょっとは……強くなれたかな」
レオンはしばらく何も言わなかったが、やがていつもの軽薄そうな笑みではなく、三年前にルーベ村を守った時と同じ頼もしい笑顔を浮かべた。
「ああ。ちゃんと強くなってるよ」
「……そっか」
「明日からはいよいよ遠征だな」
「鬼ぃぃぃ……」
『妥当』
『ノエルなら大丈夫』
「お前ら……もうちょっと主を労れ……」
そして、ノエルはとうとう意識を手放した。明日にはアリーナルムル共和国へ出発する。彼らがこれから踏み込む砂漠で、この異空間よりも遥かに精神的に過酷な運命が待ち受けていることを、この時のノエルはまだ知らなかった。




